×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

好きになった子には好きな人がいた。そんなの、きっとよくあることだ。けれどもその好きな人というのが自分のよく知る人物というのは、なかなかにつらいものがあった。
俺の片想い相手は、よく体育館に現れる。2階の目立たない席にちょこんと座って、いつもある人を見つめているのだ。そのある人というのが、木兎さん。恐らく、ではなく絶対に、木兎さんは彼女の存在に気付いていない。だから勿論、好意を寄せられているであろうことも知らないだろう。あんなに女の子にモテたいと言っているくせに肝心なことに気付かないのだから、残念なことこの上ない。まあ、そんな残念な人に想い人の心を奪われた俺は、もっと残念なのだけれど。
今日も彼女は、いつもの席でコート内を見つめていた。声のひとつでもかければあっと言う間に距離が縮まるだろうに、彼女はいつも見つめるだけに終わる。本来なら俺は2人の恋路を手伝ってあげようと思えるほどお人好しなタイプではないけれど、いつまでもこのままでは、いい加減俺も気になって仕方がない。


「木兎さん、ちょっと良いですか」
「ん?何?」
「2階の隅っこの席に座ってる子、見えますか」
「2階〜?」


何の躊躇いもなく、くるりと振り返ってその子を確認した木兎さんは、見えた!と、大きな声で報告してくれた。彼女は木兎さんの突然の行動に驚いたようで、わたわたと走り去って行く。


「あの子、俺と同じクラスで名字名前さんって言うんです」
「へぇ…え?もしかして赤葦の彼女!?」
「違います」
「照れんなって〜」
「名字さんが好きなのは、たぶん木兎さんです」
「へ?」


木兎さんに対してオブラートに包んだ言い方をしても伝わらないのは分かりきっていることなので、ストレートに伝えてみる。案の定、木兎さんは元々大きな目を更に大きく見開いて驚きを露わにしていた。やはり、何も気付いていなかったらしい。
これで俺は完全なる失恋をしたということになるのだろうけれど、綺麗事でもなんでもなく、好きになった子が幸せならいいかと思っていた。木兎さんは抜けているところやズレているところが多々あるけれど、悪い人ではない。きっと彼女…名字さんを大切にしてくれるだろう。だから、俺のこの言動は間違っていない。


「マジで?ほんとに俺?」
「ずっと木兎さんのことを見てるの、気付きませんでした?」
「ぜんっぜん!」


全て俺の予想通り。木兎さんはそれから、そっか〜!と、上機嫌な様子で元の位置に戻ると、練習を再開させた。勿論、気分急上昇の木兎さんは絶好調で、いつにも増してスパイクのコースがキレていたように思う。逆に俺はというと、小さな、本当に気にならない程度のミスを地味に繰り返していて、意外とメンタル弱かったのかなあと、更に落ち込むハメになった。けれども俺は、何度も自分に言い聞かせる。これで良かったのだと。


◇ ◇ ◇



翌日、朝練を終えて教室に入った俺の元に名字さんが現れた。珍しい。名字さんの方から俺のところに来るなんて。嬉しい、と思えたのは一瞬のことで、昨日の一件があったので何かしら文句を言いに来たのかもしれないと思い至ると、気分はみるみるうちに萎えていった。まあ、こうなることを覚悟のうえでお節介なことをしたのだ。甘んじて受け入れるしかない。


「赤葦君、昨日、木兎先輩に何言ったの?」
「木兎さんを見てる子がいるの知ってますか?って言っただけだよ」
「えっ…」
「名字さん、分かりやすすぎるから。いい加減じれったくて」


さあっと顔を青ざめさせる名字さんを見て不思議に思う。照れて顔を赤く染めるなら分かるけれど、なぜそんなにも、まずい、という雰囲気になっているのか。そんなにバレたくなかったのだろうか。


「木兎さんにバレちゃまずかった?」
「え、いや、まずいっていうか…違う、から」
「違う?何が?」


俺の問いかけに押し黙る名字さんは、忙しなく目をキョロキョロと泳がせていて挙動不審だ。違うって、何が違うんだろう。もしかして、好きとかそういう感情ではなく、ただのファンとして応援しているだけだったとか。だとしたら俺は、相当まずいことをしてしまった。名字さんが青ざめるのも頷ける。


「もしかして木兎さんのこと、そういう風に見てたわけじゃなかった?」
「…うん……」
「ごめん。てっきりずっと見てるから好きなのかと思って…」
「見てないよ!木兎先輩は見てない!」
「え?」
「あ」


木兎先輩は、見てない?ってことは、他の誰かは見てるってこと?俺の頭の上に幾つものクエスチョンマークが浮かんだところで、チャイムが鳴った。名字さんは助かったと言わんばかりにそそくさと席に戻って行き、話は宙ぶらりんのまま幕を閉じる。
俺はこれでも割と真面目な生徒を演じているし、授業中にぼーっとしていることはほとんどない。けれども今日に限っては、朝のそのやり取りのせいでちっとも集中できず、当てられた問題もまともに答えることができなくて先生に心配された。好きな女の子の発言ひとつで心を乱されるなんて、俺もやっぱり健全な高校生男子だな、などと客観的に評価しつつ、漸く訪れた昼休憩。
朝とは逆に、今度は俺の方から名字さんの席に向かい、ちょっといい?と声をかける。びくりと肩を揺らして俺を見上げる名字さんは、蛇に睨まれた蛙のように縮こまっていて、密かに傷付いた。別に俺、危害を加えるつもりないんだけど。


「朝のことなら、もう忘れて」
「それは無理かな」
「…赤葦君って、頭いいのに抜けてるところあるって言われない?」
「名字さんは俺のこと抜けてるヤツだと思ってるってこと?」
「そうじゃなくて!…いや、うーん…そうじゃないとも言い切れないか…」


好きな子に馬鹿にされた。これは由々しき事態だ。まったく、昨日から落ち込むことばかりで嫌になってしまう。いまだに、うーん、いや、そうじゃなくて…などとブツブツ言っている名字さんに、俺は核心を突く質問をぶつけた。


「木兎さんじゃなくて、誰を見てるの?」


ぴしり、と。名字さんが固まるのが分かった。元はと言えば名字さんが自分から失言してしまったのだ。俺は何も悪くないはず。じっと見下ろした先にある名字さんの頭は下を向いたままで、返事をしてくれそうな気配はない。貴重な昼休みが刻一刻と過ぎていき、このままではお互い昼ご飯にありつけないな、と諦めようとした時だった。昼休憩の賑やかな教室内では耳を澄まさなければ聞こえない程度の小さな声で、赤葦君、と呼ばれたような気がした。


「うん?呼んだ?」
「…呼んだわけじゃなくて」
「違うのか」
「赤葦君を、見てるんだよ、いつも」


今度は俺が固まる番だった。え?俺?そんなに視線を感じたことはないし、ちらりと2階の席を見遣った時も目が合うことはなかった。それなのにいつも俺を見ていたなんて、にわかには信じがたい。けれども、発言の後で見下ろした先にある名字さんの髪の隙間から覗く耳は、先ほどよりも確実に赤くなっていたから。きっと嘘ではないのだろう。そして、俺の勘違いでなければ、名字さんは俺と同じ気持ちということで良いのだろうか。だとすれば、なるほど、確かにこれでは俺が抜けていると思われても仕方がない。
俺は膝を曲げてしゃがみ込むと、机に突っ伏しそうな勢いで下を向いている名字さんの顔を覗き込んだ。一瞬だけぶつかった視線はすぐに逸らされてしまったけれど、俺の口元を緩ませるには十分だ。


「本当に俺のこと見てた?」
「…うん」
「俺も名字さんのこと見てたけど目が合ったことないよね?」
「ずっとは見れないよ」
「どうして?」
「……ドキドキ、するから」
「…今も、ドキドキしてるの?」


きかなくたって分かるけど。試しに尋ねてみればこくりと素直に頷くものだから、可愛いじゃないかと、また笑みを深くした。ていうかさ、俺も見てたってことはどういうことか、気付いてくれないかな。名字さんも俺に負けじと抜けてると思うよ。
とりあえず、一緒に昼ご飯を食べながらゆっくり話そうか。俺の提案にまたしても頷いた名字さんの手を取って教室を出る。俺としたことが、つい浮かれ気分で売店に行き、手を繋いだままの状態を木兎さんに目撃されるという面倒な事態を引き起こしてしまったけれど、素直に言うしかない。この子が好きなの、俺だったみたいです。ごめんなさいって。
擦れ違いの先で待ってるね

酢様より「切甘で最終的にはハッピーエンド」というリクエストでした。切ない要素が迷子ですね…赤葦の片想いの心境ってあまり書いたことがないかなあと思って挑戦させてもらいましたが、赤葦だと淡々としすぎていて切なくならないことに気付きました。いい勉強をさせてもらったと思ってます笑。木兎が被害者すぎますが、赤葦は上手にご機嫌取りできると信じています!この度は素敵なリクエストありがとうございました!
2017.11.13


BACK