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※「浮遊病」続編


非常に困った事態になった。俺は目を輝かせている数人と、なんとなくニヤニヤしている数人、そして驚きからか目を丸くしている数人を前に心の中で頭を抱える。
遅かれ早かれ、いつかコイツらにバレる日が来るだろうとは思っていた。名前はうちの店番をたまにやってくれているから、部活終わりに寄り道したコイツらと出くわすことだってあるだろう、と。
けれども、まさか俺と名前が夜ご飯のメニューの話をしているところを見られているだなんて思いも寄らないではないか。まあ店先で話し込んでしまった自分のせいというのも少しはあるのかもしれないが、店に入らず聞き耳を立てて覗いていた、所謂オトシゴロな高校生男子であるコイツらに怒りたくなるのも無理はない。


「もしかしなくても彼女っスか!?」
「綺麗っスね!」
「ふふ、ありがとう。元気だね」


食い気味の田中と西谷に、名前は呑気な対応をしている。そりゃあ普通の社会人がこんなに多くの高校生の好奇の目に晒されることなんて稀だろうから、名前はある意味この状況を楽しんでいるのかもしれないが、明日以降もコイツらと顔を合わせる俺はかなり気まずい。
いや待て。そもそも俺は社会人じゃねぇか。彼女の1人や2人いたって何ら不思議ではないのに、なぜこんなにも焦っているのだろう。


「無駄口叩いてないで買うもん買ったら早く帰れ!」
「烏養さん、照れてるんだろうな」
「だべ」
「だな」
「聞こえてんだからな!明日の練習量倍にするぞ!」


東峰がポロリと零したセリフは図星だっただけに、それに同意する菅原や澤村にも怒りの矛先が向いてしまう。日向と影山は、なんだなんだと状況が理解できていない様子で肉まんを貪っているので気にする必要はないが、1番嫌なのは月島が向けてくる冷ややかな視線だ。


「繋心、慕われてるんだね」
「どこがだよ…とりあえず、名前は家ん中入ってろ。後で行く」


事態を収拾させるために渋る名前を家の中に追いやって、いまだに騒つく餓鬼共は店の外に追い出す。もう遅いんだから帰れと促してはみるものの、色恋沙汰に興味があるらしい盛った高校生男子共は俺にぐいぐい質問を投げかけてくる。どこで知り合ったのか、付き合い始めてどれぐらいなのか、どちらから告白したのか等々…勿論、答えてやる義理はないのではぐらかしたが、こんなに食い付かれるとは予想外だ。
このままでは埒が明かない。というわけで、そろそろ帰れ!と怒鳴ってやろうと大きく息を吸い込んだ時だった。それまで何も口を開かなかった月島がぼそりと零した一言によって、それまでの喧騒が嘘みたいに静かになる。


「結婚はいつですか」


その場にいる全員の視線が一気に注がれるのが分かって、俺は吸い込んだ息を吐き出すのと同時に、そんな予定はねぇ!と大きな声を出してしまった。目を丸くさせる一同を前に我に帰った俺は、息を整えると静かなトーンで、もう帰れ、と告げる。渋々ながらも漸く帰ったバレー馬鹿共の後姿を見送って、俺は店内に戻った。
するとそこには、家の中にいる筈の名前の姿。どうにも複雑そうな表情を浮かべているところを見ると、外でのやり取りは聞かれてしまっていたらしい。結婚の予定がないのは事実だし間違ったことは言っていないのだけれど、この空気はなんとなく気まずい。


「…飯、できたのか」
「うん。おばちゃんはご近所さんのところに行って来るから先に食べてて良いよって」
「じゃあ食うか」
「……うん」


かなり強引ではあったけれど、家の中に入って一緒に夕飯を食べる。いつもならポンポン弾む会話も、今日はあまり続かない。これはまずいと思いつつも、自らあの話題を出すのはどうにも憚られて躊躇っていると、箸を置いた名前が俺の名前を呼んで正面から見つめてきた。


「私、さっきの話きいちゃったんだけど」
「…ああ」
「結婚の予定はないんですか」


単刀直入に尋ねられて、俺は言葉に詰まってしまう。そんなド直球できかれても、すぐに返事なんてできるわけがない。
ぶっちゃけ、全く考えていないと言うと嘘になる。名前との将来のことをぼんやり考えることだって何回かあったのは本当のことだ。けれど、具体的にどうするべきなのかまでは考えていないのも事実で、俺は返答に迷っているわけだ。
じっと見つめてくる名前の視線が痛い。が、俺の焦燥感とは裏腹に、ふっと緩んだ空気。


「…ごめん、そんなの考えてるわけないよね」
「あ?いや…別に、全く考えてねぇってわけじゃ…」
「いいの!困らせてごめんね。私、今日はもう帰る。後片付け任せちゃうけど今日は許して…、」
「おい、名前!ちょっと待て!」


がたりと席を立った名前が立ち去る前にその姿を追いかけて腕を引っ掴む。何を言おうかなんて決めていないが、何やら勘違いをされたまま帰られるのは今後に支障をきたすような気がして嫌だったのだ。
俺に背を向けている名前の表情は読み取れないけれど、なんとなくわかる。どうせ泣きそうな顔してんだろ。


「あのなぁ…カッコつかねぇだろ」
「何が?」
「女から迫られて慌ててプロポーズとか」
「…そんなことないもん」
「ムードが大切なんじゃねぇのか?」


俺は、いつか名前が何かのテレビ番組を見ながらボソリと呟いていたことを思い出す。プロポーズはムードが大切だもんねぇ、と。誰に言うでもなく零したその言葉は、確かに俺の耳に届いていた。
それからだっただろうか。柄にもなく、ムードってなんだ?と考えるようになったのは。それはつまり、名前との結婚というものを視野に入れているから考え始めたのであって、何とも思っていない女相手につまらない考え事ができるほど、俺は器用じゃないし優しくもない。
俺の発言をきいてゆっくりとこちらに顔を向けた名前の身体を少し強引に引き寄せる。良い歳して、抱き締めるという行為に対してはいまだに抵抗がある。


「けー、しん、おばちゃん、帰って来ちゃう、」
「俺と名前が付き合ってんのは知ってるし、隠すことねぇよ」


いや、親に見られるのは正直遠慮したいところだが、この際そんなことは気にしていられない。俺の心臓の音が、胸元に抱き締めている名前に聞こえやしないかと冷や冷やしつつ、ポンポンと背中を撫でてやる。


「考えてねぇわけじゃねぇから」
「…いいよ、無理しなくて」
「無理はしてねぇけど、まあ…その、なんだ…」


口籠る俺を不安そうに見つめてくる双眸。すごく今更ながらに気付いたことだが、俺はこの視線に滅法弱いらしい。まともに見つめ返すことはできないけれど、目を逸らしながらも伝えるべきことはただひとつ。


「いつかちゃんと言ってやるから、それまで待ってろ!」
「……うん。気長に待ってる」


腰に回されていた名前の腕の力が強くなる。どうやら俺の気持ちは届いたらしい。


「そろそろ良いかしら?」
「げ!」
「おばちゃん!」


ここで良い雰囲気になりきれないのが俺達で。折角の甘い空気をぶち壊す我が母親の登場により、俺と名前は反射的に身体を離した。名前が帰った後で質問責めに合うことは必至だが、どうせなら。


「未来の嫁姑なんだから仲良くしとけよ」
「……え!」


遠回しに左手薬指の予約をしておくのも悪くはないかなと、気まぐれに笑ってみせた。
夢遊病

Mm様より「短編「浮遊病」続編」というリクエストでした。烏野メンバーと絡ませつつ一歩前進させたつもりですがいかがだったでしょうか?家族ぐるみの付き合いって良いよなーと思いながら書かせていただきました。この度は素敵なリクエストありがとうございました!
2017.07.17


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