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※社会人設定


今日も空は青い。そして、暑い。こんな茹だるような暑さの中、彼はきっと顔色ひとつ変えずに待ち合わせ場所にいるんだろうなぁと思うと、自然と歩調が速くなった。
高校生の時から将来を有望視されていた若利は、高校卒業後、当たり前のようにプロのバレーボール選手になった。私が進学して社会人になった今では、彼のことを知らない人などいないのではないかと言うほど有名になっていて、ほんの少し寂しい。若利がすごく遠いところに行ってしまったようだから、なんて、彼に直接言うことは勿論ないけれど。
色恋沙汰には、と言うより、バレー以外のことには滅法疎い若利が、なぜ私のような女を選んでくれたのかはいまだに謎だ。けれども、フラれていないということは、私はまだ彼に好意を持ってもらえているということなのだろう。
今日は一応、彼とデートという名目で久し振りに会うことになっている。有名人の若利と一般市民の私が普通に外で待ち合わせなんて恐れ多いような気がして引け目を感じていたのだけれど、名前の作ったハヤシライスが食べたいから買い出しに行こうと思う、と言われてしまえば、私に拒否権などなかった。
スーパーで一緒に買い物なんて、まるで新婚夫婦みたいだな、などと勝手に想像して顔を綻ばせてしまったのは、あまりにも恥ずかしすぎるから若利には内緒にしておこう。
いつの間にか随分と早足になっていた私は、漸く辿り着いた待ち合わせ場所で大きな彼をすぐさま見つける。駆け寄って、お待たせ、と。声を発するより先に気付いたのは、彼の周りにいる多くの女性ファンらしき人の群れ。
本人に自覚はないようだけれど、若利はモテる。端正な顔立ちは勿論だけれど、バレーボールに向き合う真摯な姿勢とは裏腹に、天然なのかと疑いたくなるほど素直な一面を持つ彼に、所謂、ギャップ萌えする女性ファンは少なくないのだ。


「わか、とし…、」


呟くように呼んでみたところで、私の声は賑やかな街の空気に掻き消され、当たり前のことながら彼は私の存在に気付かない。女性ファンに囲まれている若利は丁寧にサインの要求に応じているようで、どことなく表情も柔らかいような気がする。
ああ、やっぱり遠いなあ、と。彼を眺めながら思う。あんな風に女性と接することができるようになったなんて、知らなかった。不器用で、女性の扱い方なんてちっとも知らなかった若利。子どもじゃないんだからそれなりに社会人としての立ち振る舞いはできるようになっていると分かってはいたけれど、自分以外の女性に優しく接している若利を見るのはどうしても辛くて。私はそっと、その場を離れた。
買い出しは1人でもできる。買ってから若利の家に行けばいいだけのことだ。最初からそうすれば良かったのに、少しぐらい若利とデート気分を味わいたいという高望みをしてしまったばっかりに、こんな醜い感情を持て余してしまうことになったことを悔やむ。
若利に連絡して、あの女性ファン達への対応が終わったら家で待っていてもらおう。そう思い携帯を取り出した時だった。名前、と。よく通る声で名前を呼ばれて、肩がびくりと跳ねた。


「わか、とし…」
「俺のことを見つけられなかったのか」


こんな大きな図体をした人間、見つけられないわけがないだろう、と言いたくなったけれど、出かかった言葉をぐっと飲み込む。この男はいつも、こういうことをひどく真面目なトーンできいてくるのだ。良くも悪くも、鈍すぎて困ってしまう。


「さっきの…ファンの人達はいいの?」
「見ていたのか。それならなぜ声をかけない?」
「だって…、」


純粋すぎるがゆえの真っ直ぐな問いかけは、私の胸にぐさりと突き刺さる。いつも自分に自信たっぷりで何かに迷ったことのない若利には、きっと私の気持ちなんてわからない。自分なんかで良いのだろうかと不安になっている、私の気持ちなんか。
一度卑屈になってしまえば気持ちは急降下していく一方で、私は言葉を詰まらせた。だって…だって?その後、何と言えば彼に伝わるのか。考えた結果、私の陳腐な心はパァンと音を立てて弾けてしまった。
元々、釣り合わないとは思っていた。キラキラ輝く将来有望な彼と、どこにでもいる平凡な私。それでも無駄に独占欲なんてものを持っているから、今みたいに愚かな嫉妬をする。きっと、これからも。そう思うと、私にはとても耐えられないことを悟ってしまった。


「どうした」
「……若利、ごめん、私もう、無理かも」
「何が無理なんだ」
「若利と…これ以上付き合うの、無理かも」


消え入りそうな声で呟いた言葉は、若利の耳に届いただろうか。照りつける太陽の日差しのせいではなく違う何かのせいで、だらだらと汗が流れる。
ここは人通りの多い場所だし、ただでさえ有名人で図体の大きい若利はとても目立つ。その傍にいる私のことなんて見えていない人は多いだろうけれど、早くこの場を立ち去りたい。その一心で、言い逃げと言わんばかりに駆け出そうとした私の腕を、大きな手が掴んだ。


「どこに行くんだ」
「帰るの!」
「買い出しに行くんだろう」
「今の話きいてた?私、若利とこれ以上付き合うのは無理って言ったんだよ?」
「俺はそうは思わない」


自信たっぷりにそう言った若利は、掴んだ腕をそのままに、私を引き摺るようにしてズンズンと歩き始めた。なんと強引なのだろう。俺はそうは思わない、とは。私の意見など聞いていないということなのだろうか。
力で若利に敵う筈がないということはわかりきっているので無駄な抵抗はしないけれど、呼びかけには応じてくれるだろうかと、試しに名前を呼んでみる。すると、歩みは止めないもののちらりとこちらを見遣って、なんだ、と返事をしてくれた。その眼光は、やけに鋭い。さっきの女性ファンに見せていた柔らかな視線はどこへ行ったんだ、と嫌なことを思ってしまう。


「どこ行くの?私、もう若利の家には行くつもりないよ」
「なぜだ」
「だから…付き合うのはもう無理だって…っ!」


突然立ち止まられ、私は大きな背中にぶつかりそうになったもののギリギリのところで足を止めることに成功した。くるりと身体を反転させて私を見下ろす若利の瞳は、どこか怒気を含んでいて萎縮してしまう。


「なぜそう思う?」
「それは…若利には……もっといい人がいるんじゃないかなって…思ったから…」
「名前以上にいい人とは誰だ」
「誰って…そんなの知らないけど…」
「それはつまり、名前以上の女はいないということではないのか」


若利は、理解できない、とでも言いたげな表情でそう宣ったけれど、そういうことじゃないのだ。私はだんだん苛々してきてしまった。完全なる八つ当たりというか、一人相撲だということは分かっていたけれど、このムカムカとした感情はもう抑えがききそうにない。
私は掴まれていた腕をなんとか引き剥がして若利を見据えると、公衆の面前であるということも忘れて、もう嫌なの、と。私にしては大きな声で切り出した。


「若利には分からない感情かもしれないけど、私はいつも隣にいていいのかなとか、他に素敵な人がいるんじゃないかなとか、色んな不安で押し潰されそうになりながら若利と一緒にいるの!そんな気持ちでずっと隣にいるのはもう耐えられないの!さっきだって若利、私には見せないような柔らかい顔して女性ファンに対応してた!そんなことに嫉妬しちゃうような女、嫌でしょ?だから…、っ」
「俺は名前が良い。それだけだ」


感情のままにまくし立てる私へ静かに落とされた言葉は、とても端的だった。その声のトーンに、私は不思議と冷静さを取り戻していく。


「名前は俺と別れたいのか」
「別れたい…わけじゃ、ない…」
「それならこれからも俺の傍にいればいい」
「でも、」
「お互い別れたくないのに別れる必要はないだろう?」


若利は正論しか言わない。難しいことなどごちゃごちゃ考えず、常に当たり前のことを当たり前のように言ってくるけれど、実はそれが最も難しいことだったりする。
不安に思っていることとか、嫉妬していたこととか、若利を前にすると馬鹿馬鹿しくなってきて。私は、そうだね…と、笑うしかなかった。


「名前」
「何?」
「腹がへった」
「…じゃあ買い物行こっか」


ムードの欠片もない若利の発言にまたひとつ笑いを零したところで、私は周りに沢山のギャラリーがいることに気付いてしまった。そうだ。若利は有名人。こんなところでとんだ茶番を見せてしまったと、顔が青ざめていく。
そんな私の表情の変化に気付いたのか、それともたまたまなのか。若利は周りの視線など気にすることなく、行くぞ、と私の腕を引っ張ってその場を離れた。明日のニュースとかになってそう…と頭を抱えたものの、今更どうしようもない。


「何を気にしている」
「明日ニュースになってそうだなって思って…ごめんなさい…」
「何を謝る必要がある?」
「え、だって…若利、私のこと公にしてないでしょ?」
「遅かれ早かれ分かることだ。何も問題ない」


さらりと言ってのけたその言葉に、じわじわと胸が熱くなる。ありがと!とお礼を言った私の意図など若利は全く分かっていないようだけれど。
歩き出した先に見えた青空は、キラキラしているように見えて。暑い空気を身に纏った身体は、なぜかふわふわと軽やかだった。
明日のニュースは夏色模様

だまだま様より「切甘からのハッピーエンド」というリクエストでした。牛島と甘い雰囲気にさせる方法が分からずこのような仕上がりになってしまいました…ご要望にきちんと添えなくて申し訳ありません…限界でした…。不器用な牛島の愛し方を感じ取っていただければ嬉しいです!この度は素敵なリクエストありがとうございました!
2017.08.13


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