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御幸一也の場合
お互いの気持ちが同じなら、どれだけ距離が離れていようと関係ない。今となっては、そんな甘っちょろいことを言っていた自分を殴りたい。私は仕事が休みである今日、うんともすんとも言わないスマホの画面を何度も確認していた。
私の彼氏は有名な野球選手だ。そのため、シーズンオフの期間に入るまでは試合に合わせて各地へ移動しなければならない。シーズンオフに入っても私の彼氏は自主トレに励むことが多く、なんだかんだで忙しそうなので、一緒に過ごせるのは年に数回だけ。それでも、テレビを付ければシーズン中は彼の元気な姿も活躍っぷりも拝めるから、寂しくても我慢してきた。
元々、私の彼氏はメールやメッセージを打つことがあまり好きではないらしい。用件があるなら電話の方が早いと思っているのだろう。男の人ってそういう考えが一般的なのかなあと思ったりはするのだけれど、私の周りの友達の彼氏はわりとマメにやり取りをしているようだから、ほとんどやり取りしない自分達の関係に対して、余計に寂しさが募る。ないもの強請りをしたって仕方がないことは分かっているけれど、寂しいものは寂しいし不満は溜まっていく一方だ。
既にシーズンオフの期間に入っているというのに、今日も連絡の一本も寄越さない彼氏に、私は腹が立つのを通り越して不安になっていた。忙しい毎日の中、周りには綺麗な女子アナだっているし、もはや彼は私のことを忘れているんじゃないかと。


「考えたって仕方ないよなあ…」


ぽつりと呟いた独り言。誰もいない部屋で静かに響いた言葉の直後、握っていたスマホが着信を告げる音を奏で始めて、危うく落としそうになってしまった。もしかして思いが通じたのかも、と期待に胸を膨らませて確認した画面には、会社の同期で仲が良い女友達の名前が表示されていて、そんな都合よく彼から電話なんて有り得ないか…と、なかば落胆しながら通話ボタンを押す。


「ねぇ名前!アンタの彼氏ってプロ野球選手の御幸一也でしょ!?」
「そうだけど…それがどうしたの?」


彼、御幸一也に彼女がいることは世間に公表されていない。だから極力、私は自分の彼氏が誰なのかということは言わないようにしているのだけれど、この友達に限っては2人で飲んでいる時に口を滑らせてしまったのでバレている。幸いにも、彼女は人の彼氏のことを周りに言いふらすような性格ではないので、恐らく他の人にはバレていないだろう。
しかし、わざわざ電話でそんなことを確認してくるなんて何事か。不思議に思う私の心境を知ってか知らずか、友達は興奮気味に話を続ける。


「どうしたの?じゃないよ!テレビ見てないの?」
「え?今日はそういえば見てないかなあ…」
「ていうか、彼氏から何もきいてないの?」
「どういうこと?」


勿体ぶって核心を突く一言を言ってくれない友達に少しイライラしつつ、とりあえずテレビをつけてみる。休日の昼間にやっている番組なんて、何かの再放送とかばっかりじゃなかったっけ?ちょうどお昼時、私は電話片手にチャンネルを変え続ける。そして、いつもなら見ることのないワイドショー番組で手を止めた。止めざるを得なかった。


「御幸一也、来シーズンメジャー挑戦…?」
「見た!?すごいじゃん!アンタの彼氏!」
「うん…そうだね……」


確かにすごい。すごいけど。私、何もきいてない。
本来なら飛び上がって喜ぶべきところなのだろう。彼が、一也が、野球にどれだけ真面目に、真摯に向き合ってきたか。どれほど努力しているか。それを1番よく知っている私が、喜ばなくてどうするんだと。そう、思う。けれど。
電話の向こうで興奮気味の友達の声が、やけに遠くで聞こえるような気がした。だって、私達、これからどうなるの?そんな不安が渦を巻く。ただでさえほとんど会えていない、連絡も取り合っていない現状。国内でこれなら、海の向こうの異国の地に行ってしまったら、それこそ音信不通で自然消滅が関の山だ。一也は一体どうするつもりなんだろう。


「名前?きいてる?」
「ごめん…ちょっと今忙しくて。電話切るね」
「え?あー…うん、こっちこそ急にごめん。またね」
「うん。またね」


私の声のトーンで何かを悟ってくれたのだろうか。友達はすんなりと電話を切ってくれた。気を遣わせたのなら申し訳ないと思うけれど、今はそんなことを気にしている余裕はない。
友達に言われなければ、今日気付くことはなかっただろう。それでも、遅かれ早かれニュースで見ることになっていたであろう話題。一也がメジャー挑戦。いつかはそんな日が来るだろうと思っていたし、一也の夢が叶うこと自体は嬉しい。応援したいとも思う。でも、それじゃあ私はどうなるの?
一也に直接確認したい。それ以前に、声がききたい。そう思って電話をかけようとして、やめた。ニュース見たんだけどメジャー挑戦って本当なの?そうきいて、そうだけど、と答えられたら。私はどんな反応をすれば良いのだろう。きいてないよ、私のことはどうするつもりなの?と縋り付くのか。すごいね、おめでとう!と上辺だけのエールを送るのか。それとも…それとも?
考え始めたらキリがなくて、頭の中はぐちゃぐちゃだ。こんな状態で電話をしたところでまともな会話ができるとは思えない。私はスマホを放り投げると、座っていたソファに寝そべって顔を埋めた。頑張れって素直に言えないなんて、彼女失格だ。どれだけ離れていても大丈夫だって言ったのは私じゃないか。でもさあ、一也。今の私達は、同じ気持ちでいるのかな。当たり前のことながら、その疑問に対する答えは分からないまま、時間だけが過ぎていった。


◇ ◇ ◇



衝撃のニュースから1週間。またもや休日がやってきた。平日は仕事に没頭していれば時間が過ぎるし余計なことは考えずに済むので良いのだけれど、休日になると無駄なことで悩み始めてしまう。この1週間、勿論(と言うのは悲しいけれど)、一也からの連絡はない。
朝のニュース番組ではちらほらと一也の話題が取り上げられていて、どこの球団が濃厚か、年俸はどれぐらいか、など、好き勝手なことを言っている。普段なら、へぇ…と適当に流している話題が、今や他人事ではなくなっていることが、もはや滑稽だ。
今日も一也からの連絡はないのだろう。もしかしてこのままアメリカに行ってしまうつもりなのか。有り得ないとは言い切れない。そんなことを考えて益々落ち込み始めたところで、ピンポーンという間の抜けたチャイムの音が響いた。宅配便だろうか。最近何かを注文した覚えはないのだけれど。最近は物騒なので見知らぬ人だったら居留守を使おう。そう思ってそろりと玄関まで行き覗き穴を覗き見て、私は自分の目を疑った。玄関扉の前にいたのは、ここ最近、というより、常に私の脳内を占めている、御幸一也だったからだ。
何の心の準備もできていない私は、一瞬、出ようかどうか悩む。けれども悩んだのはほんの一瞬のこと。私は久し振りに、テレビ越しではない本物の一也を堪能したい一心で勢いよく扉を開けた。あまりの勢いに、うおっ!という一也の驚いた声が聞こえて、そんな声にすら懐かしさが込み上げる。


「なんでいるの…?」
「サプライズってやつ」
「そうじゃなくて…!」
「家、入れてくんねぇの?」


私の質問には明確な返答をせぬまま、一也は勝手に家の中に入ってくる。鍵を閉めてリビングに行けば、私の特等席であるソファに座って、こっちこっち、と手招きしてくるものだから、嬉しさを孕みつつも急に押しかけてきて一体なんだという気持ちを全面に押し出して近付いた。すると。


「か、ずや…っ、」
「あー…落ち着く」


腕を引っ張られて一也の胸にダイブ。私の身体を抱き締めながら首元に頭を埋めてそんなことを言われたら、私はもう何も言えない。会ったら真っ先に文句を言ってやろうと思っていたのに。勝手にメジャー行きを決めて、何も言わずに先に進んじゃって、一体これからどうするつもりなんだって言ってやるはずだったのに。こんなの、ズルすぎるよ。
暫くされるがまま黙って抱き締められていた私だったけれど、時間の経過とともに絆されている場合ではないと思い出す。そうだ。束の間の幸せに浸っていられる状況ではなかった。私は一也から身体を離すと、できるだけ真面目な顔をして向き合う。


「私に言ってないことあるでしょ」
「言ってないこと?…あ、メジャー行きのこと?」
「そう。ニュース見てびっくりした…私、何もきいてないし…」
「手続きとか色々忙しかったんだよ。ごめんって」


そんな軽いノリで謝られて、いいよ、と許してあげるほど、私は優しくもなければ心が広いわけでもない。わざとらしくムスッとした顔をして怒っていますアピールをしてみれば、もう一度、ごめんな、と言って私の頭を撫でる。一也はいちいちズルい。私の懐柔の仕方を心得すぎているのだ。


「…アメリカ、行くんでしょ」
「まあ、そうなるな」
「遠いね…」


募る不安。どれだけ好きでも、会えなければやっぱりダメだ。こうしてたまにでもいいから、触れられて、抱き締められなければ、きっと私は死んでしまう。そう思うぐらいには一也が好きだ。どうしようもなく。でも、そんな我儘を言って困らせたら、一也は安心してアメリカに行けない。じゃあ私は、どうしたらいいの?
ぐずぐずと悩む自分が心底うざったいと思う。ちゃんと一也を1番に応援するって決めていたはずなのに。今の私では、一也の足手纏いにしかならない。それならばいっそ、この関係を終わらせるべきじゃないだろうか。そこまで考えたところで、私の頬に一也の大きな手が伸びてきた。


「なんで泣いてんだよ」
「だって…、私、どうしたらいいのか分かんないんだもん…」


一也のことを応援したいのに離れたくない。行ってらっしゃいって笑顔で送り出したいのに、行かないでって引き止めたくなる。この矛盾を、どうしたらいい?
彼氏の前で泣いて困らせるような女だけにはなるまいと密かに誓っていたはずの私は、呆気なく、涙を流してしまった。こんなこと言われても困るよね。やっぱり、別れた方が、いいよね。頭では理解していても心が追い付かなくて、また涙が溢れる。
そんな私を見て、一也は困ったように笑った。


「なんで今日、俺がここに来たか。分かってねぇな?」
「…お別れ、言うため…?」
「その逆」
「逆?」
「迎えに来た」


迎えに来た?私を?どういうこと?
思考を巡らせ始めたせいか、涙はぴたりと止まった。一也の意図を探るために顔を見つめれば、ニィ、と得意げに笑われた。その顔は、相手バッターを三振におさえた時の顔と同じように無邪気だ。


「アメリカ。名前も来てくれるだろ?」
「それって…」
「まだ分かんねぇの?」


結婚しようって言ってんだけど。


今までだいぶ放ったらかしにしてきたくせに、とか。社会人になってからほとんど一緒にいることなかったのに、とか。唐突すぎるし英語分かんないし、とか。言いたいことは沢山あるけれど。


「一也が迎えに来てくれるの、ずっと待ってたよ」


私はどうやってもこのズルい男から離れることができないみたいだから。これからは1番近くであなたのことを応援させてね。

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