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球技ってものがこの世から抹消されればいいのにと思い続けて3年目。今年もついにこの時が来てしまった。私は体操服に身を包んで重苦しい空気を漂わせながら体育館を目指す。友達に引き摺られるようにして辿り着いてしまったその場所には、バレーのコートとバスケのコートが1面ずつ準備されていた。
私は運動ってものが苦手だ。その中でも特に球技に関しては壊滅的に苦手で、球技大会なんてものを生み出した人間を心底恨んでいる。何が楽しくてボールと戯れなければならないのか。それならまだ長距離走でひたすら走っている方がマシというものだ。


「名前、1試合だけ頑張ればいいんだから。ね?」
「無理…バレーとか腕もげるもん…」
「もげねぇよ」
「げ。黒尾」


私の背後にぬうっと現れたのは同じクラスでバレー部主将の黒尾鉄朗。そう、ヤツは私の敵なのだ。今日までのクラスでの練習時間中、散々私を揶揄い、下手くそだと罵ってきた宿敵。大体、バレーなんてもんを毎日やってる人間に、私の気持ちは分かるまい。
ここ数日の恨みをこめて睨みつけてやったけれど、黒尾への効果が薄いことは既に実証済みなので今回も軽くスルーされた。非常に腹立たしい。けれども一番腹立たしいのは、この天敵とも言える黒尾に恋をしてしまっている自分自身だ。でも、仕方ないじゃないか。かっこいいと思っちゃったんだもん。


「俺が優し〜く教えてやったろ?ちゃんと実践してこいよ」
「そっちこそ、今日はバレーじゃなくてバスケでしょ?カッコ悪いところ見せないように精々頑張ったら?」
「残念ながら俺は何をしてもかっこいいんですぅ」


そんなの知ってるよ、知ってるけど、知らない。私は、あっそ、とだけ返すとその場を離れた。黒尾と言い合いをするのは日常茶飯事だし、それが当たり前になっている。けれども、本当はもっと素直に、こんな喧嘩腰じゃなく普通に話したいと思っているのだ。だから最近は、言い合いになってるなと思ったら自分から距離をおくようにしている。そうやって少しずつ、喧嘩友達からクラスメイトの女の子になりたい。残り少ない高校生活で、私のことを女の子として認識してほしい。本当に今更過ぎて笑えてくるのだけれど。
私が出場したバレーの試合は、私以外のメンバーが頑張ったことにより勝利をおさめた。というわけで、1試合で良いと言われていたのに次の試合も出ろと言われた私の気分は地の果てまで落ち込んでいる。けれども、隣のコートで颯爽とゴールを決めて得意げに笑う黒尾を見ていると、球技大会って良いかも、なんて思ってしまうのだから恋愛とは恐ろしい。
バレーだけじゃなくてスポーツ全般できるらしい黒尾は、その長身を生かして次々に得点をあげていて、憎たらしくなるぐらいカッコ良かった。だからついつい見つめすぎていたのだろう。試合中の黒尾と目が合ってしまい、不自然に顔を背けてしまった。明らかにわざとらしく逸らしてしまった視線は、もう黒尾の方に向けることができない。
これだから恋愛ってものは厄介だ。自分が思っているよりもずっと、私は黒尾のことを意識しすぎている。1人で空回り。足早に体育館を出て、人気のないところを探す。体育館裏なんてベタだよな…と思いながらも、結局陰になっていて誰もいないところなんてそこぐらいしか思いつかなくて腰を下ろした。次の試合まではもう少し時間があるはず。試合前ギリギリを目指して体育館に戻って、黒尾と接触しなくて済むようにしよう。
そう決意してからどれほど時間が経っただろう。ぼーっと空を眺めていると物音がして、視界に少し不機嫌そうな黒尾の顔が入ってきた。え!なんで!慌てたところで私に逃げ場はなく、とりあえず顔を地面へと向けることだけで精一杯だ。


「なんで俺から逃げてんの?」
「逃げてない」
「じゃーこっち向いてみ?」
「やだ」
「もしかしてカッコいい黒尾さん見て惚れちゃった?だから恥ずかしくて見れねぇとか?やだー黒尾さん照れちゃうー」


いつもの調子で冗談を言ってくる黒尾に、普段なら、そんなことあるわけないでしょ!と返すところだけれど、今日はその言葉が上手く出てこない。喉に絡まりついた強がりと嘘はそのままゴクリと飲み込まれ、代わりに出てきたのは、自分でも信じられないぐらい弱弱しい本音だった。


「カッコ、よかったよ」
「は…?」
「悔しいけど、カッコよかった」


いつの間にか隣に腰をおろしていた黒尾が息をのむのが分かった。だろ?とか、やっと俺のカッコよさに気付いたか!とか、またそういう冗談めいたセリフが返ってくると思っていた私は、内心穏やかではない。今まで黒尾と一緒にいて感じたことのない空気が流れ始めて、冗談だよ!と無理やりこの状況を打破しようとした時だった。
はあああ、と。黒尾が大きく息を吐いた。ぎょっとして隣を見遣れば、大きな手でガシガシと頭を掻き毟った後で項垂れていて、これは一体何事かと思わず眉を顰めてしまう。そのままなんとなく視線を送り続けていると、やっとのことで顔を上げた黒尾が私のことを横目でじとりと睨んできて、益々意味が分からない。


「お前さぁ…なんでそういうこと急に言うかなぁ…」
「言っちゃいけなかったの?」
「調子狂うだろ」
「なんか、ごめん。前言撤回する」
「それはすんな。カッコいい黒尾さんインプットしとけ」
「わけ分かんないんだけど」


いつも通りに、とはいかない。けれど、気まずい雰囲気は払拭されて少し安心した。
戻るか、と。黒尾が立ち上がったのに倣って私も立ち上がる。もうすぐ試合だと思うと憂鬱ではあるけれど体育館に戻る道すがら、黒尾が、頑張って来いよ、と応援してくれたので素直に頷いてコートに走った。素直になるって難しいし恥ずかしい。
そんな浮ついた気持ちで試合に臨んだから罰が当たってしまったのだろうか。私はその試合中にどうやら突き指をしてしまったらしく、どうも指の感覚がおかしい。幸いにも利き手ではないし、薬指だからそこまで生活に支障は出ないだろう。負けてしまったので次の試合はもうないし、友達には心配をかけたくないのでトイレに行くと告げてから保健室へ向かう。
こんな時に保健室の先生はどこへ行ってしまったのだろう。なんとなく痛み出した指をどうするべきかと無人の保健室内をうろうろしているとガラリとドアが開く音がして振り返った。先生か、と思いきや、そこに立っていたのは黒尾で、無駄に心拍数が上がる。


「突き指したんだろ」
「え、なんで」
「見てりゃ分かる。こっちはバレー部だっつーの。なめんな」
「見てたんだ」
「そりゃ同じクラスの試合だからな」
「…そう、だよね、」


変な期待をしてしまった。私のことを見てくれていたんじゃないかって。勘違いも甚だしい。私の手を取る動作に迷いはなくて、触れられてドキドキしているのは自分だけなのだと思うと虚しさでいっぱいになった。
黒尾はただ、たまたま私が突き指をしたことに気付いて来てくれただけ。それだけでも十分なはずなのに、どうしてこんなにぐちゃぐちゃした気持ちになってしまうんだろう。1人で悶々としている間に、黒尾は手際よく氷をビニール袋に詰めたもので私の指を冷やしてくれていて、暫く冷やしとけよ、と教えてくれた。
いつも意地悪で容赦ない言葉をぶつけてくるくせに、たまにこうして優しい一面も見せてくるのだからこの男はずるい。そのずるさを分かった上で好きになってしまったのだから、もうどうしようもないなあ。


「黒尾は、試合いいの?」
「んー、時間あるから」
「そっか」
「早く処置終わらせて、また俺の雄姿見なきゃいけねぇだろ?」
「はは…そうだね」


冷やしてくれているはずなのに、黒尾に触れられているせいで手はどんどん熱を帯びていくような気がする。沈黙は苦手だし、何かどうでもいい話題探さなきゃ。今日はイレギュラーなことが多すぎて頭が上手く機能してくれない。こういう時、いつもどんな話してたっけ?


「次の試合勝ったら、俺らのクラス優勝に王手」
「ああ…そうだね。頑張って」
「優勝したら何してくれんの?」
「何もしないよ」
「それじゃー黒尾さん頑張れなーい」
「じゃあ何がいいわけ?ジュース1本ぐらいなら奢るよ」


ジュースはいらねぇから。
落とされた言葉はいつもの黒尾の声より幾分か低く響いた。恐る恐る上げた視線は黒尾とバッチリ交わって、逸らそうと思うのに逸らせなくて固まってしまう。だって、そんな真剣な顔、バレーの試合中ぐらいしか見たことないじゃん。


「名字が暇な日、1日全部俺にちょーだい」
「なに、それ」
「そのままの意味」
「黒尾の方が部活で忙しいでしょ」
「俺の部活が休みで、名字が暇な日」
「それは…別に、いい、けど」
「決まりな?」


ニヤリと笑う黒尾に見入っていると冷たい氷が指から離れた。水気を拭き取って、慣れた手つきで上手にテーピングをしていく黒尾をぼうっと見つめる。
優勝したら私の1日をあげるって、なんだ。どういう意味だ。馬鹿な私にも分かるように説明してほしい。ねぇ黒尾。期待、しちゃうよ。


「言っとくけど、一応デートのお誘いなんで」
「で、デートって…、そんなの、」
「カッコいい黒尾さんとデートできるんだから喜べよ」


私の心の声が聞こえていたみたいに、タイミングよくデートという単語を口にした黒尾はテーピングを終えた私の手をゆっくりと離した。優勝のご褒美がそれでいいのか。黒尾は本当に私とデートなんてしたいのか。少しの期待と大きな不安。でもとりあえず今は。


「そういうことは試合に勝ってから言いなよ」
「じゃ、応援よろしく」


少しの期待を膨らませて、応援してあげるね。
加熱する零度

しょうこ様より「両片想いな2人、体育祭などの学校行事のお話」というリクエストでした。体育祭と迷ったのですが球技大会というシチュエーションで書かせていただきました。両片想いのもどかしくて甘酸っぱい雰囲気を楽しんでいただければ幸いです。青春万歳ですね笑!この度は素敵なリクエストありがとうございました!
2017.10.05


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