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※社会人設定


珍しいな、とは思った。平日の夜、急に、話があるから会いたいと連絡をしてくるなんて。付き合いは長いけれど、徹の方から会いたいと言ってくること自体、珍しいような気がする。
もしかして何かあったのだろうか。そんな一抹の不安を覚えながら待ち合わせ場所であるビルを目指す。そこにはモデル顔負けのルックスを持ち合わせ壁に背中を預けて立っている徹の姿があって、一瞬近付くのを躊躇ってしまった。今更だけれど、なんでこの男は私なんかと付き合っているのだろう。そう思わずにはいられないほど、徹は完璧な人間だ。


「お待たせ」
「あ!お疲れ様。ごめんね、急に呼び出しちゃって」
「ううん…それより話って…」
「それは後でゆっくり話すから、夜ご飯、食べに行こう?」


ふわりと笑った徹は、流れるような動作で私の手を攫って指を絡める。いつも思うことだけれど、ほんと、女性の扱いに慣れてるよなあ。絡めた指からじんわり伝わる熱に心地よさを覚えながら他愛ない話をしつつ歩いていると、着いたよ、と立ち止まった徹に倣って足を止める。え、ここって…。


「ホテルじゃん…」
「そうだよ?ここの最上階のレストラン。予約してあるから」
「えっ、待って、私こんな格好で…!」
「良いから着いて来て?」


焦る私をよそに、徹はぐいぐいと手を引いてホテルの中に入っていく。まさかこんな良いところのレストランにくたびれたスーツ姿で行くことになるとは思わなかった。というより、なんでこんなお店を選んだんだろう。今日は何かの記念日だっただろうか。
必死に思い出してみても、お互いの誕生日でもなければ付き合い始めた日とか、そういう記念日でもない。私には徹の考えていることがさっぱり分からなかった。


「お願いします」
「はい、お待ちしておりました」
「へ?え?徹?」
「良いレストランに行くんだから、ドレスコードしてもらっておいで」
「え、ちょ…!」
「どうぞこちらへ」


徹の手が離れたかと思ったら、にこやかなホテルスタッフさんらしき人とともに小さな部屋に押し込まれ、益々何が何だか分からない。確かに、良いレストランに行くのにドレスコードが必要だという意見には同感だけれど、こんなにもスムーズにしてくれるものなのだろうか。
頭を悩ませている間に、私は化粧をし直され、髪を綺麗に結い上げられ、綺麗なオフホワイトのワンピースを着せられていた。鏡に映る自分はまるで別人みたいで、ほう…と見惚れてしまうほどだ。さすが、プロは違う。


「とってもお綺麗ですよ」
「あの…この服って…」
「名前」
「とお、る…」
「うん。やっぱり、すごくよく似合ってる」


名前を呼ばれて振り返った先には私と同じようにドレスコードした徹が立っていて、それがまたなんとも様になっているから言葉を失ってしまう。行こうか、と手を取られて一歩を踏み出せば、気分はすっかりお姫様だ。本当に、一体何事だろうか。
最上階に向かうエレベーターの中、徹に一体どういうつもりなのかと尋ねてもはぐらかされるだけ。あっという間に着いたレストランは、あまりに煌びやかすぎて尻込みしてしまった。
通された席は夜景が見える窓際の特等席。ここ、どれぐらいの値段なんだろう。今更ながらにお財布事情が心配になってきた私は、カード払いでいっか、などと現実的なことを考えていたために、徹に何かを言われたようだけれど聞き逃してしまった。


「ごめん、何?」
「食べたい物ある?ってきいたんだけど…適当に頼んでも良い?」
「うん。任せる」


こういうところでスマートにお酒と料理を頼んでしまえる徹は、本当に頼りになるし素直にカッコいいなと思う。ドレスコード効果も相俟って、今日はまた一段とキラキラして見えるから目の毒だ。
さすが高級ホテルのレストランというだけあって料理は絶品で、なかなかの量だったにもかかわらずデザートまでペロリとたいらげてしまった私を、徹は終始にこやかに眺めてくれている。それがどうにも居た堪れない。
私は口元をナプキンで拭いながら唐突に思い出した。今日、突然会いたいと言ってきた理由は、私に何か話があるからだった筈だ。


「徹、そういえば話って何?」
「ああ…そのことなんだけどね」


優雅にワインを一口飲んでから勿体ぶったように言葉を途切れさせる徹は、なんだか少し緊張しているような、それでいて楽しそうな、よく分からない表情をしている。


「俺、転勤することになっちゃったんだ」
「え…どこに……?」
「うちの会社、海外にも支社があってさ。まだ少し時間はあるんだけど、夏以降ニューヨーク支社に行くことになった」


ニューヨーク。私はその単語を聞いて、ただ固まることしかできなかった。国内なら大抵のところは会いに行こうと思えば行けなくもないし、そっか…頑張れ、って素直に応援することができただろう。
けれど、徹が行ってしまうのは海の向こうの見知らぬ土地だ。海外に転勤するなんて、そんなこと全く予想だにしていなかったし、遠距離恋愛するには、きっと遠すぎる。
そこまで考えたところで徹が今日話したがっている内容が何なのか悟ってしまった私は、俯くことで現実から目を逸らそうとした。転勤するから、別れてほしいって。今からそう言われるに違いない。最後だから、こんな特別な場所で食事をしてくれたんだ。
今日の出来事には全て合点がいったけれど、そういうことなら何も察したくなかった。徹の口から紡がれる別れの言葉なんて聞きたくない。できることなら、耳を塞いでしまいたい。けれど残酷なことに、徹はいつもより何倍も優しい声音で私の名前を呼ぶから。私は、その音を拒むことなんてできなかった。


「海外に行っちゃったら今までみたいに会えないし連絡も頻繁には取れなくなると思う」
「…うん、」
「時差だってあるし、いつまで向こうにいなきゃいけないか分かんないしさ」
「…う、ん…、」
「だから、」


そこで不自然に言葉を切った徹は、もう1度、それはそれは大切そうに私の名前を呼んだ。名前、顔上げて?
とびっきり甘い音色が、逆に涙腺を緩ませる。そんなの、無理だよ。だって徹の顔を見たら、必死に堪えている涙が零れ落ちちゃいそうだもの。
頑なに俯いたままの私に、徹の視線が注がれているのをひしひしと感じる。無言の圧力に耐えかねて観念したようにゆっくりと顔を上げれば、そこには相変わらず整った顔の徹が笑っていた。


「一生、俺について来てくれる?」
「………へ、」
「これでも結婚しようって言ってるつもりなんだけど」


これは夢なのだろうか。徹が私にプロポーズしてくれるなんて、まさかそんなこと有り得ない。だって徹は、なんでもできて完璧で、私なんかじゃ釣り合わないってことはずっと前から分かり切っていたのだ。それなのに、こんな私と結婚?本当に?


「本気…なの……?」
「嘘でプロポーズするほど馬鹿じゃないよ」
「私で、いいの…?」
「俺は名前が良いんだけどな」


優しく笑う徹を見ているとじわじわと幸せがこみ上げてきて、これは夢でも嘘でもなく紛れもない現実のことなのだという実感が湧いてくる。そして、私の視界は、先ほどまでとは違う意味でぼんやりと滲んできてしまった。
どうしよう。こんなに幸せなことってない。この特別なドレスコードも、シチュエーションも、料理も、私のために徹が準備してくれた最高のプレゼントだったのだ。私をこんなに幸せにしてくれる人は、世界中どこを探しても徹だけに違いない。


「私も…徹じゃなきゃ、ダメみたい」
「良かった…無駄にならなくて」
「え?」


無駄にならなくて良かったって、どういうことだろう。不思議に思いながらも、私は徹が店員さんを呼んで何やら耳打ちしているのをぼんやり見つめる。そして暫くして店員さんが持ってきたのは薔薇の花束。


「薔薇の花って贈る本数によって意味が違うんだよ。これは24本」
「どういう…意味なの?」
「いつもあなたを想っています」
「……ありがとう」


これ以上幸せな気持ちにさせられて良いのだろうか。そう思いながらも、私は徹から花束を受け取る。そして気付いた。その花束の中に、キラリと輝くものがあることに。ほんと、どこまでキザなことしてくれるんだろう。


「……やりすぎだよ…っ、」
「一生に一度のプロポーズだもん。やりすぎなぐらいが丁度いいと思わない?」


花束の中で輝いていたそれを手に取って、私の左手の薬指にするりと嵌める徹はさながら王子様みたいで。それじゃあ私はお姫様なのかな、なんて錯覚してしまう。
いつの間に私の指輪のサイズ調べたの、とか。いつから計画してたの、とか。ききたいことは沢山あるけれど、そんなことよりも先に、今1番徹に伝えたいことは。


「大好きだよ…っ、」
「はは…、うん、俺は愛してるけどね」


薔薇の花束ごと私を抱き締めてくれた徹は、誰がなんと言おうが私だけの王子様だ。
おとぎ話をしましょう

千鶴様より「社会人及川にプロポーズされる」というリクエストでした。ひたすら王子様な及川に夢みたいなシチュエーションでプロポーズさせることができて書いている私が幸せでした笑。こんな及川と結婚したいです切実に…!この度は素敵なリクエストありがとうございました!
2017.06.08


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