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烏野高校男子バレー部のマネージャーになって、まだ数ヶ月。清水先輩は優しくて美人で仕事ができる素敵な先輩だし、仁花ちゃんはいつも一生懸命で可愛い後輩だし、私は恵まれているなあと思う。
田中と西谷の強引な勧誘と、縁下の冷静なのにどこか熱烈なプレゼンを受けバレー部の見学に行ったのは、ゴールデンウィークを過ぎた頃だったと思う。実は小学生の頃、地域のクラブチームでバレーをしていたことがある私は、練習風景を見て懐かしさを覚えた。と同時に、彼らの気迫に圧倒された。
たかが部活。されど部活。全員が全く同じ熱量というわけではないだろうけれど、それでも、目指しているところは同じなのだろうと感じさせる雰囲気に、私は飲み込まれてしまったのだ。それから、部長の澤村先輩にお願いしてマネージャーの仕事をやり始めた私は、思っていた以上に充実した毎日を送っている。
今日は東京の高校と合同練習ができるということで、初めて遠征に同行する日だ。仁花ちゃんも初めてなので、私達2人はそわそわしていた。泊りがけでの合宿ということもあり、なかば観光気分、という浮ついた気持ちもあったのだと思う。けれどもその気持ちは、練習が始まると同時に捨てざるを得なくなった。さすが全国レベルの高校が集まっているというだけあって、皆が汗だくになりながらボールを追いかけていて、改めて、その熱量に心を打たれる。


「烏野の新しいマネちゃん?」
「え?あ、はい。えーと…、」
「音駒主将の黒尾鉄朗でーす。ヨロシク」
「あ、名字名前です。宜しくお願いします」


黒尾さんはとても気さくで、色々な話をしてくれた。途中から梟谷の木兎さんも来て賑やかになってきたところで、背後から名字!と呼ばれて肩を震わせる。澤村先輩だ。その声は、いつも私を呼ぶ時よりもだいぶピリついていて、怒っているということが感じられた。


「清水の方、手伝ってきなさいよ」
「はい…ごめんなさい」


話が楽しくて、マネージャーの仕事を疎かにしてしまっていた。これでは澤村先輩に怒られても仕方がない。私は黒尾さんと木兎さんに相手をしてもらったお礼を言ってから清水先輩の元へ向かった。清水先輩に仕事を手伝わず雑談していたことを謝ると、今は特にやることないから気にしなくていいのに、と言われ、あれ?と違和感を抱く。
てっきり清水先輩が忙しそうだから私に手伝えと言ってきたのだとばかり思っていたのに、どうやらそれは違うらしい。となると、雑談している私達が五月蝿くて気になったので雑談を止めさせたかったのだろうか。それならそうと、そう言ってくれればボリュームを落とすこともできたのに、なんて澤村先輩に反抗的なことを思ってしまったところで、自分を叱咤する。ここにはバレーの練習をしに来ているわけだから、澤村先輩は何も間違っていない。どこか気が緩んでいる私がいけないのだ。
それからの練習時間は、清水先輩と仁花ちゃん、他校のマネージャーさん達とともにマネージャー業を真面目にこなした。そうして漸く最後の試合が終了し、自主練習の時間となった頃。黒尾さんと木兎さん、そして確か木兎さんと同じ高校のセッターをしている人(名前が分からない)が、私の元にやって来た。


「さっきはどうも」
「こちらこそ、ありがとうございました」
「練習しようぜー!あかーしトスあげて!」
「少し休んだらどうですか…」
「名前ちゃんも少し練習見てく?」
「私は夜ご飯の準備のお手伝いに行かなくちゃいけないので…」


あんなにハードな練習をした後なのに元気だなあ。そんなことを思いながら少しの間、練習風景を眺めていたら、またしても名字、と呼ばれた。澤村先輩に。昼間のデジャヴである。やっぱり烏野高校にいる時よりもピリついた空気を身に纏っている澤村先輩は、監視でもしているんじゃないかってぐらい絶妙なタイミングで私を呼んだ。
練習は終わっているし、マネージャー業は一段落したと確認済み。それでも私は怒られてしまうのだろうか。ちょっと雑談することすらも許されないのだろうか。普段は優しい澤村先輩なだけに、刺々しいオーラを放たれると委縮してしまう。


「…ごめんなさい、ちゃんと夜ご飯の準備、今から行きます」
「怒ってないよ」
「でも…いつもより、怖い、です…」


まるで飼い主に怒られた犬のような気分で、私はしゅんと俯く。そんな私達の元にやって来たのは練習中だったはずの先ほどの3人で、澤村君が女の子泣かせてる〜などと追い打ちをかけるようなことを言ってきた。


「うちのマネージャーに勝手に手出したりしてないよな?」
「えー?手出すってどういうこと?黒尾さん、わかんな〜い」
「黒尾さん…性格悪いですよ」
「黒尾の性格悪いのはいつものことじゃん」


頭上で繰り広げられている会話に口を挟むことはできない。けれども、ちょうど4人に囲まれるような形になっているので逃げることもできず、私はただ黙って自分の存在を消すよう努める。存在自体を消すことなんてできないのは分かっているのだけれど、居た堪れないから。せめて存在感を消そうと思ったのだ。けれどもその努力は、あっさりと無に帰した。


「名前ちゃんは俺らと普通に楽しく話してただけだもんね?」
「え!えーと…はい…」
「そうそう!練習見てくかってきいたのも俺らからだし」
「まあ、確かにそうですね」
「…名字、ちょっと」
「へ、あ、え?」


私のことを擁護しようとしてくれた3人にお礼を言うこともできず、私は澤村先輩に手を引かれるまま体育館を後にした。やっぱり何か怒ってる?ピリピリした空気はそのままだし、私はいよいよ澤村先輩に嫌われてしまったかもしれない。人気のない体育館裏、辺りは暗い。


「名字」
「ごめんなさい。明日からは澤村先輩に怒られないように気を付けます。だから、あの…」
「違うんだ。謝らなきゃいけないのは俺の方」
「え…?」
「心配だった…いや、違うな。…嫉妬か」


澤村先輩の言葉の意図を処理しきれない私は、マヌケにもぽかんと口を開けて固まった。嫉妬?澤村先輩が?私のことで?どう考えたっておかしい。だって澤村先輩とはただの先輩後輩関係なわけで。嫉妬というのは特別な好意を抱いている相手に生まれるものだったはずだ。私は今まで一度も、澤村先輩から特別な好意を寄せられていると感じたことはない。確かにいつも優しいと思ってはいたけれど、それは私だけに限らず全員に、平等に与えられていたものだと思う。だから、余計に混乱していた。
いつの間にか刺々しいオーラはなりを潜めていて、いつもの柔らかな空気に戻っていることに、少し安堵する。おまけに澤村先輩が、バツが悪そうに、そして私の勘違いでなければ照れたように笑っていて、心臓がぎゅっと握られたような感覚に襲われた。


「名字のこと、勝手に自分だけのものにしたくなってて」
「え、え、」
「ごめんな、困らせて。でもどうしても、他の男には譲りたくない」
「さわ、むら…せんぱ、い」


ただの先輩と後輩。本当に特別な感情はなかった。でも、どうしよう。私はとても単純で、ずるい人間だったみたいで。真剣な澤村先輩の瞳に射抜かれたら、簡単に好きという感情を抱いてしまった。ここに連れて来られるまでの間に掴まれていた手は解放されることなく握られたままで、その手にきゅっと力がこもる。


「好きなんだ、名字のことが」


核心を突く一言。好き、の2文字に、全身が熱くなる。告白されたのは生まれて初めて。だから、何と返事をするのが正解なのか全く分からない。けど。


「私も、かも…しれません…」
「かも?」
「あ、えっと、まだちょっと…確信がもてなくて、」
「そうか…そうだよなあ…」
「ごめんなさい」
「いや、それが普通だと思うよ」
「でも私…今、ドキドキしてますよ?」
「…じゃあ脈ありだな」


空いている方の手でわしゃわしゃと頭を撫でた澤村先輩。掴まれている手は熱さを増したような気がする。今からもう少し時間をかけて、澤村先輩のことを知っていってもいいかな。心の底から好きですって言えるまで、待っていてもらえるかな。それを確認しようと口を開きかけたところで、先に澤村先輩の声が聞こえた。


「俺は諦めが悪いから、ずっと待ってるよ…名前、ちゃん?」


普段女の子は誰でも名字で呼ぶ澤村先輩。ちゃん付けで呼んだりなんてしたことはないと思う。その証拠に、呼んだ直後、自分の顔を手で覆う澤村先輩の姿があった。黒尾さんが私のことを名前ちゃんって呼んでるのをきいたからだろうか。澤村先輩を可愛いと思ってしまったなんて、本人には言えないな。
私と澤村先輩の関係が正式に恋人となる日は、そう遠くないかもしれない。
チョコレートが溶けるまでおあずけ

まあ様より「黒尾や木兎との絡みがあるお話、内容はお任せ」というリクエストでした。黒尾は絶対に澤村の気持ちが分かっていてヒロインに声をかけたんだと思います。性格悪いから笑。澤村も黒尾の策略が分かっているけど、それでもヒロインを独り占めしたくなっちゃうほど想いを寄せていたらいいなあという気持ちで書きました。この度は素敵なリクエストありがとうございました!
2017.11.27



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