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※社会人設定


「つーかーれーたー」
「仕事ってのは疲れるもんなの」


私よりひとつ年上の彼氏様は、数ヶ月前に社会人になったばかりの私に、ひどく辛辣な言葉を落としてきた。慣れない環境に身を置き、社会の荒波に揉まれた私はただでさえ精神が擦り切れているのだから、優しい言葉のひとつでもかけられないものか。そんな思いをこめてじとりと恨めしげに睨んでいると、その視線に気付いたらしい鉄朗は、にぃっと笑顔を返してきた。


「そんなお疲れの名前ちゃんに朗報です」
「何…?」
「今日は優しい彼氏の鉄朗君が夜ご飯をご馳走してくれるそうです」
「え!ほんと?」
「ほんと」


単純な私はたったそれだけのことで機嫌を直す。そもそも、お互いの仕事終わりに外で待ち合わせて会うというのは珍しいことだと思っていた。きっと鉄朗は最初から、私を夜ご飯に誘ってくれるつもりだったのだろう。
なんだかんだで優しい鉄朗に、私はついつい甘えてしまう。けれど、いつまでもこんなことではいけないということぐらい分かっているのだ。私だってもう立派な社会人なのだから甘えてばかりではいけない、と。それでも気付けば鉄朗が私を甘やかしてくれているから、ずるずるとそのぬるま湯に浸り続けているわけなのだけれど。
たかが1年。されど1年。社会人として1年先に会社という大きな組織の中で生き抜いた鉄朗は、お世辞抜きにしても頼り甲斐のある先輩兼恋人だと思う。そういえば鉄朗は、去年、就活でバタバタしていた私にアドバイスをしてくれたり、気晴らしにどこかへ行こうと誘い出してくれたりしたけれど、よくよく考えてみれば社会人1年目として疲れ切っていた筈なのに、そんな様子は少しも感じられなかったよなあとぼんやり考えた。


「ぼーっとして、どした?」
「去年の鉄朗も今の私みたいに疲れてたのかなぁって。もし疲れてたとしたら、私の相手するの大変だったんじゃないかなぁって、なんとなく思ってただけ」
「なんだそりゃ。アホか」


鉄朗は心底呆れたと言わんばかりの表情を浮かべつつ、さらりと私の手を攫った。


「そんな余計なことより食いたいもん考えろっての。店決まんねぇだろー」
「じゃあねー…、」

握られた手はいつも通り温かくて。私のリクエストをきいた鉄朗は、これもまたいつも通りに私の半歩先を歩いて目的地へと誘ってくれるのだった。


◇ ◇ ◇



美味しいご飯をご馳走になった帰り道。私はすっかり上機嫌になっていた。仕事で疲れていたのは本当のことだけれど、こんなにもすぐに吹っ飛ぶぐらいなのだから、私の疲れなんてそれほどでもないんだろう。


「鉄朗はさぁ、疲れたとか、辞めたいとか、そういう弱音みたいなこと?言わないよね」
「あ?まあ…そうだな」
「私には言いにくい?」


当たり前のように絡められた手から伝わる鉄朗の体温を感じながら、前々から少し気になっていた質問を投げかけた。いつも鉄朗は私のことをよく見ていて、必要な時に必要なだけの、あるいはそれ以上の手助けをしてくれる。それは行動でも言葉でも。私が楽になるように、いつの間にか支えてくれているのだ。
けれども一方で私はどうだろう。自分ことだけで必死になっていて、鉄朗のことなんて何ひとつ手助けしてあげることができていない。きっと鉄朗のことだから、そんなこと気にすんなって言うだろうけれど、それはつまり私が頼りないということではないだろうか。いや、頼りないというのは否定できないのだけれど。


「あー…言いにくいっつーか」
「うん」
「そういうことは、基本的に誰にも言わねぇようにしてんだよ」
「どうして?」
「人に弱みは見せない主義だから?」


鉄朗は、少し困ったように眉を下げて笑う。そっか、と答えはしたものの、私はなんとなく納得がいっていなかった。付き合いもそこそこ長いし、鉄朗は私に結構気を許してくれているものだとばかり思っていた。それが、まだ弱みを見せたくない相手だと認識されていることが不満というか、少し寂しく感じたのだ。
そんな思いが表情に出ていたのだろう。鉄朗は目敏くも、そういった感情の変化を読み取ることに長けているため、すぐに気付いてしまう。握られていた手に少しだけ力が加わって、なんか勘違いしてんだろ?と言われた。


「彼女の前ではカッコいい男でいたい男心ってもんがあんの。分かる?」
「うーん…でもさあ…私ばっかり鉄朗に甘えちゃうのはどうかなあって思うじゃん…」
「俺は名前を甘やかすのが仕事だと思ってんだけどな?」


今まで通りでいいんじゃね?と言われてしまえば、私には返す言葉などない。どんよりとしていた空気が知らず知らずのうちに柔らかくなったのは、間違いなく鉄朗のおかげ。仕事で疲れていようが、プライベートで思い悩むことがあろうが、鉄朗はいつも私のことを支えてくれる素敵な彼氏様だ。


「あ、そうだ」
「何?」
「俺が疲れてる時にしてほしいこと、教えといてやろうか?」
「うん!教えて教えて!」


先ほどの話の流れもあって、鉄朗の発言に間髪いれずに食い付いた私へ向けられたのは、何やら含みを孕んだ笑顔。こういう顔をする時の鉄朗は、少しばかり呆れたような発言をすることが多い。


「名前ちゃんからの熱烈なキス」
「…真面目にきこうとした私が馬鹿だったね」
「俺、結構本気だったんですけど」
「はいはい、覚えておきます」


今回も例に違わぬ呆れた発言をかましてくれたので、私は適当にあしらう。いつもならここで、ちぇーとかなんとか言いながらこの話題は終りの筈なのだけれど、今日は違った。繋がれていた手がぐいっと引っ張られて、暗い路地裏に引き込まれる。
何事かと思い鉄朗の顔を見上げた刹那、顎を固定されて振ってきたのは熱い唇。いつの間にか腰に回されていた手のせいで距離を取ることすらできず、何度も角度を変えて重なるそれに、私は翻弄されるしかなかった。漸く離れた頃には、私の息はすっかり弾んでいたけれど、鉄朗はちっとも苦しくなさそうだ。


「いきなり、なにするの…!」
「んー?俺も実は今日すっげー疲れてたから充電させてもらいましたー」
「何もこんなところでしなくても…」
「でも、嫌じゃなかったろ?」


残念ながら鉄朗の言う通りなので、私は口を噤むしかない。せめてもの抗議の意味を込めてふいっと視線を逸らしてみたけれど、鉄朗には何のダメージもないだろう。


「つーか、これで疲れが吹っ飛ぶのって俺だけじゃないよな?」
「…知らない!」
「疲れた時はいつでもしてやるからなー?」
「もういいから、帰ろ!」


正直なところ、鉄朗と今みたいに少しいちゃいちゃするのは嫌いじゃないし、なんとなく元気になれたような気もする。けれど、それは2人きりの時限定なわけで、こんな誰が見ているかも分からない公共の場でするのは抵抗があるということを分かっていないのだろうか。
じゃあ続きは家でな?なんて言いながら私の手を引いて再び歩き出した鉄朗を追う。さり気ない優しさで私のことを癒してくれる鉄朗にはいつも感謝しているけれど。こんな風に甘やかされる方法でのサポートではドキドキが止まらなくて疲れてしまいそうだから、ほどほどにしてもらわなければならない。
砂糖の沼に蜂蜜とろり

りこ様より「仕事や勉強に疲れた恋人をさりげなくサポートしてあげる黒尾」というリクエストでした。何をどうサポートしてるんだって話ですが笑、黒尾がヒロインの精神的な支えになってるってことが伝われば良いかなと…思ってます…。黒尾がただのキス魔ですね。でも甘やかされるのとか凄く好きなので私は書いていてとても癒されました笑。この度は素敵なリクエストありがとうございました!
2017.07.04


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