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なぜ私は彼の隣にいることを許されているのだろう。最近よく、そんなことを考える。彼、というのは彼氏である黒尾鉄朗のことで、私なんかには勿体ないぐらいのハイスペックな人間だ。
見た目から言うと、変な寝癖はついているけれど顔立ち自体は悪くないと思うし、その背の高さや引き締まった身体付きは目を惹くものがある。肝心の中身はというと、意地悪で胡散臭いところはあるけれど、なんだかんだで面倒見が良くていざという時には頼りになるし優しい…と思う。それから、人のことをよく見ていて、小さな変化にも即座に気付いてしまうという特殊能力みたいなものを持ち合わせている。
しかも鉄朗は、強豪と謳われているうちの男子バレー部の主将まで務めているのだから、その力量というのは相当なものなのだろう。今年はついに春高に出場することも決まり、主将としての責任というのは私が想像することなんてできないぐらい大きく重たいものなのだろうと思う。
鉄朗のことを考えれば考えるほど自分の存在がひどくちっぽけな存在に思えてきて、何もできない非力さを痛感した。そしていつからか、私はバレーに集中したい鉄朗の邪魔をしているんじゃないか、このまま鉄朗の傍にいちゃいけないんじゃないかと思うようになっていた。


「名前?どした?ぼーっとして」
「あー…うん、ちょっと考え事してた。ごめん」


部活終わりの帰り道。普段なら帰宅部の私はとっくに帰っている時間なのだけれど、今日は委員会のことで遅くなってしまったから、珍しく鉄朗と帰ることになった。
私が委員会で遅くなることを見越していたのだろうか。あえてこちらからは何の連絡もしていなかったのだけれど、私が帰ろうかというタイミングを見計らったかのように、まだ学校だったらたまには一緒に帰んねぇ?と連絡してくるあたり、鉄朗は本当に気の利いた彼氏だと思う。
バレーのことで頭がいっぱいになっていてもおかしくないはずだし、むしろそうであってほしいとすら思うのに、私のことまで気遣ってくれて。それが嬉しくもあり、申し訳なくもあった。
私がいなかったら、鉄朗はもっと自分のことに集中できるんじゃないか。つい先ほどまで考えていたことを、私は再び考え始める。
すると、なあ、と。鉄朗が私の手を取って立ち止まった。必然的に歩みを止めざるを得なくなった私は、何事かと思い半歩分ほど後ろにいる鉄朗を振り返る。
辺りが暗いとは言え、それなりに近い距離なので鉄朗の表情を窺い知るには十分で。怒っているような、それでいて不安そうに歪んだ顔は、真剣そのものだ。


「どうしたの?」
「それはこっちのセリフ。今日…っつーか最近、元気ないよな?なんで?」
「別に普通だよ。…まあ進路のこととか、私でも悩むことはあるし!」


咄嗟に吐いた嘘にしては、なかなかに信憑性のある内容だったと思う。実際、進路のことではそれなりに頭を悩ませているし、間違いではない。ただ今はそれよりも、鉄朗との関係のことが気がかりなだけだ。
私は不自然に思われない程度に目を逸らしながら、頬にかかった髪を耳にかける。


「うそ。他に悩んでること、あるだろ」
「ないってば」
「……分かった。名前が言いたくねぇならもう聞かねぇ」


鉄朗は、ふぅ、とひとつ息を吐くと、真剣だった表情を緩ませる。そして、掴んでいた手をするりと滑らせて自然な流れで指を絡ませてきたかと思うと、再び歩き出した。
きっと納得はしていない。けれど、無理矢理問い質すようなことはしてこない。そういう優しさですら、今の私には重すぎて。絡んだ手から伝わる鉄朗の温もりを噛み締めながら、私は、いつこの手を離すべきかと思い悩むのだった。


◇ ◇ ◇



「名字と別れたの?」
「はあ?そんなわけねーだろ。夜っ久ん、俺に喧嘩売ってる?」
「いや、最近クラスでもあんまり話してねーし、なんとなく気まずそうな雰囲気じゃん?名字に冗談で、別れたのかよーってきいてみたら否定しなかったし…」
「……なんだよそれ」


クラスメイト兼うちのバレー部の大切なリベロ様がふざけたことをきいてきたので明から様にイラついた態度を取ってしまったけれど、その後に続いた発言を聞いて、怒りよりも不安と落胆の方が勝ってしまった。
最近名前の様子がおかしいことには気付いていたから本人にそれとなく探りを入れてみたけれど、何も答えてくれなかった。と言うより、答えてはくれたけれど本当のことは言ってもらえなかった、と言った方が正しいだろうか。
何かを隠しているということはすぐに分かった。名前本人は気付いていないだろうけれど、名前は嘘を吐く時、髪を耳にかける仕草をする。あの時も、名前はその動作をして見せた。
いくら俺が彼氏だからと言って、全てを曝け出す必要はないし、名前が言いたくないならきくべきではない。そう判断した俺は、それから敢えてその話題には触れないようにしていた。ただ、あの日を境に、何となくではあるけれど名前が俺を避けているような気はしていたから、嫌な予感がしたのだ。何か良からぬことを考えているんじゃないかって。


「今日の昼のミーティング、明日でも良いと思うけど?」
「…人の心の中読むの、やめてくんない?」
「黒尾がそんなに分かりやすい反応すんの、名字のことだけだろ。海には俺から伝えとく」
「そりゃどーも」
「貸し1な」
「今回は仕方ねーな」


夜久に貸しを作ってしまったのは癪だが、今回ばかりは仕方ない。そりゃあ今の時期バレーは最優先事項ではあるけれど、名前のことだって同じぐらい大切だ。たぶん名前は、そんなこと分かっちゃいないんだろう。だから、こんな馬鹿なことをする。
俺は朝のSHRの始まりを告げるチャイムが鳴り響く直前、スマホに指を滑らせると、名前へとメッセージを送った。


◇ ◇ ◇



鉄朗から話がしたいと連絡を受けて呼び出されたのは、昼休憩は静かな部室棟の前だった。本当は何か理由をつけて断ろうかとも思ったのだけれど、一方的に距離を置くには限界があるだろう。
私は、覚悟を決めていた。鉄朗の邪魔にはなりたくない。だから、別れようと。元々、私には勿体なさすぎる彼氏だったのだ。今まで付き合えていたことが信じられないぐらい。


「名前」
「ごめん、昼ご飯食べるの時間かかっちゃって…」
「別にそんなこと気にしねーって。それより時間ねぇから単刀直入に言うけど、」
「あのね、鉄朗…、」
「俺は別れる気なんてねぇからな」


別れよう、と。口から零れそうになった言葉を慌てて飲み込む。いつもそうだ。思考を先読みしたかのような言動に、私は良い意味で振り回されてばかりで。今も、困ったように眉尻を下げて笑う鉄朗に、何も言い返すことができないでいる。
その反応を見ただけで、鉄朗には私が何を言おうとしていたのか分かってしまったのだろう。はあ、と大袈裟に溜息を吐くと、私の顔色を窺うように見つめてきた。


「俺のこと、嫌いになった?」
「そんなわけない…!」
「じゃあなんで別れようって思ってたワケ?」
「それ、は……、」


言葉を濁す私を責めることなく、言ってみ?と優しく続きを促してくる鉄朗に、凝り固まっていた感情がほろりほろりと解けていくのが分かった。鉄朗は私の心を溶かすのが本当に上手で。言い淀んでいたことが、ゆっくりと音になっていく。


「鉄朗は今、キャプテンとして、部員として、バレーに集中しなきゃいけないでしょ…?だから私みたいな何の力にもなれない彼女なんて邪魔なだけじゃないかなって…思って…」
「まあそんなことだろうとは思ってたけど…ほんと、名前は分かってねーなぁ…」


恐る恐る紡いだ言葉達を大切に拾い上げてくれた鉄朗は1人でそうぼやくと、私に向かって手招きをしてきた。2人の間にある僅かな距離を埋めるべく、こちらへ来いと、暗に言ってきているのだ。
私はその動作に吸い寄せられるように歩みを進める。そして、鉄朗の目の前まで来た私を、ふわりと抱き竦める大好きな体温。服越しにも伝わるその温度に、なぜか勝手にじわりと涙が滲む。


「邪魔なわけねーだろ、ばーか」
「っ…でも、私、何もできないし…、」
「名前は俺の傍にいるだけでいーの」
「でも…っ、」


言い返そうとした言葉は鉄朗の口に塞がれてしまって飲み込まざるを得なかった。唇が離れた直後、私の口元にすっと伸びてきた長い鉄朗の指。


「でも、は禁止。あと、カッコ悪ィから1回しか言わねーけど、」


頼むから俺から離れんな。
私の口元に当てていた指を離して少しバツが悪そうにボソリと落とされたセリフは、私にとってこの上ない殺し文句で。そんなの、全然カッコ悪くないよ。
私は本当に傍にいることしかできないけれど、それだけでも良いと言うのなら。こんな私でも鉄朗が必要としてくれるなら。まだ隣にいても、いいのかな。
控えめに鉄朗の背中に腕を回してみる。すると、当たり前のように抱き締め返してくれたから。ごめんね鉄朗。あなたの優しさに、もう少し甘えさせてください。
ゆりかごで安楽死

oboro様より「春高全国出場校主将の黒尾の隣にいるのはふさわしくないと思い離れようとするお話、切甘」というリクエストでした。切ない要素が強すぎたかなとも思いましたが、いかがだったでしょうか?この黒尾、ちょっと優男すぎますね。私の理想を詰め込んでしまいすぎた感が否めない…笑。この度は素敵なリクエストありがとうございました!
2017.06.03


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