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※社会人設定


「なんでこんなことになっちゃったの?」
「俺に聞くなよ」


私は途方に暮れていた。恐らく隣で呆然と立ち尽くしている黒尾も、私と同様、途方に暮れていることだろう。
私と同期の黒尾は社内で残業をしていた。そこまではいい。いや、残業はよろしくないけれど。とにかく、2人で残業をしていて、プレゼン資料を探すために資料室に入っていざ外に出ようと思ったら、なぜか外側から鍵をかけられたかのように扉が開かなくなり、2人して出られなくなってしまったのだ。本当に外側から鍵をかけられたのだとしたら、社内には私達しか残っていなかったというのに誰が閉めたのか。そもそも、なぜこの資料室には内側に鍵が存在しないのか。全く意味が分からない。
生憎、この狭い資料室には窓がないし内線電話もないようで、携帯もデスクに置きっぱなしにしてしまっていた。黒尾も私と同じく携帯を置きっぱなしにしてきたようなので、助けを呼ぶこともできない。朝、誰かが来るのを待つしかないということなのだろうか。


「あ、なんだろ」
「ん?この部屋はお互いのことを好きにならないと出られません。って。何これ」
「知らないよ…こんな幼稚な悪戯…今時誰も信じないよね…」


私の足元に落ちていた小さなカードに書かれていたメッセージは、どこからどう見ても誰かの悪戯としか思えない内容だった。私と黒尾はただの同期で、それ以上でもそれ以下でもない。残念ながら2人きりになったからと言ってロマンチックな展開にはならないので、悪戯のし甲斐もないだろう。そもそも、お互いに好きになったなんて、どうやって判断するというのだろうか。ツっこみどころが多すぎて困る。
ん?待てよ?ということはここに閉じ込めた人はどこかでこの状況を見て楽しんでいるのか?だとしたら相当悪趣味である。一刻も早くここから出してほしい。お腹もすいたし、私達にはまだ仕事が残っているのだ。
閉じ込められてからどれぐらい時間が経ったのか。時計がないこの部屋では時間間隔さえも狂わされる。埃っぽい資料室は頼りない電球で辛うじて照らされてはいるものの、薄暗いことに変わりはない。こんな状態で朝まで過ごすって…地獄でしかないんですけど。
床に座り込んで項垂れている私とは対照的に、黒尾は資料室の中にある資料をパラパラと捲ってみたり、室内を物色したりと、なかなかにアクティブだ。しかし、この部屋を出る手段は見つからなかったらしく、暫くすると私の隣に腰を下ろした。どうやら疲れてしまったらしい。


「あー…腹へった」
「そうだね…」
「マジで朝までここ?死ぬんじゃね?」
「黒尾と心中するとか最高に嫌なんだけど」
「そりゃこっちのセリフだわ」


どんな方法でもいい。ここから出られるなら何だってする。そう思った時、ふと思い出したのは先ほどのカードに書かれていた一文。お互いのことを好きにならないと出られません、という、にわかには信じ難い子どもの悪戯みたいな内容。信じたくはない、けれど。もしかしたら、なんて考えだしてしまうあたり、私の頭はおかしくなってきたのかもしれない。
ちらり。隣の黒尾を見遣る。イケメンではない。背は高くてルックスはまあいい方なのかもしれないけれど、私のことを小馬鹿にしてくるしなんとなく胡散臭いし、性格は良いとは言えないだろう。嫌いではない。けれど、この男のことを好きになるって…ないわ。無理無理。
私がじっと見つめていたからだろう。視線が気になったのかこちらを向いた黒尾は、俺がイケメンで見惚れてた?と、わけの分からない冗談を言ってきた。この危機的状況の中、よくそんなどうでもいい冗談が言えるものだ。どうせ言うならもう少し笑える冗談にしてほしい。


「黒尾って馬鹿だよね」
「同期でダントツ仕事ができる俺によくそんなこと言えますね?」
「仕事できるのと頭がいいのは違うと思うよ」
「ほんっとお前、可愛くねぇな」
「大きなお世話ですぅー」
「そんなんじゃ彼氏できねぇぞ」
「それこそ大きなお世話なんですけど!」


お腹がすいていることもあってイライラは最高潮に達していた。こんなやつの隣にいるからダメなんだ。どうせ朝まで誰も来てくれないなら、いっそ寝てしまおう。そうしよう。私は開き直って考えを改めると、黒尾の座っているところからちょうど対角線上の位置に当たる、資料室の最奥に移動した。これで干渉されることもなければ会話をすることもないだろう。
そうして、冷たい壁に身をあずけてどうにか寝ようと目を瞑った…けれど。よく考えたらこの部屋、結構寒い。冷房が効いているのか、私がシャツ一枚だからそう感じるだけなのか。どちらにせよ、冷静になってみるとより一層寒さを感じてしまい、思わず腕を擦った。ほんと、なんでこんなことになったんだ。今日の占い最下位だったのかな。
人間というのは危機的状況に陥れば陥るほど余計なことばかり考えてしまう生き物らしい。朝までってあとどれぐらいなんだろう。警備員さんとか巡視に来ないの?あー寒いな。ラーメン食べたくなってきた。あーダメダメ。食べ物のこと考えたら余計お腹すいてくるってば…。膝を抱えるようにして座り、顔を足に埋めるようにして俯いたまま、まとまらない思考を巡らせる私。そんな時、ばさっと、頭の上に何かが降ってきた。
何事かと顔を上げれば、頭から肩へずるりと落ちてきた男物の大きなスーツの上着。


「寒いんだろ。使えば?」
「え…いいよ。大丈夫」
「こういう時ぐらい可愛くありがとうって言えねぇの?」
「…私、もともと可愛いキャラじゃないもん」


可愛くない、可愛くないって、さっきから五月蠅いな。そんなの黒尾に言われなくたって自分が一番分かってる。けれども、指摘されればされるほど可愛い自分から遠ざかって行ってしまうのだ。
上着を払いのけて再び俯いた私を見た黒尾は、はあ、と大きなため息を吐いたかと思うと、私の正面にしゃがみ込む。きっとまた、何か憎まれ口を叩かれるのだろう。そう思って身構えていたのに、頭をぐしゃりと撫でられて驚いた。何だ。予想外すぎるじゃないか。どういう風の吹き回しだろう。私の反応を見て楽しむつもりか。だとしたら、その手には乗らないぞ。


「拗ねんなよ。本気で言ってるわけじゃねぇんだから」
「…いいよ、そういう慰めは」
「慰めとかじゃなくて。お前はもう少し素直になりゃいいと思うんだけど」
「素直になれって何?素直じゃないところが可愛くないって言いたいわけ?」
「名字は可愛いよ」
「……は?」


時が、止まった。弾かれたように上げた視線の先には緩やかな微笑みを携えた黒尾がいて、心臓が脈打つ。そんな顔、今まで見せてくれたことなかったくせに。なんで、今だけそんな顔すんの。急に優しくするの。
既に乱れている心を更に掻き乱すかのように、黒尾はくしゃくしゃと、先ほどよりも優しく頭を撫でてくる。子ども扱いしないでよ、とか。馬鹿にしてんの?とか。いつもなら飛び出してくるはずの言葉が、今は出てこない。それどころか、どんどん絆されていっているのが分かるから、私って単純な女なんだなと笑ってしまった。


「……ありがと」
「ん。どーいたしまして」


肩にかけられた黒尾の上着は私には大きくて、ほんのり温かい。まるで黒尾に抱き締められているみたいな気分になって少し擽ったいけれど、嫌だとは思わない。
私、ついさっきまで黒尾のこと無理無理とか思ってなかったっけ?ちょっと可愛いとか言われただけで揺らいじゃうようなチョロい女なのかな?それとも、なんだかんだで黒尾に特別な感情抱いてた?うそ、まさか。


「どした?」
「え!いや、なんでもない!それより黒尾の方こそどうしたの!急に優しくなっちゃって!」
「んー?折角2人っきりだし?さっきのアレ、試してみてもいっかなーって」
「…アレ?」


お互いのことを好きにならないと出られません。
頭の中に過ぎる一文。試すって何?私がもし黒尾のこと好きになったとして。黒尾も私のこと好きにならないと意味ないんだよ?
おもむろに私の手を取って入り口の方に歩き出す黒尾。触れられた箇所だけが熱くて、鼓動は明らかに速くなっている。肩にかけられた上着からは相変わらず黒尾の香りがするし、私、こんなに黒尾のこと意識したことなんてないのに。
ガチャリ。黒尾がドアノブを握って押してみるとすんなり開いた扉。資料室を出たいとあれほど望んでいたはずなのに、今は開いたことをほんの少し残念だと思っている自分が信じられない。
握っていた手を離し、くるりと私の方を向いた黒尾の口元はニヤリと不敵な笑みを浮かべていて、なんだか負けた気分になったけれど、よくよく考えてみたら先ほどのカードの通りだとしたら黒尾だって私のこと…?


「出られたけど、どうする?」
「どうする?って?」
「これから」
「…仕事の残り、する」
「いや、そうじゃなくて」
「は?」
「俺達の、これからの話」


資料室に閉じ込められたのは最悪だった。それは間違いない。けれど、そのおかげでいつの間にか始まってしまったかもしれない唐突な春の訪れには、ちょっぴり感謝しなくちゃいけないのかな。
黒尾のこと好きになっちゃったかもなんて悔しいから言ってやらないけれど、とりあえずハグしとく?名前ちゃん?とニヤつきながら手を広げる黒尾の胸に、タックルをかますつもりで飛び込んでやるのは悪くないかもしれない。
アンラッキーハッピーエンド

林檎様より「〇〇しないと出られない部屋、付き合っていない設定」というリクエストでした。お互いのことを好きにならないと出られない部屋、という設定で書いてみました。もっと捻った感じにしようと思ったのですが、私の頭ではありきたりな設定しか思いつきませんでした…。こういう特殊な設定はリクエストならではだなと思い楽しく書かせていただきました!この度は素敵なリクエストありがとうございました!
2017.09.08


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