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- ナノ -

「ずっと前から及川君のことが好きでした」
「……、ありがとう」
「…あの、もし良かったら私と付き合ってください…!」
「うん。いいよ」


私の一世一代の告白は、なんとも軽いノリで受け入れられた。いや、嬉しいのだけれど、あまりにあっさりした返答に、私は拍子抜けしてしまった。
私の好きな人であり、彼氏となった及川徹という男は、自他共に認めるイケメンだ。その上バレー部の主将としてチームを纏め上げる力量を持ち合わせている彼は、それはそれはモテるわけで。告白しておいてなんだけれど、なぜOKしてくれたのか全く分からない。
とは言え、たとえ気まぐれだとしても及川君と付き合えるなんて奇跡みたいなものだし、私は、精々飽きて捨てられる前に夢のようなひと時を満喫しようと思っていた。が、付き合い始めて早3ヶ月。予想に反して及川君が私に別れ話を切り出してくることはなく、私達は今でもお付き合いを続けている。
基本的にバレー優先の及川君とは、ほとんど一緒に過ごせない。それは分かっていたことなので、仕方がないと思っている。月曜日がオフの日だということは知っているけれど、折角の休みに私と過ごしてもらうのは申し訳なくて、デートでもする?と言われた時には全力で断った。本当は誘ってもらって死ぬほど嬉しかったし、行けるものなら行きたいと思ったけれど、及川君に重たいとか邪魔だとか思われるのは嫌だったので、泣く泣く断ったのだ。
及川君は、じゃあデートしたくなったら名前の方から誘ってね、と言ってあっさり引いたから、たぶん私に気を遣ってデートのお誘いをしてくれたんだと思う。イケメンな上に気遣いもできるなんて、やっぱり及川君は私なんかには勿体無い人だ。それでもなんだかんだで付き合い続けられているから、私は毎日、何があるわけでもないけれどとても幸せだった。
そんなある日のこと。私は放課後の教室で友達数人と恋愛トークに花を咲かせていた。


「及川君とどうなの?」
「どうって…普通?」
「デートは?どこ行った?」
「行ったことない」
「は?」
「3ヶ月も付き合ってるのに?」
「うん」


友達は揃いも揃って信じられないって顔をしているけれど、そんなに驚くことだろうか。別に付き合っているからと言って必ずデートをしなければならないという決まりがあるわけではないし、そんなにオーバーなリアクションをするのはやめてほしい。


「じゃあ及川君と恋人らしいことって、何したの?」
「え?うーん…なんだろう…LINEとか…たまに電話とか…?」
「そんなの仲の良い友達同士でもするじゃん。キスぐらいしたんでしょ?」
「まさか!そんなの無理だよ!」


友達の発言に、私はブンブンと首を横に振った。そんなおこがましいことをしたらバチが当たってしまう。たとえ付き合っているとは言え、及川君みたいな雲の上の存在の人とキスなんて…無理無理。もしそんなことをされたあかつきには、嬉しすぎて倒れてしまうかもしれない。


「……ねぇ名前、一応きくんだけどさ、付き合ってるんだよね?」
「うん。告白したら良いよって言われた」
「及川君も名前のこと好きだって言ってくれたんでしょ?」
「………好き、………とは、言われてない……」


友達の問い掛けをきいて初めて、私は及川君に「好き」と言われていないことに気付いた。私と及川君は一応恋人同士なのに、この3ヶ月、そういえばそんな甘ったるい雰囲気になったことは一度もない。告白をOKしてくれたから及川君も少なからず私のことが好きだと思い込んでいたけれど、よくよく考えてみれば言葉として言われたことはないなあ、なんて。今更すぎるにもほどがある。


「名前…こんなこと言いたくないけどさ、遊ばれてるんじゃない?」
「……そう、かなあ……でも、それも仕方ないのかもなあ…」
「ちゃんと確かめた方が良いよ」


友達の助言に、私は曖昧な返事をした。その後、話のネタは友達の彼氏の内容へと変わったけれど、私の耳には何も入ってこず。頭の中を埋め尽くすのは及川君のことだけだった。


◇ ◇ ◇



放課後の教室で恋愛トークをした翌日。私は思い切って、及川君に昼ご飯を一緒に食べないかと誘ってみた。珍しいね、と驚いていた及川君だったけれど、いいよ、という返事にホッと胸を撫でおろす。
及川君とは別のクラスなので、私は用件だけ済ますと教室を後にした。自分の教室へと帰る道すがら、そういえばどこで食べるか決めてなかったということに気付いた私は、まだ時間もあるし再び及川君の元へ戻ろうと踵を返す。
6組の教室を目の前にして、先ほど同様に、及川君、と。声をかけようとした私は、教室の入り口で足を止めてしまった。及川君の周りには沢山の女の子達がいて、及川君も私には見せたことのないような笑顔で楽しそうに話しているのが見えたからだ。
及川君はモテる。だからこんなの日常茶飯事だ。分かっていたことではあるが、いざその光景を目の当たりにすると結構キツい。楽しそうな会話が聞こえてきて、私は思わず耳を塞ぎたくなった。


「及川君は私達のこと好きー?」
「はは、好きだよ。みんなね」
「彼女いるくせにー」
「彼女は好きじゃないもん」


好きじゃ、ない。彼女である私のことは好きじゃなくて、今喋っている周りの女の子達のことは好きなんだ。あまりのショックに私が教室の扉の前で立ち尽くしていると、なんともタイミングの悪いことに及川君と目が合ってしまった。
元々大きな目を更に大きく見開いたその表情は、しまった、と言っているようで胸が苦しくなる。私は慌ててその場を離れると、教室とは逆方向に走り出した。


◇ ◇ ◇



「待って!」
「なん、で、追いかけて、来るの…、」
「名前こそ、なんで逃げるの」


全力疾走して息も絶え絶えな私と違って、それほど呼吸の乱れていない及川君に捕まってしまい、私は体育館前で逃げ場を失う。どうやら次の時間に体育館を使うクラスはないようで、辺りは驚くほど静かだ。短い休憩時間が終わりを告げるチャイムが鳴り響いて、私は生まれて初めて授業をサボってしまうハメになったことを悟った。
これでも今まで真面目に頑張ってきたのになあ、なんて場違いなことを考えてしまうのは、今から起こる出来事を受け入れたくないからだろうか。及川君に掴まれている手首は、驚くほど熱い。


「離して、」
「離したら逃げるでしょ」
「…私なんか、好きじゃ、ない、のに…なんで、こんなこと…」


及川君に背を向けたまま、私は必死に声を絞り出した。やっぱり聞いてたんだ…、と。バツの悪そうな及川君の呟きが聞こえて、先ほどのアレは聞き間違いではなかったんだと改めて認識させられる。
でも、そりゃそうだよね。恋人同士なのに手を繋いだことすらない。普通、好きな子が相手だったら、及川君だってもっと積極的になるはずだ。いつかは別れる時が来るって分かっていたことじゃないか。それまで夢のような時間を過ごして、いい思い出にしようって、そう決めていたはずなのに。
私はやっぱり及川君のことが好きみたいで、そう簡単には諦めきれそうにない。けれど。及川君を困らせちゃ、駄目だよね。


「ごめん…さっきのは、そういう意味じゃなくて、」
「ううん。いいの。もう、十分だから、」
「は?」
「今まで私に付き合ってくれてありがとう。凄く、楽しかった」


大丈夫。声、震えてない。及川君の顔を見ることはできないけれど、このまま綺麗に終わりを迎えられたらいい。
そんな浅はかな私の考えは、及川君の発言によって見事に打ち砕かれた。


「…そっちから好きって言ってきたくせに、随分と簡単に別れようとするんだね」
「っ…だって、好きじゃ、ないなら、付き合ってても仕方ないよ…」
「名前の方こそ、最初から俺のことなんかそこまで好きじゃなかったんでしょ」
「は、」


思いもよらぬ言葉に、私は思わず及川君の方を振り返ってしまう。いつもは綺麗に整った人形みたいな顔が今はひどく歪んでいて、そんな表情をさせているのは私なのだと思うと、申し訳ないと思う反面、どうして?という疑問が生まれた。
私が及川君のことをそれほど好きじゃなかっただなんて。そんな勘違い、されたくない。私は及川君の目を見つめる。


「私は、ずっと変わらず、及川君のこと、好きだよ」
「……キスもできないような相手なのに?」
「え?」
「昨日の放課後。友達と話してるの聞こえた」


蘇るのは、キスぐらいしたんでしょ?と尋ねてきた友達に、そんなの無理だよ!と答えた私のセリフ。違う。それはそういう意味で言ったわけじゃない。


「あれは!及川君とキスなんて、私には勿体無いっていうか…だからその、嫌って意味じゃなくて…」
「何なの、その勿体無いって。名前は俺の彼女じゃないの?」
「だって及川君、私のこと好きじゃないのに付き合ってくれてるんでしょ…?」
「…俺、好きじゃない子と付き合えるほど器用じゃないよ」


はあ、と。溜息を吐いた及川君は困ったように笑ってからなぜか、ごめんね、と謝ってきた。一体何に対しての謝罪なのか分からない私は、何の反応もできない。


「告白してきてくれて嬉しかったよ。でもびっくりしちゃって。まさか片思いしてた相手に告白されるなんて思わないからさ」
「片、思い?」
「そう。俺、名前に片思いしてた。ずっと。だから付き合えることになって嬉しかったのにさ…デートに誘ったら断られるし、いつまで経っても及川君って他人行儀な呼び方だし、挙げ句の果てにキスは無理、でしょ?何考えてるのかちっとも分かんなくて」


信じられないことをまくし立てる及川君に、私はただ耳を傾けることしかできない。及川君は一体誰のことを言っているのだろう。私なんかに及川君が片思い?そんな馬鹿な。私はずっと、ただの及川君のファンの1人で、接点なんてなかった。それなのに、どうして。それに、さっき、好きじゃないって、言ってたじゃないか。


「でも、ちゃんと俺の気持ち伝えてなかったから不安にさせてたってことに気付いた。ごめんね」
「…あの、え、と、」
「名前のことは好きじゃなくて、大好き。だから、もう少し俺と付き合ってよ」


掴まれていた手首はいつの間にか解放されていて、その代わりに大切そうに私の手を握る及川君。こんなの、それこそ本当に夢みたいだ。私は嬉しすぎて言葉を発することもできず、ただコクコクと首を縦に振る。
そんな私を見て、及川君はとても綺麗に笑って。ぎゅってしても良い?と、どこか不安そうに尋ねてきた。こくり。私は既に壊れそうなほど暴れている心臓をなんとか落ち着かせながら頷く。
すると、ふわりと大きな及川君の身体が私をすっぽり包み込んで、視界いっぱいに及川君が広がる。吸い込んだ空気も及川君の香りで目眩がしそうだ。


「今日からは、お互いもう少し素直になろっか」
「…うん」
「名前は俺に遠慮しないこと」
「……うん」
「じゃあ早速だけど、今日は一緒に帰りたい」
「え。でも、待ってたら迷惑なんじゃ…」
「ねぇ。俺の話きいてた?俺は名前が好きだから一緒に帰りたいだけなんだけど。名前は嫌?」
「……嫌じゃ、ない」
「ん。じゃあ待っててね」


満足そうにそう言った及川君は、もう一度私を抱き締めてくれた後、身を屈めて頬にちゅ、とキスをしてきた。……キスを、してきた。
倒れはしなかったものの、私は全身が熱くなるのを感じながら及川君の唇が触れた箇所を手で押さえる。こんなの反則だ。心臓、本当に壊れるかも。そんな私を更に追い詰めるかのように、及川君は私の唇に長い指を当てた。


「こっちは、また今度にするね?」


両想いってとんでもなく幸せだ。けど。私は及川君に、いつか心臓を握り潰されてしまうかもしれません。幸せって怖い。
心中お殺しします

りこ様より「ヒロインから告白、及川に一度も好きと言われず不安、他の女の子とわいわいしているところを見てヤキモチ」というリクエストでした。なんだかニュアンスが変わってしまったような気もしますが…大丈夫でしょうか?ちょっぴり弱気な及川は書いていて楽しかったです。この度は素敵なリクエストありがとうございました!
2017.04.21


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