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※社会人設定


私は最近、とても困っている。いや、こんなことで困っているなんて言ったら、世の女性達を敵に回すかもしれないけれど。困っているものは困っているのだから仕方がない。
私の勤めている会社は、所謂、大手と謳われている上場企業で、同期にも先輩にもヤリ手の人が多い。そして私の直属の上司達は、揃いも揃ってエリート街道まっしぐらの優秀な人達ばかり。おまけにルックスまで良いときたものだから、人気も相当なものだ。そして、その先輩達がなぜか全員、ごく普通の社員である私のことを気に入ってくれているということが、今の私の大きな悩みなのだ。


「名前ちゃん、仕事終わりそう?」
「あ、はい。あと少しで…」
「じゃあ夜ご飯一緒にどう?」
「え」
「はいストーップ。抜け駆け禁止でーす」
「黒尾ちゃんさあ…いつも俺の邪魔するのやめてくれない?」


右背後から声をかけてきた及川先輩の煌びやかな笑顔が、左背後から現れた黒尾先輩の制止の声によって曇っていく。こんなやり取りは日常茶飯事と化しているのでもう慣れてしまったけれど、私を挟んで会話をするのはやめてほしいといつも思う。ただでさえこの2人が揃っているだけで注目の的なのに。
私の頭上で夜ご飯に行くとか行かないとか勝手に言い合っているけれど、私の意見は聞いてくれないのだろうか。いや、意見を求められても困るのだけれど。


「あー!2人ともずっりー!名前と何話してたんだよ!」
「またうるさいのが増えた…」
「木兎には関係ねぇの」
「なんだよー。もしかして飯?飯行くの?」


頭痛がするとでも言いたげな様子で溜息を吐いた及川先輩。そして興奮気味の元気な木兎先輩をたしなめる黒尾先輩。こうして私の周りは賑やかさを増し、益々視線を集めてしまうことになる。
これも、いつものこと。そして、こうなったら次の展開もお決まりになってきているから、これから何が起こるかは目に見えている。私は3人に気付かれぬよう、密かに息を吐いた。そしてその直後、その人物は頃合いを見計らっていたかのように現れるのだ。


「何をしている」
「げ」
「出た」
「…牛若ちゃんも諦め悪いよねぇ」


及川先輩が牛若ちゃんと呼ぶのは牛島先輩。これでめでたく4人の先輩が揃ったことになる。というか、ここまでが大体ひとつの流れとして出来上がっているから、私は頭を悩ませているのだ。
全員がいい大人だから、直接的に仕事に支障はきたさない。けれども私は、間接的に被害を受けている。主に女性社員達から冷ややかな態度を取られるという、地味だけれど精神的に疲れるタイプの被害を。
私の頭を悩ませ続けている先輩達4人は、毎日飽きもせずに私のところにやってくる。しかも、ちょうど仕事が終わりそうな頃合いにタイミングよく今のようなお決まりのやり取りが行われるのだ。そして、4人がああだこうだと言い合っている間に(といっても牛島先輩はほぼ発言していない気がするけれど)、そっと逃げるのがいつものパターンだ。
4者4様のアプローチをしてきてくれるのは女として喜ばしいことなのかもしれない。全く嬉しくないと言ったら嘘になる。けれども、4人揃って、というところがどうにも不思議というか、信じられないというか、夢なんじゃないかと思ってしまう。
だから私は、常に逃げ続けていた。彼らもそれを容認してくれていたし、今後も彼らが飽きるまではこの距離感を維持すれば良いのだと思っていた。けれども今日は、いつも通りそっとその場を離れようとした私を4人が一斉に見つめてきて、まるで逃げるなと言われているようだったから。私は椅子から浮かせていたお尻を、再びストンと落としてしまった。


「ねぇ、仕事終わったら2人でご飯行こ?」
「名前ちゃん、そろそろ選べって」
「誰がいいか、さ」
「この際だ。はっきりさせよう」


どうして今日は逃がしてくれないんだ。定時を過ぎたとは言え、まだ社員が多く残っているオフィス内で、各方面から痛いほどの視線を浴びながら、私がここで何を答えられるというのか。いや、たとえこの空間に私と彼らしかいなかったとしても、答えなんて見つからない。
彼らは尊敬すべき大切な上司であって、その中の誰か1人を特別視するなんて考えてみたこともなかった。正確には、考えることを放棄していた。私はとても卑怯だから。現状を打破したいと言いながら、心のどこかではこの状態が続けば良いのにと思っていたのかもしれない。
優しく鋭い4人の視線が私にぐさぐさと突き刺さる。何と言ったら良いんだろう。全員が納得するように、傷付かないように、穏便に。そんな都合の良い答えがあったなら、こんなことにはなっていないだろうに。


「ごめんなさい」
「それは、どういう意味?」
「私には選ぶことなんてできないから…」
「デスヨネー」
「困らせてごめんな?」
「そんな顔をするな」


牛島先輩の大きな手が、少し不器用に私の頭を撫でた。それにすかさず3人が、抜け駆けするな!と騒ぎ立てるのが、通常運転すぎてほっとする。そう、結局のところ、彼らは私が本当に辛いと思うことをしないのだ。
本気で好きだと。彼らはそれぞれの言葉で伝えてくれた。私のどこを気に入っているのか、そしてその本気が今でも継続しているのか、私には分からない。けれども、少なくとも先ほどの視線からは真剣さを感じてしまった。
いつかは誰かを選ばなければならないのだろうか。もしも誰か1人を選んだとして、それで仕事に支障をきたしたり、人間関係に亀裂が生じることはないのだろうか。私が選ばない限り訪れないであろう、もしもの未来を想像して不安になる。


「そんな顔すんなよ。何があったとしても、誰も名前ちゃんのこと嫌いにはなんねーから」
「黒尾先輩…」
「今ので俺のポイント上がったろ?」


ニヤリと上がる口角に僅か見惚れて、自分の心の中を見透かされていたことにはっとする。私の小さな表情の変化までも見落とさない。それは黒尾先輩だけでなく他の3人もそうだ。仕事で落ち込んでいる時、悩んでいる時、きっと私だけじゃなくて他の部下達のことも気にかけているのであろう彼らは、本当にデキる人達だと思う。


「やっぱ飯行こーぜ!みんなで!」
「え!ちょ!」


私の腕をぐいぐいと引っ張る木兎先輩に戸惑いながらも、みんなで、という言葉に安心している私は卑怯なままだ。彼らの優しさに、甘えてしまっている。
仕方ないなあ、と言いながらついてくる及川先輩も、お触りアウトな、と言いながら私の腕を掴む木兎先輩の手を引き剥がす黒尾先輩も、飯どこ行く?と楽しそうな木兎先輩も、無言のまま先にエレベーターホールまで歩いて行く牛島先輩も。私は、全員が好きだなんて。欲張りすぎるよなあ。


「名前ちゃん、何食べたい?」
「このメンツでイタリアンとかオシャレな店は勘弁だわー」
「焼肉でいーじゃん」
「お前は昼に焼肉定食を食べていなかったか」


オフィス内の社員達からの視線は相変わらず痛い。けれども、もう暫くはこのままでいさせてもらいたいと思ってしまう私は、とても都合が良いと思う。困っている。それは嘘じゃない。きっといつか、この状態にも終わりがくる。でもその日が来るまでは。卑怯なままでいさせてください。
微温湯で溶ける脳

チェシャ様より「社会人設定、及川と黒尾と木兎と牛島に迫られるオフィスラブ、落ちはお任せで」というリクエストでした。キャラ4人を登場させると大混乱ですし結局誰も選べなくてごめんなさい。今後の展開はご想像にお任せします笑。このタイプのお話は短編だと難しすぎますね…リクエストに添えているか非常に不安ですが、こんな会社で働きたいと心底思いました。この度は素敵なリクエストありがとうございました!
2017.11.3


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