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※「ラスト・ロマンス」続編


俺がプロポーズして、婚姻届も提出して、名前は名実ともに俺の妻になった。だからと言って俺は何かが変わったわけではないけれど、名前の方は名字が変わった影響で色々慣れないようで、まだ「黒尾さん」という響きにドギマギしている。そんな名前を見て笑えば、書類とか沢山書かなきゃいけなくて大変なんだからね!と口を尖らせて言われたけれど、その顔はちっとも怒っていなくてむしろ嬉しそうだったから、また笑ってしまった。
少し前の俺だったら考えられなかったけれど、こういう平凡な幸せってやつは最高だ。つい先日、無事に新居にも引っ越してきて、荷ほどきもそこそこ進んでいる。家に帰って来たら名前がいるというただそれだけのことで仕事を早く終わらせようという意欲が湧くのだから、俺は改めて、名前に相当惚れ込んでいたんだなと再認識せざるを得なかった。
しかし、最近の名前は少し様子がおかしい。家でもやたらスマホを見ては誰かとやり取りしているようだし、仕事が立て込んでいるのかもしれないが帰りが遅くなることが多くなった。その上、土日も何かと用事があると言って出て行くことが増えたし、なんとなく俺との時間が減ってきているような気がする。
自分のことを棚に上げてこんなことを考えるのはどうかと思うが、俺の頭の中には、浮気、という文字が浮かび上がる。名前に限ってそんなことはあり得ない。そう思っているし信じているけれど、どうにも落ち着かない。


「鉄朗、私ちょっと出かけてくるね」
「は?どこに?」
「んー…買い物」
「じゃあ俺も…」
「大丈夫。すぐ帰って来るし。鉄朗は家で待ってて」


またこれだ。今日は土曜日。どこかに行くかと尋ねたら買い物は明日にしようと言ってきたくせに、名前は今から1人で、その買い物に行くと言う。まったく、わけが分からない。名前はなぜか上機嫌で、それが益々気に食わなかった。


「じゃあ行ってきまーす」


無情にもバタンと音を立てて閉まった扉。絶対俺になんか隠してるだろ。直感でそう悟った俺は、悪いなと思いつつも名前の後を追って家を出た。名前はいつも行くスーパーとは逆の方向へ歩いて行っており、その時点で俺に嘘を吐いていたのだということが分かり胸がちくりと痛む。
女々しいということも、俺がとやかく言える立場じゃないってことも重々承知だ。が、頭で分かっていても心が追いつかないとはまさに今の俺のことで、ちらつく浮気の文字が不安を駆り立てる。
暫く歩いて名前が辿り着いたのは一軒の古びた喫茶店。ちょうど窓際の席に座ってくれたおかげで、俺は店の外からでも名前の様子を窺うことができる。そして気付いた。名前の目の前に男がいることに。
勿論、何の話をしているのかは分からない。けれど、遠目にもわかるほど破顔している名前の表情からは、その男に対する好意の色しか見えなかった。
何度も言うが、俺に名前を責める権利なんてない。散々辛い思いをさせたことは痛いほど理解しているつもりだし、こんな俺を受け入れて結婚してくれた名前には本当に感謝している。
だからこそ、名前が俺に隠れて何かをしていることがどうしようもなく辛かった。何年も付き合ってきて、こんなことは初めてだ。もしかして俺が他の女に気を取られている内に、名前も他の男とイイ関係を築いたりしていたのだろうか。そんなことを一瞬思ってしまったけれど、名前に限ってそれはない。…と思う。
俺はいまだに楽しそうに見知らぬ男と会話をしている名前を見ていることが耐えられなくて、その場を後にした。


◇ ◇ ◇



「ただいまー。遅くなっちゃってごめんね」
「いや、いいけど。どこまで行ってたんだよ」
「スーパーで偶然知り合いに会って。ちょっと話してたらこんな時間になっちゃった」


ごめんね、と謝る名前は、帰りがけにわざわざ寄ってきたのであろうスーパーのビニール袋から、大して必要そうでもないものを取り出している。
何が、偶然知り合いに会って、だ。俺はそれが嘘だってことを知ってるんだぞ。浮気してんじゃねぇのか。結婚した今になって、俺への仕返しのつもりか。そう言ってやりたい。
けれど、それらが音になって伝えられることはなかった。


「鉄朗?どうかしたの?難しい顔して…」
「………なんでもねぇよ」
「なんでもないって表情じゃないけど」


買ったものを片付け終えたらしい名前は、いつもの調子で不思議そうに俺の方へ近付いてくる。俺に嘘吐いて他の男と会った後で、なんでそんな顔できんだよ。
俺も昔こんなことをしていたのかと思うと本当に最低だったなと申し訳ない気持ちは生まれるが、今はそこまで考える余裕がない。黙っていようと思っていた。何も触れずに、見なかったことにしようと決めていた。だから、いつも通り、自然に振る舞おうと努力していた。
それなのに、気付けば身体は勝手に動いていて、俺は名前の身体をキツく抱き締めていた。突然の出来事に、名前は俺の腕の中でもぞもぞと逃げようともがいている。が、勿論逃してやることはできない。


「てつろ、ちょっと、どうしたの…?」
「……俺と結婚したこと、後悔してんじゃねぇのか」
「は?なんで?」
「俺より、好きなヤツ……いるんじゃねぇの?」


やっとの思いで絞り出した声が静寂を引き寄せる。縋り付くように名前の首元に埋めた顔は、上げることができない。答えが知りたい。けど、知りたくない。相反する2つの感情に挟まれて、俺は無意識のうちに名前の身体を更に強く抱き締めていた。


「なんでそんなこと、言うの…?」
「…さっき、喫茶店で男といるとこ見た」
「え、」
「買い物してたとか嘘で、本当は、その男に会いに行ってたんだろ…、」


顔を見なくても分かる。名前は今、相当戸惑っているはずだ。またもや訪れる沈黙。名前は何と返してくるだろうか。俺は名前を抱き締めた状態のまま返事を待つ。
すると、ふふっ、と。場違いな笑い声が聞こえた。笑い声の主は当たり前のことながら名前で、俺はわけが分からなくて顔を上げる。一体、何がそんなにおかしいというのか。


「鉄朗、何か勘違いしてるんじゃない?」
「勘違い?」
「さっき会ってた男の人って大学の時に仲良かったマエダ君だよ」
「は?」


俺はクスクス笑いを零す名前を呆然と見つめて固まった。マエダというのは大学時代の俺と名前の共通の友人だ。同じ学科のグループ演習で仲良くなり、社会人になってからもそのマエダが主催した同窓会に参加したことがある。マエダは所謂、仕切り屋というかまとめ役というか、そういうのに向いている性格らしく、文化祭なんかの時には面倒臭そうな係を自ら引き受けていた。
そんなマエダと名前が、なぜ2人で会わなければならないのか。しかも俺に内緒で。いまだに納得できていない俺に、名前は困ったように眉尻を下げる。


「本当は内緒にしておこうかと思ったんだけど…もうバレちゃったし仕方ないかぁ…」
「なんだよ」
「実はね、マエダ君に結婚式の二次会の幹事をお願いしてるの」
「…それならそうと俺にも話してくれりゃ良かったんじゃねーの?」
「そうなんだけど…色々打ち合わせしたいことがあるし、マエダ君に会うことが増えると鉄朗が不機嫌になるかなあと思って」


結婚式の二次会でそんなに綿密な打ち合わせなんて必要ないと思うし、そもそも会うなら会うで俺も一緒に行けばこんな誤解を招くことはなかったんじゃないだろうか。俺の表情から不機嫌さを読み取ったのだろう。名前は苦笑している。


「…鉄朗に内緒でやりたいことがあったの」
「は?」
「サプライズってやつ」
「…なんだよそれ」
「だから鉄朗にバレないように頑張ってたつもりなんだけど…やっぱりダメかぁ…マエダ君に謝らないとなぁ…」


名前は申し訳なさそうにそう呟くと、俺にゆるりと笑ってみせた。


「浮気してるとでも思った?」
「……ちょっとな」
「私が今まで一度も浮気したことないの、なんでか分かる?」


鉄朗以上に好きだなあって思える人に出会えなかったからだよ。
ふふ、と。悪戯に笑う名前を見て、少しでも疑ってしまった自分を恥じた。名前はいつだって俺を裏切ったことなんてないし、悲しませるようなことをしたこともない。それはきっと、これからもそうなのだろう。
なんか俺、カッコ悪ぃなぁ。


「疑って悪かった…心配だったんだよ。名前が離れていくんじゃねぇかって」
「…離れないよ、大丈夫」


俺よりも随分と低い身長で背伸びをして、子どもを宥めるみたいに俺の頭を撫でる名前に愛おしさが込み上げてくる。俺は一生名前に敵わねぇんだろうな、と思わずにはいられない。


「鉄朗ったら、私のこと大好きだねー?」
「は?違ぇよ」
「え」


いつも愛してるって、言ってるだろ。
そう言うと名前は聞き慣れているはずのその言葉に顔を赤らめるから。まだまだ俺にも主導権ってやつがあるんじゃないかと勘違いしてしまうんだ。
俺は名前をふわりと抱き竦めると、一生離さねぇからな、という気持ちを込めて、再びお決まりの台詞を囁いてから柔らかな唇にキスを落とした。
臆病者のラプソディー

そらまめ様より「黒尾中編「ラスト・ロマンス」続編、ヒロイン浮気疑惑」というリクエストでした。黒尾が非常に弱くて女々しい…笑。なんだかんだで相思相愛な2人を書いていると幸せな気持ちになりました!この度は素敵なリクエストありがとうございました!
2017.04.29


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