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高校3年間同じクラスというのはどれくらいの確率でなるものなのだろう。数学は苦手だから計算なんてしようとは思わないけれど、教室の廊下側でワイワイ騒いでいる団体の中心にいるその人物を視界に入れながら、私は唐突にそんなことを考えた。
その相手は私がマネージャーをしている男子バレー部の黒尾鉄朗。通称クロ。クラスが同じ、部活も同じとなると、私とクロは本当に朝から晩まで一緒にいると言っても過言ではなくて、それが実は嬉しいだなんて思い始めたのはいつからだったか。
クロは人当たりがいい。胡散臭いところもあるけれど、基本的にはなんだかんだで優しいし気遣いもできるし人のことをよく見ている。だから主将が務まっているのだと思うし、クセの強い部員達をまとめることができているのだろう。それは学校生活でも同じことで、クロはいつも友達に囲まれていた。


「名前、あっち行かないの?」
「行かないよ。話すことないもん」
「ふーん…ずっとそのままでいいの?」
「…うん、」


私の密かな恋心を知っている友達が、クロがいる集団の方を見遣りながら問いかけてきた言葉は、思っていた以上にグサリと私の胸に突き刺さった。そのまま、とは。つまり、友達のまま、ただの部員とマネージャーのまま、ということ。
そのままでいいのかと尋ねられると、良いかどうかは分からない。クロと両想いだったらどんなにいいだろうと考えることはある。けれども、今の関係が壊れてしまうのは怖かった。告白したとして、うまくいく保証などどこにもない。今まで普通に他愛ない話ができる関係だったのに、告白をしてもしフラれてしまったら。きっと元の関係には戻れない。そう思うと、今以上を望むことは到底できなかった。
昼食を終え、机に頬杖をつきながらぼんやりとクロを見つめる。楽しそうだなあ。何の話してるんだろう。私と話す時、あんな風に笑ってるっけ?気付けば考えているのはクロのことばかりで笑ってしまう。私、そんなにクロのこと好きなの?
そんな時、タイミングよくクロと視線がぶつかってしまったものだから、私は目を逸らさざるを得ない。不自然すぎる顔の背け方をしてしまったという自覚はあるけれど、もう後の祭りだ。なんとなく気まずくて、昼休憩が終わるまでは帰るまいと足早に教室を出る。きっとクロの方はそこまで気にしていないはずだから大丈夫。そう、思ったのに。


「名字!…どした?」


階段の踊り場で私を呼んだのは教室にいるはずのクロだった。なんで私のことを追いかけてくるんだ。放っておいてくれればいいのに。人のことをよく見ていて気遣いができる優しいところはクロの長所だけれど、こういう優しさや気遣いは苦手だ。変な期待をしてしまうから。
なんでもないよ、とヘラヘラ笑いながら言った私は、きっと不自然じゃなかったと思う。無意識のうちに好きになっていたから、好きだという気持ちを隠すのも随分と上手くなったつもりだ。バレたら終わってしまう。今の関係が。友達として、マネージャーとして、普通に接することができていた関係が終わることだけは、どうしても避けたい。


「…お前、なんで俺にはいつもそんな笑い方すんの」
「笑った顔が変ってこと?失礼なこと言わないでよねー」
「違う。泣きそうな顔して笑ってんの、気付いてねぇの?」


いつからバレていたんだろう。上手くなったと思っていた作り笑いも、どうやらクロにはバレバレだったらしい。そんなこと、なんで今指摘するの。ただでさえ下手くそな笑顔がどんどん崩れていってしまうじゃないか。
それでも私は必死に取り繕う。壊れるのが嫌だから。


「何それ。意味分かんない。私、いつも通り笑ってるし」
「…名字、俺に何か隠してることない?」
「……そんなの、何もないよ」


あるよ。本当は。好きだって気持ち。ずっとずっと隠してる。でもそれは隠してることすらも隠してるから。クロには言わないよ。
その時クロがどんな表情をしていたのか、私は知らなかった。そうして自分から置いた距離は、思っていた以上に深い溝を生んでしまったようで。あれほど恐れていた、今まで通りの関係が崩れるという事態が発生したのは、その日の放課後からだった。部活の時、不自然なまでに私との接触を避けるクロに気付いてしまった私は、どうすることもできなかった。だって、突き放したのは、きっと私だ。


「名字、黒尾と喧嘩でもしたの?」
「え。してないけど」
「ふーん…それにしてはなんか変じゃね?」
「そんなことないよ」


夜久に指摘され、内心ひやひやしながらも平静を装う。深くは追及されなかったけれど、夜久は何かしら引っかかっているようだった。音駒の男子バレー部員達は、どうしてこうも察しが良いのだろう。私の取り繕い方が下手なわけじゃなくて、彼らの察しが良すぎるのが問題ではないかとも思う。もっとも、いつもなら短い休憩の度に他愛ない会話を投げかけてくるクロが一言も私に話しかけてこなければ、察しが悪くてもなんとなく違和感は感じるかもしれないけれど。
部活が終わってからもその状態は変わらず。いつもなら一緒に帰るぞーと声をかけてくれるはずのクロの声は聞こえない。私はきっとクロに嫌われてしまったのだ。あと少しの高校生活を、普通に、それまでと同じように過ごしたかったのに。もうそれすらも叶わない。
私は片付けを終えると、部員達が着替えている間に体育館を後にした。1人で帰るのは随分と久し振りのことで、夜ってこんなに静かだったっけ、と不思議な感覚に襲われる。今夜は空が澄んでいるのだろうか、やけに星も月も綺麗に見えるような気がするけれど、それはいつも目に留まらなかっただけなのかもしれない。


「名字!」
「へ?…クロ、なんで、」
「なんでって…お前、何1人で帰ってんの?こんな遅い時間に…危ねぇだろ」
「だって…だって、クロが…、」
「は?俺?」
「今日は一緒に帰るぞって、言ってくれなかったもん…」


こんな子ども染みたことを言うつもりはなかったのに。クロが私のことを少しでも女の子扱いしてくれたことが嬉しくて、本音がポロリと口から零れてしまった。しかも、なぜか勝手にじわじわと目元が潤んでくるものだから、まともにクロを視界に入れることができない。情緒不安定にもほどがある。


「ごめん、なんでもない、今の忘れて」
「ちょ…待てって!」


現状が恥ずかしすぎて逃げるように走り出した私の手を、いとも簡単に掴む大きな手。逃げることさえも許してもらえなくて、行き場を失う私。これ以上、惨めな思いはしたくない。けれどその思いに反して掴まれた手はじんじんと熱いし、離してほしくないと思ってしまう矛盾。頭の中はもうごちゃごちゃで自分が今どうすべきかも分からなかった。


「避けてたのは、謝る。悪かった」
「……なんで避けてたの?私の、せい?」
「あー…いや…違う。俺の問題」
「クロの問題?」


そこで初めて上げた視線が交わることはなかった。珍しくもクロが、バツが悪そうに首裏を掻きながらそっぽを向いていたから。


「これでも俺、結構名字のことだけは特別扱いしてんだけど。なんか俺ばっかり空回ってんなーと思ってちょっとヘコんでた」
「え、なに、それ」
「つーか名字だって俺のこと避けてたろ。クラスで」
「避けてたわけじゃないよ!距離感…わかんなくて…」


嫌われない距離。近すぎず、遠すぎず。そんな距離感を掴むのは難しい。だから近付けなかった。特に沢山の人がいる教室では。
そんな私の話より、クロはさっき何と言った?私のことを特別扱い?クロが空回り?ヘコんでた?どうして?ほんの少しの期待と大きな不安。もしかして、今一歩を踏み出せば何かが変わるのだろうか。
私が大きく息を吸い込んで口を開きかけた矢先、クロが掴んでいた手を引いた。必然的に体が前に傾いて、クロの胸元に顔がぶつかる。何事かと離れようとした身体は、クロが腰を引き寄せたことによってより密着する形になってしまった。なんだ、これ。こんなの、まるで。


「言うつもりなかったんだけど、やっぱ我慢できねぇわ。俺、名字のことだいぶ好き」
「っ…、」
「だから俺にだけ泣きそうな顔されんの、ほんと辛いんだわ」
「クロ、あのね、私、隠してたことがあるの」
「……なに?」


もう分かっているくせに。私の身体を抱き締める力を緩めたクロは、わざとらしく顔を覗き込んでくる。クロの気持ちをきいてから言うなんてずるいよね。分かってる、けど。遅くなっちゃったけど、ちゃんときいてくれるかな。私の気持ち。
恥ずかしさを存分に纏いながら囁いた言葉に、クロは、知ってる、と笑って。一緒に帰るぞ、とお決まりのセリフを落とした。いつもと同じ帰り道。違うのは、クロ以外のみんながいないこと。そして、絡み合った手が熱いこと。
かくれんぼ、みーつけた

mitsuki様より「高3音駒マネージャーヒロイン、黒尾かクロ呼び、両片想いから両想い」というリクエストでした。黒尾はヒロインの気持ちに薄々気付いていて、でも自信はもてなくて…というイメージで書きました。黒尾にもう少し余裕を持たせたかった気もしますが、このお話は個人的に高校生らしくもどかしい感じが好きです!この度は素敵なリクエストありがとうございました!
2017.09.05


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