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※社会人設定


いつまでが子どもで、いつからが大人なんだろう。ソファに深々と腰掛けてブラックコーヒーを啜りながら、俺はぼんやりと思考を巡らせる。なぜ俺がそんなくだらないことを考えているのかというと、今隣でココアを飲みながら真剣にDVDを鑑賞している彼女が、社会人である俺よりも随分と年下の高校生だということに、今更ながら罪悪感を抱いたからかもしれない。
年の差婚なんて言葉が普通に聞かれるようになったとは言え、俺達のような社会人と高校生の恋愛ってのは、きっと世間からはまだあまり受け入れられていない。それは名前がまだ高校生の子どもだから、というのが大きいのだと思う。
俺も、まさか自分より10歳も年下の子と付き合う日が来るなんて思ってもみなかった。けれど、理屈じゃなく、俺は名前のことを好きになってしまったわけで。仕事が休みの今日、わざわざ家に招いて一緒に過ごしているというわけだ。
名前も物好きだと思う。周りにはキラキラした同年代の男の子達が腐るほどいるだろうに、俺みたいなオッサンを選ぶなんて。まあ、愛想を尽かされないようにそれとなく必死になっていたりはするのだけれど、名前は恐らく気付いていないだろう。気付かなくていい。俺が、大人の余裕なんてひとつもないことになんて。


「一静さん、最後のシーン見ました!?」
「ん?見たよ」
「なんでそんなに落ち着いてるんですか!そこはもっと興奮するところですよ!」
「これでも興奮してるけど」
「ほんと…いつも落ち着いてますよね…」


年の差があるからだろう、名前はいまだに俺に対して敬語を使う。付き合い出して、もう半年以上も経つのに。
見たがっていただけあって、最後まで静かにDVDを堪能していた名前は、鼻息荒く俺に同調を求めてきた。面白かったとは思うけれど、元々感情の起伏が激しくない俺は、名前のように喜怒哀楽を分かりやすく表に出せないのだ。これは大人だからではない。俺の性格の問題だ。
…ていうか。俺は名前がDVD見終わるの、ずっと待ってただけなんだけどね。マグカップをテーブルの上に置いて、名前の手からもマグカップを取り上げる。何事かと不思議そうに俺を見つめる瞳は、どこまでも透明だった。


「そろそろ俺の相手してよ」
「え、な、何言ってるんですか…!」
「折角ゆっくり2人で過ごせるんだから、恋人らしいことでもする?」


戸惑う名前をひょいっと抱き上げて、跨がせるようにして自分の上に座らせる。いつも見下ろす名前の顔が、今だけは俺より少し高い位置にあって不思議な感覚。どうしたら良いものかとオドオドしている名前をふわりと抱き締めてやれば、背中に回ってくる腕が愛おしい。


「珍しい、ですね」
「ん?何が?」
「いつもは私から抱き付いちゃうのに」
「嫌?」
「そんな!嬉しい、です…」


俺の首筋にぐりぐりと頭を埋めてきた名前は、まるで猫のようだった。その頭をわしゃわしゃと撫でてから、額に口付けを落とす。ちゅ、というリップノイズを立てたのはわざと。


「ね、一静さん」
「何?」
「今日、泊まっちゃだめ?」


こういう時俺は、女って怖いと思い知らされる。まだ高校生の名前でも、こんなに色気を放つことができるのかと。いつもは頑なに敬語を崩さないくせに、こんな時だけ可愛らしく、だめ?なんて確認してきて。とんだ小悪魔もいたものだ。
けれども俺の理性は揺るがない。名前が高校を卒業するまでは、キス以上のことはしない。名前には言っていないけれど、それが自分に課した暗黙のルールだから。


「だめ」
「…やっぱりだめかぁ…」
「帰りは車で送るから」


いつもならここで、わーい!とはしゃぐ名前だが、今日はしゅんと肩を落としたままだった。どうした?と顔を覗き込んで尋ねてみても、唇を噛み締めて固く口を閉ざしている名前からは何の返答もない。
どうせ不安になっているのだろう。自分みたいな子どもじゃ俺に相手にしてもらえないんだ、とか。本当はそんなに好きじゃないんじゃないか、とか。自分ばっかり一緒にいたいと思っているみたいだ、とか。名前の考えていることなんて、手に取るように分かる。


「名前のことかなり大事にしてんの。分かる?」
「……それは嬉しいですけど…」
「不満?」
「…早く大人になりたいなって思います」


子どもと大人の境界線。そんなの、人それぞれ考え方が違うだろう。高校を卒業したら?20歳になったら?仕事をしていたら?明確な答えなんて、どこにもない。
それに、俺が名前に手を出さないのは、名前のことを子ども扱いしているからではない。先ほど述べたように、本当に大切に思っているからなのだ。
今何かあったら高校に通えなくなってしまうかもしれない。俺のせいで傷付けるようなことはしたくない。そんな、俺らしからぬ怯えみたいなものもあった。我ながら情けないとは思うけれど、高校に通っているうちは一線を越えるべきではないと思っているのだ。
過去の自分が今の俺を見たらどう思うだろう。こんなクソ真面目な付き合い方をしているなんて馬鹿馬鹿しいと笑うだろうか。それとも、それだけ大切に想える相手に出会えて良かったなと思ってくれるだろうか。


「大人になんかならなくていいよ」
「私のこと、やっぱり子どもだと思ってるんでしょう…?」
「思ってないよ」
「嘘だぁ」
「子どもだと思ってる子にこんなことしない」


ちゅうっと吸い付くような口付けを落とし、唇を食む。一瞬だけ離れて、また深い口付けを。普段は歯止めが効かなくなりそうだからと控えているのだけれど、今日は随分と気分が高揚していて、ぬるりと舌を捻じ込んでしまった。
少し苦しそうな息遣いが聞こえてゆっくりと唇を解放すれば、とろりとした目の名前と目が合う。まただ。また、女の子じゃなく、女の目をしている。


「一静さんはズルいです」
「それはこっちのセリフだけどね」
「え?」
「名前のせいで調子狂わされっぱなし」


持て余している熱を少しでも放散するべく、額、瞼、鼻、耳、頬、唇と、順番に触れるだけのキスを落としていく。擽ったいのか、逃げようとする名前の後頭部を、逃さないと言わんばかりにしっかりと固定する。
よく考えてみれば足の上に乗った名前の太腿の柔らかさとか、至近距離だからこそ香る名前の甘い匂いとか、俺の理性を崩すには十分すぎる条件が揃っているけれど、キスだけに留めている自分を誰か褒めてほしい。


「あの、」
「ん?」
「ちゅーも好きなんですけど、ぎゅーも好きです」
「はいはい」


俺にしがみついてくる小さな身体を、潰さない程度に強く抱き締める。子どもでもいい。大人でもいい。名前なら、なんでもいい。俺は先ほどまで飲んでいたコーヒーの苦さを忘れるほど、甘ったるい時間に身を投じた。
大人もココアのお時間です

Leo様より「かなり年下彼女といちゃいちゃする松川」というリクエストでした。途中なんとなくシリアスっぽくなってしまいましたね…いちゃいちゃという単語で思い付いたのがハグとキスというありきたりさで申し訳ありません…。彼女を大切にする松川の愛を感じていただけると嬉しいです笑。この度は素敵なリクエストありがとうございました!
2017.08.25


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