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※社会人設定


私の上司であり教育係でもある松川さんは、仕事ができて穏やかで優しくて、非の打ちどころがないほど素敵な先輩だ。恐らく、管理職のお偉いさんも松川さんには一目置いているのだろう。重要なプロジェクトや商談には、何かと松川さんが抜擢されることが多い。
そんな松川さんだから、女性社員の間ではかなり人気だったりする。プライベートが謎というところもミステリアスで素敵だ、と。女性社員さん達が話しているのを聞いたのは、一度や二度ではない。こうして他人事のように話している私も、実は松川さんに惹かれている女の1人なのだから笑えないのだけれど。


「名字さん、その書類まとめるの進んでる?」
「あ、はい!今日中には終わらせます!」


ただでさえ効率良く仕事することがてきないくせに雑念だらけの私が、定時までに仕事を終わらせるなんて到底無理だ。けれども、松川さんに迷惑をかけるわけにはいかない。元々、できるだけ早めにまとめておいてほしいと言われていた資料だから、今日は残業してでも終わらせよう。私は午後から必死でパソコンに向き合い、気付けば定時を過ぎてもチラホラといたはずの人はいつの間にかいなくなっていて、1人でキーボードを叩き続けているという寂しい構図が出来上がっていた。
書類はもう少しで完成するし、喉が渇いたから飲み物でも買ってこよう。そう思い、自動販売機でお気に入りの飲み物を買ったところで、喫煙ルームに白い煙が浮かんでいるのが見えて首を傾げた。こんな時間に誰だろう。ほんの少しの好奇心から喫煙ルームを覗いてみると、なんとそこにいたのは松川さんで。私はますます首を傾げることになった。
冒頭で述べたように、松川さんは仕事ができる人だ。だから残業なんてしているところは見たことがない。現にパソコンを必死に叩いていた私の周りには誰もいなかったわけだから、松川さんは仕事が残っているからここに留まっているわけではないのだろう。それならば、どうして?
答えなど出るはずもない疑問を頭の中でぐるぐる繰り返しているうちに、煙草を咥えていた松川さんと目が合ってしまった。松川さんは私の存在に気付いて驚いたのだろう、僅かに目を見開いている。まずい。こっそり覗き見していることがバレてしまった。これではただの不審者じゃないか。
私は軽く頭を下げると、逃げるように自分のデスクに戻った。あと少しで書類は完成するけれど、このまま会社に残るのはなんとなく気まずくなってしまったから、明日の朝早めに出勤して完成させることに決めた。さっさと帰ろう。データが保存できたことを確認してからパソコンの電源を落とすと、私はカバンを引っ掴み急ぎ足で部屋を出た。


「お疲れ様」
「……松川さん」


腕組みをしてエレベーター前の壁にもたれかかった状態で、待ってましたと言わんばかりに尋ねてきた松川さんに、私の心臓はどくりと脈打つ。立っているだけで様になるってどういうことだ。松川さんはモデルなのか。そんなどうでもいいことしか考えられない残念な頭をフル稼働させて、私は、お疲れ様です、と当たり障りない言葉を返す。


「仕事、終わった?」
「あと少しなんですけど…仕上げは明日の朝やります…」
「ふーん。どうせなら最後までやって帰ればいいのに」
「そ、そうですよね。やっぱりやってから帰ろうかな!」


どうやら松川さんは帰るようだし、このまま一緒に帰る流れはそれこそ不審者のような気がする。気持ち悪いとか思われたくないし、(この時点で既におかしいやつだと思われているかもしれないけれど、そこは気にせず)私はくるりと進行方向を変えて松川さんに背を向けた。お疲れ様でしたー、と。軽く会釈をしてから足早に歩き出したものの、背後にはしっかり人の気配。恐る恐る振り返ってみると、案の定、そこには松川さんがいる。


「あの、松川さんは帰らないんですか…?」
「うん。だって名字さん帰らないんでしょ?」
「え…あ、はい…?」
「早く終わらせて。俺、腹へったから」
「あ、ごめんなさい」


思わず謝ってしまったけれど、果たして私は謝罪する必要があったのだろうか。待ち合わせしていたわけでもあるまいし、なぜ謝ってしまったのか自分でも意味が分からない。ていうか、そもそも今の話の流れだと、松川さんは私のことを待ってくれていてこの後夜ご飯一緒に行くって感じで受け取っちゃうんだけど…。
私はパソコンの画面を見ながら、横目で隣の椅子に腰かけてスマホをいじっている松川さんをちらりと見遣る。一体何を考えているんだろう。ミステリアスなところは確かに魅力的だけれど、何を考えているのか全く読めないというのはなかなかに困るということを、私は今、身をもって痛感している。


「手、止まってる。そんなに俺の顔見てどうしたの?」
「え!いや、なんでもないです!」


いつのまにかパソコンではなく松川さんばかり眺めていた私は慌ててパソコンの方に視線を戻すけれど、書類作成なんてちっとも進まない。私は器用な人間じゃないから、同時に2つのことを考えるなんてできないのだ。今は松川さんのことで頭がいっぱいだから、仕事のことなんて何ひとつ脳内で処理できない。
パソコンと睨めっこしているだけで手元が動いていない私を見た松川さんは、ねぇ、と。私に声をかけてきた。また、お腹すいたから早くしろって言われるのかな。だったら先に帰ってくれないかな。いや、きっと優しい松川さんのことだから、私が1人で残っているのが可哀そうだから同情してここにいてくれるんだろうけれど。そういう優しさは、今いらない。


「全然仕事に集中できてないでしょ」
「…はい」
「もしかして俺が邪魔してる?」
「邪魔なんて!そんなことは…ない……です、けど…」
「けど?」


そう、邪魔ではない。むしろ松川さんとこうして一緒に過ごせているというだけで私の心は有頂天になっていて、何ならもっと一緒にいたいとおこがましいことを思う程度には嬉しいのだけれど、そのせいで仕事が手についていないのも事実で。この場合、仕事においては邪魔と言わざるを得ないのかもしれない、なんて失礼極まりないことを思ってしまった。


「松川さんと2人だと緊張するので仕事になりません」
「ふふっ……名字さん、正直だね。そういうところ、好きだよ」
「う、え、あの…へ?す…え?」


違う違う。松川さんの言った好きは、そういう意味じゃない。分かっている。分かっているのに、松川さんの口から紡がれた“好き”という単語の破壊力に、私の思考回路はついていってくれないのだ。情報処理が追いつかない。
好きって何ですか〜!告白ですか〜?と、笑い飛ばしたらいいのだろうか。何とも思っていない相手にならそんな風に軽口を叩くことができたのかもしれないけれど、相手は私が想いを寄せている松川さんだ。そんなこと、できる筈がない。
目をきょろきょろと泳がせてどう反応すべきか迷っている私を見て、松川さんは尚もくすくすと笑いを零している。そして、ほんと分かりやすいね、と言いながらデスクに頬杖をつくと私の顔を見つめてきた。ああ、どうしよう。視線が刺さる。


「名字さんの教育係がなんで俺なのか、知ってる?」
「え…?上の人が決めたんじゃないんですか…?」
「違うよ。俺が名字さんの教育係やりたいですって言ったの」


どくりどくり。心臓の鼓動が速くなる。有りっ丈の期待を込めて紡いだ、どうして?という問いかけに、松川さんは楽しそうに笑う。


「答え聞きたかったら、その書類早く完成させて」
「…松川さんって意地悪ですよね」
「でもそんな俺に落ちちゃってる人もいるみたいだしね?」
「……ずるい」


全てお見通しって顔で笑みを深めた松川さんにキュンとしてしまったなんて知られたら、きっとまた笑われちゃうんだろうな。私はパソコンに向き合うと必死で指を動かした。書類できました!そう言った私に松川さんが、ご褒美の答えね、と言って唇を奪われる未来まであと少し。
トキメキの作り方

さりー様より「社会人設定、ヒロインは松川の部下、両片想いでくっつく」というリクエストでした。上司の松川最高にできる男だと思うんですよね!だから一目惚れしたヒロインちゃんを巧妙に落とせちゃうんですよきっと!煙草は完全に私の趣味ですごめんなさい笑。松川と社内恋愛最高…オフィスラブ大好きなので楽しかったです!この度は素敵なリクエストありがとうございました!
2017.08.09


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