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※社会人設定


俺はごく普通の一般企業に勤めているから、名前のように飲食店で働いている人間がどんな仕事をしているのかはよく知らない。付き合っているからと言っていちいち仕事内容まで把握していないし、興味もないので聞く気もなかった。けれども、ここ最近、とても腑に落ちないことがあった。
名前の仕事はシフト制なので、勤務が終わる時間帯もまちまちだ。仕事が終わると、終わったよ〜という間の抜けたメッセージが毎回届くのだけれど、ここ数日はそのメッセージが届かなかった。最初は、今日は仕事が休みだから届かないのか、程度にしか思っていなかったけれど、それが連日ともなれば気にするなという方が無理な話で。まさか長期休暇なんてことはないだろうし、何かあったのだろうかとそれなりに心配になり、俺にしては珍しく自分からメッセージを送った。生きてんの?と。
もっと良い言葉があったのかもしれないけれど、生憎、俺は彼女にいちいち気遣いなんてできるタイプじゃないので、メッセージを送っただけでも褒めてほしい。そうして俺がメッセージを送ってから数時間後、漸く返ってきたのは、うん、という、なんともシンプルすぎる2文字だけだった。
どうも様子がおかしい。何かあったのか。一応付き合っているのだから名前に対する好意がないわけではない。となると、いつもと様子が違うということに僅かでも不安になるわけで。俺は名前の働く飲食店に行ってみることにした。幸い、男1人で入っても問題のないファミレスで働いているので、俺は通された席に座って店内を見渡す。確かホールだと言っていたので、俺の見える範囲にいるはずだ。
今日が勤務なのか、はたまたこの時間にいるのかも分かっていないくせに来てしまったことを一瞬後悔したけれど、名前がキッチンスペースの方から出てきたことを認めて、無駄ではなかったと一安心。俺は平均身長の上をいく背の高さなので座高もそれなりに高いわけで、名前はすぐに俺の存在に気付いた。驚きのあまり目を丸くしているけれど、それもそのはず。俺は今まで一度も、名前が働いている時に店に訪れたことはなかった。
近付いてきた名前は第一声、どうしたの?ときいてきたが、それはこっちのセリフである。俺はあからさまに不機嫌さを漂わせながら、何時まで?と尋ねてみた。会うこと自体が久し振りなので、時間によってはついでに一緒に帰っても良いかと思っただけだ。ほんのちょっとした気紛れである。


「あと30分ぐらいで終わるけど…」
「俺、まだ飯食ってないから。食べ終わったらちょうどいいぐらいなんじゃない?」
「今日…同僚の人と、帰る約束してて…」


同僚?そんな話は今まで一度も聞いたことがない。しかも、よくよく話をきいてみると、その同僚というのは男のようで、ここ最近はシフトがかぶることが多く一緒に帰っていたというではないか。メッセージが送られてこなかったわけも、返事が素っ気なかったわけも、漸く合点がいった。つまり名前は、


「堂々と浮気してたんだ?」


イライラを隠すこともなく口から吐き出した言葉に、名前はすぐさま、違うよ!と否定の言葉を述べた。けれども、今の話をきいて、はいそうですか、と納得できるわけもない。お前は俺の彼女じゃないのかよ。そう言おうとして、やめた。こんなの幼稚すぎる。
名前はまだ何かを言おうとしていたけれど、新たなお客さんが来店したことによって仕事に戻らざるを得なくなり、俺の元から離れて行った。ああ、ダサい。心配して損した。メッセージも、送るんじゃなかった。まさか名前に浮気をされるなんて夢にも思っていなかったから、ショックというより苛立ちの方が勝っている。
確かに俺は名前に優しい言葉をかけたことなんて皆無だし、一緒に過ごせる時間もほとんどない。送られてきたメッセージは既読スルーすることだって日常茶飯事だし、返事をしたとしても、分かった、とか簡素なものばかりだ。それでもこれが俺なわけで、名前はそんな俺のことも認めた上で付き合っているのだと思っていた。けれども、どうやらそういうわけではないらしい。女ってのは、優しくされるとすぐに靡く。きっと名前もそうだったのだ。
名前ではない、別の店員が運んできたスパゲッティを食べて冷水を飲み干す。ついでに期間限定売り出し中らしい塩キャラメルパフェなるものを注文してそれをたいらげ、時計を確認した。ちょうど、俺が店に入って30分が経過したところ。つまり、名前の仕事も終わりを迎える。けれども、俺には関係ないのだ。名前は俺ではなく、別の男と帰る。先ほど、そう言われた。ああ、思い出しただけで腹が立つ。
俺は席を立ってレジに向かうと、さっさと会計を済ませて店を出た。吹き付ける風がなんとなく冷たくなったような気がして、そのことにすらイライラしてしまう。家に帰って早く寝よう。それが1番すっきりする。そう思って踏み出した足は、英!と呼ぶ女の声で止まった。俺を英と呼ぶことを許している女なんて、1人しかいない。


「英、待って」
「同僚と帰るんだろ」
「それは断ったの。だから、一緒に帰ろ?」


堂々と浮気をしておきながら一体なんなんだ。俺を見上げてくる視線は懇願するように僅か潤んでいて、そんなことに動揺する自分が腹立たしい。苦し紛れに、好きにすれば?と言って歩き出した俺の半歩後ろを歩く名前は、なんとなく気まずそうだ。


「あのね、英、私…浮気なんてしてないよ」
「あっそう」
「同期の子とは家が同じ方向だって分かって、たまたま一緒に帰ることが重なっただけなの」
「へぇ」
「メッセージも、時間なくてちゃんと送れなくて…心配してくれたんだよね?」
「別に。気が向いただけ」


言い訳染みた言葉の羅列にうんざりして、適当に相槌を打つ。取り繕われれば取り繕われるほど自分が惨めになっていくような気がして、俺はこんなに名前に依存していたのかと、今更のように気付く。たとえ何もなかったとしても。一緒に帰っていただけだとしても。気に食わないと思ってしまうのは、つまり、認めたくはないけれど、俺がそれだけ名前に執着しているということになってしまうのだろう。
歩みを止める。名前もそれに倣って止まり、どうしたの?と不安そうな表情を向けてきた。我ながらバカバカしいというか、みっともないとは思う。名前のことを大切にしてこなかったからこんなことになったんだと言われたらそれまでだとも思う。けれど。


「名前は俺のだろ」
「え、あ…うん…?」
「他の男に色目使ってる暇あったら、俺んち来るとかすれば?」


人の性格ってのはそう簡単に変わらない。急に優しい言葉を投げかけたり、素直に自分の感情を吐露することなんてできないのだ。自分でも、こんな言い方をされたら反発したくなるだろうな、喧嘩腰だな、と思ったけれど、名前は何も反論してこなくて。むしろ、行ってもいいの?と目を輝かせているから、馬鹿なんじゃないの、と笑ってしまった。


「…あのさあ」
「うん」
「1回しか言わないからよく聞いとけよ」
「うん」
「これでも名前のこと結構好きなんだから心配させんな」
「…うん!」


それはそれは嬉しそうに。私も英のこと大好きだよ!と腕に纏わりついてくる名前に、暑苦しいから離れなよ、と言ってみる。先ほどまで風が冷たいなんて思っていたくせに、俺も大概気分屋である。歩きにくいからと離れてはみたものの、少し寂しそうに俯く名前を見ると自分がいけないことをしたような気分になってしまうから、やっぱり俺はなんだかんだでこいつのことが好きなんだなと再認識。
仕方がないので手を攫って歩き出すと、英の手あったかいね!と破顔するものだからつられて笑ってしまった。俺はよく考えてみたら名前に表情を崩されっぱなしだし、心も乱されまくりだし、わりと振り回されているなと思ったところで。まあ好きな女に振り回されるなら悪くないかもしれないと、らしくない結論に至って、照れ隠しに握っていた手の力をぎゅっと強めた。
ドン・キホーテ・アイロニー

アゲハ様より「お相手はお任せで、嫉妬・独占欲丸出しなお話」というリクエストでした。キャラは誰でも良いということだったので国見にしてみました。国見は自分の気持ちを素直に言えないけど彼女のことが大好きだし嫉妬もしそうだよなと思って楽しく書かせていただきました。ご希望に添えているか分かりませんが、楽しんでいただけると嬉しいです!この度は素敵なリクエストありがとうございました!
2017.11.07


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