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暑い。夏だからそれは当たり前なのだけれど、それだけの理由ではなく。この体育館内は、熱かった。飛び交う声と、ボールが床を穿つ音。東京での合同合宿ということで気合い十分の我が烏野高校はペナルティーの連続ではあったけれど、とても充実した時間を過ごしているように思えた。
私は清水先輩の誘いを受けて今年からマネージャーになったばかりなのでチームの雰囲気ってものはまだはっきりとは分からないのだけれど、それでも、チーム全体がひとつの目標に向かって一丸となりつつあることだけはなんとなく察することができる。私もマネージャーとして、できることをやらなくちゃ。自然とそう思える程度には、熱気が伝わってきていた。
それにしても、東京の高校はすごい。烏野だって弱くはないと思うのだけれど、それぞれの高校によって強みみたいなものがあって、何度対戦してもその動きには目を見張るものがある。特に印象的なのは梟谷の木兎さん?と呼ばれている先輩だ。強烈なスパイクを決めるたびに、ヘイヘイヘイヘーイ!と大きな声が聞こえるものだから余計に目立つ。


「声と雰囲気に圧倒されちゃいますよね…」
「梟谷の?」
「どこの高校もすごいですけど…あれだけ決められちゃうといっそ清々しいというか…」


隣の清水先輩と雑談を交わしながら、話の渦中の人物の方に視線を向けると、その手前にいる黒髪の人と目が合った。確か、梟谷のセッター。名前は…何だったっけ?私が軽く首を傾げたのと、試合の再開がほぼ同時だったので、そのセッターの人の視線は私からすぐに逸らされてしまったけれど、切れ長のその瞳はなんとなく印象深かった。
そういえば、木兎さんは確かにすごいけれど、そのアシストをしているのはセッターなんだよなあと思うと興味深くて。私はそれからなんとなく、セッターの彼を時々眺めていた。


◇ ◇ ◇



漸く休憩時間になり、汗だくの皆が一斉に帰ってくる。次から次へとタオルやドリンクを手渡していると、横からすっと、見慣れない人が現れた。あ。えーと、梟谷のセッターの。名前…結局誰だったっけ?そもそも先輩だっけ?同い年?それすらも分からない。後輩でないことだけは確かだけれど。


「俺にもドリンクもらえる?」
「え…?あ、はい…どうぞ…?」


梟谷にもマネージャーはいるわけで、勿論ドリンクだって沢山用意してあるはずだ。わざわざ烏野のところのドリンクを取りに来る必要はないだろうに…この人は相当の変わり者なのだろうか。烏野の人達はタオルとドリンクを受け取ると思い思いに散らばって行ってしまったので、私の周りには名前も分からない梟谷のセッターさんしかいない。清水先輩まで、一体どこに行ってしまったんだろう。
きょろきょろと辺りに視線を泳がせていると、名字さん、と。名前を呼ばれた。セッターの彼に。なんでマネージャーである私の名前なんて知っているのだろう。


「最初、自己紹介してたよね」
「あー…そう、ですけど…よく覚えてましたね…」
「まあね。人の名前とか覚えるの得意だから」


なるほど、セッターというのは頭を使うポジションだと聞いたことがあるから、この人はきっと頭が良いのだろう。あれ?でもうちのセッターの影山って赤点取ってなかった?じゃあ馬鹿じゃん。


「うそ」
「へ」
「名前覚えるのなんて得意じゃないよ」
「…じゃあなんで…?」


ふっと、切れ長の瞳が更に細められて、初めてその人の笑顔を見た。思っていた以上に柔らかい表情に、心臓がとくりと脈打つ。なんでだと思う?と、まるで私の反応を楽しんでいるかのように問いかけられ、私は素直に、わかりません、と答えることしかできなかった。私はそんなに珍しい名字でもないし、印象深い見た目ってわけじゃないと思う。じゃあ、どうして?そんなの、考えたって分かるわけがない。


「名字さん、俺の名前覚えてないでしょ」
「……ごめんなさい」
「いいよ。そんな気はしてたし」
「え…と、名前、きいてもいいですか」
「赤葦京治」
「あかあし…さん」
「俺、2年生だから同い年じゃない?」


赤葦さん、もとい、赤葦君の発言には少し驚いた。大人びているし、あの梟谷のエースである木兎さんに随分懐かれている?というか、信頼されていそうだったから、先輩かなあと勝手に予想していたのだ。
それにしても、なぜ赤葦君は貴重な休憩時間を私との会話に費やしているのだろう。滴り落ちる汗を拭いながらドリンクを飲み干す赤葦君をぼーっと眺めながら考えてみたけれど、やっぱり答えは分からなかった。なんというか、ちっとも読めない人だ。


「名字さんの名前を覚えてた理由、知りたい?」
「…う、ん」


私が頷くと、再び細められる双眸。そして、ふわり。何の前触れもなく距離を縮めて私の耳に唇を寄せた赤葦君は、一目惚れしちゃったからだよ、と。信じられないことを言ってのけた。うそでしょ。あまりの衝撃に、一目惚れって、あの一目惚れ?お米の品種とかじゃなくて?という、わけの分からないことしか考えられない。
放心状態で動けないまま、じわじわと熱を帯びてくる身体。きっと今、私の顔は赤くなっていることだろう。だって、そんなこと、言われたことがない。もしかして私、遊ばれてる?東京の人は遊んでそうだもんな。そうだ、きっと私は遊ばれているんだ。


「さすが、東京の人は違うなぁ…!」
「信じてないんだ?俺、本気なのに」
「じ、冗談やめてよ…揶揄って面白がってるんでしょ…!」
「…ま、信じなくてもいいよ。今は、ね?」


最後の一言を耳元で囁いたのはきっとわざとだ。私を動揺させるための、策略。この人、なんだかよく分からないけど性格悪いんじゃない?そう思うのに、胸の高鳴りは止まらない。私、ドキドキしてる。
自覚した直後に鳴り響く、休憩終了の合図。赤葦君は何事もなかったかのように練習に戻って行った。それからの私といったら、それまで気になっていた木兎さんの大きな声なんか全然気にならなくなって、烏野を応援していたはずなのに気付いたら赤葦君を目で追っている始末。しかも、何度も何度も目が合うものだからたまらない。
マネージャーとして必要最低限のことはしたつもりだけれど、練習が終わってから近付いてきた赤葦君の顔はなんとなく勝ち誇った表情をしているように見えたからとても悔しい。これじゃあ赤葦君の思う壺だ。


「お疲れ様」
「…片付け、残ってるから」
「名字さん。連絡先交換しようよ」
「私、宮城に帰るんだけど」
「うん。知ってるよ。だから余計に」


遊ばれてるかもっていまだに疑っている。けど、そわそわしているのも事実で。片付けが終わってから携帯片手に笑みを携えて再び近寄ってきた赤葦君を拒むことなんて、私にはできなかった。


「連絡するね」
「うん…」
「また東京においで。待ってる」


それはそれは自然な流れで私の頭を撫でた手は、思っているよりも大きくて骨ばっていた。赤葦君に触れられたところだけが熱い。遠くの方で木兎さんが、あかーし!と呼んでいる声が聞こえて、またね、と去って行く赤葦君の背中を見送る私は、すっかり恋する乙女になっていた。なんて単純。
暑い。熱い。夏はまだ、始まったばかり。
灼熱予報をお伝えします

あい様より「烏野マネージャーヒロイン、合宿中に口説かれる」というリクエストでした。赤葦が口説くところが想像できなくて、これであってるのかなと思いながらも、こんなに押せ押せな赤葦は新鮮だったので楽しく書かせていただきました。この度は素敵なリクエストありがとうございました!
2017.09.13


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