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※大学生設定


大好きな人がいた。高校時代のほぼ全てをその人に捧げたと言っても過言ではないほど、大好きだった人が。
彼はバレー部に所属していて、とても忙しい人だった。だから私はいつも、彼の負担にならないように、重荷にならないようにと、我儘はひとつも言わなかったし、しつこく連絡をすることもなかった。学校生活においても、友達が多くいつも輪の中心にいた彼を遠くから眺めているだけで、自分から近付くことはなかった。
その代わり、彼から連絡が来たときにはすぐさま返事をしたし、一緒に帰ろうと誘ってもらえれば喜んで頷いた。一緒にいる時の彼はいつも楽しそうに色々な話をしてくれて、私はそれを笑顔で聞いていた。元々自分から話すのは得意ではなかったし、友達といるときも聞く専門の私は、彼といる時も常に聞き役に徹していた。
交際は順調だったと思う。何がいけなかったのかはいまだによくわからない。けれど、バレー部を引退してから暫くして、彼の方から別れ話を切り出してきたのは事実だ。シンプルに別れよっか、と。何でもないことのように言われたのを覚えている。別れる時ですら彼に嫌われるのが怖くて、大好きだったにもかかわらず縋りつく勇気すらなかった自分が、今思えばとても情けない。
そういえば彼とは、キスもハグも、恋人らしいことは何ひとつしなかったよなぁなんて。こんなことを思い出しているのは、今現在、大学生になってから初めてできた彼氏と手を繋いで彼の家に向かっているからだ。私だって子どもじゃないから、一人暮らしの男の人の家に行くことがどういうことを意味するのか、なんとなくは察している。
今の彼氏とは付き合ってまだ1ヶ月ほど。キスは付き合い始めたその日にされた。実はファーストキスだったのに、実に呆気ないものだった。ハグも当たり前のようにしたし、今の彼氏は恐らくそういうことに慣れているんだろうなぁと肌で感じた。今日、私はきっと子の人に抱かれるんだろう。何の感慨もなくぼんやりとそんなことを思う。
好きか嫌いかで言えば好き。けれど、すごくすごく好きってわけじゃない。そんな人と身体を重ねても良いものか。我ながら堅苦しいとは思いつつも、躊躇していた。今なら引き返せる。けれど、引き返したとして、その後はどうなるのだろう。気まずくなって別れるのかな。それならそれでもいいかな。もはや投げやりな気持ちで立ち止まった時だった。


「名前?」
「え…貴大、君…?」


なんという偶然だろうか。こんなところで大好きだった彼に遭遇してしまうなんて。私は彼氏と繋いでいた手を咄嗟に離した。やましいことは何もないのに、彼に、貴大君に、見られたくなかったのだ。貴大君の姿を見ただけで、全身がぶわりと熱くなる。まるで過去の出来事を思い出させるみたいに。
ぼうっと貴大君を見つめていた私を現実世界に引き戻したのは、知り合い?と怪訝そうに尋ねてきた彼氏。ちょうどよかった。行くのを迷っていたところだったし、このままここで帰ってしまおう。彼氏に謝罪の言葉を述べると、はぁ?と不機嫌極まりない声が返ってきたけれど、怯みはしない。好きでもない人間に媚びを売れるほど、私はできた女ではないのだ。


「前から思ってたけど、お前って俺のこと好きじゃないだろ」
「そっちこそ、私のことそんなに好きじゃないでしょ」
「ったく…うっぜ。いいわ。もうお前とは別れる」
「いいよ」


あれよあれよという間に別れ話にまで発展してしまったけれど、未練はない。ただ、貴大君と取り残されてしまうと途端に気まずい空気が流れ出してしまったことには、少なからず困り果てた。


「なんか…声かけねぇ方が良かったよな」
「ううん。いいの。どっちにしても帰ろうと思ってたし」
「ふーん…未練ないんだ?」
「……たぶん、そんなに好きじゃなかったから」


本当のことを言っただけなのに、貴大君は少し驚いた顔をした。相変わらず明るい色の短く切りそろえた髪は、彼によく似合っている。昔から私服姿がお洒落だなと思ってはいたけれど、大学生になった今、さらにそのセンスには磨きがかかっているように見える。きっと可愛い彼女がいるんだろうな。考えたくもないことを勝手に想像して落ち込んでしまうのは、私の悪い癖だ。
道端で立ち尽くしている私達2人を、不思議そうに見つめて通り過ぎていく自転車のおばさんの視線に気付いて、はっとする。こんなところで彼を引き留めていてもいいのだろうか。迷惑じゃないだろうか。そんな私の不安を払拭するように、貴大君は、場所変えて話す?と提案してきてくれた。どうやら、迷惑ではないらしい。こくりと頷いた私を確認した貴大君は、ゆっくりと歩き出した。


◇ ◇ ◇



暫く歩いて辿り着いたのは雰囲気の良さそうなカフェだった。なるほど、貴大君はその容姿に見紛うことなきお洒落な飲食店を知っているらしい。慣れた様子でお店の1番奥の席に座る貴大君の正面に腰を下ろす。よく考えてみれば、別れて、高校を卒業してから、会うのはこれが初めてだ。今更のように緊張する。
適当に飲み物を頼んで、さて何を話そうかと私が思考を巡らすより早く、あのさ、と、貴大君が口を開いた。


「すげぇ今更なこときいていい?」
「うん」
「俺のこともそんなに好きじゃなかった?」
「えっ」
「別れようって言った時、さっきみたいに普通に受け入れてたからそんな気はしてたけど」


そんなことない。貴大君のことは大好きだった。さっきの彼氏とは違う。否定しなければ誤解されたままだというのに、何からどう伝えれば良いのか頭が整理できていない私は、口をパクパクさせるだけで何も音にすることができない。
そんな中、優雅に飲み物を運んできてくれたダンディな店員さん。何やら貴大君と私を見比べているけれど、何かおかしなところでもあるだろうか。今は人の目なんか気にしている場合ではないというのに。


「花巻君が誰かと一緒に来るの、初めてだね?」
「あー…まあ、基本1人で来るようにしてるんで」
「え」
「じゃあこの子は特別なんだ?」
「…そうっすね」


飲み物を置いた店員さんは、ごゆっくり、という言葉を残して去って行ったけれど。私の中には疑問が残る。このお店、いつも1人で来るのに私を連れて来てくれたってことなのかな?それに特別って。どういう意味?先ほどまでのやり取りをすっかり忘れてしまうほど頭の中がお花畑状態の私に、貴大君は少し困ったように視線を泳がせている。


「俺、名前のこと結構マジで好きだった」
「…ありがとう」
「でも名前は俺のことそんなに好きそうじゃねぇっていうか…聞き分けよすぎるし、一緒にいたいとも言わねぇし、そんなに執着してなさそうだよなって思った。だから、試すようなことした」
「試す…?」
「別れよっかって言ったの。あれ、試した。名前が嫌だって言ってくれんじゃねぇかって期待して。まあ玉砕したけど」


そんなこと、知らなかった。勿論、知る術などなかったわけだけれど、まさか貴大君がそんな風に思っていたなんて。私はただ、貴大君のことが好きだったから聞き分けの良い彼女のフリをしていただけだったのに。本当はもっと我儘を言いたかったし甘えたかった。けれどそうすることで貴大君に拒絶されたらどうしようって、不安で、怖くて。でも、不安なのは私だけじゃなかったんだと、今になって漸く気付く。


「ごめん、」
「謝んなよ。仕方ねぇじゃん」
「違う、違うの、」
「名前…?」
「ごめんね、私、素直じゃなくて、意地っ張りで、」


感情が溢れ出して止まらない。涙は出ないけれど、気を緩めたら出てきてしまいそう。途切れ途切れに紡ぐ私の言葉を、貴大君はただ静かに待っていてくれた。


「あのね、怖かったの。我儘言ったら嫌われるんじゃないかって。一緒にいたいってベタベタしたらうざいって思われるんじゃないかって。だから、いつも平気なフリしてた。けど、本当は、もっと一緒にいたかった。我儘言いたかった。今更だよね、ごめんね、ごめん、」
「分かったから…ありがとな」
「貴大君のこと好きだよっ…大好き、今も、ずっと、好き…っ」
「…それ、俺のセリフだったのに」


今日出会えたのは偶然かもしれない。けれど、運命だったんじゃないかって信じたくなった。神様ってものが本当にいるのなら、ありがとうと叫びたいぐらい。だって、私、大好きな人を大好きなままでいていいんだもの。
くしゃり。俯いたまま泣きそうな私の頭を優しく撫でてくれる大きな手。今まで感じたことのなかったその温もりを、どれほど待ち侘びていたことか。


「さっき別れたばっかりなのにって、思う…?」
「いや。別に。だって好きじゃなかったんだろ?」
「…うん」
「じゃあいいじゃん。俺は嬉しいよ。名前とまた、特別な関係になれんの」


ニィッと上がった口角に安堵する。ありがとう。私の言葉に、貴大君は笑みを深めた。今日からもう一度。今度はもう少し自分の気持ちに素直になって、好きって気持ちを伝えることにしよう。
悪戯にリスタート

ちいこ様より「元カレとよりを戻すお話、切甘」というリクエストでした。お互いのことを思いすぎて不安になり合う感じが個人的にはキュンポイントだと思っています笑。花巻は意外と一途だといいな…という思いを込めて。この度は素敵なリクエストありがとうございました!
2017.08.30


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