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※社会人設定


うちの会社は割とホワイトだと思う。残業はあるが申請すればきちんと残業代をくれるし、それでとやかく言われることもない。上司も威圧的な感じじゃないし、むしろフレンドリー。ブラック企業が軒を連ねる中、俺はかなりいいところに就職できたと思っている。しかし、だからと言って仕事が楽というわけではない。ノルマだってそれなりにあるし、忙しいことに変わりはないからだ。
俺は社会人として4年目をむかえるので、大口の仕事を任されることが増えてきた。それは同期である名字も同じようで、ここ最近はよく残業している姿を見かける。
名字は一言で言うならデキるヤツだ。新人の頃から、仕事を覚えるのは早いし、求められている以上のことをソツなくこなすし、上司から感心されていた。その上、面倒見が良いものだから去年は新人指導なんかも任されていたし、ストレスも相当溜まったことだろうと思うのだけれど、これがまた驚いたことに名字の口から愚痴や弱音は一切聞いたことがない。同期だけで何回か飲みに行ったことがあるが、その時ですら人の話を聞いているだけだったような気がする。


「名字さーん!明日のプレゼン資料って…」
「もうまとめて人数分コピーしてます。部長にも内容確認してもらったのでたぶん大丈夫だと思います」
「さすがー!助かるー!」


今日も名字はフル活動しており、自分の仕事以外のことまでこなしている。いつものことと言えばそれまでだが、あんなに仕事して疲れねぇのかな、と思いながらなんとなく名字を遠目に見ていると、不意に目が合った。
何か用?とでも言いたげな様子で首を傾げられた俺は、何でもない、という意を伝えるために首を横に振る。それだけで俺の意思は伝わったらしく、何事もなかったかのように仕事に戻る名字は、同期である俺から見ても単純に頼れるヤツだと思う。
見た目も普通に綺麗めだし、所謂、完璧という言葉がピッタリな名字だが、その日の午後、名字は珍しく何かでミスをしてしまったらしく、割と分かりやすく落ち込んでいた。別にそこまで酷いミスでもないからだろう、お咎めも受けてはいなかったはずなのに、名字はまるで自分を追い込むかのように仕事に没頭していて。気付けばちらほらと残っていた社内には俺と名字だけになっていた。


「名字、まだ終わんねーの?」
「え?ああ…急ぎじゃないんだけど、これだけ終わらせちゃいたいから。黒尾は?帰んないの?」
「誰かさん待ちだったりして」
「……私を待ってるって言いたいの?」


カタカタとキーボードを叩く手を止めて俺を見上げる名字は、怪訝そうに眉を顰めている。俺だって最初から名字を待っているつもりだったわけじゃない。けれど、気まぐれだとしても名字の様子が気になってしまったのは事実だったりする。


「いつもそうやって気ぃ張ってて疲れねぇ?」
「仕事の時は気を抜かないって決めてるから。黒尾は帰って良いってば」
「嫌ですー。帰りませーん」
「なんでよ…気が散るじゃん……」


本当に嫌そうに、けれど俺に構っている時間が惜しいのか、再びパソコンに向かい始めた名字の隣の席に、さり気なく腰をおろす。キャスター付きのくるくる回る椅子の背もたれに跨るようにして座り頬杖をつきながらじっと名字の仕事ぶりを観察している俺は、はたから見るとかなりの不審者だろう。


「黒尾。邪魔しないで」
「見てるだけだろ」
「それが邪魔してるって言うの。気になる」
「なぁ、腹へらね?」
「…人の話きいてる?」


仕事完璧主義者であろう名字でも俺の無言の圧力には耐え切れなかったのか、はたまたキリのいいところまで仕事が終わったのか。なんだかんだでパソコンの電源を落としたところを見ると、今日の業務は終了らしい。
はあ、と大きく息を吐く名字の表情は冴えない。もしかしてまだ午後の、恐らくそこまで大きくないミスを引き摺っているのだろうか。


「頑張りすぎじゃないですか、名字サン?」
「何その言い方。馬鹿にしてる?」
「してねーって。無理してんじゃねーかなってなんとなく思っただけ」


お節介ですみませんね、と茶化すように言葉を続けると、名字は一瞬目を大きく見開いて俺を見つめた後、静かに目を伏せた。いつも毅然とした態度の名字からは想像もつかない憂いを帯びた表情に、俺の胸はとくんと脈打つ。


「私も黒尾みたいに、もっと上手く仕事できたら良かったなあ…」
「ん?俺、すげー適当だけど?」
「なんていうかな、肩の力の抜きどころが分かってるっていうか。要所は締めるけど、常に全力ってわけじゃないでしょ?そういうの羨ましい」


まさか名字にそんなことを言われるとは思っていなかったので、俺は驚きのあまり押し黙る。名字は俯いて自分の手元をじっと見つめていて、泣きそうとまではいかないものの、浮かない顔をしているのは確かだ。


「いつからか分かんないけど、完璧にしなきゃって、思うようになっちゃって。仕事任されるのは嬉しいし、期待に応えたいって気持ちも嘘じゃないんだけど、頑張れば頑張るほど後戻りできなくなっちゃってさぁ…誰かに頼る方法も、もう、忘れちゃった」
「名字…、」
「今日のミスはね、1人で抱え込まずに誰かに頼ってれば起こらなかったことだって自分でも分かってるの。でも、誰にも頼れなくて、しなくてもいいミスしちゃった自分が情けなくて…私、いつからこんな風にひとりぼっちになっちゃったんだろうって思ったら…益々、強がるしか、なく、て…、」


まくし立てるように言葉を吐き出していた名字の口調が徐々に緩慢になっていき、終いには途切れ途切れになる。僅かに声が震えているのは、たぶん、俺の気のせいなんかじゃないと思う。
泣いてはいないようだが、泣く寸前、といった風の名字に、不謹慎ながら胸が騒つく。いつもテキパキ仕事をこなして、誰の前でも完璧という仮面を被っている名字が、今、俺にだけは素の表情を見せてくれている。そう思うと、嬉しいと感じずにはいられなかった。
俺は椅子から立ち上がると、ゆっくり名字に近付く。嫌がられやしないかと内心ヒヤヒヤしながらも、子どもをあやすみたいにそっと頭をポンポンと撫でてやれば、名字はぴくりと反応したものの、それ以上のリアクションはしてこなかった。


「気付いてやれなくてごめんな」
「なんで黒尾が謝るの…」
「同期代表として?こういう時、支えてやるのが同期じゃん?」
「…ありがと」


おもむろに顔を上げた名字は、ふわりと俺に笑いかけてくれて。不覚にも、ドキッとしてしまった。あ、これは、ヤバいやつだ。


「変なこと言ってごめん。今の忘れて」
「忘れねーよ。つーか、今度からもっと俺に頼れば?」
「え…いや、でも…それは…」
「仕事は今まで通りでも良いけどな、辛くなったら今みたいに言ってこいよ。幾らでも聞いてやっから」


我ながら結構攻めたことを言ったなという自覚はある。照れ隠しと言わんばかりに名字の頭をくしゃりとひと撫ですると、再び言われたありがとうというお礼の言葉。


「黒尾がいてくれて良かった」
「…やけに素直ですね、名前チャン?」
「……ダメ、だった?」


てっきり、勝手に名前を呼ぶなとか、馬鹿にするなとか、そういう強気な返しがくるとばかり思っていた俺は、不安げな表情を浮かべて俺を見つめながら弱気な発言をしてくる名字に、ゴクリと喉を鳴らした。
無意識だということは分かっている。が、普段の名字を知っているだけに、捨て猫みたいに僅か潤んだ瞳で見つめてくるのはズルいだろうと思ってしまう。


「いや…ダメじゃねーよ」
「良かった…、持つべきものは良い同期だね」
「良い同期、ね」


名字の緩んだ頬からは安堵の色が窺えるが、それとは逆に、同期という単語に自分の顔が曇るのが分かった。いや、間違いじゃないのだ。俺達はただの同期であって、それ以上でもそれ以下でもない。けれど、困ったことに俺は、そのポジションで満足できなくなってしまったらしい。


「今は、それで良いわ」
「うん?何か言った?」
「いや、何も。そんなことよりいい加減腹へった。飯食いに行くぞ」
「ちょっと、髪ぐしゃぐしゃにするのやめてよ」
「さっきは何も言わなかったろー?」


ぐしゃぐしゃと頭を撫でると、どうやら復活したらしい名字に今度は嫌がられてしまったけれど。手櫛で髪を整えているその表情は、随分とすっきりしているように見えるから満更でもないのかもしれないと期待したりして。
さて、これから先、ただの同期からどう昇進を目指すか。ひとまず今日は、もう少し名字の素顔を拝ませてもらうべく、遅めの夜ご飯に繰り出すことにしよう。
マスカレイド・エンド

りん様より「社会人黒尾と同期ヒロイン、黒尾にしか弱みを見せない、ギャップにやられる黒尾」というリクエストでした。個人的にこの黒尾、すごく好きです笑。平然を装ってるくせに内心ドキドキな黒尾、大好物なんですよね…!この度は素敵なリクエストありがとうございました!
2017.05.12


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