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※社会人設定


第一印象は、ずばり、小動物みたい。合コンに来ているのだから何かしら話を振られるのは分かりきっていることだろうに、彼女は声をかけられるたびにビクリと肩を小さく震わせていて、正面の席の俺はそれを見て、冒頭の第一印象を抱いたわけだ。
後から聞いた話によると、どうやら彼女(たしか名字さん)は極度の人見知りらしい。それでよくもまあ合コンに参加しようと思ったな、と感心する。恐らく、数合わせのために呼ばれた人員なのだろう。なんとなくの流れでその場にいたメンバーと連絡先の交換はしたけれど、俺も数合わせ要員として呼ばれただけなので、正直この連絡先は必要ないだろうと思っていた、のに。


「それ、さっきそこに座ってた子の忘れ物?」
「マジか。松川〜連絡して届けてあげて」
「なんで俺?」
「だってカラオケ行かねーんだろー?」


何が楽しくて男だらけで、しかもそこまで仲良くもないメンツでカラオケに行かなければならないのか。俺にはさっぱり分からないから、帰る、と言った矢先にコレだ。まあ別に、忘れ物のハンカチを届けるぐらいどうってことないから構わないのだけれど。
俺はカラオケに繰り出した奴らと別れると、先ほど交換したばかりの連絡先を呼び出しメッセージを送ろうとして、やめた。まだ近くにいるかもしれないし、電話でさっさと用件を済ませてしまおうと思ったのだ。アプリから電話マークのボタンを押して、暫くコール音が続いた後、もしもし…?と、戸惑いに満ちた声が機械越しに聞こえて、ほっと胸を撫でおろす。


「さっきの店にハンカチ忘れてない?俺が持ってるんだけど」
「え、あ…ご、ごめんなさい…」
「それは良いんだけどさ、まだ近くにいる?渡しに行くよ」
「え!いいですいいです!悪いので!」
「うん。悪くないから。今どこらへん?」


次にいつ会えるかも分からない子のハンカチをずっと持っているのもどうかと思うし、できることならさっさと返してしまいたい。そんな本音は隠して、なんとか合流を取り付けた俺は、待ち合わせに指定した場所へと急いだ。
つい数十分前に正面の席に座っていた名字さんは、やはり小動物のようにそわそわした様子で待っていて、少し笑ってしまう。人見知りってあんな感じだっけ?俺の周りには人見知りをするような奴らがほとんどいなかったのでよく分からない。けれども、その様子は少し可愛いかもなあと思う。


「ごめん、お待たせ」
「あ、いえ、私こそ…あの、ハンカチ…」
「ああ、これ」


このハンカチを渡せば俺の任務は終わって、すぐさま家に帰れる。しかし、差し出されたその手にハンカチを渡さなかったのは何の気紛れか。そんなの、名字さんのことがちょっと気になり始めてしまったからに他ならない。自分の手に渡るはずだった淡い桃色のハンカチを目で追う名字さんと、俺の視線がぶつかる。当たり前のようにその視線はすぐに外されてしまったけれど、人見知りだと言うのならこれぐらいの行動、想定内だ。
俺が頭上高く掲げたハンカチに手を伸ばす名字さんは、猫じゃらしにじゃれつく猫のようで面白い。俺の方が背が高いんだから、どう頑張ったって届かないって分かるでしょ。


「名字さん、この後って時間ある?」
「え…」
「時間あるなら少し付き合ってよ」
「それは、ちょっと…」
「ここまでハンカチ届けたお礼、してくれないの?」


我ながら卑怯な言い方をしたなと思う。こんな言われ方をされたら、名字さんみたいなタイプは断れないだろう。それが分かっていて強引に事を進める俺は、性格が悪いと開き直っているので気にしないけれど。
案の定、名字さんは、少しだけなら…と小さな声で言ってきたので、俺の策略にハマってくれたらしい。俺は名字さんを連れて適当なお店に入ると、コーヒーを注文した。名字さんは紅茶を注文していて、確かにコーヒーより紅茶っぽいよなあ、などとぼんやり考える。先ほどの合コンで簡単な自己紹介をしていたとは言え、名字さんはほとんど喋っていないから基礎情報が何もないということに今気づいてしまった。


「名字さん、今日の合コンって数合わせで呼ばれた感じ?」
「え…っと…違い、ます」
「ん?じゃあ自分から行きたいって言ったの?」
「…はい……」


なんとも意外なことに数合わせで参加した俺とは違って、名字さんはきちんとやる気を持って参加していたようだ。勝手に数合わせ要員同士だな、と認識していたことは申し訳なく思うけれど、それならばもう少しアピールしても良かったのではないだろうか。


「彼氏ほしいんだ?もっとアピールしなくて良かったの?」
「そうじゃ、なくて…」
「ん?」
「男の人と、もっと上手に話せるようになりたいな、って…思って…」


なるほど、ゆっくり話を聞いてみれば、名字さんの人見知りは特に異性に対して発動されるものらしく、今回の合コンにはリハビリ目的みたいなイメージで参加したようだった。合コンでリハビリとは、提案した友達も大胆だが、それにノる名字さんもなかなか度胸があるよなあと思う。実際のところはちっとも上手くいかなかったようなのでなんとも言えないけれど。
コーヒーと紅茶が届いてからもカップをじっと見つめていて俺の方を一度も見てくれない名字さんは、よくよく見ると可愛い風貌をしているし、モテないことはないだろう。人見知りのせいで結構損してそうなタイプだ。


「俺が練習台になってあげようか?」
「はい?」
「もっと上手に話せるようになりたいんでしょ?」
「え、いや…でも…」
「まずは顔上げるところから始めてみる?」


名字さんの視界に入るようにと机に頭を近づけて覗き込めば、ぶわっと顔が赤くなった。視線はほんの一瞬交わっただけだし、そこまで照れることでもないだろうに、そういう反応をされるとこちらまで恥ずかしいことをしたような気分になってしまう。社会人になってこれって、仕事に支障出ない?大丈夫?


「仕事でもそんな感じなの?大変じゃない?」
「電話対応とデスクワークが基本なので…」
「ふーん…でも職場内に男いるでしょ。上司とか」
「目は、合わせられませんけど、話はできます…」


ここまでの人見知りだと逆に興味深い。なんというか、すごく難しいゲームを攻略する時の感じに似ている。
俺は体勢を元に戻すと、コーヒーを一口啜ってから預かっていたハンカチを取り出す。あ、と。口から漏れた声で察するに、名字さんは明らかにハンカチの存在を忘れていたようだ。


「これ、返してほしい?」
「え?あ、はい…?」
「じゃあこっち見て」
「な、なんで!」
「俺がそうして欲しいから?」


頬杖をついて、名字さんの前でひらひらとハンカチを揺らす。別にハンカチ1枚のためにそんなに必死になることはないだろうに、名字さんは、うう…と唸り声をあげていて、今時珍しい純粋な子なんだなあと好感度が上がる。ていうか、今日が初対面の俺にこんなに翻弄されていて、名字さんは大丈夫なんだろうか。
ずっと俯いている名字さんの前でハンカチを揺らし続けること数分。そろそろ腕が疲れてきたなあと思い始めた頃に、松川さん、と名前を呼ばれた。そもそも俺の名前を憶えていたのか、という驚きとともに、ん?と見つめた先にあったのは、すごくきれいな瞳を携えて俺を見つめる名字さんの姿。そのまま数秒固まって。これでいいですよね、と奪われたハンカチ(本人のものだから奪われたというかあるべき場所に戻っただけだけれど)。
自分から仕掛けておいて、まさかこんなことになろうとは夢にも思わなかった。まあでも冷静に考えてみたら、こんなお店に入ってまで名字さんとかかわろうとしている時点で、結構オチてるよなあ、なんて。


「今日はもう遅いから出よっか」
「あ…はい、」
「付き合ってくれてありがとう」
「え!お金…!私が払わなくちゃお礼にならないのに…」


2人分のお会計を済ます俺に、紅茶1杯分のお金を払おうとしてくる名字さんは、やっぱり純粋でいい子なんだと思うし、そんないい子の心を弄ぶみたいに意地悪したくなってしまう俺は、やっぱり性格が悪いただの餓鬼なんだろう。


「お礼はデートでいいよ」
「…は?」
「また連絡するね?」
「え、あの、」
「次は笑顔で俺の目を見てもらえるように頑張るよ」


いまだに、え、とか、う、とか、単語にもならないような声を発している名字さんの頭をひと撫でして。これで少しぐらい、俺のことを意識してくれたらいいなという願いを込めて、気を付けて帰りなね、と別れを告げた。
家まで送ってあげたいけどさ。送り狼になっちゃいけないから、今日はここまでで。
ハンカチに纏うアダージョ

ヨウ様より「人見知りヒロインをゆっくり絆す」というリクエストでした。ちっとも絆せなかったんですけれどもどうしましょうか笑?今からゆっくり絆すんだろうなってことを感じてくださいお願いします笑。社会人松川は大人な対応するけど心の中で少し余裕がないといいと思ったんです…ご期待に添えてない気がしますがこれでも必死です笑。この度は素敵なリクエストありがとうございました!
2017.10.04


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