×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

※社会人設定


いつからだろう。夜ご飯をコンビニ弁当で済ませるようになってしまったのは。帰りが遅くなるのが当たり前になりすぎて、毎週金曜日1人で飲み歩くのがお決まりになってしまったのは。
20代も後半に差し掛かったこの歳になって、彼氏も作らずお1人様を満喫している私は、はたから見ればきっと寂しい女なのだろう。これでもオンモードの時の私はそこそこ綺麗だと言われるし、1人で飲みに行くと割と高確率でナンパをされる。つまり、見た目は特に問題ないらしく。何が問題かというと、オフモードになった時の私の酷さにあるのだと思う。
オフモードの私は、所謂、干物女ってやつだ。基本のスタイルは、よれよれのジャージで缶ビール片手にサキイカと柿ピーを貪る。料理はここ数年でほとんどしなくなってしまったし、暇さえあれば寝ているという、女としてあるまじき惨状だ。
いくら容姿を着飾っていても内から滲み出す干物女臭みたいなものがあるのだろうか。付き合いはすれど長続きはせず、すぐに別れるパターンが定着化してしまった。自分でもかなり無理をして付き合っているという自覚があるだけに、長続きしないのは仕方がないかと諦めていたりもするのだけれど。いつかは、こんな私でも受け入れてくれるような人と巡り会いたい。そんな夢みたいなことを望んでいる私は、どうやら心だけが大人になりきれていないようだ。
今日は待ちに待った金曜日。どこか素敵なお店はないかとフラフラ歩いていると、大通りに面した、普段ならスルーしてしまうような細い道に目がいった。吸い込まれるようにしてそちらへ歩を進めていくと、雑居ビルの地下にバーを見つけて足を止める。
最近お気に入りのバーが移転してなくなってしまったばかりだし、気になるから行ってみようかな。そんな軽い気持ちで階段を降りていくと、カランと控えめに音を立てた扉のベルが、私を招き入れてくれた。
内装を見る限り、私はどうやら良いお店に巡り会えたらしい。隠れ家的なバーなのだろう。お客さんはそれほど多くない。私はカウンターの空いた席に腰を下ろした。


「名字、じゃね?」
「え?…え!まさか、黒尾…?」


カウンターの向こう側に立つすらりとしたバーテンダーは、高校時代の面影を残した懐かしい同級生で。まさかの再会に、心臓がドクンと大きく脈打った。
黒尾。高校時代の同級生。そして、私の好きだった人。淡い記憶が蘇って、チクリと痛む胸。大人っぽさが増した黒尾をマジマジと見つめていると、切れ長の目が私を捉える。ゆるり。微笑む表情は、あの頃よりも幾分か艶やかになったような気がしてドキドキしてしまう。


「元気そうじゃん。まさかこんなとこで会えるとはな」
「そうだね…ここ、黒尾のお店なの?」
「まあな」


数ヶ月前にできたばかりだというこのお店は、改めて見ると細部までこだわっていることがありありと分かって、黒尾のセンスの良さが窺えた。 脱サラしてやりたいことをやろうと決めてから勉強して、漸くこの店を手に入れたんだ、と。そう話してくれた黒尾は、なんだかとても楽しそうでひどく羨ましい。
私、何やってんだろう。頼んだお酒をちびちびと飲みながら自己嫌悪に陥る。今の仕事に充実感を覚えていないわけではないけれど、好きなことを好きなようにやっている黒尾を目の当たりにすると、自分が燻んでいるような気がして。無意識のうちに零れていた溜息を、黒尾は見逃さなかった。


「悩みなら聞きますよ?お客サン?」
「…黒尾に悩みを相談する日が来るとは思わなかったよ」
「……そういえば昔は馬鹿な話しかしてなかったもんな」


昔、とは。間違いなく高校時代のことをさしているのだろう。馬鹿ばっかりやっていたあの頃。私は黒尾に恋をしていた。そして、呆気なく玉砕した。
宿題を出されたテキストを忘れてしまった私は、慌てて放課後の教室に向かっていた。そこで耳にした、忘れもしない会話。


「黒尾は名字のことが好きなんじゃねーの?」
「は?違ぇよ」


たったそれだけのやり取りだった。誰と話しているのかは知らないが、黒尾が私のことを恋愛対象として見ていないということだけは分かってしまって。私は想いを寄せている人に気持ちを伝えられぬまま、失恋してしまったことを悟った。
黒尾は私がその場にいたことを知らない。だからその会話を聞いた後も、私は卒業まで黒尾と付かず離れずの距離を保ち続けていた。勝手にフラれて、けれどズルい私はそのことから目を背けて黒尾の傍に居続けた。なんともみっともない過去である。


「…私、さぁ…いつも後悔してばっかりな気がするわ…」
「急にどした?」
「んー…なんとなく。仕事も、もっと他にやりたいことあるはずなのにずるずるここまできちゃったし。大学も適当に決めちゃったし。もっと…自分に素直になってみても良かったのかなって」


後悔。黒尾にちゃんと告白できなかったこと。いつまでも黒尾のことを引き摺っていたわけじゃない。けれど、いざ目の前に黒尾が現れると、燻っていた感情が再び燃え上がってしまいそうで怖かった。
お酒の力というのは凄くて、シラフならなかなか言えないこともスラスラ言えてしまう。こんな弱音を吐いたことなんて、社会人になってから一度もなかった。その弱音を吐く相手が黒尾だなんて、想像もしていなかったけれど。


「後悔してるってことは、これからどうすりゃ良いかも分かってるってことじゃねーの?」
「…黒尾は…大人になったね」
「そうか?何も変わってねーと思うけどな」


他のお客さんの対応をしながら、器用に私のくだらない愚痴にも耳を傾けてくれる。それが仕事の一環だとしても、黒尾と過ごす時間はなんとなく心地よくて。気が付けば時刻は日付を跨ごうとしていた。知らず知らずの間にお酒も進んでいたようで、なんとなくふわふわする。
外では基本オンモードの私は、間違っても飲み過ぎたり酔い潰れたりしたことはない。それがどうしたことだろう。黒尾に再会したという熱に侵されて、どうやら今日に限って飲み過ぎてしまったらしい。とても、眠たい。


「そろそろ…帰る。お会計…」
「もしかして酔ってる?」
「んーん。だいじょーぶ」
「…大丈夫なやつはそんな眠そうな目しねーと思うわ」


カバンから財布を取り出す手付きも覚束ないけれど、タクシーをひろえば家には帰れるだろう。黒尾の前ではしたない姿を見せたくなくてどうにか気丈に振る舞って見せるけれど、はあ、と溜息を吐かれてしまえばその努力は無意味だったらしい。きっと、良い歳して自己管理もできない私に、呆れてるんだ。


「悪い、調子に乗って飲ませすぎたな」
「私が勝手に飲んだんだし…黒尾のせいじゃ…、」
「そこで寝てていい。店終わったら送るわ」
「え、いや、それは!いい!大丈夫!」


先ほどまでの睡魔はどこへやら。久し振りに再会しておいてそんなことまでお願いするわけにはいかないと、私の中のなけなしの理性がフル活動する。これ以上、かつての想い人に幻滅されたくない。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、黒尾は困ったように笑う。どくり、どくり。お酒のせいで元々速かった鼓動が、更に速度を増す。


「これは俺のワガママなんだけど」
「ワガママ…?」
「もう少し、俺に付き合ってくんない?」


私に気を遣わせないためだろう。そんな風に言われたら断ることなんてできなくて。なんでこんなに優しくしてくれるんだろう、とか。誰にでもこんなことしちゃうのかな、とか。疑問は沢山あるけれど、私はカウンターの隅の席で、大人しく睡魔に身を委ねることしかできなかった。


◇ ◇ ◇



本当に偶然、久し振りに再会したかつての同級生は、驚くほど綺麗になっていた。元々密かに人気があるやつではあったが、まさかここまで成長していようとは。後悔ばかりしていると話していたけれど、俺が見る限り名字はなんだかんだで充実した日々を送っているように感じた。
ふとした瞬間に見せるふにゃりとした笑顔は昔のままだけれど、カクテルを口に運ぶ一連の動作はひどく大人びていて。俺は、懐かしさも相俟ってついつい酒をすすめすぎてしまった。
もう少し一緒にいたいと思ってしまったのはなぜだろう。酔った名字を1人で帰らせるのが心配だったというのは勿論あるけれど、それとはまた別の感情があることも事実だ。
あどけない名字の寝顔を見て思い出すのは、放課後のやり取り。部活に向かう俺を引き止めてわざわざクラスメイトがきいてきたのは、黒尾は名字のことが好きなんじゃねーの?という、なんとも唐突な確認事項。咄嗟に否定した俺の判断は、果たして正解だったのだろうか。
正直なところ、名字のことは可愛いなと思っていたけれど、あの頃の俺はバレーにしか興味がなくて恋愛云々を考える余裕がなかった。ただ、もしも名字に好意を寄せられていたら満更でもなかったのかな、なんて考えたりもして。
まあそんなご都合主義な展開あるわけもなく、高校を卒業してからは今日ここで再会するまで、名字との接点なんて全くなかった。人生とは何があるのか分からないものだ。
店を閉めて後片付けを済ませた俺は、申し訳ないと思いつつも気持ち良さそうに眠る名字を軽く揺さぶって起こす。ん…と唸り声をあげて薄っすら開いた瞳は、俺を捉えて暫くぼんやりしていた。


「くろ、お…?」
「起こして悪い。家、どこ?送る」
「寝たから酔いも覚めたし…タクシーでもひろうよ」
「金が勿体ねーだろ。それに…、」


こんなことを急に言って引かれやしないだろうか。僅かそんなことを思ったけれど、沸々と込み上げてくる感情に、俺は素直に従ってみることにした。ここで名字と再会したことには、何か意味があるのだと思いたいだけなのかもしれない。


「もう少し俺に付き合ってくんない?って、言ったろ?」
「……う、ん」
「ん。じゃあこっち」


意外にもすんなりと俺についてくる名字は、寝たおかげなのか本人の言う通り足取りもしっかりしていて確かに酔いも覚めているようだ。
店から少し歩いたところに停めてある車に辿り着くと、俺は名字に助手席に座るよう促し、自分は運転席に座る。よく考えたら再会してすぐにこの状況って、すごいことなんじゃねーの?と思いつつ、俺は微かな動揺を悟られないように車を発進させた。車内は当たり前のことながら2人きりだし、妙な緊張感が漂う。


「ごめんね…気を遣ってくれたんでしょ?」
「いや?ほんとに俺が、もう少し一緒にいたいと思っただけ」
「……いつもそうやって口説いてるんだ?」
「は?」
「なんか慣れてそうだもんね」


どうやら名字は何か勘違いしているらしく、言葉の端々が刺々しい。言っておくが、俺はそこまで女遊びが激しい方じゃない。今はフリーだが、これでも今までは普通に付き合って、普通に恋愛をしてきた。職業柄リップサービスってやつはそれなりに上手いと自負しているけれど、TPOはわきまえているつもりだ。
名字に投げかけた言葉はリップサービスではなく全て本心なのだが、きっとそれが伝わっていないのだろう。けれど、踏み込んで良いものかどうか、そもそもこの感情は恋愛に発展するそれなのか、俺にはまだ判断しかねる。


「もしかして彼氏いる?この状況見られたら怒られるよな、たぶん」
「…いないから、そこは、気にしなくていい」
「あ、そ。ここ左?」
「うん。…あの、黒尾、」


人気の少ない道路を軽快に走っていると、遠慮がちに名前を呼ばれて、ほんの一瞬だけちらりと名字に視線を向けた。運転中なのでそれ以上は無理だ。


「…また、行っても良い…?」
「いつでもどーぞ」
「話、聞いてくれる?」
「勿論。俺で良ければ」
「……それ、私以外の人にも、言ってる?」


赤信号で車を止める。ゆっくりと隣の名字へ顔を向けると、俯いて、まるで拗ねているみたいな表情をしていて、つい口元が緩んでしまった。
これは自惚れてもいいやつだろうか。察しは悪くない方だと思うのだけれど、イマイチ確信が持てない。ただ、自分自身の感情は、少なくとも名字との再会を喜んでいるしその先を望んでいるような気がした。
あの頃とは違う。バレーにしか集中できなくて、周りが見えていなかったあの頃とは、違うのだ。


「…名字にしか言ったことないって言ったら、信じる?」
「……期待、しちゃうよ?」


この信号は長い。赤信号は続いたままで、いまだに俺の顔は名字に向けられている。だから、あざとくも俺を上目遣いで見つめてくる名字の視線は、バッチリ捉えられてしまう。
ホント、大人になったんだな。そう思わざるを得ない色っぽい視線。これは果たして、策略なのだろうか。策略だとしてもそうじゃないとしても、俺が選ぶ道は決まっているのだけれど。


「良いんじゃないですか?名前チャン」
「…っ!」


俺だってそれなりに歳を重ねた。女を知らないわけじゃない。名字に余裕ぶって意地悪な笑みを傾けながら、なぜか覚えていた名前を呼んでみる。それだけで耳まで赤くした名字を見て、素直に可愛いなあと思った。


「…もう後悔しないって決めた」
「ん?何の話?」
「黒尾のこと、振り向かせてみせるから」
「はは…それは無理かなー」


意を決して言ったであろう台詞を軽く一蹴する。何に対する後悔かは知らないが、俺を振り向かせるなんてもう無理だ。驚愕から絶望に変わった名字の表情に、俺は思わずほくそ笑む。
俺、こんなに性格悪かったっけ?可愛い子ほどいじめたくなると言うけれど、そんなの餓鬼の思考だと思っていた。俺もまだまだ餓鬼だなあ、なんて思いながら俯く名字の頭をくしゃりと撫でて。


「残念ながらもう手遅れ」


弾かれたように俺を見上げてきた名字。その反応を待ってたんだけどね。
身を屈めて頬に触れるだけの口付けを。
直後、青信号に変わったので、俺は何食わぬ顔で車を発進させた。本当は名字の反応をきちんとこの目で見届けたかったのだけれど仕方がない。ただ、視界の隅にちらつく名字は明らかに動揺しているようだから。
次に車が停まった時には、ちゃんと名前を呼んで言ってみても良いだろうか。高校生よろしく、青臭い、シンプルな一言を。
キールで乾杯

おぱ様より「社会人設定、高校生の時片思いしていた黒尾と再会、高校時代1度フラれた、両視点」というリクエストでした。思っていた以上に大人な仕上がりになってしまいましたがいかがでしょうか?お互いに翻弄され合ってるくせに大人ぶる感じが書いていてとても楽しかったです!この度は素敵なリクエストありがとうございました!
2017.05.25


BACK