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※大学生設定


付き合っている男女というのは、2人だけの世界に心酔しきっている節がある。私達の関係もきっとそうだったのだ。最初の内は。
私と鉄朗が付き合い始めたのは大学2年生の頃だった。何がきっかけだったのだろう。同じ学科で同じ講義を専攻していた。グループワークで資料作りをすることになり連絡先の交換をし合った。それからグループメンバーで集まってご飯を食べたり資料作りをした。私と鉄朗は担当が同じだったから必然的に打ち合わせと称して会うことが多くなり、2人で食事をすることも増えていった。一緒に過ごす時間が増えれば増えるほど、鉄朗は魅力的に思えた。
周りと上手に、けれども飄々と付き合っているところも、いつもは少しやる気がなさそうで茶化してばかりなのに、いざという時には頼りになるところも、何も見ていないフリをして実は人のことをよく見ていて、些細な変化に気付くところも、その全てが、惹かれる要素となっていた。単純と言えば単純。恋愛って、きっとそんなものだ。きっかけなんて、本当はどうでもいい。その人に惹かれた。その理由を、ただこじつけたいだけなのだ。
告白してきたのは鉄朗から。今思えば、鉄朗は私の気持ちに気付いていて、断られるはずがないと分かっていて行動を起こしただけなのかもしれない。私のことが好きになったからではない。私が鉄朗に好意を抱いていることに気付いたから、告白してあげた。そう言われても納得できてしまう。なぜなら、振り返ってみれば、私は付き合っていたにもかかわらず、鉄朗から好かれていると感じたことがなかったからだ。
付き合っている男女というのは、2人だけの世界に心酔しきっている節がある。私達の関係もきっとそうだったのだ。最初の内は。冒頭のこれらは前言撤回。心酔しきっているのは、きっと私だけだった。


「別れるか」


遅かれ早かれ、いつかはそう言われるような気がしていた。だから、不思議と驚きはない。やっぱりか。そう思いたくはなかったけれど、ここ最近の雰囲気を感じ取ればそう思わざるを得なかった。
大学4年生。授業よりも就活という、自分の将来を左右するであろう壁が立ちはだかる中、本来ならお互い励まし合って支え合って乗り越えていけるような恋人になりたかった。けれど、残念ながら私達はその壁にぶつかって道を見失ってしまったようで。少しずつ離れつつあった距離は、一瞬にして更に開いていったのだ。
忙しかったから。言葉にすればたったそれだけの理由。私も鉄朗も自分のことでいっぱいいっぱいで。
好き。別れたくない。行かないで。
それらの言葉は何ひとつ言えなかった。全て飲み込んで、代わりに、そうだね、と。凛とした態度で答えた、つもり。私がどれだけ好きでも、鉄朗が私のことをなんとも思っていないなら意味はない。だから、さよならで良いんだ。自分に何度もそう言い聞かせて。私と鉄朗の関係は呆気なく終わりを迎えた。


◇ ◇ ◇



俺が別れるか、と言ったら、名前は、そうだね、と言った。それが全てだった。どれだけ楽しい思い出があろうと、幸せな記憶が蔓延っていようと、そんなことは関係ない。別れを告げたその日、その瞬間から、俺達は赤の他人になる。ただ、それだけ。
別れるか。そう言ったのは、半分本気で半分は名前を試していた。こいつは本当に俺のことが好きなのか。本当に好きだったら、別れたくないと言うはずだ、と。俺に縋り付いてきたらいい、と。そう思っていた。けれども現実はこれである。つまり俺は、名前にそれほど好意など抱かれていなかったということだろう。そりゃあそうか。告白したのは俺からだったし。付き合っている間もそこまで甘えてくることはなかったし。会えない、連絡が取り合えない日が続いても何も言われなかったし。考えれば考えるほど、執着されていなかったことを思い知って乾いた笑いが零れる。
そうして別々の道を歩み始めたからには、いつまでも未練がましく名前のことを想っている場合ではない。俺は元々、1人の女性に執着するタイプではなかったはずで。だから、次の彼女を作るのにそう時間はかからなかった。今度の彼女は1歳年下で、名前と違って俺に随分とご執心の様子。マメに連絡をしてくるし、暇さえあれば会いたいと言ってくる。自惚れでもなんでもなく、自分は好かれている、と。そう確信できるほどには熱烈だ。


「黒尾さん、今夜、暇ですか?」
「あー…まあ。明日の朝早ぇけど」
「ちゃんと一緒に早起きするから泊まりに行っちゃだめ?」
「……どーぞ?」


なんとなく押しの強そうな雰囲気はあった。けれど、まさかこれほどまでに積極的とは。上目遣いのオプション付きでオネダリなんて、この子、慣れてんな。それならば襲ったところできっと抵抗はないだろう、という俺の目論見通り、彼女は布団に組み敷いてもひとつも動じることなく俺を見つめている。


「シないんですか?」
「俺とシたいの?」
「だからおうちにお邪魔したんですけど」
「ふーん…ま、良いわ。じゃあさっさとヤっちまお」


情緒なんて欠片もない。折角舌を絡め合って濃厚な口付けを交わしているというのに、気分はちっとも高揚しないし、肌を撫でるだけでビクついたフリをする彼女には正直萎えた。見た目がいくら可愛くても、これじゃあダメだ。
あんあんとAVかってぐらい大袈裟に啼く女を見下ろしながら俺が思い出したのは名前のこと。初めて抱いた時、怖いくせに、大丈夫、と繰り返して、俺にしがみついてきた。声を出すのが恥ずかしいからと口を手で覆って必死に堪えている姿に昂った。情事中に何度も俺の名前を呼んできた。それほど昔のことではないはずなのに、懐かしい。


「くろお、さぁん…っ!」
「はいはい」


名前が乱れていると思えば興奮できるあたり、俺はまだ名前のことが吹っ切れていないらしい。俺は執着しない男だったんじゃないのかよ。自嘲気味に零した笑いに、乱れまくった女が気付くことはなかった。


◇ ◇ ◇



別れてからそれほど時間が経っていないのに鉄朗には新しい彼女ができたらしい。やっぱり私じゃなくても良かったんだ。そんな現実が突き付けられて胸がきりきりと痛む。それでも気丈に振舞っていたつもりだったのに、分かる人には分かるのだろうか。同じ学科でありわりとよく話す男友達が、構内で擦れ違った時、なんかあったの?と声をかけてきた。


「え?なんで?」
「いや…なんとなく。いつもより元気なさそうだったから」
「そう?私のことよく見てるね〜もしかして好きなの〜?」
「好きだって言ったら?」


冗談めかしてその場を切り抜けるつもりだったのに、まさかの切り返し。冗談やめてよ、と言えるような雰囲気ではなく、彼の瞳は真剣そのものだった。私が鉄朗と別れたときいたこと、だからチャンスだと思ったということ。素直に洗いざらい話してくれた彼は、返事は今じゃなくていいから、と言い残して走り去ってしまった。
どうしよう。告白、されてしまった。彼が良い人だということは十分すぎるほど知っているし、嫌いではない。むしろ好きか嫌いかで分類したら確実に好きの部類に入る。純粋に考えれば断る理由はない、けれど。鉄朗と別れてそれほど時間が経っていないのに良いのか。尻軽な女だと思われないだろうか。でも、鉄朗だってもう新しい彼女を作っているわけだし、とやかく言われる筋合いはない、よね?
就活で忙しい毎日の中、悩みに悩んだ私が出した結論は、彼とお付き合いを始めるということだった。いつまでもうじうじ悩んでいたって仕方がない。鉄朗が新しい道を歩み始めたように、私も次に進もう。そうして始まった交際はとても穏やかだった。付かず離れずの絶妙な距離を保ちつつ、私が必要としている時に必要なだけの優しさをくれる。常に心が落ち着いていて、こんな付き合い方があったのかと目から鱗だ。
彼のことをもっと好きになろう。もっとお互いのことを知って、仲を深めよう。鉄朗とのことを漸く少しずつ過去のものにできそうだと思った矢先、街中で偶然にも鉄朗に出会ってしまった。ほとんど大学には行かなくなって出会うことがなかったのに、まさかこんなところで会うなんて。映画やドラマじゃあるまいし、と思ったところで、現実は変わらない。


「元気?」
「…元気に、見える?」
「彼氏できたんだろ?じゃあ元気だよな?オメデトウ」
「そっちこそ、彼女できたんでしょ?オメデトウ」


薄っぺらい会話。なんで出会ってしまったんだ。こんな広い街中で。会話の度に紡ぎ出す一音一音に、ずきりずきりと傷口が抉られる。


「なあ、今、幸せ?」
「…しあわせだよ」
「ふーん…ちょっと、こっち」
「なに…!」


抵抗むなしく引っ張られる腕。引き摺りこまれたのは薄暗い路地裏で、とても嫌な予感しかしない。何、なんなの。離して。何を言っても、鉄朗が私を解放してくれることはない。それどころか、壁に私の背中を押し付けて距離を縮めてきたかと思ったら、なんと唇を重ねてきたではないか。あまりの驚きに目を瞑ることも抵抗することも忘れてしまい、そのままの状態で鉄朗と視線が交わる。
慌てて唇を離そうと思っても、上手に私の後頭部を固定する鉄朗の大きな手がそれを許してくれない。どうして今更こんなことするの。付き合っている時ですら、こんなことしてくれたことなかったくせに。お互いに新しい彼氏と彼女ができて、オメデトウと言い合ったばかりなのに。
酸素を取り込もうとして開いた唇の隙間から舌が捻じ込まれる。これ以上はダメだと分かっているのに力が入らず、やっぱり逃げることはできない。でも、受け入れることもできない。苦しい。くるしい。


「…はあ…っ」
「あーあ。名前ちゃん、彼氏いるのにそんな顔しちゃって」
「…誰のせいで…ッ!」


反論すらさせてもらえない。まだ呼吸が整わないうちに再び唇を奪われ、咥内を犯される。そんな顔ってどんな顔だ。そっちこそ彼女がいるくせに私にこんなことをして、一体何がしたいんだ。
離れた唇。見上げた鉄朗の口元は弧を描いていた。


「なんでこんなこと…っ、」
「幸せになんてさせねぇよ」
「…そんなに私のことが嫌いなの?」
「……ああ、そうだよ」


泣きそうになるのを必死に堪えて、渾身の力を振り絞って鉄朗の胸を突き飛ばす。案外簡単に私から離れてくれた隙に、私はその場から逃げ出した。ひどいことをされた。了承も得ずにあんなことをしてきて、最低。でも私が泣きそうになっている理由は、それが原因じゃない。
嫌いだということを肯定された。付き合っていたのに。私は今も、きっと、鉄朗のことが好きなのに。
自分の唇に触れる。まだ熱い。鉄朗から与えられた熱が残っているみたい。それが、途轍もなく辛かった。その熱を拭いきれないことも、この想いを断ち切れないことも、全部。ぽろぽろと涙が零れ始める。道行く人に見られているのは分かっているけれど、拭っても拭っても溢れ出してくるからどうにもならない。この涙と一緒に、鉄朗への気持ちも流れてしまったらいいのに。
私はとぼとぼと歩きながら、ただただ声を押し殺して泣き続けた。同じ時刻、鉄朗が後悔に打ちひしがれて悲痛の表情を浮かべていることなど知らぬまま。
私達はもう、交わらない。
左様なら、さようなら

結衣子様より「大学生設定、悲恋、付き合っていたが擦れ違いの末に別れる、お互い未練があるまま新しい恋に進むが三角関係、微裏含む」というリクエストでした。リクエスト内容は割愛させていただきましたが、全て盛り込めているでしょうか…内容盛りだくさんだったので無理やりなところがあったら申し訳ありません。悲恋は普段書くことがないので新鮮な気持ちで書かせていただきました。この度は素敵なリクエストありがとうございました!
2017.11.30


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