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初めて落ちた恋の事情08

マッキーに言われた通り、俺は早速、名字さんに連絡するのをパッタリ止めてみた。そもそも、脈なしな相手にこの作戦をしても意味がないのでは?とは思ったけれど、どうせこのまま押しても駄目なら色々試してみるのはありかなと考え直したのだ。
しかし当たり前のことながら、俺から連絡をしなくなったら名字さんとのやり取りは途絶えてしまうわけで。作戦決行から1週間経っても、名字さんからは何の音沙汰もなかった。まあ…そりゃそうだよね。うん。分かってたよ。
とは言え、勿論ヘコみまくっている俺は、この作戦っていつまで続ければ良いの?と思い悩んでいた。そんな時、思いがけず飛び込んできた報告会の知らせ。4月から取り組んできた例のプロジェクトの進行状況を確認するため、取引先企業と合同での報告会を急遽行うことになったらしい。俺にとっては願ってもない話だ。なんせ仕事と銘打って名字さんに会うことができるのだから。
というわけで、俺は今日、朝からソワソワしていた。報告会は午前中。報告会自体はちっとも楽しみではないが、名字さんに会えると思うと浮き足立ってしまって、俺は随分と早く出社してしまった。
そして訪れた待ち侘びた瞬間。久し振りに見る名字さんは俺の目には輝いて見えて、内心ではドキドキしすぎて大変だ。しかし、ここでおかしな態度を取るわけにはいかない。俺は、挨拶ぐらいするのは普通だろうと思いさり気なく近付いたのだが、名字さんは俺の存在に気付くや否や、あからさまに俺を避けて会議室に入ってしまった。
まあ…報告会前だし。色々準備もあるのだろう。そう思ってその場はなんとか自分に言い聞かせたが、その後も名字さんは見事に俺を避け続けてくれて、気付けば報告会は終了していた。時刻は間も無くお昼をむかえる頃で、今日はこのまま解散だ。
結局、名字さんとは一言も喋っていないどころか近寄ることすらできていない。これは明らかに作戦失敗というやつじゃないだろうか。マッキー…恨むよ。俺はこれでもかと落胆しながら、こんなに頑張っても振り向いてもらえないならもう諦めた方が良いのだろうかと、とぼとぼ廊下を歩いていた。
すると目の前に、名字さんの後ろ姿。周りに人はいないし、この機を逃すわけにはいかない。俺は最後の悪あがきのつもりで足早に名字さんに近付くと、その腕を掴んで近くの空いている会議室に連れ込んだ。いきなり腕を取られた名字さんは驚いて、俺の姿を確認すると逃げようと抵抗していたけれど、逃すはずがない。俺は会議室のドアに鍵をかけると、名字さんを部屋の奥へと追いやった。


「……なんですか」
「ここ誰もいないから。素の名字さんと話がしたい」
「何を今更……私で遊ぶのなんて、とっくに飽きたくせに」


名字さんは吐き捨てるようにそう言いながら、俺から視線を外した。その横顔は酷く歪んでいて、妙に胸が騒つく。遊びだなんて、まだそんな風に思われていることにショックを受けつつも、俺はやんわりと否定する。


「本気とか言って、やっぱり嘘なんでしょ」
「嘘じゃないよ。俺、何度もそう言ってるよね?」
「……でも、連絡、してこなくなった…」


横を向いていた名字さんが顔を俯かせて小さな声で呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。
ねぇ、なんでそんなに寂しそうに言うの?俺からの連絡、迷惑だって言ってたじゃん。しつこいのは嫌いだって突っ撥ねてたじゃん。
俺はじわりじわりと名字さんとの距離を詰めていく。


「連絡嫌がってたから、やめてみただけだよ。遊んでたわけでも、飽きたわけでもない」
「……うそ、つき、」
「なんでそんなに俺のこと信じてくれないの?」
「それ、は……、」


ゆっくりと近付いて、窓際まで追い詰める。名字さんは俺の言葉にも追い詰められているようで、動きが鈍い。あとちょっと。あともう少しで、きっと名字さんは素直になってくれるはず。


「俺からの連絡が来なくて、寂しかった?」
「そんなこと、ない」
「動揺してるよね?」
「…してない」
「うそつきは、どっち?」


俺は名字さんの顔を下から覗き込みながら尋ねてみた。やっぱり目を合わせてくれない名字さんからは、仕事中のような余裕たっぷりな様子は感じられない。
ここまできたら、もう一押し。ねぇ、俺に、落ちてよ。


「俺は本気で好きだよ」
「…私は、好きじゃ、ない……」
「こっち見て言って」
「………っ、」
「顔、真っ赤」


ゆっくりと視線が交わった瞬間、ぼっと赤く染まった顔は、俺をニヤつかせるには十分だった。そっと頬に触れれば、ギュッと固く目を閉じながらびくりと揺れる肩。そんなに怯えなくても良いのに。


「名前ちゃん、好きだよ」
「…こんな性格なのに?」
「うん」
「仕事中みたいに笑えなくても?」
「うん」
「裏切ら、ない…?」


恐る恐る開いてくれた瞳は、俺を捉えて微かに揺らぐ。泣きそうな、縋り付くような、そんな眼差しを向けられたのは初めてのことで、俺の心臓は信じられないぐらい暴れていた。
するり。添えていただけの手を滑らせて頬を撫でる。そんなの、当たり前でしょ。必死に余裕ぶって微笑んで見せれば、名前ちゃんはつられたように笑ってくれた。


「イケメン、苦手というか嫌いで。昔、ひどいフラれ方してから、イケメン不信というか男性不信になって」
「そうだったんだ……」
「だから及川さんなんか絶対にアウトなんだけど」
「……うん、」
「仕事以外では全然スマートじゃないし、酒癖悪そうだし、凄くしつこいから、イケメンなんかじゃないなって思って」
「……俺のことそんな風に思ってたの?」


笑ってくれたから、てっきり甘いセリフのひとつでも言ってくれるのかと思いきや、名前ちゃんの口から飛び出してくるのは俺を貶す言葉ばかりで思わぬ打撃を食らう。俺は名前ちゃんは頬から手を離すと、視線を合わせるために屈めていた身体を伸ばして項垂れた。


「そんなカッコ悪い及川さん見たら、本気だって言葉、信じたくなっちゃって、」
「え、」
「でも私、素直じゃないから今更可愛く受け入れることなんてできないし、どうしようって思ってたら及川さんから連絡来なくなるし、やっぱり遊びだったんだって思ってたのに久し振りに会ったらまた好きとか、言ってくるし、」
「…名前ちゃん、」
「もう……わけ分かんない…」


見下ろした先で俯く名前ちゃんの耳はやっぱり赤くて。ああ、可愛いなあ、なんて思ってしまった。
俺の頑張り、ちゃんと伝わってたんだ。少しずつ、近付けてたんだ。しつこく攻めて良かった。押すばっかりじゃなくて引いてみて良かった。マッキー、作戦大成功だよ。今度ラーメン奢るね。
俺はそんなことを思いながら、名前ちゃんの顔を隠す髪をおもむろに掻き上げると、いまだに揺らいだままの双眸を見つめた。


「どんな名前ちゃんも好きだよ。だから、俺のものになって?」
「浮気したら許さないからね」
「はは、うん。絶対大丈夫」
「………私も、好き、だよ、」


静かな室内に蚊の鳴くような声で落とされた言葉は、俺の胸にすうっと染み込んで。かつて感じたことのない幸福感をもたらした。両想いってこんなに嬉しいものだったっけ。今ならホント、天にも昇れそうなんですけど!
俺は幸せを体現するべく名前ちゃんを抱き締めようと腕を伸ばしたのだけれど、その腕は空を切った。なんという身のこなしだろう。折角甘い雰囲気だったのに。


「手が早いのはいただけない」
「……ハグもダメなの?」
「ダメ。それから、勝手に名前呼ばないで」
「えー…嫌?」
「私、ちゃん付け嫌い。胡散臭くて」
「じゃあ名前って呼んで良い?」
「………2人の時だけね」


どうやら思っていた以上に名前のガードは固そうだが、それはそれで燃える。これからどうやってそのガードを緩めていこうか、それを考えるだけで口元が綻んでしまう。
さて、俺が生まれて初めて落ちた恋はどうにかこうにか実を結んだようなので、ひとまずこれからは高校生みたいに、名前と手を繋ぐことから始めてみようかな。