×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

※社会人設定


入社式で初めて出会ったときに直感で決めた。この子、絶対落としたろ、て。学生時代、自分からアプローチしたことはない。それは単純に俺の興味を惹く女がおらんかっただけで、本来の俺は、狙った獲物は逃がさへんタイプやと思う。欲しいもんは手に入れる。どんな手段を使ってでも。


「なあ名前ちゃん、今日の夜暇?」
「残念ながら予定が」
「そないよそよそしい言い方せんでもええやん」
「…仕事、終わったの?」
「当たり前やろ。俺、同期で一番優秀やもん」
「じゃあ帰りなよ」


正直、ちょっと強気に攻めれば一発で落ちると思っとったのに、なめとった。綺麗な顔して口調はきついし、ちっとも笑わへん。俺だけにそんな態度、ではなく、仕事中は誰に対してもそうやから、元々そういうキャラなんやと思うけど。上司に媚びを売る様子もなく仕事をこなす姿には、益々惹かれるものがあった。
今も名前ちゃんは書類の整理をしていて、どこからどう見ても急いで帰ろうとしている素振りはない。ということはつまり、予定があるというのは俺の誘いを断るための口実か。それが分かっていながら、帰れと言われて帰る俺ではない。
ただにこやかに、黙って名前ちゃんが書類整理をしている姿を眺めていると、はぁ、と溜息を吐いた名前ちゃんが俺の方に向き直った。不機嫌そうなオーラは伝わってくるけれど、そんなことで心が折れるようならとっくに名前ちゃんのことは諦めている。俺は、終わった?と、素知らぬ顔で尋ねた。


「……邪魔」
「見とっただけやん。それにもう終わったやろ?」
「私、予定あるって言ったよね?」
「ほんまに予定あるなら書類整理なんかせぇへんと思うんやけど?」
「……ほんっと、無駄に頭いいよね」
「せやろ〜?俺、賢いねん」


嫌味やって分かってへんわけやないけど、正面から受け止めとったら埒明かへんもん。俺はヘラリと笑いながらとぼけてみせた。ヘラヘラしているところが信用できなくて嫌いだと。アプローチし始めた当初、名前ちゃんに言われたことを思い出す。嫌いだと言われても、これが俺なんやからしゃーないやん。真面目にアプローチってどないすんの?
俺が引き下がらないことを悟ったのか、名前ちゃんはもう一度深く溜息を吐くと荷物をまとめ始めた。どうやら退勤するらしい。俺は退勤カードを切った名前ちゃんに倣って自分も退勤すると、その背中を追った。ハイヒールのくせによろめきもせずにカツカツと速足で歩く名前ちゃんは、やっぱりエエ女やなあと思う。
エレベーターに乗り込み、僅かな2人きりの時間が生まれる。隣の名前ちゃんはどこを見つめているのか、ぼーっとただ前を向いていて俺の方には見向きもしない。別にええけど。慣れとるけど。2人きりなら、ちょっとぐらい仕掛けてみてもええかな。そんな出来心で、俺は名前ちゃんの無防備な手に自分のそれを絡めてみた。ぎょっとした様子で俺の方を向いた名前ちゃんの視線は感じているけれど、今度は俺の方が前を向いて見向きもしない番だった。手を振りほどこうとされるけれど、男の俺の方が力強いんやからほどけるわけないやん。


「ちょっと、離して」
「嫌」
「なんで」
「前から名前ちゃんのことが好きなんやって言うとるやろ?好きな子と手ぇ繋ぎたなるの、普通やない?」
「…そういうこと、ヘラヘラ笑いながら言うから信じらんないの」


俺の貼り付けた笑顔を一蹴するその言葉は、以前に言われたセリフと同じ内容のものだった。エレベーターのドアが開いて2人きりの空間が壊れたところで、力の抜けた俺の手から名前ちゃんが逃げていく。カツカツとヒールの音を響かせて去って行く名前ちゃんの後姿を、俺は追うことができなかった。
ほな、俺がヘラヘラ笑わずに、真面目な顔して好きやって言ったら。名前ちゃんは振り向いてくれるん?俺のものになってくれるん?なんせ今まで誰かを本気で好きになったことがないものだから、どうすることが正解なのかさっぱり分からない。降りることも忘れて呆然と立ち尽くしたままの俺を残して、エレベーターのドアは無情にも静かに閉じた。


◇ ◇ ◇



入社式で声をかけてきた宮侑という男は、見るからに女性を手玉に取っていそうな容姿をしていた。よく言えばイケメン。悪く言えばチャラい。きっと女性関係で不自由したことなどないんだろうなと思わせる彼に微笑みかけられたら、そりゃあドキッとはするわけで。しかもそんな男に猛烈なアプローチをされたら、遊ばれていると思うのは当然のことだろう。好きだと言ってくるその顔はいつもヘラヘラしていて本気とはとても思えないし、きっと、どれぐらい早く落とせるか、みたいなゲーム感覚なんだと思う。まともに相手をしていたら痛い目に合うのは私の方に違いない。
エレベーターの中で手を繋がれるという驚きの体験をした翌日、私は密かにドキドキしながら出社した。好きだとか、付き合ってとか、言葉では何度もアプローチをされてきたけれど触れられたのは初めてだったから。
いつもみたいに、あの締まりのない笑顔でおはようと挨拶をされたら、私もいつも通りの表情と声音でおはようと言おう。そう思っていたのに、その日は珍しく出会うこともなく。昼休憩になっても定時退社時刻になっても、宮君は現れなかった。
そうか、昨日のアレで落ちなかった私は面倒臭い女として認識されて、遊び相手にもならなくなったんだな。だからアプローチもされなくなったんだろう。せいせいした。すっきりした。これが本来あるべき姿なわけであって、何も問題はない。はずなのに。胸にぽっかり穴が空いたみたいに感じるのはどうしてだろう。不本意ながら、宮君に心を奪われていたということになるのだろうか。だとしても、もうどうすることもできない。
結局、少しの残業を終えて退社する頃になっても宮君は現れず、私は静かに会社を後にした。とぼとぼと家までの道のりを歩きながら、考える。宮君はこのまま、普通に話しかけてくることすらしなくなってしまうのだろうか。ただの同期という間柄すら崩れてしまうのだろうか。だとしたら、少し、寂しいなあ。あれだけ冷たい態度であしらっておいて、我ながらなんとも都合のいいことを考えている自分がいて、笑ってしまう。


「名前ちゃん」


こんなことだから幻聴まできこえてしまうのだ。全く、だいぶ疲れてるな。


「無視はせんといてや」
「……宮、くん……?ほんもの?」
「何言うてんの?」
「だって今日、一度も来なかったから…」
「出張やってん。ホンマは明日の朝帰って来よう思うとったんやけど…名前ちゃんの顔見んと落ち着かへんねん」


それが本気でも、私を落とすための建前だったとしても、言われた言葉自体に胸がきゅっと締め付けられたのは事実だった。それに、今日の宮君はいつもと何かが違う。雰囲気も、その表情も。常に向けられていたはずの笑顔はなりを潜め、私を見下ろす視線は真剣という言葉がよく似合う。どうしよう。目を逸らせない。


「真剣な顔して言ったら信じてくれるん?」
「な…っ、」
「好きや」
「…!」
「ホンマに。せやから、真面目に考えてくれへん?」


ずいっと詰められた距離。縮められた距離の分だけドキドキが増す。ヘラヘラしているから信じられないと言った私の言葉を、宮君は意外にも律義に受け止めてくれたらしい。遊びじゃないのかな。本当に私のこと好きだって思ってくれているのかな。積もっていく期待とは裏腹に、これも作戦なんじゃないかと疑ってしまう臆病な私。
こんなにも疑り深くなってしまうのは、私が裏切られたくないと思っているからだ。裏切られて、本気やと思た?と嘲笑われるのが怖いからだ。それはつまり、私が既に宮君に落ちてしまっているということに他ならないのかもしれない。


「遊びじゃないの?」
「残念ながら本気やねん。ヘラヘラしてないやろ?」
「そう、だけど…」
「まだ信じられへん?ほなどないすればええん?」
「…なんで私なのかなって、思って」
「そんなん知らへんよ。直感やもん」
「……ふふっ…そっか」


甘い言葉でも囁いてくれるのかと思っていたら拍子抜け。けれど、それが必死さを物語っているような気がして力が抜けてしまった。思わず零れた笑いと崩してしまった表情に、宮君は面食らったように固まっていた。そういえば誰かの前で笑うのは随分と久し振りのことかもしれない。


「いいよ。分かった」
「へ?」
「信じてあげる。そのかわり、浮気したら許さないからね」


昨日と違って自分から絡めた指先。これで主導権は私のものだと思っていたのに、一歩を踏み出す前に腕を引き寄せられた挙句、抱き締められてしまったら。悔しいことに私は、宮君から逃れることができなくてあっさり主導権を奪われてしまうのだ。
殉情ユーフォリア

アスカ様より「社会人設定、同僚ヒロインに猛アタック、最終的にハッピーエンド」というリクエストでした。猛アタックの仕方が分からずただしつこいだけの宮侑になってしまった感は否めませんが、狙った獲物を逃がさないスタイルは間違っていないと信じています笑。いつもとギャップあるとそれだけで落ちるよな…と個人的な妄想で書き上げましたが楽しんでいただけると嬉しいです。この度は素敵なリクエストありがとうございました!
2017.10.20


BACK