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鉄朗はどうやらモテるらしい。それは付き合い始めてから気付いたこと。それまではただのクラスメイトとして普通に話しかける感じだったこともあり、注意深く観察していたわけじゃなかったから、全然気付かなかった。
鉄朗に告白されたのはかれこれ1ヶ月ほど前のこと。仲の良い友達としか見ていなかった鉄朗が唐突に、私のことを好きだと言ってきたのだ。最初は冗談か、そうでなければ何かの罰ゲームかと思って断ったのだけれど、本気だからな、と言った鉄朗の瞳は見たこともないぐらい真剣で。単純な私は、その表情に心を鷲掴みにされてしまって、気付けば口が勝手にOKの返事をしていた。
そんなわけで私と鉄朗は恋人になったのだけれど、これといって大きな変化はない。LINEや電話でやり取りをすることは増えたかもしれないが、部活で忙しい鉄朗とはデートに行くことなんてなかなかできないし、帰宅部の私は一緒に帰ることもできない。
教室でのやり取りに至っては、付き合う前の方がよく会話をしていたような気がする。友達から恋人という肩書きに変わっただけで、私の方が今まで通りに接することができなくなってしまったのだ。


「なあ名前」
「え、あ、何?」
「…なんでそんなビクビクしてんだよ」
「いや…そんなつもりはないんだけど…」


鉄朗曰く、私は鉄朗に話しかけられるとビクッと反応しているらしい。そんなことをしているつもりはないだけに、どうすれば以前のように自然体でいられるのか分からない。
付き合い始めた当初はよく話しかけてきてくれた鉄朗も、私がそんな感じだからだろう、今となってはもう用事がないと話しかけてくれなくなっていた。付き合うって何なんだろう。どういうことをしていたら恋人って言えるんだろう。私はそんなことばかりを考えていた。
そして、鉄朗を遠目から観察するようになって気付いたのが冒頭の件だ。元々軽いノリで話しかけやすい鉄朗は、休憩時間の度に色々な女子と当たり障りのない会話を楽しんでいた。私も1ヶ月前まではその女子の1人だったはずなのに、今はこんなにも遠い。


「てつろー!今日も部活見に行っていい?」
「バレー興味ねぇんだろ。来なくていいっつってんのに」
「鉄朗の勇姿を見てあげようと思ってるんですぅー」
「大きなお世話ですぅー」


ここ最近、他の女子達よりも鉄朗と親しげに話しているその子は、学年でも可愛いと評判だ。私だって鉄朗のバレーしているところを見てみたい。けれど、家に帰るのが遅くなるし見ていてもつまらないから、と鉄朗に反対されてしまったので、私は見に行くことができないでいる。
日に日にその可愛い子と鉄朗の距離は近付いているようで、今日なんか手の大きさ比べをするとかなんとか言って、ちゃっかりスキンシップまで取っていた。私だって鉄朗の手に触れたことなんかないのに。
日が経てば経つほど苛々は募っていき、いよいよ限界が近付いてきたある日。鉄朗がその子の頭をポンと撫でた瞬間、私の中で溜まっていたものがパァンと音を立てて弾けた。
こんな思いをするぐらいなら、付き合うんじゃなかった。そもそも、付き合っていると言えるほどのことなんて何もしていないし、本当に鉄朗は私のことが好きなのだろうか。私は、最初こそそんな感情は抱いていなかったけれど、今はこんな風に醜い嫉妬心に駆られるほど鉄朗のことが好きになってしまったのに。
その日の夜。私は鉄朗に、別れよう、とだけメッセージを送った。何度も電話がかかってきたけれど、全て無視した。学校で会うことは分かりきっていたけれど、それでも、その時は鉄朗の声なんて聞きたくなかったのだ。
そうしてむかえた翌日。予想はしていたことだけれど、鉄朗はいつも通り朝練が終わってから教室に現れたかと思うと、真っ直ぐに私の席に向かって歩いてきた。


「なんで電話出ねぇの」
「……寝てた」
「あれ何?本気かよ」
「うん」
「なんで」
「……そんなの、鉄朗が1番よく分かってるんじゃないの?」


鉄朗は眉を顰めて、分かんねぇよ、と吐き捨てた。何がわからない、だ。自分のやっていることを振り返ってみれば、答えなんて自ずと出てくるではないか。
仮にも彼女である私には素っ気ないくせに、他の女子達には愛想振り撒いて。そりゃあ私だって、鉄朗を困らせるような行動を取っていたという自覚はある。けれど、だからと言って私の目の前で見せつけるみたいにイチャつくのはあんまりじゃないか。


「鉄朗から告白してきたくせに」
「…は?何怒ってんだよ…」
「どうせそこまで好きじゃなかったんでしょ。だからこっちから別れようって言ってあげたんじゃない」
「おい…誰がそんなこと言った?」


ムクムクと膨れ上がるドス黒い感情のせいで、歯止めが効かない。こんな言い方をするつもりはなかった。本当は別れたくなんかない。けれど、うまくいかないのだからどうしようもない。
鉄朗がまた何かを言いかけたところで無情にもチャイムが鳴り、先生が教室に入ってきた。話の途中ではあるけれど、鉄朗は自分の席に戻って行く。助かった…あのまま話し続けていたら、もっと最悪なことになっていたかもしれない。
その日の授業はちっとも頭に入らず、私は1日を何の感情もなく過ごした。休憩時間にまた鉄朗に話しかけられるかなと思っていたのに、意外にもそんなことはなく。ああ、きっと、これで終わりなんだ。そう思っていた放課後、思い出したかのように鉄朗が私の元にやって来た。


「……話してぇんだけど」
「私は話すことなんてない」
「俺はある」


どうやっても引き下がりそうにない鉄朗の雰囲気を感じ取った私は、渋々鉄朗の後を付いて行く。これで、最後。大丈夫。泣いたりなんかしない。
連れて来られたのはバレー部の部室。他の部員達はもう着替えてしまったらしく、そこには誰もいない。


「汚いけどとりあえずどっか座って」
「うん…」


鉄朗に促されるまま、私は近くに置いてあった椅子に座った。部活は良いのかな、と気になったけれど、そんなことをきける空気ではないので私は無言で床をじっと見つめる。


「部活ばっかで構ってやれなかったから怒ってんの?」
「…違うよ」
「じゃあなんで?」
「鉄朗は、私のこと、本当に好きだった?」
「そんなの俺から告白したんだから好きに決まってんだろ」
「でも…私といる時より、他の女の子といる時の方が楽しそうだもん…」


消え入りそうな声で呟いた言葉は、鉄朗に届いただろうか。視線は下に落としたままだから表情を窺い知ることはできない。
私はこの際だからと、思っていたことを全てぶち撒けた。鉄朗のことを意識しすぎてうまくいかなかったことも、自分より他の女子達と楽しそうにしている鉄朗を見て嫌な気持ちになったことも、私だって鉄朗がバレーしているところを見たいと思っているということも、私には触れたことがないくせに可愛い女の子の頭を撫でていて嫉妬したことも、全て。呆れられるのを覚悟の上で、伝えた。


「名前…顔上げてくんない?」
「やだ」
「じゃあこうする」


鉄朗は私の正面に立つとおもむろにしゃがみ込んで、下から顔を覗き込んできた。ちらりとその表情を窺うと、鉄朗はなぜか困ったように眉尻を下げつつも口元に弧を描いている。


「なんかすげぇアホらしいわ」
「…何が?」
「色々ごちゃごちゃ考えてた自分が」


そう言ってするりと伸びてきた鉄朗の手によって、私の指は絡め取られた。その一瞬で鉄朗に触れられたところが熱を帯びていくように感じるのは、きっと気のせいなんかじゃないと思う。


「名前の前だと俺も緊張すんの」
「…嘘でしょ」
「ホント。クラスの女子には簡単にできることでも、名前にはできねーの」
「なんで……?」
「嫌われたらどうしよーって思うから。これでも必死だったんですけど」


ふざけた調子で言うものだから本当のことなのか図りかねていたけれど、絡められた指が僅かにぎゅっと握られたから、もしかしたら本気で言ってくれているのかもしれない。
鉄朗はいつも余裕たっぷりで、不安なんて微塵も感じていないのだと思っていた。だから自分ばっかり必死で、嫉妬なんかして、馬鹿みたいだと。そう思っていた。けれど、どうやらそれは違ったらしい。


「鉄朗、あの…お願いが、あって…」
「何?言ってみ?」
「頭、撫でてほしい…です…」
「……何それ」


だって、あの子の頭は撫でて私は撫でてもらえないなんて悔しい。そんな子ども染みた嫉妬心からくる陳腐なお願いをきいて、鉄朗は呆れたように笑った。
そして、ポンと頭に乗せられた手。ゆるゆると頭を撫でられるのがこんなに心地良いなんて知らなかった。私の顔をニヤニヤと見つめながら、他には?なんてきいてくる鉄朗は、本当に意地悪だけれど、甘やかされてるなあと思うと無性に幸せな気持ちになってしまって。しゃがんでいる鉄朗に、思い切って抱き付いてやった。


「名前ちゃーん…それはちょっとダメかなー…」
「なんで?嫌だ?」
「嫌じゃねーんだけど…あー…いや、いい、わかった。お好きなようにどうぞ」


鉄朗は何かと葛藤しているようだったけれど、私をチラリと見た後で意を決したようにそう言った。嫌じゃない。そう言ってもらえたのをいいことに、私はその逞しい身体に、今まで溜まっていた気持ちを全て込めてぎゅっと抱きつく。すると鉄朗もその気持ちを応えるかのように優しく抱き締め返してくれた。


「部活、見てくか?」
「いいの?」
「ん。帰り送る。ちゃんと待ってろよ」
「うん!」


名残惜しいけれど鉄朗は部活に行かなければならないのでそっと離れる。そして2人で部室を出たところで、ばったり出会ったのは夜久君。あれ。なんでこんなところに…?


「仲が良いのは良いことだけどさ、そういうことは他でやってほしかったな?」
「え、あ、ごめ、え、」
「やっくん、ごめんネー?」


いつからいたのかは分からないが、私達のやり取りは筒抜けだったらしい。恥ずかしいやら申し訳ないやらでいっぱいの私をよそに、鉄朗はどこか自慢げに、ちっとも反省した様子なく謝った。夜久君がツっこむこともせず部室に入ってくれたのは非常に有り難い。


「これからは堂々と攻めていくんで。覚悟しとけよ?」
「お手柔らかにお願いします…」


それからの鉄朗はというと、クラスでもことあるごとに私のところに来るようになり、他の女の子達との関わりは極端に減ったように思う。部活を見に行けば帰りは必ず送ってくれるし、凄く幸せなのだけれど。その分、人目を憚らずにスキンシップを取るようになってきたから、それはそれで困っていたりする。
でも、まあ。それは贅沢な悩みだから、今はそんな悩みさえも幸せだなって思うことにしよう。
シトロンの海で愛ましょう

凛様より「彼女は自分のはずなのに別の女子が隣にいて喧嘩をしてしまう切甘なお話」というリクエストでした。落ちどころが分からず長めになってしまってすみません…。内心焦りまくりな黒尾を書くのは楽しかったです!この度は素敵なリクエストありがとうございました!
2017.04.27


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