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煙草には依存性があるという。確かにその通りだ。現に私は社会人になってから吸い始めた煙草を手放すことができないでいる。
吸い始めたのはもう5年も前のこと。当時付き合っていた彼氏にこっ酷くフラれてむしゃくしゃしていた私に、友達が、試しに吸ってみる?と勧めてきたことがきっかけだ。美味しいわけじゃない。けれど、吸っていると不思議と落ち着いたような気分になれるから。私は今も煙草を吸い続けている。
何度も禁煙を試みたのだけれどその度に挫折し、そんなことを繰り返している内に私はとうとう、やめることを諦めてしまった。煙草も麻薬みたいなものだ、と。何かの番組でコメンテーターが言っていたのを思い出す。
そんなこと言われたって、煙草の代わりに私の心を鎮めてくれるものなんてないんだもの。仕方ないじゃないか。
私はカフェの喫煙スペースでパソコンを開いて仕事をしながら、とある人物を待っていた。その手には、やはりというべきか煙草が握られている。仕事で行き詰まった時は常にこのスタイルだ。


「また吸ってる」
「あ。来た。お疲れ」
「ん、お疲れ。何?また行き詰まってんの?」
「まあね」


気配を消して近付いてきたのは、待ち人である彼氏の一静だった。少し緩んだネクタイはプライベートモードである証拠。
私は吸っていた煙草の火を揉み消してからパソコンの電源を切ると、カバンの中にしまい込んだ。元々、一静が来るまでの間にできるところまでやろうと思っていただけなので、急ぎの仕事ってわけじゃない。
今日はこのまま、一静の家に行くことになっている。明日は祝日なので会社は休みだし、2人でゆっくりできるだろう。私達はカフェを出て適当なお店で夜ご飯を済ますと、一静の家に向かった。
一静の家は相変わらず男の人の一人暮らしにしては綺麗に片付いていて、自分の家の方が散らかっているんじゃないかと思ったりする。何度もお邪魔している私は、定位置であるソファに腰掛けた。そのタイミングを見計らったかのように、一静はビールを2本テーブルの上に置いてから私の隣に座るから、なんともできた男だ。


「煙草…やめないの?」
「またそれ?やめられなかったって言ったでしょ」


一静は私に煙草をやめてほしいらしく、時々先ほどのような質問を投げかけてくる。その度に私が同じ答えを返すのは分かりきっていることなのだから、いい加減諦めてほしい。


「なんで吸ってんだっけ?」
「んー…なんかイライラしたりうまくいかなかったりすると、つい手が伸びちゃうんだよね」
「ふーん」
「一静は?」


私に禁煙を勧めてくるくせに、一静は私と同じく喫煙者だ。そういえば一静が煙草を吸う理由ってきいたことなかったな、と思ってほんの出来心で尋ねてみれば、一静は逡巡してからビールを口に含む。


「…口寂しいからかな」
「へぇ」


口寂しいなんて言葉が一静の口から飛び出してくるなんて思わなかったので、なんだか意外だ。とは言え、煙草を吸う理由なんて大体そんなものだろうし、私は自分から尋ねたくせに気のない返事をしてしまった。
それに気を悪くしたのだろうか。一静は持っていたビールの缶をテーブルの上に置いて、ずいっと私の方に近寄ってきたかと思うと、私の手からもビールの缶を奪って唐突に唇を重ねてきた。唇が離れた後、至近距離でペロリと舌舐めずりをした一静は、どことなく獰猛な目をしている。


「今日、うち泊まるよね?」
「帰す気なんてないくせに」
「…バレた?」


ニヤリと笑った一静はひどく妖艶で。私はそのまま、一静に全てを委ねたのだった。


◇ ◇ ◇



情事後、眠っていた私は、ほんの少し肌寒さを感じて目を覚ました。ふと隣を見ると、そこにいるはずの一静の姿はなく、通りで寒く感じるわけだと納得する。
私はベッドから出て借りたスウェットとパーカーを身につけると、温もりを求めて一静を探した。なんとも呆気ないことに、私はすぐさま寝室のベランダに見慣れた後ろ姿を捉えたので、探す必要もなかったな、なんて思いながらそちらへと足を向ける。
カラカラと音を立てて扉を開くと、一静は僅かに振り返った。その手には煙草。消えゆく白い煙の香りは、私のそれとは種類が違う。


「起こした?」
「隣にいてくれないと寒いんだけど」
「はは、ごめんごめん」


ちっとも反省していない様子で煙を燻らせる一静の姿は、なんとも様になっている。私はそっと一静の隣に並ぶと、手を差し出した。私にも煙草ちょうだい?と。そういうつもりで出した手のひらには一静の手が重なって、ぐいっと引き寄せられてしまう。
ベランダの手すりと一静の身体に挟まれたところに落ち着いてしまった私の目の前には、暗い夜空が広がっている。私は抗議の意味を込めて、顔だけを一静の方に向けた。


「煙草、ちょうだいって意味だったんだけど」
「知ってる。あげないけど」
「自分だけ吸ってズルい」


一静は煙を吸い込んでふーっと吐き出した後、短くなった煙草を置いてあった灰皿に押し付けて火を揉み消した。そして、私のお腹にするりと手を回して身体を密着させたかと思うと、深く口付けてくる。
先ほどまでの情事を彷彿とさせるような濃厚なそれに、私の頭はクラクラだ。今の今まで吸っていた煙草の匂いが口内から鼻に抜けて、それがまた麻薬よろしく脳を痺れさせるからタチが悪い。は…、と。漸く解放された口からは、思わず熱っぽい吐息が零れた。


「急に…どうしたの?」
「俺、さっき教えてあげたよね?煙草吸う理由」
「…口寂しいから、だっけ?」
「そう。だからしたの」


数分、否、数十秒前まで煙草を吸っていたくせに、よくもまあそんなことが言えるものだ。本心でそんなことを言っているようにはどうしても思えなくて、私は真意を探るべく一静の瞳をじっと見つめる。


「何?またしてほしい?」
「…キスしてきた意味、他にあるんじゃないの?」
「名前ってそういうの鋭いよね」


一静は困ったように笑った後、私の髪を梳きながら口を開く。


「やっぱり、煙草やめてよ」
「やめたいとは思うけどやめられないんだからどうしようもないでしょ」
「イライラしたりうまくいかなかったりしたら、その時は我慢して。その日の夜、俺が癒してあげるから」
「どうやって?」
「……こうやって」


再び重ねられた唇は先ほどよりも優しくて。不思議と心が軽くなっていく。名残惜しそうに唇が離され、閉じていた目を開けたらそこには薄く笑う一静の顔。


「…そんなことし始めたら、毎日会わなきゃいけなくなるよ」
「うん。だからさ、この際一緒に住んじゃえば良いかなって思うんだけど」
「は?」
「いいアイディアだと思わない?」


この人は。急に何を言いだすのかと思ったら、とても大切なことをさらりと言ってのけてしまうのだから敵わない。
付き合って2年ほど。意識していなかったわけじゃない。けれど、一静はそういうことを考えていないと思っていたから自分からは何も言い出せずにいた。それを、まさかこんな形で言ってくるなんて。そんなの、断る理由ないじゃないか。


「……そうだね」


私が照れながらそれだけ答えると、一静は私の身体を自分の方に向けてぎゅっと抱き締めてくれた。


「俺も一緒に煙草やめるから」
「…うん」
「名前もやめて」
「…うん」
「ちゃんと煙草やめられたら、とびっきりのプレゼントあげる」


その時の私には“とびっきりのプレゼント”が何なのかは分からなかった。けれど、同棲を始めてから数ヶ月後、無事に煙草から卒業できた私に一静がくれたのは一生に一度しか目にすることがないであろう指輪で。
プロポーズの言葉に頷く私を見た一静は、煙草やめられたからこれでいつでも子どもつくれるね?なんて楽しそうに笑ったのだった。
アンチドーテラバー

はち様より「喫煙者の彼女に煙草をやめさせる話」というリクエストでした。煙草を吸う松川のシーンと煙草の代わりにキスというありきたりなネタを書きたいがためにこのような内容になってしまいましたが…大丈夫だったでしょうか…?この度は素敵なリクエストありがとうございました!
2017.04.24


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