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落ちた強豪、飛べない烏。そう呼ばれていた烏野高校男子バレー部は、つい先日、優勝確実と謳われていた白鳥沢学園をくだすという快挙を成し遂げた。私はキラキラと輝く選手達の姿を見て、マネージャーとして益々これから頑張らなければと気合いを入れ直したのだけれど。結局のところ、今までの仕事以外に何ができるかなんて分からなくて、清水先輩に頼りきりになってしまっているのが現状だ。
お昼休み。私は清水先輩を訪ねて3年生の階までやって来た。マネージャーとしても女性としても、先輩は私の憧れの存在である。だから、今後マネージャーとして、何か他にも私にできることはないかと相談に来たのだ。部活の途中や終わってからはなんだかんだと忙しく、ゆっくり先輩と話す時間はない。だから貴重な昼休みを使っているというわけだ。
確か先輩は2組だったはず…と思いながら廊下を歩いていると、名前、と背後から名前を呼ばれた。その声には聞き覚えがありすぎて、反射的に背筋を伸ばしてしまう。


「やっぱり名前だ。なんで3年の階にいんの?」
「えーっと…清水先輩に用があって…」
「へぇ…わざわざ昼休みに?」
「…来ちゃ駄目、でしたか…?」


私を呼び止めた菅原先輩が少し怪訝そうな顔をするものだから、なんとなくお伺いを立ててみる。ほんの少し心臓の鼓動が速くなったのは、私が菅原先輩に特別な感情を抱いているからに他ならない。
3年生なら試合に出るのは当たり前だと思っていた。けれど、菅原先輩は違う。後輩である影山君という天才セッターがいることによって、菅原先輩はベンチで応援することの方が多くなった。
きっと相当悔しい筈だし、試合に出たいという気持ちは人一倍強いと思う。けれど、そんな気持ちを押し込めて笑顔でコートの選手達に声をかけ続ける菅原先輩を、私はいつしか素敵だなあと思うようになった。
プレーだって、菅原先輩は決して影山君に劣っていないと思う。影でこっそり努力していることも知っているし、主将である澤村先輩を支えているのは菅原先輩だってことも分かっている。誰がなんと言おうが、私にとって菅原先輩はキラキラした存在で、好きだと思える唯一の人物なのだ。


「駄目じゃないけど…」
「けど?」
「俺に会いに来てくれたわけじゃないんだなーって、ちょっと寂しかっただけ」


うしし、と歯を見せて笑う菅原先輩はなんだか幼くて、年上なのに可愛いと思ってしまった。ていうか、菅原先輩に会いに行くなんて、そんなおこがましいことできるわけないじゃないか。寂しいっていうのも冗談に違いない。
私はこれ以上菅原先輩に翻弄されないようにと、早々に別れを告げようとする。それではまた部活で。私がそう言ったのが聞こえなかったのだろうか。菅原先輩は私の手を掴んで引き止めてくる。
どくんどくん。触れられた箇所からじわじわと熱が広がっていくのを感じながら、なんですか、と尋ねる私は、さぞかし可愛くないだろう。


「清水んとこ行く前に、ちょっといい?」
「え…?」
「俺に時間ちょーだい?」


菅原先輩は私が断れないのを知っていてわざとこんな風に確認してくるのだからタチが悪い。気付いたら私はコクリと頷いていて、菅原先輩に引っ張られるようにして3年生の階を後にした。
途中で澤村先輩に、あれ?名字?と声をかけられたけれど、菅原先輩と一緒にいることを確認するとなぜか嬉しそうに笑って、ごゆっくり、なんて言われてしまって益々身体が熱くなったのは言うまでもない。
連れて来られた部室棟の前。昼休み中は部活生がいないためとても静かだ。漸く離された手は、嬉しいのか、寂しいのか。どちらとも言えない感情が渦を巻く中、私は何か特別な話でもあるのだろうかと身構える。


「なんで俺が名前のことだけ名前で呼ぶか知ってる?」
「は?いきなりそんなこときかれても…」
「他のマネージャーは名字で呼ぶのに、名前だけ名前で呼ぶ理由…知りたい?」


つい先ほどまでは可愛いと思えていたはずの笑顔が、今はやけに大人びて見えた。たまに垣間見せる菅原先輩の真剣な眼差しが、今は私に注がれていて思わず目を逸らしてしまう。
確かに、どうして私のことは名前で呼ぶんだろうとは思っていた。名前って呼んでいい?ときかれた時は何とも思わなかったし、てっきり誰とでもそういう距離感で接することができるフランクなタイプなのかと思っていたのに、蓋を開けてみれば名前呼びは私だけだったと気付いた時には、なかなかの衝撃を受けた。


「理由…あるんですか?」
「ちなみに俺が名前で呼んでる女の子、名前だけ」
「…なん、で…」


そんなことを言われたら期待してしまう。菅原先輩も私のことを好きなんじゃないかって。
そっと、菅原先輩が私の髪を梳く。私はびくりと肩を跳ねさせて、ゆるりと菅原先輩へと視線を向けた。一体何をするんだ。そんな抗議の意味を込めて送った視線は、あまりにも柔らかく笑う菅原先輩の顔を見た瞬間、毒気を抜かれてしまう。


「名前、分かりやすすぎ」
「…え、」
「俺のこと、見すぎだべ?」
「な…っ!?」


菅原先輩を目で追っているという自覚はないのだけれど、見られている本人がそう言うのならそうなのだろう。無意識の内に、私は自分の想い人である菅原先輩を見つめていたようだ。
つまり、菅原先輩には既に私の気持ちがバレているということになるのだろうか。…恥ずかしい。それを分かった上での先ほどの行動ということは、遊ばれているということなのか。いまだに笑みを絶やさぬ菅原先輩の真意は全く読み取れない。


「もしかして遊ばれたとか思ってる?」
「違うんですか」
「もっと自分に自信持っていいのに」
「そんな、こ、と…っ、」
「俺だって特別な子のことしか名前で呼ばない」


ふわりと引き寄せられて頭が落ち着いたのは菅原先輩の胸元。どくどくと脈打っているのは私の心臓か、菅原先輩の心臓か、はたまたその両方か。


「ごめん。なんとなく気付いてて、様子窺ってた。名前の反応が可愛くて」
「かわ…いい…って、」
「名前のことが好きだから、俺と付き合ってくれる?」


頭上から降ってきた信じられないセリフに、本気なのかと真意を問うべく菅原先輩を見上げれば、やっぱりそこにあるのは私が大好きになった笑顔だから。私の返事なんて、もう決まっている。


「分かってるんじゃないんですか?」
「分かってても名前の口から聞きたいんだけど」
「そんなの…良いに決まってます」


よかった。呟くように落とされた言葉と、今まで見たこともないような幸せそうな笑顔に、胸の辺りがほかほかと温かくなる。
マネージャーとしてだけでなく、彼女として。これからはもっと菅原先輩の力になりたい。清水先輩のところに行こうと思っていたことなどすっかり忘れて、私は菅原先輩と甘ったるい時間を堪能しながらそんなことを考えるのだった。
ゆるゆると手繰り寄せた赤い糸

mire様より「2年生大人しめマネ、両片思い、気持ちに気付いている菅原が意地悪する、最終的に告白」というリクエストでした。意地悪も告白も中途半端な感じで申し訳ないです…菅原難しい…。精進します…。この度は素敵なリクエストありがとうございました!
2017.06.13


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