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私の彼氏である松川一静という男は、高校生にしては大人びているというか、とても落ち着いている。少々のことでは動じないし、たとえ何か突拍子もないことが起こったとしても表情はほとんど変わらないだろう。
そんな彼氏だから、私はいつも無意識のうちに甘えてしまっていた。部活で忙しいことは重々承知しているから邪魔はしないけれど、休みの日には必ずと言っていいほどデートに行く。デートといっても、ただ2人でぶらぶらするだけだったり、お互いの家に行ったりするぐらいなのだけれど、クラスが違う一静とは一緒に過ごす時間自体がとても貴重なのだ。
今日は練習試合があったので観に来ていたのだけれど、格下だと思われる烏野高校に敗れるというなんとも衝撃的な瞬間を目の当たりにして、私はこの後、何と声をかけようかと悩んでいた。及川がほとんど出場していなかったとは言え、そしてたとえ練習試合だったとは言え、負けは負け。一静だってそれなりに落ち込んでいるかもしれない。
練習試合が終わって暫くして、体育館からぞろぞろとバレー部の面々が出て来て部室棟へ向かう姿が見えた。一静とは着替えを済ませてから正門のところで落ち合うことになっている。私は、お疲れ様、と、待ってるね、というシンプルなメッセージを送ってから静かにその時を待っていた。


「お待たせ」
「ううん。お疲れ様」
「帰ろうか」


一静は、いつもとちっとも変わらない様子で私の手を取って歩き出す。あれ?負けたこととか、気にしてない?まあ練習試合だし、そこまで気にすることじゃないのかな?
疑問は浮かぶけれど、それを尋ねるのは傷を抉るみたいで憚られる。結局、先ほどまでの練習試合のことには触れぬまま、当たり障りない会話をしながら辿り着いたのは一静の家。夜も遅いし、てっきり送ってくれるとばかり思っていたのだけれど、今日は疲れてしまったのだろうか。だとしたら、早く休んでもらわなければ。


「じゃあ…ゆっくり休んでね。おやすみ」
「え?うちで夕飯、食べないの?」
「そんなの急にお願いできないよ!」
「もう連絡して用意してもらってるけど」


いつの間にそんな連絡をしたのだろう。ご馳走になれるならそれは有り難いことだけれど、図々しくはないだろうか。お互いの家には何度も行ったことがあるし、ご両親に会ったこともあるけれど、やっぱり緊張してしまう。
躊躇う私を見て痺れを切らしたのか、一静は握ったままだった私の手を引いて玄関の前まで進んだ。ご両親に会う緊張や、夜ご飯を準備してもらって申し訳ないという気持ちもあるけれど、それ以上に、ただでさえ練習試合で疲れているだろう一静に私なんかの相手をしてもらったら、更に疲れを増幅させるのではないかという懸念が拭いきれない。


「来るの、やだ?」
「嫌じゃないけど…一静、疲れてるでしょ?」
「うん。だいぶね」
「じゃあ…」
「だから名前といたいんだけど」


ニヤリと笑うその表情は、的確に私の心臓に突き刺さる。私がいて、何の役に立つのかは分からないけれど、一静が私を必要としてくれていることが嬉しくて、それまでの躊躇いはどこへやら。私は一静に手を引かれるまま、家にお邪魔したのだった。


◇ ◇ ◇



親にも了承をもらって一静の家で夜ご飯をご馳走になることになった私は、美味しいご飯をいただいた後、あまり長居してはいけないからと帰ろうとしたのだけれど、一静に引き止められてしまった。送るからもう少し時間ちょうだい?と言われてしまえば、私が断る術などない。
何度か訪れたことのある一静の部屋は、相変わらずシンプル且つ整頓されていて感心してしまう。男の人の部屋はもっと汚くて散らかっているイメージだったのに、一静はどうやら例外らしかった。私の部屋よりも綺麗かもなあ、と毎回思う。
私はベッドを背もたれにして、いつも座るお決まりのポジションに腰を落ち着けた。一静はいつもなら少し離れた位置に座るのだけれど、今日はなぜか私のすぐ隣に腰をおろすものだから、どうしたのだろうかと首を傾げる。


「今日…疲れたし、ちょっとヘコんだ」
「え?…練習試合?」
「及川がいないとダメなのかよって思って」
「一静でもそんなこと思うんだね」
「たぶん、他の奴らも思ってるよ」


普段バレーのことで弱音を吐かない一静の口から、ヘコんだ、という発言が飛び出したことに多少なりとも驚いたけれど、きっと今まで言わなかっただけで、思い悩んだり辛いと思うことはいくらでもあっただろう。それをこうして吐露してくれたことは嬉しい。心を許してもらったのかもしれないと自惚れることができるから。
お疲れ様、と言おうとした時、トン、と。肩に重みが加わって、一瞬、何が起きたのか分からなかったけれど、どうやら私の肩には寄りかかってきている一静の頭がのっているようだった。動けない。ていうか、これは一体どういう状況なのだろう。今までこんなことをされた経験がないものだから、どうしたらよいか分からず固まってしまう。すると、私の緊張が伝わったのか、一静がくすくすと笑い始めた。離れていく肩の重みが、少し名残惜しい。


「ごめん、重かった?」
「そうじゃなくて…こんなこと初めてだったから」
「たまには甘えさせてよ」
「ど…どうぞ?」


とは言ったものの、いつも甘えさせてもらってばかりの私が、どんなことをすれば良いのか分かるはずもない。私、いつもどんな風に甘やかされてたっけ?落ち込んだ時や元気がない時、どうやって励まされてた?そうされることが当たり前になりすぎていたせいでちっとも思い出せないなんて、私は一静にどれだけ甘えていたんだと今更のように思う。
一静の表情は楽しそうに綻んでいて、どうやら私の戸惑う様子を面白がっているようだった。意地悪だとは思うけれど、その表情にすらドキリとしてしまうのは惚れた弱み。


「甘やかしてくれるんじゃないの?」
「…ぎゅーしたらいい?」
「何それ」
「いつも一静がやってくれるじゃん」
「そうだっけ?」


必死に思い出して辿り着いたのは、一静の大きな身体にすっぽり包み込まれて安心した時の感情。私が一静をハグしたところで、私がしてもらった時のような癒しは与えられないだろうけれど、試しに…と思い、胡坐をかいて座っている一静の足の間にお邪魔して、ぎゅうっと抱き締めながら頭を撫でてみる。子どもをあやすみたいにその動作を続けていると、私の方がふわふわとした気持ちになってくるから、これじゃあ意味ないなと離れようとしたのだけれど、一静が肩口に顔を埋めてきたことによってそれは叶わなかった。
私の腰に回された腕の力は少し強くて、抱き締め返されると少し苦しい。でも、擦り寄ってくる姿は大きな犬みたいで、こんな大きな身体をした高校生男子には似つかわしくないと思うけれど可愛いと思ってしまった。これが母性本能というやつなのだろうか。


「思ってた以上にやばいね、これ」
「ん?なにが?」
「色々。今日はこれで我慢する」
「んっ、」


肩口から顔を上げた一静はペロリと私の唇をひと舐めして、そのまま口を塞いできた。息苦しくなったらタイミングよく酸素を吸わせてくれる。けれども、またすぐに塞がれる。その繰り返し。はあ、と大きく息を吐いた私の首筋を、一静の舌がつぅっと這うのが擽ったくてぞくりとした。


「あー…もう、」
「どうしたの?」
「…来週の月曜日。うちでいいよね?」
「え?あ、うん」
「じゃあそれまでおあずけってことで」


ちゅっとリップノイズを響かせて唇に吸い付いた一静は、私から離れると、送るよ、と言った。これで甘やかしたことになるのか、疲れを癒すことができたのかは甚だ疑問だけれど、そう言われてしまっては帰らざるを得ない。一静から離れてカバンを手に取り、部屋を出ようと扉に手をかけたところで、背後から耳元で囁く低音は。


「月曜日、もっと甘やかしてね?」


とても妖艶な響きを孕んで鼓膜を揺らした。そっと攫われた手は熱くて。一静を甘やかすにはそれなりの覚悟がいるのだなと思い知ったのは、月曜日のことだった。
糖尿病にご注意ください

すみれ様より「珍しく松川がヒロインに甘えるお話」というリクエストでした。松川を甘えさせるのがこれほどに大変とは思わず…ご希望に添えているかとても心配ですが、結局は松川の思うつぼな感じになりましたね…高校生のくせにどうしてこうも大人びちゃうのか、書いている私はとても不思議でたまりませんでした笑。この度は素敵なリクエストありがとうございました!
2017.10.23


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