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※社会人設定


私の働いている会社は割と大きな企業だ。私は主に会計処理を担当している部署に配属されていて、月初めと月末はそこそこ忙しいけれど、そこまでハードな仕事内容ではないし残業もほとんどないから、恵まれているなあと思う。
今日も今日とて、私はパソコンの画面と数字の羅列とを交互に睨めっこしながら仕事に勤しんでいた。今日はかなり落ち着いているし、定時退社できそうだな。そんなことをぼんやり考えていると、背後から突然ばさりと、私の眼前に紙の束が差し出された。恐る恐る振り返れば、そこには見知った顔。


「…これは何でしょうか」
「見れば分かるだろ。今日の仕事。追加入力分」
「これ全部?」
「当たり前のこといちいち聞いてくんな」


相変わらず辛辣な言葉を投げかけてきたのは、他部署の同期である国見だ。国見はいつもやる気なさそうなくせに営業成績は上位らしく、上司からも意外と可愛がられていると聞いた。国見のことだから媚を売ったわけではないだろう。となると、なぜこんなに愛想ない奴が可愛がられるのか、甚だ疑問である。
私は渋々国見の手から書類の束を受け取ると、無言で入力作業に戻った。定時退社できそうだったのに、今日は珍しくも残業することになってしまいそうだ。国見め。恨むぞ。
カタカタとキーボードを叩く私の背後にはまだ人の気配がするから、国見がいることは分かっている。けれど、誰かさんのせいで忙しくなってしまった私は、その存在を無視して入力作業を進めていた。…が。さすがにいつまでも無言で仕事風景を眺められているのは居た堪れない。


「まだ何か用があるの?」
「いや。別に」
「じゃあなんでここにいるの?気が散るんだけど」
「名字が真面目に仕事してるの珍しいから」


なんと失礼なことを言うのだろう。私はこれでも真面目且つ優秀な社員として上司にも認められている。そもそも、他部署で働く国見が普段の私の仕事ぶりを把握できるわけないじゃないか。
国見は前々から、なぜか私にだけは輪をかけてひどい言葉をぶつけてくる。同期とはいえ、ここまで冷やかな態度を取られているのは私だけだと思う。最初の頃は、何か恨まれるようなことでもしてしまったのだろうかと不安になっていたけれど、月日を追うごとに、こんな理不尽な扱いあるか!と思うようになった。
しかも納得できないことに、この国見という男は密かに女性社員の中で人気だったりする。確かに、悔しいけれど国見は綺麗な顔立ちをしていると思う。私以外の女性同期曰く、国見君はイケメンっていうより美形だしミステリアスで草食系男子っぽい感じがそそられる!のだそうだ。まあ草食系っぽいのはなんとなく分かるけれど…そもそも国見は恋愛なんてするのだろうか?彼女とべたべたいちゃついている国見なんて想像できない。
そんなどうでもいいことを考えている間に、国見はいつの間にかいなくなっていた。まあいい。これで仕事に集中できる。私は頭を完全に仕事モードに切り替えると、残業を阻止すべく猛スピードでキーボードに手を滑らせるのだった。


◇ ◇ ◇



結果的に言うと、残業は阻止できなかった。ゆえに私は、にこやかに定時退社をキメこんだ同僚達を恨めしそうに見送って1人で今もパソコンに向かっているわけなのだけれど。それももう、最後の1ページ分を入力すれば終わる。昼間から酷使している指先に鞭打って、ラストスパートと言わんばかりに数字を打ち込んで。


「終わった…!」
「遅すぎ」


思わず漏れた独り言に不愉快な言葉が返ってきたので振り向けば、そこには入口近くの壁に背中をあずけて腕組みしている国見の姿があった。なんでこんな時間に国見が?という疑問は生まれるものの、私は先ほど投げ捨てられたセリフの方が気になって顔を顰める。遅すぎって。これでも超高速で終わらせたんですけど。ていうか、残業することになった原因を持ってきたのは他でもない国見なんですけど。もはやこんな理不尽な扱いが当たり前となっているのが悲しい。
国見はとても気怠そうに壁から身を起こすと、私のデスクにゆっくりと近付いてくる。そういえば2人きりって初めてだな。だからどうってわけでもないけど。キャスター付きの椅子をくるりと回しパソコンに背を向ける形で国見をぼーっと眺めていると、思いのほか至近距離に迫られていて驚いた。え、待って、なんか、ほんとに近いんだけど。
ドン、と。国見が長い腕をデスクにつくものだから、椅子に座ったままの私は、のけ反るようにデスクの方へと身を倒さざるを得ない。壁ドンならぬ机ドン。聞いたことないけど、そんなことはどうでもいい。当たり前のことながら今までこんなに近くで国見の顔を見ることなんてなかったから、改めてまじまじと見つめてみれば、なるほど、美形というのは間違っていないかもしれないなと妙に冷静な分析をしていた。
内心は、不覚にも、ドキドキ。国見にドキドキさせられる日がこようとは誰が想像していただろうか。


「あ、の…国見…?どう、したの…?」
「お前こそ。何動揺してんの?」
「だって、近いし…、」
「嫌なら逃げれば?」


逃げるってどうやって?そんなことを考えたのはほんの一瞬。だって私、この状況にドキドキするばかりで、嫌だなんて微塵も思っていない。微動だにしない国見と、どうしたらいいのか分からず固まるしかない私。そもそも、なんでこんなことされてるんだろう。


「逃げないわけ?」
「…逃げなかったら、どう、するの、」
「さあ?逆にきくけど、どうしてほしいの?」


私と国見はただの同期で。それ以上でもそれ以下でもない関係だし。会えば口喧嘩みたいな会話の押収で色気もそっ気もない。けど、今の状況は、まるで男女の関係みたいじゃないか。いや、国見は男で、私は女なんだからそんなの当たり前なんだけど、そういう意味じゃなくて。私はこの瞬間、初めて国見を男として意識した。


「なんで国見は…こんなこと、してんの?」
「草食系」
「は?」
「この前、廊下で聞こえてきた」


それは昼間にも思い出していた女性同期との会話。うろ覚えではあるけれど、私はその時、草食系っぽいのは分かるー、とかなんとか言ったかもしれない。まさかそれを当の本人に聞かれていたとは思わなかったけれど、そんなことを気にするようなタイプじゃなさそうなのに。もしかして、それがお気に召さなかったからこんなことをしているだけなのだろうか。だとしたら、いまだにドキドキしている私はただの馬鹿だ。


「俺、たぶん草食系じゃないし」
「そう、なんだ…」
「言っとくけど、こんなこと誰にでもするわけじゃないから」
「…え、と、よく…意味が…」


国見の綺麗な瞳が私を捉える。逸らしたいのに逸らせない。国見のこんな真剣な表情、私は知らない。元々近かった距離が更にぐいっと詰められて、思わず目をぎゅっと瞑る。けれど、いつまで経っても予想していたことは起こらなくて恐る恐る目を開けると。ばかじゃないの、と。額にデコピンを食らわされた。地味に痛い。
それを合図に、なんとなく漂っていた甘い雰囲気は一蹴され、国見はデスクから手を離して私との距離を取った。安心するべきところなのに、この喪失感は一体何だろう。


「キスされるとでも思った?」
「ち、違うし…!」
「するわけないだろ」
「…そんなの、分かってるもん」


遊ばれた。それが分かってしまった途端、なぜか鼻の奥がツンとして。ああそうか、私は国見のことが結構好きだったんだなと、認めざるを得なかった。だからあんなにドキドキしたし、遊ばれたと分かって傷付いたんだ。
俯いている私の頭上で、国見がわざとらしく大きな溜息を吐く。何に対しての呆れなのか。次に言われるであろう憎まれ口を心して待っていると、くしゃりと頭を撫でられた。


「今は、しない」
「……今は、ってことは…、え、え?」
「そんなことよりお腹すいたんだけど」


行くよ、なんて言って私の腕を引く国見。これは照れ隠しだと思ってもいいのかな。期待しちゃってもいいのかな。いまだにドキドキと五月蠅い心臓が、全ての始まりを告げているような気がした。
フォアシュピールが聴こえる

おざわ様より「同い年の社会人か大学生で、ロールキャベツ男子国見にドキッとさせられる」というリクエストでした。ロールキャベツ男子って何ですか笑。ドキッというよりドキドキにしかなりませんでした…ごめんなさい…国見難しすぎて迷走しかしてない…。けど、ちょっと攻め気味な国見を書くのは楽しかったです!この度は素敵なリクエストありがとうございました!
2017.05.29


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