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高校に入ったらまずは勉強を頑張って、友達も沢山つくって、できたら彼氏もつくって、とにかく学校生活を充実させる!そう意気込んでいた私よ。今のところ、その夢は順調に叶えられているぞ。クーラーの効いた部屋でぼーっと携帯をいじりながら、私はそんなことを過去の自分に報告してやる。
真新しい制服に袖を通して門をくぐったのは、もう4ヶ月も前のこと。季節は夏真っ盛りで、学校は夏休みに入ってしまった。名門と言われている白鳥沢学園に入学し勉強についていけるかと心配していたものの、成績は上々。幸いなことに友達も沢山できた。そして、なんと彼氏までつくることができてしまったのだから、ちょっと出来すぎではないかとも思う。
本来なら当初の目標を達成することができた現状に不安も不満もないはずなのに、人間というのは実に欲深い生き物らしく、私は更にその上を望んでしまっていた。だから今、だらだらとベッドに寝そべりながらも不安に駆られているのだ。
私の不安というのは、彼氏である五色くんとの距離がなかなか縮まらないこと。それだけ?と思われるかもしれないけれど、私にとっては非常に深刻な問題である。
実はお付き合いをするのは五色くんが初めての私。五色くんもどうやら私が初めての彼女ってやつらしくて、お互いになかなか距離感を掴めないというのはあると思う。五色くんはただでさえバレー部の練習で忙しいからあまり会えないし、電話もメールもほとんどしない。とは言え、付き合い始めたのが5月のゴールデンウィークあけのことで今が8月だから、もう付き合い始めて3ヶ月は経過しているということになる。それなのに、キスはおろか手を繋いだことすらないというのはいかがなものだろうか。
私が少女漫画に感化されすぎているのかもしれないけれど、付き合い始めて3ヶ月も経てばもう少し親密な仲になるものだと思っていた。先ほども言ったように、私だってお付き合いすること自体は初めてだけれど、それなりの知識はある。五色くんには知識すらないのだろうか。……うん、なさそうだな。


「名前〜、お客さんだけど〜!」


思考を巡らせている途中で、階下から母親に呼ばれ現実世界に引き戻される。しかし、お客さんとは一体誰だろう。今日は友達と約束していないし、誰からも何の連絡も来ていないのに。
私は不思議に思いながらも階段を下りて玄関先に向かった。そして、そこにいる人物を見て思わず固まる。ニヤニヤ顔のお母さんが、彼氏いたの?なんてからかい交じりに声をかけてきたけれど、それどころではない。なぜ五色くんがこんなところにいるのだろう。さっぱりわけが分からない。


「あ、名字さん!久し振り!」
「え…いや…うん…なんで…え…?」
「たまたま午後は練習が休みになったからロードワークで走ってて。前、一緒に帰った時に家ここら辺だったよなって思い出したから来てみた」
「そうなんだ…とりあえず…あがっていく?」


私の提案に、五色くんはどうしたものかと少し戸惑っていたけれど、名字さんの迷惑じゃなければ、と返事をしてくれた。お母さんは嬉しそうに、どうぞごゆっくり〜と、2階に上がる私達を見送って楽しんでいる様子だけれど、私は突然の五色くんの来訪に心臓が飛び出そうなほど緊張してるんだぞ。
先ほどまで1人でだらだらと過ごしていた部屋に五色くんを招き入れた私は、昨日たまたま部屋の掃除をしていた自分を心の底から賞賛した。少なくとも、部屋が汚くて幻滅されるという事態は免れそうだ。


「飲み物、持ってくるね」
「いや、いい。大丈夫」
「え…そう?」
「あの…!えっと…」


空いたスペースに腰をおろした五色くんはそわそわと落ち着かない様子できょろきょろと視線を泳がせている。私の部屋に招き入れるのは勿論これが初めてのことだから私も緊張はしているけれど、五色くんを見ると私よりも緊張していそうだなと思って少し冷静になる。家に突撃訪問してくる勇気はあるくせに、いざ招かれるとどうしたらいいのか分からないらしい。そんなところが可愛いとは思うけど。


「五色くん、ロードワークしてきたんでしょ?喉乾いてると思うし、私やっぱり飲み物取ってくる…、よ?」
「いい、から」


立ち上がった私の腕は、五色くんの手に捕まり動けない。触れられたことなど1度もなかったのに、こうもあっけなくお互いの体温を感じることができるとは思わなかった。思っていた以上に大きな五色くんの手は、先ほど炎天下の中でロードワークをしていたせいか、じっとり汗ばんでいる。きっと汗の原因はそれだけではないと思うけれど。
私がそのまま動けずにいると、五色くんは、ごめん、と言って慌てて手を離した。私、嫌がってなんかいないのに。むしろ、躊躇なく触れてくれて嬉しいとすら感じていたのに。掴まれていた箇所はいまだに熱を宿していて、名残惜しさを何倍にも膨れ上がらせる。


「五色くんは…私と付き合ってて楽しい?」
「え?楽しいよ!なんで?」
「一緒に過ごせることってほとんどないし…電話もメールも好きじゃないみたいだから…どうなのかなって、」
「それは…!ごめん」


ああ、違う。こんなことが言いたかったわけじゃない。今の言い方では、きっと、まるで私が五色くんに不満を抱いているみたいに受け取られてしまう。現に五色くんは私に謝罪の言葉を述べてから申し訳なさそうにしているから、誤解されているに違いない。
五色くんが1年生にして強豪男子バレー部のレギュラーに抜擢されていることも、牛島先輩の後を担うエースとして期待されていることも、私はよく知っている。だから忙しいのは仕方がないし、私との時間が作れないのは仕方がないと思っているのだ。そこに不満はない。ただ、時々一緒に過ごす時の距離が遠いことがほんのちょっぴり寂しいだけで。
けれどもそれを、どう五色くんに伝えたら良いのか、ひかれずにすむのか、私にはわからなかった。その結果、出てしまった言葉がアレだ。どうしよう。気まずい空気が流れる中、綺麗な双眸が私を捉えた。何かを決意したような真剣な眼差しから、目が逸らせない。


「俺はたぶん器用なタイプじゃないから、バレーに集中してたら名字さんのことまで考えられないんだと思う」
「うん。いいよ。バレー頑張ってるの知ってるから」
「でも、バレーから離れたら名字さんのことを1番に考えてる」
「…本当?」
「だから今日も、会いに来てた」


ロードワークをしていたのは本当だが自然と足がこちらに向いていた、と。五色くんは真面目な表情のまま言った。そうか。私のこと、少しでも考えてくれる時間があるんだ。それが分かっただけで十分かもしれない。


「付き合うのも名字さんが初めてでどうしたらいいのか分からないけど、名字さんはどうしてほしい?」
「どうしてほしいって…」


急に尋ねられると返答に困ってしまう。正直言うと、付き合っている男女としてもう1歩進みたい気持ちはある。けれど、それをどう言葉に表せばいいものか。悩みに悩んで私が出した結論は。


「もっと五色くんに、触ってほしい」
「………さわ…、は?」
「違う!違うよ!変な意味じゃなくて!あの、えっと…」
「俺もここに来てから同じこと言おうと思ってたから、びっくりした」
「へ?」


お互いに向かい合ったまま固まる。そういえば部屋に入ってからやけに挙動不審だったし何か言おうとしていたけれど、まさか私と同じことを考えていたなんて。私達ってどこもまでも遠回りが好きだなあ、なんて思ったらおかしくて、笑いを零してしまった。


「私達、恋愛初心者同士お似合いかもね」
「俺は最初からお似合いだって思ってる」


得意げに胸を張るその姿もやっぱりおかしくて。笑い続ける私に、不思議そうな五色くん。ひとしきり笑って落ち着いたところで、私は両手を広げてみせる。


「ぎゅーしてほしいな?」
「…!」


恥ずかしいことこの上ないし、嫌だって言われたらどうしようって少し思ったけれど。照れて顔を赤くしながらも私のことを恐る恐る抱き締めてくれた五色くんの腕の力は、思っていた以上に強かった。ふわりと香るのは初めて嗅ぐ五色くんの匂い。少し高めの体温も冷えすぎた部屋ではちょうどいい。


「俺、今たぶん汗臭い。ごめん」
「そんなことないよ。嬉しい」


こうやって少しずつ、2人で2人の距離を縮められたらいいな。そんな淡い願いを心にしまって、私はぎゅうっと五色くんの広い背中に手をまわした。
ゆるやかな恋物語

菜月様より「付き合ってしばらく経つが進展がなく不安になってしまうお話」というリクエストでした。五色は初挑戦だったもので…キャラがブレブレで申し訳ありません…そもそもこれは五色なのでしょうか…笑?とても難しかったですが、新しいキャラに挑戦することができて楽しかったです!この度は素敵なリクエストありがとうございました!
2017.08.22


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