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俺は人に誇れるようなものなんて何ひとつ持ち合わせていなかった。けれども、名前と付き合い始めるようになってから、その世界が少しだけ変化したように感じる。いつもどこかで抱いていた劣等感みたいなものは形を潜め、俺はこのままの自分で良いんだと思えるようになった気がするのだ。
俺をいつも肯定してくれて、直接言葉で伝えられたわけではないけれど、ふとした瞬間に大丈夫だよと言うように傍で笑っていてくれる存在。彼女になってくれたのが名前で本当に良かったと思う。


「力君、今日も部活だよね?」
「そうだけど…何かあったっけ?」
「ううん。委員会でね、ちょっと帰りが遅くなりそうだから、たまには一緒に帰れないかなあと思って…」


待ってたら駄目かなあ?と。昼休憩、一緒にご飯を食べている最中に尋ねてきた名前は、少し不安そうだった。そんな申し出を断る馬鹿がどこにいるのだろうか。
俺は色々あったけれど、俺はなんだかんだでバレー部に戻って忙しい毎日を過ごしているので、名前と一緒に帰る機会はほとんどない。できることなら毎日でも一緒に帰りたいところだけれど、そうなると遅くまで名前を待たせてしまうことになる。待っていて、なんて我儘、言えるはずもない。だから。


「勿論、いいよ」
「良かった!じゃあ委員会が終わったら体育館行くね」
「うん」


嬉しくて仕方がなかったけれど平静を装って答えてみれば、名前は幸せそうに顔を綻ばせた。こうしてふわふわとした時間を与えてくれる名前が俺はやっぱり好きだなあ、と再確認したところで無情にもチャイムが鳴り響いて、休憩時間の終わりを告げられる。いつもならもう会えないのだけれど、今日はまた放課後にも会える。たったそれだけのことで胸が弾むのだから、恋というのはすごいと思う。
午後の授業もそこそこ真面目に受けて、やってきた放課後。いつもと同じように部活で汗を流している間も、暇さえあれば体育館の入り口に目がいってしまう。内心ちっとも練習には集中できていなくて、今か今かと名前が来るのを待っている雑念だらけの心を奮い立たせるべく、俺はふるふると軽く首を横に振った。
そうして、漸く部活に集中できるようになってきた頃。たまたま休憩時間に出入り口付近へ向けた瞳が捉えたのは、ひょっこりと体育館内を覗く名前の顔。俺は急いで出入り口の方へ駆け寄った。


「練習中にごめんね。2階で見ててもいい?」
「うん。待たせてごめんな」
「力君がバレーしてるところ見るの好きだから。頑張って」


控えめに俺に手を振って2階へと続く階段の方へ早歩きで向かって行った名前の背中を見送って、皆のところに戻る。すると、なんとも目敏く俺の動きを見ていたらしい田中と西谷が近寄ってきた。この2人は俺に彼女ができた時点でかなりの衝撃を受けていたし、ことあるごとに名前とはどうなんだ、ときいてくるから、対応するのがとても面倒臭い。今だって、もう少しで練習再開だというのに肩に手を回してきてヒソヒソ話をするみたいに顔を近付けてくるのが、心底鬱陶しい。


「名字、見に来てるじゃん。なんで?」
「今日一緒に帰んのか?」
「委員会でどうせ帰りが遅くなるから一緒に帰ることにしたんだよ。ほら、練習戻らないと」
「ずっりぃなー!」
「力だけずっりー!」


五月蠅い2人のことは無視して、練習に戻る。そりゃあ、2階にいる名前のことが気にならなかったわけじゃないけれど、浮かれ気分で変なミスをしているところを見られるのは嫌なので、必死に意識をボールに集中させた。おかげで、俺としては上出来と言える程度には調子よく練習を終えることができて一安心である。
着替えをする間少し待ってて、と部室棟近くのできるだけ明るいところに誘導し、急いで着替えるべく部室に入れば、なぜか俺よりも急いで着替えている田中と西谷に嫌な予感がした。まさかとは思うけれど、一緒に帰る、とか、言い出さないよな?さすがに俺だって、そんなに空気が読めない奴らだとは思いたくないぞ。


「力!早く着替えねぇと名字が待ってるんだろ!」
「俺達はもう着替え終わったぞ」
「いや…なんで2人が急いで着替えてんのか分かんないんだけど…」
「そりゃあ」
「2人の様子を見守るため!」


ああ、そうだ。こいつら、馬鹿だったんだ。空気読めるとか読めないとか、それ以前の問題だったということを忘れていた。一緒に帰るわけじゃない。後ろからこっそり、何食わぬ顔で様子を窺うだけだと主張する2人に頭が痛くなる。こっそり様子を窺うつもりなら、いっそのこと徹底的にこっそり尾行してくれ、と投げやりな気持ちになったが、この2人にやめろと言ったところで時間の無駄だろう。
もうこうなったら、とことん見せつけてやるというのも手かもしれない。そんな考えに辿り着いた俺は、さっさと着替えを済ますと部室に残っている先輩や後輩達に挨拶をして名前の元へ急いだ。背後からドタバタとついて来る2人の存在は無視しよう。


「お待たせ。帰ろうか」
「お疲れ様。えっと、田中君と西谷君も一緒に帰るのかな?」
「ああ…アレは無視して」
「え?」


背後の2人をちらちらと窺いながら戸惑う名前の手を取って、俺は歩き出した。あの2人なりに気を遣っているつもりなのか、一定の距離は置いてくれているようだけれど、気配を隠すつもりまではないようで尾行されていることが丸分かりである。まあいいや。気にしないって決めたから。


「部活、ハードそうだったね。疲れてない?」
「疲れてないって言ったら嘘になるけど、毎日やってることだから」
「すごいなあ…今度は試合の応援に行かなくちゃ」
「俺、たぶん出ないけど…まあ…うん、来てくれるのは嬉しいよ」


そう。試合の応援に来てくれること自体は嬉しいのだけれど、俺は控えであってほとんど出場する機会がない。せっかく応援に来てもらっても、良いところはひとつも見せられないのだと思うと、来てくれ、とは言いづらかった。こんな時、自分が少し情けないと思う。もっと頑張っていればレギュラーだったのか、とか。逃げなければ認められていたのか、とか。そういうことを考えてしまうのも悪い癖だ。
握っていた手に少し力を込めてしまったことで俺の感情の変化にでも気付いたのだろうか。名前はきゅっと手を握り返してくれて、いつも通りの柔らかな声音で俺の名前を呼んだ。


「力君が試合に出てくれたらいいなあって思わないわけじゃないけど、実はちょっと複雑なんだよ」
「どういうこと?」
「だって、力君が試合に出たら、それだけ色んな人が力君のプレーを見るってことでしょ?もしかしたらそれを見て、力君カッコいいなって思う子が増えちゃうかもしれないもん」


名前はどうやら冗談や俺を励ますための建前ではなく本気でそう思ってくれているようで、胸のあたりがほわりと温かくなる。きっと名前に自覚はないのだろうけれど、名前の一言に、今までどれだけ救われたか分からない。俺のことをカッコいいなんて言ってくれるの、名前だけだよ。あのバレー部の面々の中で、俺が輝ける場所なんてきっとなくて。でも、少しでも追いつきたくて、皆と全国を目指したくて頑張ってきた。名前はそのことを、とても自然に肯定してくれる。


「そんなこと心配しなくていいんだよ」
「でも、」
「万が一そんなことがあったとしても、俺が好きなのは名前だけだから」


足を止め、繋いでいた手を引き寄せて抱き締める。子どもをあやすみたいにポンポンと背中を撫でてから顔を覗き込めば、暗い夜道でも分かるぐらい顔を赤く染めた名前がいて、思わず頬が緩んだ。ああ、うん、こういう表情も好きなんだよね。
そんな甘ったるい雰囲気の中、漸く思い出した2人の存在。明日、きっと質問責めだなあ、面倒臭いなあ、とは思ったけれど、まあいっか。たまには自慢げに、俺達ラブラブなんだよって言ってやるのも面白いかもしれない。
一等星はキミ限定

みどり様より「縁下お相手でほのぼのした日常、田中と西谷に見せつける」というリクエストでした。ほのぼのした日常も見せつけ方も分からず、そもそも縁下自体のキャラが分からず…とても迷いながら書きましたが、縁下はあまり照れたりしそうになくてどっしり構えていそうなイメージがあったのでこのような仕上がりになりました。自分では書くことのないキャラだと思うので挑戦できて楽しかったです!この度は素敵なリクエストありがとうございました!
2017.10.27


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