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私がもう1年早く生まれていたら、こんなことにはなっていなかったのだろうか。はあ、と吐いた息は空気に溶けていった。
私と研磨と、1つ年上にあたるクロは幼馴染みだ。2人がバレーを始めたことをきっかけに私もバレーに興味を持ち、高校に入ってからはマネージャーとして2人を応援するようになった。2人を、というのは半分本当で半分嘘。私が1番応援したいのは、クロだから。
昔は、意地悪なことや揶揄うようなことばかり言ってくる嫌味なヤツだとしか思っていなかった。それが、年を経るに連れて、いざという時には頼れる優しい人だと気付いてしまって。気付いた時には、頼れるお兄ちゃんから好きな人へと変わっていた。
漫画では、恋心を自覚してから主人公が奮闘し、どうにかこうにか恋愛関係に発展していくのがセオリーだ。そんな未来を夢見て、何度も似たような少女漫画を読み漁っては、私も頑張ってみようと思ったことがある。けれども実際のところ、漫画のように急速に可愛らしく変貌することなんて到底できなくて、私は早々に挫折した。
それでも、幼馴染みというポジションは奪われない。だからゆっくり時間をかけて距離を縮めていけば大丈夫。そんな呑気なことを考えていたせいで、私は今、溜息ばかり吐くハメになっているのだ。
私の目の前では、想い人であるクロと、同じクラスで委員会も一緒だという綺麗な女の先輩が連れ立って歩いている。その雰囲気は誰が見たって恋人同士で、私は本日何度目になるのかも分からない溜息を吐いた。溜息を吐いたら幸せが逃げると言うけれど、もしそれが本当ならば私の幸せはもう空っぽだろう。隣を歩く研磨はゲームの画面に視線を落としているものの、私が落ち込んでいることには気付いているようで、こっちまで辛気臭くなるからいい加減やめて、と辛辣な言葉をお見舞いしてくれた。


「だってさあ…研磨は知ってるでしょ…」
「言われなくても分かるよ。名前、分かりやすすぎ」
「でもクロは気付いてないんだよ?鈍感男め…」
「……それはお互い様だと思うけど」


何やらぼそぼそと呟いた研磨の言葉よりも目の前で繰り広げられている会話の内容の方が気になった私は、そうかなあ、と適当な返事をして少し歩く速度を上げた。明らかに不審な動きではあるけれど、前を行く2人は気付いていないと思う。どうやらクロと先輩が話をしているのは委員会のことと授業の内容に関してだけで、特にプライベートな話をしている様子はない。
人の話を盗み聞きだなんて、なんとも悪いことをしているなと罪悪感はあるけれど、自分の好きな人と綺麗な女の人が話していればそわそわしてしまうのは当然のこと。私もクロと同学年だったらもっとこうして話すことができていたのかなあと思うと、1つとは言え年の差というのが恨めしい。
そうして、付かず離れずの距離を絶妙に保ったまま学校までの道のりを歩くこと数分。朝練に向かうクロと教室に向かう先輩が別れるだろうという頃になって繰り広げられた会話に、私は愕然とした。


「もし私が、付き合ってって言ったらどうする?」
「はあ?何?お前、俺のこと好きなの?」
「そうだよって言ったら?」
「へぇ。そりゃどーも」
「返事、ちゃんと考えてよね。真面目に」
「はいはい。りょーかい」


クロはなんでもないことのように、じゃあな、と先輩に別れを告げて体育館の方向へ歩いて行ったけれど、私は暫くその場から動けなかった。なんだ、あの軽い感じは。仮にも、いや、仮じゃなくて本気で告白されたというのに、クロは照れる様子もなければ答えを考えている素振りも見せない。一体クロはあの先輩に何と返事をするのだろう。会話をしている雰囲気は、認めたくないけれどとてもお似合いだったし、クロだって満更でもない様子だった。もしかしたら、答えは既に決まっているのかもしれない。
私がうだうだしていたせいで、手遅れになってしまったのか。あの先輩よりもずっと長い年月を共にしてきて、それなりに仲良くなって、好きだと自覚し始めてからは私なりに可愛くなれるようほんの少しずつだけれど努力してきたつもりだった。けれどもこのままでは、クロはその私の頑張りに気付いてもくれず、目先の綺麗な先輩に簡単に靡いていくことになってしまう。完全なる八つ当たりだと、そして私の努力不足だと、分かってはいるけれど、醜い嫉妬心で自分の身体中が蝕まれていくのを感じた。
呆然と立ち尽くす私の背中をバシンと叩いて、朝練遅れるぞ!と声をかけてきたのは虎で、そこで私はやっと我に返る。うん…と、歩き出しはしたものの、その足取りは重い。朝練でも、放課後の練習でも、試合でも、クロの活躍を見て真っ先に喜びを分かち合える女の子は、いつだって私だったしこれからもそうだと思っていた。でも、クロに彼女ができてしまったら?きっと1番は私じゃなくなる。
考えもしなかった。この2年間、クロには彼女なんてできたことがなかったし、最近まではモテるということすら知らなかった。だから妙に安心してゆっくり距離を縮めればいいなんて甘い考えを抱いていたのだ。その結果が、コレである。全然笑えない。


「おーい、おっせーぞ」
「ごめん」
「ん?どした?」
「どうもしてない」
「いや、なんかあったろ?言ってみ?あー、アレか、女の子の日ってやつか」
「違う!クロのバーカ!デリカシーなさすぎ!最低!」
「はあ?人が折角心配してやってんのに…マジでどしたの?」


怒ることじゃない。クロは浮かない顔をしていた私を心配してくれただけで、むしろお礼を言わなきゃいけないのに。自分の感情が上手くコントロールできない。告白されたくせに動揺もせず、いつも通りに接してこられることが辛かった。だって、もしクロがあの先輩と付き合うようになっても、こんな風に声をかけられて、いつも通りが続いていくんでしょう?そんなの私、耐えられないよ。
そっと伸ばされた手を乱暴に振り払って、私は体育館を飛び出した。どうしよう。もう、クロの顔見れないかも。一緒に登下校をするのも、マネージャーとして応援するのも、きっともう無理だ。こんなに好きになってたなんて知らなかったんだもん。じわり、滲む涙を乱暴に拭って歯を食いしばる。今日の部活は休んで、明日の登校は先に行ってもらおう。大切な時期に私なんかのせいでバレー部に支障をきたすわけにはいかない。
心の整理ができるまで。いつになったら整理ができるのかは分からないけれど、せめて今のこの感情がもう少し落ち着くまで。私は、必死に涙を堪えて走った。


◇ ◇ ◇



「今日、休むって言ったんですけど…」
「うん。きいたよ。でも体調悪いわけじゃないだろ」
「それは…そう、ですけど…」
「黒尾と何かあった?」
「え!あ、何かあったってわけじゃないんです…私がただ…勝手に落ち込んでるだけで…」


放課後、帰ろうとしたところで海先輩と夜久先輩に捕まって部室に連れて来られた。クロはもう着替えを済ませて体育館にいるから大丈夫だと言われたけれど、なぜ私が部活を休む理由がクロ絡みだと分かったのだろう。クロのことを好きだと教えているのは研磨だけで、その研磨が誰かに暴露するとは思えないし、もしかして先輩達は色恋沙汰にとても敏感なタイプなのだろうか。クロと何かあったかと図星を突かれた時点で観念した私は、朝の出来事を洗いざらい先輩達に話すことにした。そうして全てを話し終えたところで、先輩達は2人揃って、なるほどね、と納得したように頷く。


「そういうことなら、いい加減黒尾には頑張ってもらわないとな」
「え、どういう意味ですか…?」
「それは本人からききな?」
「はい?」


ガチャリと音を立てて開いた部室の扉の向こうには、少しバツの悪そうな顔をしたクロが立っていて身体が硬直した。着替えて先に体育館にいるって言ったのに。先輩達、嘘吐きですか!そんな抗議をしている暇は勿論なくて、私がおろおろしている間に2人は部室から出て行ってしまい、無情にも扉がバタンと閉まる。残された私とクロの間には気まずい空気が流れるだけだ。


「…朝の。きいてたならそう言えよ」
「盗み聞きしてたのは悪いと思ってるもん…」
「そうじゃなくて。それのせいで元気ないとか、分かんねぇだろ」
「……だって、そんなこと言ったら…、」


私がクロのこと好きだって、きっとバレちゃうじゃん。変な嫉妬して、不安になって、落ち込んで。面倒臭いヤツだなって思われるの、嫌だもん。嫌われたくないもん。こんなところだけ一人前に恋する乙女なんだから、私って本当に面倒臭い。でももう、さっきの話を聞かれていたということは全部バレちゃってるんだよね。
正面に立つクロは相変わらず大きくて、元々見上げなければ視線が合うことはないから俯く必要はない。私はただ、クロの首元を見つめていた。すると、思いがけずクロがしゃがみ込んでしまったものだから、私の視線は行き場を失う。いつもは見上げる立場の私が、今はクロに見上げられている。


「俺、結構モテるって知ってた?」
「……最近、知った」
「でも彼女つくったことねぇの。なんでだと思う?」
「そんなの…バレーに集中したいからでしょ?」
「それもある。けど、」
「…けど?」
「ずっと、好きなヤツがいんの」


がーん、と。頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。クロに好きな人。そんなの初耳だ。それらしき人の話もきいたことがない。幼馴染みなのに。1番近い距離にいると思ったのに。鈍感なのはクロじゃない、私の方じゃないか。じわりじわり。朝から堪えてきたはずなのに、クロを目の前にすると涙腺は簡単に緩む。
その人のこと、そんなに大切?そんなに好き?クロのそんな優しくて切なくて泣きそうな顔、今まで見たことないよ。いいなあ。そんな風に、クロに想ってもらいたかったなあ。


「お前、鈍すぎ」
「うん…そうだね…そう思う…」
「俺もだけど」
「うん…ほんとだよ」
「俺が好きなの、ずっと名前だけなんだけど」
「うん……、え?」


ぽろり。涙が頬を伝って、落ちる。滲んだ視界の先で眉尻を下げて笑うクロを捉えて、また、ぽろり。嘘でしょ、とも、本当?とも確認できず、けれどもこんな時に冗談を言うような人じゃないってことは分かっているから、徐々に嬉しさが込み上げてくる。その嬉しさが最高地点に到達するまでどれぐらいかかったのか。戸惑いと驚きが全て飲み込まれて嬉しさだけで満たされた頃、私はしゃがみ込んでいたクロに、思いっきり抱き着いていた。
嘘じゃないよね。本当だよね。夢じゃないよね。
私のくだらない質問に、クロはたった一言、待たせてごめんな、という言葉で返事をくれた。
背中に回る大きな手の感触も、耳元で感じる息遣いも、触れたところから伝わる体温も、全部初めて。ずっと一緒にいたはずなのに、私はまだクロのことを何も知らない。でもそれは、クロも同じだと思うのだ。


「クロ、体育館戻らなきゃ」
「ん。その前に、」
「う、わ…っ」


エネルギー使いすぎたから充電、なんて、よくそんな恥ずかしいことが言えるなと思いながらも、私はクロの好きなようにぎゅうっと抱き締められることを享受している。幼馴染みの時間はこれで終わり。これからは恋人として、お互いのことを知っていこうね。
安心からか、張り詰めていた緊張の糸が解けたからか、はあ、と吐いた息は、今朝の溜息と同じように空気に溶けて消えていった。
その空気に幸せはない

ちゃま様より「ヒロインは幼馴染みの2年生マネージャー、当人者以外両想いに気付いていて焦れったい関係、嫉妬から喧嘩をしてしまう、周りの協力で最終的にはハッピーエンド」というリクエストでした。音駒全員登場させることはできなかったのですが、部員達に見守られてハッピーエンドって良いですよね…!黒尾は基本的に鋭いタイプだと思うのですが、好きな子且つ幼馴染みとなると距離感が近すぎて読めない…どうしたらいいか分からない…とかだったら可愛いなあと思います。この度は素敵なリクエストありがとうございました!
2017.11.04


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