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※社会人設定


宮君の真意が分からない。私は頭を悩ませていた。
宮君というのは私の会社の同期で、そのルックスと女性の扱いの上手さからとても人気がある。他部署なので仕事中に出くわすことはそう多くないのだけれど、噂によると宮君はどうやら仕事もできるらしい。つまり彼は、ハイスペックな男なのだ。
そんな宮君とは新人研修会の打ち上げの時に流れで連絡先を交換してからというもの、時々メッセージのやり取りをしていた。内容は同期だけで飲みに行かないか、とか、仕事の締め切りのこと、とか、特別なものは何もない。けれども、先にも述べたように、宮君ほどのハイスペックな人間とやり取りするとなれば、少なからずドキドキするわけで。私はいつの間にか、その他大勢の女性達のように宮君のことが好きになってしまっていた。恋とはするものではない、落ちるものだとはよく言ったものである。
しかし、自分の気持ちに気付いたところで、その気持ちを宮君に悟られるのは憚られた。これも噂できいたことだけれど、宮君は自分に特別な好意を抱かれたと分かった瞬間、その相手に興味がなくなるらしい。だから、どれだけモテようとも、宮君に彼女ができたという話は全く耳にしたことがなかった。
そんなわけで、私を含む社内の女性陣は宮君とある一定の距離を置いて接していたのだけれど、ここで話は冒頭に戻る。私は今、非常に悩んでいた。付かず離れずの距離を必死に保ってきたというのに、なんと驚くべきことに、私は宮君から夜ご飯に行かないかと誘われてしまったのだ。しかも2人きりで。これは一体どういうことだろうか。
まさかあの宮君が私を特別視している?いやいや、そんなまさか。じゃあなぜ誘われたのだろう。これで行きたいと返事をしたら、自分に気がある女だと思われて今後疎遠になってしまうとか?だとしたら断るべき?でも最初で最後のチャンスかもしれないし…。
悩み過ぎているせいで、午前中にもらったお誘いのメッセージに、私はまだ返事ができずにいた。午後の勤務が終わるまでに何かしら返事をしなくては既読スルーという最低の行為をしてしまうことになる。いや、もう既に何時間も待たせている時点で宮君はご立腹かもしれない。
はあ、どうしよう。仕事が一段落してどうすべきかとスマホを眺めていると、入り口付近がざわつき始めた。何事かとそちらを見れば、なんとそこには今私の頭を悩ませている宮君がいるではないか。しかも私と目が合うなりこちらに向かって歩いてくるものだから、私はいよいよパニック状態に陥った。あまりにも返事が遅いから文句を言いにきたのかもしれない。


「名字ちゃん、今日仕事忙しいん?」
「え?まあ…そこそこ…」
「ふぅーん…せやから返事なかったん?」
「うん。ごめん」
「で?どないする?」
「仕事が終わるか分からないし…迷ってて」


我ながらなんとも上手な返答をしたと思う。動揺していることも恐らくバレていない。大丈夫。いつも通りだ。


「ほな終わったら連絡してや」
「…遅くなっても?」
「遅くならんように今から頑張り?」


宮君はそれだけ言うと綺麗な笑顔を残して去って行った。その場にいた女性社員達の視線は正直痛かったけれど、そんなこともそれほど気にならなくなる程度には、私の心はふわふわと浮かれている。だって、あの宮君が直々に私のところにやってきてお誘いしてくれたのだ。これはもう仕事を頑張らないわけにはいかない。
それからの私は単純なことに、宮君とのアフターファイブに向けて、黙々と仕事に打ち込むのだった。


◇ ◇ ◇



「思てたより早いやん」
「頑張ったから」
「俺のために?」
「…美味しい夜ご飯のために」


会社のエントランスホールでそんな会話を繰り広げた私達は、宮君が前から行きたいと思っていたらしいお店に向かっていた。本当は内心ドキドキしている。けれども、この感情に気付かれてはいけない。宮君がこうして私を誘っているのは、きっと特別だからじゃない。同期だし誘いやすかったから。きっと一緒にご飯を食べられる相手なら誰でもよかった。だから、浮かれてはいけない。
お店までの道中、宮君とは他愛ない会話をしていた。ほとんどは仕事の話で、時々、同期のあの子に彼女ができたらしい、とか。そういう普通の会話でさえも、2人きりというシチュエーションでは心拍数が上がってしまう。平然を装って会話ができている私は、もしかしたらなかなかの演技派なのかもしれない、などとくだらないことを思ったところで、宮君の足が止まった。


「ここ。良さそうやろ?」
「え、でも、ここって…」


着いたのは小奇麗なレストラン。てっきり居酒屋でお酒を嗜む程度だと思っていた私は、身体を強張らせる。そんなことはお構いなしにお店に入って行く宮君。となれば、私はその後を追うしかない。内装もお洒落で、食事の値段自体もお高そう。通された席は個室だし、私は夢でも見ているのだろうか。これではまるで、デートみたいじゃないか。


「何食べたい?」
「なんでも…お任せで…」
「なんや。急に大人しなって。緊張しとるん?」
「こういうところってなかなか来ないから」


宮君はこういう雰囲気のお店にも慣れているのだろうか。いつもと変わった様子はなくメニューをペラペラとめくりながら、ワインでええやんな?などと確認してくる様子からは緊張など微塵も感じられない。そりゃあそうか。どんな女性だってきっとイチコロにする宮君なら、慣れていてもなんら不思議はない。
運ばれてきたご飯もお酒も申し分なく美味しかったし、食事をしながら交わす会話は楽しかった。私にとっては夢のような時間だった。けれども、これが特別じゃないのだと思ったら勝手に落ち込んでしまいそうになる自分がいて、慌てて笑顔を取り繕う。


「美味しかったね」
「せやろ?俺のチョイスは外れへんねん」
「また…、」
「ん?何?」
「ううん、なんでもない。ご馳走様」


駅まで歩いている最中、また、他愛ない会話を続ける。また一緒に行こうね。そう奏でようとした言葉をギリギリのところで飲み込んだ。また、なんて望んではいけない。期待もしちゃいけない。だって相手は宮君だから。
ご馳走になってしまったので笑顔を作ってお礼だけを言う。駅まではまだもう少し距離があって、仄暗い街灯だけがぽつりぽつりと続く道には私達しかいない。


「なあ」
「何?」
「なーんも思わへんの?」


街灯に照らされる1歩手前。宮君が足を止めて私に質問を投げかけてきたので、私も足を止めた。暗いとは言え、そこそこ近い距離にいる宮君の視線は捉えることができて、私を真っ直ぐに見つめていることが分かってしまう。宮君の質問に意図も分からない私には、ただ、ドキドキだけが降り積もっていく。


「それは、何に対して?」
「今日わざわざ2人きりでご飯行かへんかって誘ったことも、」
「みや、くん、」
「あんな洒落た店の個室予約しとったことも、」
「ちょっと、」
「今、こんな風になっとることも、全部」


会話のたびに宮君が1歩1歩近付いてくるものだから反射的に後退りしていた私だったけれど、手首を掴まれて塀に背中をぶつけるような形で追い込まれてしまえば、フリーズしてしまうのは仕方のないことだ。運悪くと言うべきか、宮君がわざとそうしたのか、仄暗くても夜道では明るすぎる街灯に照らし出された場所で身動きが取れなくなってしまった私は、俯くだけで精一杯だった。
これも私を試しているのか。何やってるの?と、また平然を装って何も感じていないフリをすれば宮君は私から興味を失わないのだろうか。分からない。宮君の真意が。こんなことをされて意識するなという方が無理な話だと思うのだけれど、私は渾身の力を振り絞って顔を上げると、宮君にニコリと笑ってみせた。ここで負けたら、ダメだ。私はあくまでも宮君のことなんか好きじゃない女でいなければならない。好きだから、好きじゃないフリをしなくちゃ。


「こんなことして、私が動揺すると思った?」
「フッフ…強がるん上手いやん」
「強がりじゃないよ。誰でも宮君に落ちると思ったら大間違いだから」


掴まれていた手首が離される。本当は名残惜しい。けど、そんな素振りは見せない。私、宮君のことなんとも思ってないよ。だから、離れていかないで。こんな縋り付くような気持ちでいるくせに、言葉と態度は裏腹。私、こんなに器用だったっけ?


「俺な、馬鹿は嫌いやねん」
「…そうなんだ」
「ちょーっと優しくしただけでコロッと落ちる女って馬鹿やと思わへん?」
「さあ…どうだろうね」
「せやから、名字ちゃんは合格」


ニコリ。綺麗に笑った宮君は、私の髪の毛を耳にかけると、そっと近付いてきた。


「なーんて、冗談やけど」
「は?」
「最初から名字ちゃんは合格やもん」
「なに、言って…、」
「俺に気ぃないフリするん大変やったろ?もうええよ?」


手、熱いで。
再び掴まれた手首。今度はするりと指を絡め取られ、私はとうとう強がることを諦めてしまった。もしこの行為ですらも私を試すためのものだとしたら、明日からもう構ってもらえなくなっちゃうのかな。不安に駆られながらも宮君の手を握り返すと、宮君もぎゅっと握り返してくれて心臓が潰れそうな感覚に陥る。


「俺が気ぃない子に自分から声かけるわけないやん」
「それ、本当…?」
「ホンマ。せやから名前ちゃん、今日からよろしゅうに」


さらりと私の名前を呼んで、私の気持ちも確認せずに勝手に唇を奪った宮君は、満足そうに笑っていた。ねぇ宮君。明日になってもこの関係は変わらないって信じていいんだよね?もう素直に好きだって伝えていいんだよね?強がらなくても、好きじゃないフリをしなくてもいいんだよね?
俺のこと好きやんなあ?と確認してきた宮君に、私は頷くことで返事をする。俺も名前ちゃんのこと好きやで。たったそれだけの陳腐な言葉に、心臓が震えた。
ラピスラズリの魔法

郡様より「両片想い、お互いに駆け引きし合う、切甘」というリクエストでした。駆け引きを重視しすぎて(と言ってもそれほど駆け引きしていませんが…)切甘要素はどこに行った?という感じですが、そしてこれは本当に両片想いなのかという雰囲気で終わりましたが、これから幸せなお付き合いができると信じて終わらせました笑。宮侑好きなので今後も色々なお話を書けたらと思います!この度は素敵なリクエストありがとうございました!
2017.11.21


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