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※大学生設定


好きって気持ちはどうやって生まれるのだろう。そもそも、好きってなんだ。俺はこの1週間、そんな哲学者みたいなことを考えていた。それはなぜか。
俺には付き合って1年以上経つ名字名前という彼女がいる。同じ大学の同じ学部、同じ学科で、飲み会や講義内でのグループワークなんかで交流を深めた俺達は、自然な流れでお互いを意識するようになり、なんとなく付き合い始めた。
名前といるのは落ち着くし楽だ。初恋の時のようなドキドキ感はないけれど、それでも好きだと思えたからここまで長続きしているのだろうし、これからもきっと、こんな関係が続くんだろうなあとぼんやり思っていた頃。
大学内の食堂で、俺の目はある女の子に奪われた。学部も学科も分からないし、年上か年下かも分からない。少なくとも同じ学年の中にあんな子はいなかったと思う。兎に角俺は綺麗に笑うその表情に、久し振りの高揚感を覚えたのだ。名前を見ても抱かない胸の高鳴り。それはきっと、恋というやつなのだろうと思った。
そんな一方的な出会いから1週間。俺の想いは日に日にその子に募るようになってしまって、名前と一緒にいてもその子のことばかり考えてしまう。名前のことは好きだ。けれどきっと、これはもう恋じゃない。
ここで話は冒頭に戻る。好きって気持ちはどうやって生まれるのだろう。そもそも、好きってなんだ。俺の気持ちは、一体どこへ向かうべきなのか。俺は揺れ動く自身の感情を持て余し、珍しくも真面目にそんなことを考えていた。


「鉄朗?最近なんかぼーっとしてない?」
「あ?まあ…俺も考え事ぐらいするっつーの」
「ふーん…何かあったの?相談乗ってあげようか?」
「名前に相談するほどのことじゃねーから」


正しくは、名前に相談できることじゃねーから、だけど。そんなこと言えるはずもないので、俺は適当に話を逸らす。名前は納得していない様子だったが、追求してくることはなかった。
ここは俺が最近気になっているあの子がよく出没する大学内の食堂。必死に早起きして1限目を終え、2限目の今は空きコマ。3限目からはまた講義があるのでぼちぼち早めの昼食を取ろうかということになり、名前と向かい合わせに座ってサンマ定食を貪っていると、例のあの子が現れた。
たまたまだろうけれど、俺からよく見える左斜め前辺りの席に友達数人と腰掛けたその子は、今日も綺麗な微笑みを浮かべている。やっぱ可愛いよなぁ。無意識の内にチラチラと視線を送ってしまうのは、もはや仕方のないことだろう。


「ねぇ、聞いてる?」
「…わりぃ、何?」
「……そんなにあのグループが気になるんだ」


いつもならうまく受け流せるはずの俺が、あまりに不意を突かれたせいか口籠ってしまった。数秒の間があって、何言ってんだよ、と何事もなかったかのように鼻で笑ってはみたけれど、名前はそんなことで騙されたりはしない。きっと、何かに勘付いてしまった。だからそれまでとは一変、曇った表情をしているのだろう。
こんな気持ちを抱いたまま、名前とずるずる付き合っていて良いのだろうか。逆に名前を傷付けていやしないだろうか。それならば、俺は、どうするべきだ?何が、正解だ?
お互いに空になった皿を眺めながら、俺は考える。何度も言うが、名前のことは好きだ。けれど、そういう好きじゃないのかもしれない。最近薄っすらそんな予感がしていた俺は、気になっているあの子と目の前に座る名前を見比べて、その予感を確信に変えた。たぶん俺が今、恋愛というジャンルにおいて好きだと思っているのは、名前もまだ知らないあの子のことだ。


「名前…いや、こんなところで言うことじゃねぇか…」
「何?良いよ。言って」
「いや、2人きりの時に改めて話す」
「別れたい、とか?」


ぴしり。固まる俺に、やっぱりね、と力なく笑う名前。やっぱり、ってことは勘付かれていたのか。もしかしてさっきのアレだけで悟ってしまったのだろうか。だとしたら名前は相当な観察眼の持ち主だ。


「最近の鉄朗見てたらなんとなく分かるよ。そんな気がしてた」
「…嫌いになったわけじゃねーんだけど…なんつーか…、」
「いいよ。実は私も最近気になる人できちゃったんだよね!ちょうどよくない?」
「え」
「今まで楽しかった。ありがと!」


望んでいたこととは言え、名前の方からあっさりと別れを切り出してきたものだから俺は拍子抜けしてしまった。しかも名前にも気になるヤツがいたなんて全く気付かなかった。どんだけ自分のことだけでいっぱいだったんだよ、俺。
ありがと!と言った時の名前の顔は無理をしている風でもなく自然で。ああ、本当に名前は俺より他の誰かに惹かれているのかもしれないと感じた。それなら俺も、心置きなく別れを告げることができる。


「こちらこそ。今までどーも」
「まあこれからも、友達としてよろしく」
「そうだな」
「じゃあ私、3限までにちょっとやりたいことあるからもう行くね」


名前はそう言うと、空の食器が並ぶトレーを持って立ち上がった。後腐れなくて、これは別れとして最高の形だったのではないだろうか。そんなことを考えていた俺に、この場所を立ち去ろうと背中を向けた名前が何か言った。
2限目が終わって人が多くなってきた食堂内は賑やかになりつつあって、はっきりとは聞こえなかったけれど。


「うまくいくといいね」


俺の耳には、そう聞こえた。お前もな、と言ったセリフは名前の耳に届いただろうか。俺は、こちらを一度も振り返らずに去って行った名前を見送ってから、意中の女の子へと視線を向けるのだった。


◇ ◇ ◇



鉄朗と別れてから2ヶ月が経過した。あの日、なぜ私があんなことを言ってしまったのかは自分でもよく分からない。けれど、一緒にいても心ここに在らずな鉄朗と、あれ以上付き合っているのは無理だったと思う。
本人は気付いていなかったかもしれないけれど、私といる時でも鉄朗は常に誰かを探しているようだった。そして気付いた。ある1人の女の子を追いかけているということに。きっと鉄朗は、その子に恋をしている。私ではなく、その子に。
それに気付いてしまってから数日、私は何にも気付かないフリをして鉄朗の隣にいた。きっとまた、私を見てくれる。私に恋をしてくれる。そう信じていたから。けれど、信じれば信じるほど鉄朗の瞳には私が映らなくなっていくのが分かった。そして食堂での別れである。
明らかに別れを切り出そうとしたくせに2人きりの時に言う、なんて最後まで優しい鉄朗は残酷だった。いつもそうだ。私を傷付けないように。大切に。穏やかに。包み込んでくれた。
好きだよ。きちんと伝えていたら未来は変わっただろうか。知らないフリ、気付かないフリを貫き通せば、今も私達は恋人同士だっただろうか。別れを切り出されたとしても縋りつけば鉄朗を繋ぎとめておくことができただろうか。
けれど好きだからこそ、もう自分のことを見ていない鉄朗と過ごすのは苦しくて。気付けば私は、下手くそな嘘を吐いて鉄朗に別れを告げていた。鉄朗は驚きながらも、私の下手くそな嘘に騙されてくれたおかげですんなりと別れを受け入れた。
大丈夫。私は未練がましい女にはなっていないはず。ちゃんと笑えているはず。ただ付き合う前に戻るだけ。だから最後まで、泣くな。鉄朗に背を向けて言い放った言葉は聞こえていなくてもいいやと思ったのにきちんと届いていたようで、お前もな、と返されてしまって。一筋、涙が頬を伝った。
私は鉄朗じゃなきゃダメだって思ってたよ。本当に好きだったよ。好き、だよ。これからもずっと。好きだから、幸せでいてほしい。私とじゃなくても、誰かと幸せならそれでいい。だからお願い。どうか、幸せでいてね。
溢れ出す想いを全て飲み込んで、私はこの2ヶ月を何事もなかったかのように過ごした。


◇ ◇ ◇



名前と別れてから2ヶ月が経過し、俺は気になっていた女の子と2人で食事を行くまでの関係になっていた。その子は1つ年下。俺の期待通り、可愛くて素直で第一印象と寸分違わぬ良い子で。一緒に2人でいればドキドキだってするし、俺はやっぱりこの子のことが好きなんだなと何度も自分の中で確認した。


「黒尾先輩、あの…私…、黒尾先輩のことが好きです」


だからもしもその子に好きだと言ってもらえたら、すぐさま俺も好きだと答えよう。そう思っていたはずなのに。いざ本当にそう言われると、言葉に詰まってしまった。
好きな子が俺のことを好きだと言ってくれていることはすごく嬉しい。全てうまくいった。これが俺の望んだ結末だ。それなのに、こんな時になってどうして脳裏に名前の影が過ぎるのか。


「黒尾先輩?」
「あ?ああ…俺も同じこと思ってた。だから驚いて…つい…」
「じゃあ、」
「付き合うか」


そうして始まった交際。ドキドキを孕んで可愛い彼女とデートに行ったり勉強をしてみたり。恋愛してるなって満足はした。けれど、ただそれだけだった。
一緒にいて楽しくないわけじゃない。そういう雰囲気になったからキスだってした。それなりに緊張したし高揚もした。照れた表情を見て可愛いとも思った。けれど、何かが違うのだ。俺の求めていたものはこれじゃない。
自分でも相当身勝手だと思う。俺が望んで名前と別れて、この子と付き合い始めた。それなのに、違う、なんて。そんな時だった。その子が別れてくださいと言ってきたのは。名前といい、この子といい、女ってのはどうしてこうもすんなりと別れを決断できるのだろう。悩んでいる自分が馬鹿みたいじゃないか。


「黒尾先輩は、私のこと、どうやっても好きになってくれないって分かったので」
「は?好きだから付き合ってんだろ?」
「最初から、黒尾先輩は私のこと好きじゃないって分かってましたよ?」


悲しそうに、けれどもう既に吹っ切れているのか、その子は俺が見惚れた綺麗な笑顔でそう言った。わけが分からない。俺はちゃんと、好きだから付き合っていたつもりだったのに。


「名字先輩のこと、好きなんですよね。今も」
「は?」
「黒尾先輩、名字先輩といる時の顔、幸せそうですもん。敵わないなあって」


その子は、自分と付き合い始めてからも俺と名前はまるで恋人同士みたいだったと。お互いの表情がそれを物語っていたと。だから別れを決意したのだと。そう、言ってきた。そんなつもりはなかっただけに、俺は驚きを隠せない。


「黒尾先輩。ほんの少しの間ですけど楽しかったです。ありがとうございました」


名前にも同じようなことを言われた。何がありがとう、だ。俺は礼を言われるようなことなんて何もやってない。この子にも、名前にも。ほんと、情けねーな俺は。何やってんだか。
好きってなんだとか、恋愛してるとかしてないとか、そんな難しいこと分かりもしないくせにごちゃごちゃ考えていたから駄目なんだ。要は、俺が誰といたいか。誰を手放したくないか。誰を大切に想っているか。結局、そうやってシンプルに考えてみたら胸の中がすっきりして。
真っ先に思い浮かんだのが名前の顔だった。それはつまり、そういうことなのだろう。


「…ごめんな」


その子は俺のことを責めるどころか、うまくいくといいですね、なんていつかの名前みたいな言葉を投げかけてくるものだから。同じようなヤツに惹かれちまうもんなんだなぁと笑うしかなかった。


◇ ◇ ◇



5限目が終わってバイトの時間まで適当に暇潰しをしようと思っていた私は、大学の敷地内にある図書館に併設された自習スペースで、翌日に小テストを控えた授業の勉強をしていた。こう見えて、勉強はそこそこできる方だ。自習スペースは静かで集中ができるし、結構お気に入りの場所だったりする。
暫く音楽をききながら問題に取り組んでいた私だったけれど、ふと背後に人の気配がして顔を上げた。テスト期間中でもないのにこのスペースに来る人は少ないから、誰かが来るなんて珍しいな。そう思いながら片耳だけイヤホンを外して振り返れば、そこには見慣れた黒髪の背高のっぽがいて、心臓が跳ねた。


「なん、で、ここに?」
「名前に話があって来た」
「……私、バイト行かなきゃ、」
「まだ時間あるだろ。知ってる」


避けてはいない。普段は友達として普通に接しているつもりだ。けれど、2人きりというのは別れてから1度もなかった。しかも私を見下ろす鉄朗の顔はいつになく真剣だから、それがまた私の心臓を鷲掴む。


「…気になってるやつとは、うまくいったか?」
「なんでそんなこと、鉄朗に言わなきゃいけないの…」
「うまくいってんなら邪魔はしねーよ。けど、もしうまくいってないなら…俺とまた付き合ってほしい」
「え?」


何を言っているんだこの男は。鉄朗が気になっていた子と付き合い始めたときいたのは、つい最近のことだったと記憶している。それなのになぜ意味の分からないことを言ってくるのか。颯爽と別れを告げた私の大きな決意を、鉄朗は一体何だと思っているのだろう。


「勝手なこと言ってるのは分かってる。けど、俺は名前じゃねーと駄目らしいわ」
「何それ…気になってた子と、付き合い始めたんじゃないの?」
「別れた。つーか、フラれた」
「なんで?」
「俺は名前といる時の方が幸せそうだから諦めたんだとよ」


幸せでいてねって願っていたのに。そんな簡単に、恋をしていた相手にフラれて引き下がってくるなんてどういうつもりだ。私といる時の方が幸せそう?そんなこと、そんなこと…ない、きっと。だってそんなの期待しちゃうよ。鉄朗の幸せには、私が必要なんじゃないかって。


「鉄朗、は?それで、本当に幸せなの?」
「さあ?分かんね。けど」
「けど?」
「少なくとも俺は友達に戻った今でも名前のことが好きで、1番大切にしてーなと思っちまってんだからそういうことじゃねーの?」
「……ばか、気付くの遅いよ、」
「…ん。お待たせ」


ガタンと大きな音を立てて立ち上がり、衝動に駆られるまま鉄朗に飛びつけばゆっくりと抱き締めてくれる逞しい腕。久し振りに感じる体温に鼻の奥がツンとする。
本当は誰とでもいいから幸せになって、なんて願ってなかったよ。なんで私じゃ駄目なんだろう。一緒に幸せって思えたら良いのにって、どれだけ思っただろう。今度こそ、うまくいくかなあ。ちゃんと、手放さずにいられるかなあ。


「名前、好きだ」
「……そういえば初めて言われたかも」
「そうだっけ?」
「うん。たぶん」
「じゃあこれからは言うようにするわ」
「いいよ。恥ずかしい」


好きって言われるだけでこんなにも心がポカポカするのは、私が鉄朗に恋してる証拠。私が好きって言ったら、鉄朗も同じように感じてくれるのかな。そんな出来心でボソボソと紡いだたった2文字の言葉に、鉄朗は幸せそうに笑った。
幸福論者はしあわせか

蓮様より「付き合っている2人、黒尾に他に気になる人ができてしまい別れてしまうがやっぱりヒロインが好きでやり直す」というリクエストでした。両者からの視点で書いてみたのですがごちゃごちゃしてしまったでしょうか?勝手に大学生設定にしてしまい申し訳ありません。モブキャラの女の子がいい子すぎるなと思いながらも2人を後押しするつもりで書きました笑。楽しかった!この度は素敵なリクエストありがとうございました!
2017.05.03


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