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俺には幼馴染みが2人いて、1人は研磨。そしてもう1人は、研磨と同い年の名前だ。餓鬼の頃から3人一緒にいて、一緒にいるのが当たり前だったからだろう。俺は昔から2人のことをある種の家族みたいに思っている節があった。特に名前は少しおっとりしていて危なっかしい性格をしているせいで、俺の心配は絶えない。研磨には、妹を見守る兄って感じだね…と呆れられてしまったけれど、その表現は的を得ていると思っていた。俺が高校2年生になって、名前が音駒に入学してくるまでは。
中学生から高校生になると、どうして急に男女の仲というのは発展してしまうのだろう。誰が誰のことを好きだとか、誰と誰が付き合っているだとか。そんな情報が飛び交っていても、高校1年生の時は見向きもしなかった。それが、高校2年生になって、隣のクラスの子が1年生の名字さんって子に告白したらしいよー、という噂を耳にした日から、俺は噂話に敏感に反応するようになってしまった。
これはあくまでも兄としての心配であってそれ以上でもそれ以下でもない。いや、本当の兄じゃねぇけど。名前を、どこの馬の骨とも分からないやつに取られるぐらいなら俺が…と。そう思ってしまったことに気付いた瞬間、ああ、俺は名前のことを1人の女として大切にしてやりたいと思っていたんだなと悟った。けれども、悟ったからといって長年築き上げてきた兄的ポジションというものはそう簡単に降りられるものではなく。俺は心の奥に自分の感情を仕舞い込んでそれまでと同じ関係を続けている。
何も知らない奴らがきいたら、俺のことを臆病だと言うかもしれないし意気地なしだと罵倒するかもしれない。それでも俺は、名前を失わずにすむ道を選んだ。いつか伝えられる時がくるまで、この気持ちは吐き出さない。勝手ながらそう決めている。


「鉄くん、鉄くん!」
「おー名前。どした?」
「今日の調理実習でカップケーキ作ったんだよ。いる?」
「どうせ他に食ってくれるヤツいねぇんだろ。仕方ねぇからもらってやるよ」


昼休憩、朝練の時に部室に置き忘れたタオルを取りに行った帰り道、2年生の教室が並ぶ階にさしかかったところで、聞き慣れた声に呼ばれ俺は足を止めた。俺のことを鉄くん、なんて呼ぶ人物は1人しかいない。
高校生とは思えないほどあどけなさを残して屈託なく俺に笑いかけてくる表情は、見慣れている筈なのに毎回鼓動が速くなる。恋愛経験ゼロってわけじゃねぇのに、こんなカッコ悪いことがあってたまるかと思うけれど、残念ながら身体は正直なので誤魔化せない。
簡単ながらもラッピングされたカップケーキは綺麗な焼き色がついていて、普通に美味そうだ。俺は名前の手からひょいとそれを奪い取ると、いつものように憎まれ口を叩いた。恐らく、そんなことないもん!とかなんとか、反論してくるだろうと見越して。けれども今日の名前の反応はいつもと違った。


「それ、美味しいって。さっき食べてくれた子が言ってたから味は保証するよ」
「俺より先に食ったヤツいんの?」
「え?うん。同じクラスのスズキ君」


きょとんとしている名前は可愛いが、今は少し穏やかではいられない。スズキ君とやらがどういうつもりで名前のカップケーキを食べたのかは知らないが、気のないやつの作ったモンを食べることはないような気がする。いや…考えすぎか。
俺が難しそうな顔をしているのを見た名前は、鉄くん?と不思議そうに首を傾げている。あー、こいつ、こういう仕草を何の下心もなくやってくるんだよな。俺が名前に惚れているからというのを抜きにしても、今の動作はクるものがあると思う。


「お前、もう少し警戒心ってもんを養えよ」
「どういうこと?」
「…ま、いいわ。俺がいるから」
「えー?」


いつも通りといえばいつも通りの緩いやり取りを続けていると、名前の背後から、名字!と。名前を呼ぶ男子が現れた。直感で悟る。きっとこいつがスズキ君に違いない。スズキ君と思しき男子は俺に軽く会釈をしてから、ちょっといい?と名字に声をかけている。


「鉄くん、それじゃあまたね」
「…ん、またな」


これ見よがしに名前の頭を撫でてスズキ君を牽制してはみたものの、どこまで効力があるかは分からない。俺に背を向けて歩いて行く2人の後姿を眺めながら、俺は妙な胸騒ぎを抑えられずにいた。


◇ ◇ ◇



その日の放課後、珍しく名前が体育館前にいたことで、昼休憩から続いている胸騒ぎと言う名の嫌な予感はいよいよ本格化した。俺を見つけるなり駆け寄ってきた名前は、どうしよう!鉄くん!どうしよう!を連呼している。


「どした?」
「あの、スズキ君、カップケーキの、それで、あ、スズキ君は声かけてきた子で、えっと」
「落ち着け。ちゃんと聞いてやっから。な?」


今の言葉を聞いただけで、名前の作ったカップケーキを食べたスズキ君は俺と一緒にいるときに声をかけてきたやつだってことが分かったのは、長年の付き合いによる賜物だろうか。何にせよ、スズキ君絡みで名前が動揺しまくっていることが分かり、俺の心中は穏やかでない。
体育館前は人目につくので、体育館横の少し陰になったところへ名前を連れて行った俺は、それで?ゆっくり話せよ、と名前に先を促した。先ほどよりも幾分か落ち着いたらしい名前は、何度か深呼吸をしてからあの後何があったか話し始めた。
まあなんとなく予想はできていたけれど、つまり名前はスズキ君から告白されてどう返事をするべきか迷っているということらしい。癪なことに名前が告白されるのはこれが初めてではない。告白されるたびに、どうしよう鉄くん!と相談にくるから、毎回話をきいてやっているのだけれど、名前はその度に、鉄くんはどう思う?と俺に意見を求めてくるから困る。
好きじゃねぇなら断れば?というのがいつもの俺のパターン。そしていつも最終的に、お断りする、という結論に至るから、今回もそうなるのだろうと思っていた。しかし、名前の口から飛び出したのは信じられない一言。


「…お付き合いしてみようかな」
「は?」
「スズキ君、優しいし…嫌いじゃないし…」
「いや、待て、よく考えろ」
「鉄くんは今までの彼女さんとどうして付き合おうって思ったの?」


俺はその質問に押し黙る。俺が過去に付き合っていたのは名前への想いを自覚するより前の話だ。その時の俺は、まあ来るもの拒まず去る者追わずの精神だったので、理由があって付き合っていたわけじゃない。だから長続きもしなかった。けれど、名前には、好きじゃねぇなら断れば?と助言している立場上、理由もなく付き合っていたとは答え辛い。純粋な名前のことだ、俺の返答次第ではショックを受けてしまい兼ねない。
つーか、待て。今は俺の話なんてどうでもいい。スズキ君と付き合ってもいいかなとなびきかけている名前を、どう引き留めるか。そちらの方が重要である。


「俺の話はいいから。本気でスズキってやつと付き合うつもりかよ」
「うーん…ダメかなぁ…?」
「それは俺が決めることじゃねぇし」
「……じゃあ、付き合ってみるもん…」


なぜか少し拗ねた様子の名前はヤケクソ気味にそう呟いた。俯いたままこちらを見ることもせず、そのまま去って行こうとする名前。ここで何も言わなければ、名前は本当にスズキ君とやらと付き合うことになってしまうのか。俺の知らない表情をそいつにだけ見せるようになってしまうのか。
そう考えだすと、今まで頑なに守り続けていた兄というポジションなど簡単に捨ててしまえた。他のやつのもんになるぐらいなら、先に俺の気持ちぐらい聞いて行きやがれ。馬鹿名前。


「お前、ほんっと何も分かってねぇな」
「わかんないからいつも鉄くんに相談して…る、……っ、」
「名前のこと好きなやつ、すげぇ前からここにいんのに」


こんな形で言うつもりはなかった。謂わば、ただの勢い。けれど、今を逃したら一生後悔すると思ったのだから仕方がない。抱き寄せた身体は随分と小さくて壊してしまうんじゃないかと少し怖かったけれど、逃がすつもりはないということを伝えるべく、少し強めに力を込めた。


「鉄、くん…、私のこと、好き…なの?」
「悪い?」
「悪くない!でも鉄くん、いつも私が告白されても引き留めたりしなかったじゃん…」
「カッコ悪ぃだろ。縋りつくみたいで。まぁ結果的に今そうなってっけど」
「…もっと、早く、言ってほしかった…」
「ん?」


俺の服をきゅっと掴む名前は、なんとなく涙声になっていて視線を落とす。すると、潤んだ瞳のまま俺を見上げた名前の視線とぶつかって、息をのんだ。妹だとばかり思っていた年下の幼馴染みを、急に女として見てしまう。これが、惚れた弱みってやつなのかもしれない。


「私もずっと、鉄くんのことが好きだよ…!」
「お前、好きの意味ちゃんと分かってる?」
「わかってるもん!」


翻弄されまいと茶化すように零した言葉は、どうやら逆効果だったらしい。握っていた服をぐいっと引っ張られ、前屈みになった俺の頬にふにゃりと柔らかい感触。こんなこと鉄くんにしかしないもん!と必死な顔で宣う名前には白旗を上げざるを得なかった。はいはい、俺の負けですよ。


「とりあえず、スズキ君にはちゃんと断りの返事しろよ」
「うん」
「…ん?俺の顔、なんかついてる?」


部活もあるしそろそろ行かねぇとな、と思っている俺をじっと見つめている名前に気付き尋ねてみると。


「今日、鉄くんと一緒に帰りたいから待っててもいい?」
「……どーぞ」


上目遣いが上手すぎて練習でもしてんじゃねぇかと疑いたくなった。一瞬思考が停止したせいで素っ気ない返事しかできなかった自分のなんと情けないことか。
名前と晴れて両想い。それは非常に嬉しいことだが、果たして俺の理性ってやつはどこまでもつのだろうか。無邪気に喜ぶ名前を眺めながら、俺の中でそんな贅沢な悩みが生まれた夕暮れ時。
変わらぬ夕陽と、君と。

こあろ様より「年下幼馴染み妹的ヒロイン、両片想い、なかなか告白できない黒尾にライバル出現、勢いで告白、ヒロインに甘くて翻弄される」というリクエストでした。黒尾が過保護というかヒロイン大好きすぎて大丈夫?って感じになりましたが笑、ここまで想ってもらえるヒロインいいな…と思いながら書きました!黒尾好きなので色んなパターンが書けてとても幸せです…!この度は素敵なリクエストありがとうございました!
2017.08.22


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