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「天童君ってバレー部のレギュラーなんでしょ?すごいよねー!」
「まぁね〜」
「今度応援に行っちゃお!」
「差し入れはチョコアイスでよろしく〜」
「アイスなんてとけちゃうよ」
「じゃあ手作りクッキーでもいいヨ?」


私の背後で繰り広げられている会話は、無視しようと思ったところで嫌でも耳に入ってくる。きゃぴきゃぴと可愛らしく騒いでいるその子は女の私から見ても可愛いから、男である天童からしてみればさらに可愛く見えることだろう。私個人の意見としては、可愛いけれど少しイラっとする部類の子なのであまりお近づきにはなりたくないが、男ってのはこの手のタイプが好きらしい。
私はお世辞にも可愛いキャラとは言えなかった。姉御肌、サバサバしている、気が強い。私に当て嵌まるキーワードは全て、可愛い、から遠くかけ離れている。だから真後ろの席で楽しそうに会話をしている天童とも、今きいていたような何かが生まれそうなやり取りはできない。


「名字は手作りのクッキーなんて絶対に差し入れできないタイプだよねぇ」
「は?何の話?」
「名字の女子力は低いよねって話」
「急に喧嘩うってくるのやめてほしいんですけど」


本当に嫌味な奴だ。そりゃあ見た目は女子力低めかもしれないけれど、料理はそこそこできる方だし、家事全般を一通りできるぐらいのスペックは持ち合わせている。それは女子力とは言わないのかもしれないけれど、そもそもじゃあ女子力ってなんだ。
天童はいつも息を吐くみたいに自然な流れで私に喧嘩をうってくる。結構傷つくような、他の女子には言わないような言葉も容赦なく浴びせてくるし、私は彼に女として認識されていないんじゃないかと思う。それが少し、いや、結構悲しい。
こんな私でも、一応女の子なわけで。高校3年生にもなれば好きな人ぐらいいる。それがまさか喧嘩友達と化している天童だなんて、口が裂けても言えないけれど。だからこの関係は、嬉しくもあり悲しくもあり、非常に複雑なのだ。恋する乙女、なんて私に最も似合わないフレーズだけれど、事実、私は現在進行形で恋する乙女である。


「たまには女の子らしいところ見せてみたら?」
「なんで?誰のために?」
「ん〜?たとえば…好きな人のために、とか?」


ニィっと上がった口角は、私の反応を楽しんでいるということに他ならない。ここで動揺して見せれば可愛げもあるのかもしれないけれど、先ほどからも述べているように、生憎、私はそんな性格ではないのだ。なんでもないことのように平然を装って、そうだね、と。何の抑揚もなく吐き捨てた言葉に、天童はつまらなそうに唇を尖らせた。


「そういうところが可愛くないよネ〜」
「別に天童に可愛いと思ってもらう必要ないし」
「名字のこと可愛いと思うことは一生ないと思うヨ」
「……そう、だろうね」


ああ、今の一言は結構傷付いたなあ。そのせいで少し言葉を詰まらせてしまったけれど、大丈夫。私の小さな動揺なんて気付かれるはずがない。
結局その会話はそこで終了し、天童はまた可愛いあの子との会話に戻ってしまった。こうして小さな傷を積み重ねて、私はこの先一体どうなりたいんだろう。燻る感情は行き場をなくして、心の奥底に鍵をかけて閉じこもってしまった。


◇ ◇ ◇



そんなやり取りがあったというのに、なぜ私は今、手作りクッキーを手にバレーの試合会場に来ているのか。自分でも自分の行動の意味がさっぱり分からない。ちゃんと私にも女子力あります〜って、天童にアピールしようと思った。そこまでは良いとして、このクッキーを天童に渡す勇気が私にあるのか。そこが一番の問題である。
試合会場に来て、とりあえず試合の応援をして、天童の活躍ぶりを見て、感情は昂った。やっぱりかっこいいなと思ったし、好きだなと再認識した。けれども、このクッキーを渡すという難関は、どうにもクリアできそうにない。幸い、天童は私が応援に来ていることに気付いていないはずだし、このまま帰ろう。そうしよう。そう思っていたのに。


「あっれ〜?なんでこんなところに名字がいるの?」
「…そっちこそ、なんで他のみんなと別行動とってんの」
「試合終わったら俺は自由だも〜ん」


試合会場を出ようとしたところでばったり天童に出くわしてしまうなんて、今日の私は不運すぎる。慌てて背後に隠したクッキーの包みは天童に見られていないと思いたい。が、目敏く気付いてしまうのが天童覚という男なのだ。
それなぁに?と尋ねてくる表情は、教室でも見たことがある含みを持たせたいやらしい笑みで悔しい。主導権を全て握られているようなこの感覚が、とてもいたたまれない。


「クッキー、作ったの。女子力高いから」
「へ〜ぇ?それ、誰が毒味するの?」
「天童じゃない誰か!」


本当は天童のために作ったんだよ。頑張って作ったから食べてねって、言いたいんだよ。でも、言えない。だって私は私だから。可愛い女の子には一生なれない。それに毒味ってことは、天童だって私の作ったものなんて食べたくないってことじゃないか。
このままここで会話をすること自体がつらくなって、じゃあね!と、どこに向かいたいのかも分からず踵を返せば、無言で手を掴まれて持っていたクッキーの包みを奪われた。逃げることさえも許してもらえない。一体なんなんだ。


「仕方ないから俺が毒味してあげるネ」
「そんなの頼んでないし」
「だって、もらった人がお腹こわしたら可哀そうだし?」
「ひっどい…!これでも一生懸命作ったのに…!」


散々な言われように腹が立って言い返している間に、天童はラッピングをほどいて中身の1枚をぱくりと口に放り込んだ。食べてもらえたことは嬉しいけれど、どうせ不味いとか、形が悪いとか、何かしらの悪評をいただくに違いない。


「ふーん。なんだ、美味しいじゃん」
「え…」
「これ、誰にあげるの?」


素直に褒められたことも、真剣な表情で尋ねられたことも、全てが予想外。だから上手な嘘も思い浮かばなくて、えーっと、を繰り返す。そんな状態で、好きな人?と。畳みかけるように問いかけられてしまえば、私は何も考えずにコクリと頷くことしかできなかった。その好きな人ってあなたですよ、とまでは言えなかったけれど。


「バレー部なんだ」
「……まぁ、ね」
「3年生?」
「…そんなのきいてどうするの」
「俺が手伝ってあげよっかな〜と思って」
「いいよ。そういうのいらない」


だって相手、天童だもん。手伝ってもらえないし。
いまだにクッキーを手に持ったまま、なんとなく無意識のうちに2枚目を齧っている天童は何を考えているのか。表情はなんとなくいつもより硬いままで、冗談を言える雰囲気でもなくなってきた。


「クッキー、返してよ」
「やだ」
「は?なんで」
「なんでも」
「意味わかんない」
「本当にわかんないの?」


私よりも随分と高い位置にある顔が近づいてきて、思わず後退る。何、なんなの。近い。無理。こんなの友達のパーソナルスペースじゃないよ。このままじゃあドキドキしちゃって、いつもみたいに強がれないじゃん。やめて。お願い。変な期待、させないで。パニックにパニックが重なり、元々そこまで容量が大きくない私の脳味噌は簡単にフリーズした。


「天童が何考えてるかなんて、私にはわかんない」
「俺も名字が何考えてるのかわかんないんだけど」
「ていうか近いから、離れて」
「やだ」
「さっきからそればっかり…もう、なんなの…!」
「あのさぁ」


名字、もしかして今、ドキドキしてる?
頭上からふってきた声音に、心臓が震えた。図星を突かれるとはまさにこのことで、私は固まるしかない。そうだよ、ドキドキしてるよ、悪いですか。好きな人に近付かれるとこんな私でもドキドキして女の子になっちゃうんです。心の中では言い訳染みた言葉がどんどん羅列されていくのに、それらが音になることは一切なく。かわりに響いたのは、天童の声だった。


「今の名字はちょっと可愛いと思うヨ」
「…え?」
「マヌケ面だけど」
「っ…うるさいなあ!」


ちょっとときめいた自分が馬鹿みたいで、でも、いつの間にかクッキーを完食してくれたところを見ると、天童も私のことちょっとぐらい特別に思ってくれてるんじゃないかなって。勝手に考えてふわふわしてしまう。
俺、チョコアイスが好きなんだよね〜と言った天童の言葉の真意は掴めない。けれども、アイスクリームって作れるんだっけ?なんて考えだしてしまうあたり、私はちゃんと恋する乙女だと思うのだ。
アイス資格をくださいな

愛様より「勝気なヒロインと天童のゲスな駆け引き、宮侑短編のような攻防戦、本当は両片想い」というリクエストでした。ゲスな駆け引きってなんだ?これはゲスなのか?駆け引きなのか?もはや大混乱状態の中で書き上げましたが大丈夫でしょうか笑?両片想いの焦れったい時期ってとても楽しいですよね!この度は素敵なリクエストありがとうございました!
2017.10.02


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