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※社会人設定


俺は今年から社会人として働き始めたばかりだ。仕事にはまだ慣れないが、そこそこ良い企業に就職することができたせいか、今のところそれほど仕事が辛いと感じたことはない。
彼女である名前は俺と同い年で、なんとも奇遇なことに同じ高層ビルの中にある違う企業で働いている。名前と付き合い始めたのは大学2年生の春。だからこの春で恋人同士という関係になってから3年になる。お互いの性格をよく分かっているから滅多なことでは喧嘩しないし、自分で言うのもなんだけれど、俺達はいまだにラブラブだ。
社会人になってからは同じビルで働いているという特権を生かして、時間が合えば一緒に帰っているし、お互いの家も割と高頻度で行き来している。それが窮屈に感じないのだから、俺は相当名前のことが好きなんだと思う。
今日も俺は、仕事終わりに名前と夜ご飯を食べに行こうと約束していた。だから午前中はルンルン気分で仕事に励んでいたわけなのだけれど。そのテンションは昼休憩を境に下がる一方だった。


「名前ちゃん、それ持つよ」
「ありがとうございます。助かります」


昼休憩。俺が乗っていたエレベーターが止まって乗り込んできたのは、名前と見知らぬ男。しかも、実に仲睦まじくそんな会話を繰り広げているのを目の当たりにしたものだから、俺は一瞬、人違いかと思った。しかし、自分の彼女を見間違えるはずもない。
何が入っているのかは知らないが、名前が持っていた大きめのダンボール箱は、俺の目の前でその男の手に渡る。その際、僅かに手が触れ合ったのか、名前はごめんなさい、と手を引っ込めながら男に謝罪していて、その表情はどこか気恥ずかしそうだ。
ダンボール箱に意識が集中していたせいだろうか、名前はエレベーターに乗って顔を上げたところで漸く俺の存在に気付いたらしく、目が合った瞬間、それはそれは驚いた顔をした。
大きなビルの沢山あるエレベーターのひとつ。しかも時刻はお昼時で大勢の人が使用しているであろうこの時間。まさか俺に出会うなんて夢にも思っていなかったのだろう。俺だってそうだ。現に、働き始めてからこんな風に出会ったのは初めてである。
ある意味、運命とも言えるようなドラマチックな展開の中、固まっている名前を見てダンボール箱を持った男はまた、名前ちゃん?なんて、忌々しくも親しげに名前を呼ぶ。何が名前ちゃん、だ。仕事での付き合いにしては馴れ馴れしすぎやしないか?俺はイライラするのを抑えながら必死に平静を装う。


「お疲れ様」
「…お疲れ様」
「あれ?知り合い?」


ここで赤の他人を演じる必要もないので、俺は牽制の意味も込めてにっこり笑いかけながら名前に声をかけた。俺達のそのやり取りを見て勘付いたらしい男は、名前と俺を交互に見ながら尋ねてくる。


「どうも。いつも名前がお世話になってます。彼氏の及川です。こんなところで会うなんて偶然だね?」
「そうだね」
「へぇ…彼氏、いたんだ…」


貼り付けた笑顔はそのままに挨拶をして、最後の一言は名前に視線を送りながら言ってのける。明らかに落胆した様子の男に、心の中でざまぁみろ、と悪態を吐いてはみたけれど、先ほどのやり取りを見た後ではちっとも気が晴れない。


「今晩約束してるんで、残業させないでやってくださいね?」
「ちょっと、徹…!」


これぐらい言ってやっても良いだろうと、とびっきりの笑顔で男にそう言った俺は、ちょうど目的の階に到着したので軽く会釈をしてからエレベーターを降りた。名前はきっと質問責めにあっているだろうけれど、この際だからきちんと俺という彼氏の存在を知らしめてもらいたい。
さて、と。いくら上司とは言え名前呼びを許していることも、あんな風に照れたような表情を見せるのも、いただけないよなあ。あの光景を思い出すたびに、俺の中では言いようのない感情が沸々と湧き上がってきてしまう。その結果、その日の午後はただただテンションが下がるばかりだった。


◇ ◇ ◇



お互い時間通りに仕事が終わったので、1階のロビーで落ち合うことになった。落ちていたテンションも、名前と今から楽しい時間を過ごせるのなら気にしないことにしようと、なんとか落ち着かせることができている。
今から降りるね、という連絡が入り今か今かと待ちわびていると、エレベーターのドアが開いた。そこからお目当ての人物が出て来たことを確認した俺は、名前に近付こうと一歩踏み出したところで足を止める。それもそのはず。名前の後を追って、昼間にエレベーターで出くわした男が現れたからだ。
俺と目が合って足早に近付いてくる名前と、それとは対照的にゆっくり歩みを進めてくる男。一体、どういうつもりなのだろう。


「お待たせ」
「それはいいけど…またあの人と一緒なんだ?」
「たまたま同じタイミングで仕事が終わったから一緒に降りてきただけだよ」
「ふーん…」


恐らく、そう思っているのは名前の方だけだ。その証拠に、男は愛想よく笑いながらも敵意剥き出しの視線を俺に注いできている。また明日、と名前に声をかけてから男は去って行ったけれど、これは明日からどうにも気が気じゃない。
名前はそこそこ頭がいいのに、こういうところは恐ろしく鈍感だ。自分に好意を寄せている人間がすぐ傍にいることに全く気付かない。学生時代からそれは変わらないから、社会人になって何事もなく過ごせているのが不思議なぐらいだったのだけれど、どうやら俺が知らないところで名前に忍び寄る輩がいたらしい。


「徹?ご飯行かないの?」
「……忘れ物したから、取りに行くのついて来てもらえない?」
「うん。いいよ」


何の疑いもなくそう答えた名前の手を引いて、俺は空いているエレベーターに乗り込んだ。最上階のボタンを押したところで、ゆっくり閉まっていくドア。完全に閉まったのを確認してから、俺は名前をエレベーターの端っこに追い詰めて両手を壁に縫い付ける。何が起こっているのか分かっていない名前をよそに、俺は無防備な唇に自分のそれを押し当てた。
最初は逃れようとしていた名前だったけれど、何度もしつこく角度を変えながら貪りついている間にとうとう観念したのか、途中からは俺の思い通りに受け入れてくれるようになって、密かに優越感に浸る。たった数秒ではあるけれど口付けを繰り返したことによって、名前の顔は今にも蕩けそうだ。


「誰か入ってくるかもしれないのに、そんな顔しちゃダメだよ?」
「は…、徹のせいでしょ…、なんで…、」


なんでこんなことするの、とでも言いたかったのだろう名前の言葉は、止まったエレベーターのドアがゆっくり開いたことによって遮られてしまった。
目的の階より早く開いたということは誰かが入って来るのだろう。そう思って素早く名前を背中に隠すようにして体勢を切り替えたのに、予想に反してエレベーターには誰も乗ってくることはなく。ドアは再びゆっくりと閉まって密室を作り出す。
俺はまたドアが完全に閉まってからくるりと身体を反転させて名前を囲い込むと、俯く顔を至近距離で覗き込んだ。潤んだ瞳は、まるで誘っているみたいでゾクゾクする。まあ、そうさせたのは俺なんだけど。


「名前に身を持って男と2人きりになるのがどういうことか教えてあげようと思って」
「さっきの人はただの上司だし、2人きりなんて……」
「エレベーターも立派な密室なんだよ?今だって俺と2人きりで何やってたんだっけ?」
「それは…っ、」
「あの男に同じことされたら、お前、逃げられるの?」


名前は目を大きく見開いて俺を見つめたかと思うと、しゅんとして、ごめんなさい…と謝ってきた。ああ、もう。狡いなぁ。許すつもりなんてなかったのに、俺は名前のこういう健気で素直なところに滅法弱い。
俺の苛立ちが少し和らいだところで、今度こそ目的の階に辿り着いたエレベーター。俺は名前の手を引いて一旦降りると、無人のエレベーターホールでその身体を抱き締めた。退社時刻を過ぎているとは言え誰か来るかもしれないから、名残惜しくもすぐに離れざるを得なかったけれど、俺の心は少しずつ落ち着きを取り戻している。


「ほんと…心配だから、たとえ仕事関係の人だとしても男と2人きりになるのやめて」
「気を付けるけど…約束はできないよ」
「じゃあせめて、もう少し隙を見せないようにしてよね…って言っても、名前には無理か…」
「徹?私が好きなのは徹だけだよ?だから信じて?ね?」


俺を見上げるその瞳に嘘がないってことは一目で分かった。なんだか俺ばっかり余裕がないみたいで悔しい。
信じてないわけじゃない。自惚れなんかじゃなく、名前が俺しか眼中にないのは分かっている。けれどそれでも、名前を独り占めしたくて堪らない俺は、いつもこうやって名前からの愛情を試すみたいに嫉妬に駆られてしまう。


「……ね、夜ご飯は俺んちで食べよっか」
「え?今から作るの?」
「適当に買うか出前じゃダメ?」
「私は良いけど…」
「じゃ、決まり。帰ろ」


先ほど降りたばかりのエレベーターを呼び出して乗り込もうとする俺の手を、名前が引っ張って止める。忘れ物は?なんて問いかけてくるものだから、俺はおかしくなって思わず声を出して笑ってしまった。ほんと、馬鹿正直だよね、名前って。だから放っておけないんだよ。
忘れ物なんて嘘に決まっている。そもそも、俺の勤め先はこの最上階のフロアではない。そんなことを知る由もない名前は、俺が突然笑い出したのを見て何事かと眉を顰めている。


「忘れ物はもういいから。ほら…おいで」


不思議そうにしながらも差し出した俺の手を掴んだ名前と共にエレベーターに乗り込むと、ゆっくりドアが閉まり、再び訪れた2人きりの空間。1階のボタンを押してから、俺は躊躇うことなく名前の身体を抱き締めると、本日2度目となるキスを落とした。
誰か入ってくるかもしれない。職場でこんなことをしていいのだろうか。そんなスリルと背徳感が、いつもと同じはずのキスを甘美なものへと変えていく。唇を重ねたまま薄っすらと目を開ければ、名前も随分酔いしれているようで胸が高鳴った。試しに唇を離してみると、どこか物憂げな表情で見つめてくるのだから、ほんと、名前には敵わない。


「徹…?」
「あーあ…家帰ったら覚悟してよね」
「え?」
「その前に…もう少しドキドキしてもらうけど」


自分だってドキドキしているくせに余裕ぶって笑うと、名前は頬を赤く染めて。何も言わないけれど嫌がっている様子がないところを見るとこのまま続けてしまっても良いのだろう。
密室が解き放たれるまであと数秒。俺はまた名前の口を塞いで、ギリギリまで2人きりの世界を堪能するのだった。
箱庭新世界

神無様より「嫉妬する及川」というリクエストでした。私の好みを詰め込んだ結果、こんなことになりました笑。及川ったらすぐに嫉妬しちゃうんだから!ほんと好き笑!このシチュエーションに滾ってもらえたら嬉しいです!この度は素敵なリクエストありがとうございました!
2017.04.25


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