×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

※「真っ赤な林檎はいかが?」続編


随分と遠回りはしたものの、俺と名字はめでたく付き合うことになった。名字のことは確かに好きだったが、いざ付き合うことになってみると何をすれば恋人同士っぽくなるのかいまいち分からなくて困っているというのは、なんとなく恰好がつかないから誰にも言っていない。元々が喧嘩友達のような間柄だっただけに、甘い雰囲気にもっていくのは至難の業だ。


「黒尾ー、今日部活見に行っても良いー?」
「別に良いけど。急にどういう風の吹きまわし?」
「なんとなく?」
「へぇ。明日は雨か雪だな」
「折角見に行ってあげるって言ってんのに何その言い草!」
「見に来てとか頼んでねぇし」


あ、やば。つい素直じゃないことを言ってしまった。名字も素直じゃないが俺も大概捻くれ者だから、売り言葉に買い言葉になってしまうのは必然なのかもしれないけれど、これはまずい。案の定、名字は頬を膨らませて不機嫌を露わにして、じゃあもう行くのやめた!と言い始めた。


「そもそも練習なんか見てもつまんねぇだろ」
「…そうだね。だから、もう行くのやめるって言ってるじゃん」
「あっそ」


そこでタイミング良くというべきか悪くというべきか、昼休憩の終了を告げるチャイムが鳴り響き、会話は途切れてしまった。このやり取りで悪かったのはどう考えても自分だということは分かっている。けれども、それを反省したところでどうにもならない。
実際、俺を含めたバレー部の連中が練習しているところを見てもつまらないのは事実だろうし、そもそも今まで見に来るなんて言ってきたことはなかった。なんとなく、にしては随分と気まぐれすぎやしないだろうか。
午後の眠たい授業を受けながら、俺は悶々とした気持ちで黒板を眺めていた。


◇ ◇ ◇



放課後、俺はいつもと同じようにそそくさと部室へ向かう。名字とは昼休憩のあの会話以降、挨拶すら交わしていない。恐らくまだご立腹なのだろう。部活終わりにでも連絡をしてみるか。そんなことを考えていると、隣から名前を呼ばれた。


「名字、今日見に来るんだろ?」
「いや、来ねぇけど」
「は?なんで?」


待て待て、なんで名字が見に来るって話を夜久が知ってんだよ。それは俺と名字だけのやり取りだった筈ではないか。なんで?とききたいのはこっちの方だ。俺が眉間に皺を寄せて怪訝そうに視線を送っていることも気にならない様子で、夜久は深く溜息を吐く。


「また喧嘩したのか?」
「夜久に教える義理はねぇだろ」
「名字に相談されたからアドバイスしてやったのに…」
「相談?」


部室に到着して着替えをしながら、俺は聞き捨てならない夜久の言葉に耳を傾ける。アドバイス?つーか相談って何だよ。何もきいてねぇぞ。昼休憩以降抱いていた悶々とした気持ちが、更にどす黒さを増していく。
名字が抱えている悩みを一番に相談するのが俺ではなく夜久だったということに、こんなにも醜い嫉妬心が芽生えるなんて思ってもみなかった。名字のことになると余裕がなくなってしまうのは、それだけ俺が名字のことを真剣に想っているということなのだろうか。


「勘違いすんなよ。名字はお前とのことで悩んでんだぞ」
「は?俺とのこと?」
「あのなぁ…お前、もっとうまく付き合えるタイプじゃなかったっけ?」


呆れ気味でそう零した夜久は、名字には口止めされてたけど…と言いつつ、相談内容を教えてくれた。付き合い始めたのは良いが俺とどう接したら良いか分からない。教室内で喧嘩ばかりしてしまうのもどうにかしたい。部活があるので他に一緒に過ごす時間がなくて正直寂しいと思ってはいるが、部活は応援したい。どうしよう。要約すると大体こんな内容だったらしい。
部活の休憩時間を費やしながら全てを聞き終えた俺は、部活前までの醜い感情から一変、思わず口元を緩めてしまう程度には上機嫌になっていた。まさか名字がそんなことを考えているなんて思ってもみなかっただけに、嬉しさは何倍にも膨れ上がる。
名字は自分のことを可愛くない奴だと思っている節があるけれど、それは大きな間違いだ。光田しかり、俺しかり、他にも名字のことを狙っている奴がいるというのを聞いたことがある。知らないのは当の本人だけで、実は彼氏として、俺は冷や冷やだったりするのだ。
夜久の言う通り、俺は今までの彼女とは結構うまく付き合ってきた。近からず遠からずの距離を保って、それなりのこともした。けれども今回はどうだろう。いつものように感情がコントロールできないばかりか、名字への接し方まで迷走している。らしくないとは思いつつも、俺も相当悩んでいるのだ。


「部活見に来ればそのまま部活終わってから一緒に帰れるだろ?だから見に来たら?って言ってやったのに」
「悪かったって。後は俺がどうにかする」
「当たり前だろ。もう俺を巻き込むなよ」
「ゴメンナサーイ」


部活終わり、さっさと着替えを済ませた俺は心にもない謝罪の言葉を残して部室を出る。鍵当番は基本的に部長の仕事だが、今日だけは、ということで海にお願いすると快く承諾してくれた。何も言ってはいないが、恐らく何かしらを察してくれたのだと思う。つくづくデキた奴だ。
俺は携帯を取り出し名字の番号を呼び出すと、自分の家ではなく名字の家の方を目指して歩き出した。歩き出してすぐ、短いコール音の後で、もしもし?という耳障りの良い声が俺の鼓膜を振動させる。


「急に電話して悪ぃ。悪いついでに、今から会えねぇ?」
「えっ!そんな急には…」
「今、会いたい」
「……ど、どうしたの…急に、」
「なんとなく?」


昼休憩に名字から言われたセリフをそっくりそのままお返ししてやれば、なんとも言えない沈黙の後、ちょっと待ってて、という少し焦り気味の返事が返ってきた。恐らく、家を出る準備をしてくれているのだろう。


「名字んちの近くの公園で待ってる」
「わ、私、行くとか言ってないし」
「それでも。待ってる」


ちょっと待って、と言われたような気がしたけれど、俺は一方的に電話を切った。きっと会って第一声は、理不尽だとか自己中だとか言われて怒られるのだろうけれど、来てくれればこっちのものだ。
指定した公園のベンチに腰掛けて待つこと数分。思っていたよりも早く現れた名字は風呂上がりなのか、髪がほんのり湿っているしふわりとシャンプーのいい香りがする。健全な高校生男子ならムラッとくるのは仕方のないことだが、俺はその浮ついた感情を上手に押し殺して普段通りに振る舞った。


「いきなりすぎるし、強引だし、一体なんなの?」
「昼休憩のこと、悪かったなと思って」
「そんなこと…別にそこまで気にしてないし。喧嘩するのはいつものことじゃん」
「そうなんだけど。もうそういうのヤメにしねぇ?」


俺の言葉に目を丸くした名字は、数秒ほど固まって。何を思ったか、何かを堪えるように唇を噛み締めた。目はどことなく潤んでいるし今にも泣き出しそうで、ぎょっとする。
ベンチに座っている俺は、立ったまま俯く名字の顔を覗き込みながら、どうした?と恐る恐る声をかけてみたけれど、反応はなかなか返ってこなくて。少し長めの沈黙の後、名字はぼそぼそと口を開いた。


「そういうのやめるって、別れるってこと?」
「はぁ?なんでそうなるんだよ」
「だって…!私と黒尾の関係なんて喧嘩友達の延長みたいなもんだし、そういうのがなくなるってことは別れるってことになるのかなって思うじゃん!」
「だーかーらー。その喧嘩友達ってのをヤメて恋人らしい関係になりませんかって言ってんの」


おもむろに取った名字の手はじんわり汗をかいていて、こちらにまで緊張が伝わる。名字はどう返答したら良いか迷っているのだろう。目を忙しなくキョロキョロと動かしていて、動揺していることがありありと分かった。
夜久からきいた話が本当なら、名字だって恋人っぽい関係になることを望んでいる筈だ。素直になり切れない恥ずかしがり屋だということは既に分かりきっているので、ここは俺がもう一押しするべきなのだろう。


「俺はもう一歩先に進みたいんだけど」
「……恋人っぽいことって、例えばどういうこと…?」
「んー…こういうコトとか?」
「わ…っ!」


掴んでいた手を引っ張り、自分の方に引き寄せると同時に立ち上がる。バランスを崩した名字は俺の胸に勢いよくダイブする形になったので、その身体をしっかりと抱き寄せて。咄嗟に離れようとしたのか胸を押し返されたけれど、名字の力ごときではビクともしない。


「く、ろお…っ、ちょ、近い…っ」
「これが恋人の距離じゃね?」
「無理…!心臓おかしくなる!」
「ドキドキしてくれてんの?かーわい」
「からかわないで!」


本心から出た言葉なのに信じてもらえていないようなので、これならどうだと頬に唇を寄せて口付けを落としてやれば、それまでジタバタしていたのが嘘のように動かなくなってしまった。
あら?キャパオーバー?ほっぺにチューぐらいで?
そう思って顔色を窺った直後、ぶわりと顔を真っ赤に染めた名字は、両手で顔を覆ったかと思うと俺の胸にコツンと額をぶつけてきた。どうやら赤くなった顔を隠したいがために取った行動のようだが、その動作のせいでこっちの心臓の方がおかしくなりそうだなんて、翻弄されすぎではなかろうか。
俺は動揺を悟られないよう、気を紛らわすために名字の背中をポンポンと撫でる。


「こういうのヤだ?」
「……ヤ、じゃない、けど……」
「けど?」
「どんな反応したら良いのか分かんないの…」


落ち着いてきたとは言えいまだに赤いままの顔も、無意識とは言え上目遣いで見つめてくる潤んだ瞳も、いつの間にか俺のシャツを握り締めている手もいつもより弱々しく縋り付くような声音も。全てが、俺の理性を打ち崩しにかかってくる。
俺、わりと余裕ねぇんだな。名字に気付かれぬよう自嘲気味に笑いを零し、今度はその柔らかな唇に吸い付く。一瞬の出来事に思考が追い付いていない様子の名字に、俺はニヤリと微笑みかけた。


「慣れるまで何回でもやってやるけど?」
「………っ!馬鹿!」
「はいはい。照れてるところも可愛いですよ」
「やだもうこんなの喧嘩してる方がマシ…!」
「あーあとさぁ、」
「人の話、きいてる!?」


名字の発言は照れ隠しだと決め込んでスルーしつつ、俺は名字の耳に口を寄せる。


「名前って呼んでイイ?」
「な…っ、だ、だめ!」
「分かった。じゃあ今度から名前って呼ぶな」
「ねぇ!私の話きい…っ!」


うるさい口は塞いでしまえと言わんばかりに先ほどよりも少し長めのキスを落とす。唇を離した後で何か言われることは必至だけれど。とりあえず今は、恋人として一歩も二歩も前進した喜びを肌で感じることにしよう。
毒林檎をいただきます

みき様より「短編「真っ赤な林檎はいかが?」続編、甘」というリクエストでした。高校生ということで少し余裕なさそうな雰囲気にしたつもりですが、結局いつも通りヒロインを振り回す系になってしまいましたね…笑。ワンパターンで申し訳ないです…。この度は素敵なリクエストありがとうございました!
2017.07.14


BACK