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初めて落ちた恋の事情04

ゴールデンウィーク真っ只中の5月4日、夜7時すぎ。俺はとある居酒屋に来ていた。ゴールデンウィーク中にもかかわらず、残った仕事を片付けるために出社していたせいで堅苦しいスーツ姿で来ることになってしまったけれど、あの3人は俺の格好なんて気にしないだろう。
半個室になっているその居酒屋に入ると、威勢の良いいらっしゃいませー!の声とともに店員さんが来てくれたので、予約の松川です、と告げる。すると店員さんは、こちらですー、と奥の個室に案内してくれた。まっつんのお店のチョイスは、いつものことながらなかなかセンスがいい。


「お、きたきた」
「ゴールデンウィーク中までご苦労さん」
「相変わらずかたっ苦しい格好してんな」


入るなり、マッキー、まっつん、岩ちゃんの順に声をかけられ、一気に高校時代を思い出す。見た目はそれぞれ歳を重ねたけれど、雰囲気や口調はあの頃と何ひとつ変わらない。たぶん、3人から見た俺もそうなんだと思う。
俺は空いていた岩ちゃんの隣に腰を下ろすと、とりあえずビールを注文する。社会人成り立ての頃はあまり飲めなかったビールも、今や、とりあえず、で頼めるほど大人になった。それが果たして良いことなのかは分からないけれど。
俺が注文したビールが届いたところで、まっつんの音頭で乾杯し直す。ぐびぐびと冷えたビールを喉に流し込むと、独特の苦味とともに生き返った気分になる。なんか俺、オッサンみたいだな…あれ、アラサーってオッサン?20代はまだオッサンじゃないよね?
テーブルに並んだ料理を適当につまみながらそんなどうでもいいことを考えていると、マッキーが思い出したように口を開いた。


「岩泉、そろそろ結婚すんの?」
「は?なんでだよ」
「俺らってアラサーじゃん?そろそろ身を固める時期なのかなーって」
「まあ岩泉のところは長いもんな」
「岩ちゃん、プロポーズのシチュエーションとか考えてんの?」


マッキーの一言により、岩ちゃんはバツが悪そうにジョッキに残ったビールを飲み干す。岩ちゃん、そんなにお酒強くないはずなんだけど大丈夫かな。そういえば心なしか元気がないように見えるのは、俺の気のせいだろうか。
俺達の嬉々とした視線を受け、岩ちゃんは何かを決意したように大きく息を吐くと、とんでもないことを口走った。


「浮気、されたかもしんねぇ」
「は?」
「うそだろ」
「なんで?理由は?」
「知らねぇよ……俺がききたい…」


そう言って項垂れる岩ちゃんは、相当参っているようだった。そりゃあそうだ。なんせ5年も付き合っていて今までお互い浮気のうの字も出てこなかったというのに、結婚秒読みかと思われたこの時期にそんなことになるなんて、岩ちゃんじゃなくてもショックを受けるのは当然だろう。
マッキーはヤバイこときいちゃったって顔をしているが、遅かれ早かれ誰かがツっこんでいたことだろうから気にする必要はないと思う。そんなことより、今は岩ちゃんの浮気騒動の話をきくのが先決だ。俺達3人は前のめりになって、岩ちゃんから根掘り葉掘り最近の出来事を聞き出した。


「それってさあ…映画観た後の岩ちゃんの発言に彼女さんが傷付いちゃったってことでしょ?」
「そんなにおかしいこと言ったつもりはねぇけどな…」
「映画みたいな展開期待してたとか?」
「え、」
「それを岩泉に真っ向から否定されて傷付いたってこと?だとしても、浮気していい理由にはなんなくね?」


まっつんの言葉に固まる岩ちゃんと、ずけずけモノを言うマッキー。女心はどれだけ年を取っても男には分からないようだ。結局、岩ちゃんの彼女が本当に浮気をしていたのか定かではないということで、岩ちゃんはゴールデンウィーク明けに自分で確認することにしたらしい。さすが岩ちゃん、男前。俺なら、浮気だったらどうしよう…と思うと、なかなか確認なんてできそうにない。
岩ちゃんのカップルはなんとなく穏やかそうだし羨ましいなあなんて思っていたけれど、何が起こるか分からないものだ。なんとなく重苦しい雰囲気になってしまったのを気にしてか、今度は岩ちゃんが口を開いた。


「俺のことより、お前らはどうなんだよ」
「俺らはまあ…なあ?」
「なあ?って何?マッキーなんかあったの?」
「ねーよ」
「ほんとにー?」
「最近元カノと会ったぐらい」
「え。それって元サヤ狙いとか?」
「んー…分かんね」


マッキーはマッキーで、元カノさんと何かあったらしい。大学時代って結構昔じゃん…と、意外にも一途だったらしいマッキーに密かに驚く。なんだかんだで同窓会まで企画しようとしているあたり、進展しているのだろう。良いなあ…俺もそういうウキウキドキドキワクワクがほしい。いや、待てよ。もしかしたらゴールデンウィーク明けの打ち上げで名字さんと何かあるかもしれないし!
そんなことを考えていると、名字さんのことを考えていたのがバレたのかと思うほどドンピシャなタイミングで、マッキーが俺に話を振ってきた。


「で?及川は?」
「へ?俺は……うーん…ちょっとやらかしちゃったかなーって感じ」
「女に苦労したことないお前が?」
「まさか手こずってるとか?」
「そんなツワモノいんの?」


いるんだよマッキー。俺だっていまだに信じられない。こんなに上手くいかない恋愛なんて生まれて初めてだから。
俺の曖昧な笑顔に、冗談ではなく本気だということを悟ってくれたらしい3人は、改めて驚いていた。そして、俺を手こずらせている相手はどんな子かと興味を持ったようだ。おかげで洗いざらい話すハメになってしまったけれど、こちらも色々聞かせてもらっているので仕方ないと思うことにする。


「そんなに警戒されてるとかウケるんですけど」
「マッキー…自分がちょっと良い感じだからって馬鹿にするのやめてくれる?」
「でも確かに、想像したらウケる」
「そういうまっつんはどうなの?気になる子と進展あった?」
「そういえばそんなこと言ってたよな」
「あー。とりあえず連絡先ゲットした」
「しれっと順調そう!ずるい!」
「ずるいってなんだよ…」


俺の話題から話を逸らそうとしてまっつんに話を振ったら、まさかのダメージを食らってしまった。まっつんは昔からちゃっかり彼女を作っていたりするから侮れない。
お酒の力を借りつつそれぞれの恋愛事情を暴露しあったところで、時刻はいつの間にか夜の9時になろうとしていた。俺達、いい歳してどれだけ恋愛ネタで盛り上がってんの。女子高生じゃないんだから…。
そう思ったのは俺だけではないようで、話は自然と仕事の愚痴や高校時代の思い出話へとシフトしていった。昔の自分が今の自分を見たらどう思うだろう。ビールからハイボールに切り替えてちびちびと飲みながら、ふと、そんなことを考える。
バレー漬けの毎日で、バレーで生きていきたいなんて夢見ていたあの頃。結局、バレーに携わっているのは高校で顧問を務めている岩ちゃんだけで、俺を含む残りの3人はお遊び程度でしかボールに触れなくなった。大人になるということは、夢を諦めるということなのかもしれない。なんかそれって悲しいなあ。


「及川ー酔った?顔死んでる」
「ううん、ちょっと考え事。大人になるってヤだなーって思ってただけ」
「及川がそんなマジメなこと考えてる間に、隣の岩泉、本気で死んでるけど」
「えっ!わ!岩ちゃん!飲みすぎだってさっきまっつんが水渡してたじゃん…」


マッキーの発言に隣へと視線を向けると、テーブルに突っ伏して完全にダウンしている岩ちゃんの姿があった。岩ちゃんはそこまでお酒に強くない。本人もそれをわきまえているから、いつも自分でセーブして飲んでいる。しかし今日は珍しくハイペースで飲んでいたので、見兼ねたまっつんが水を渡していたのだが、どうやら勝手にお酒を注文して酔い潰れてしまったらしい。
あの岩ちゃんが自分で自分を制御できないなんて、かなりレアだ。それほど彼女さんのことがショックで、酒に溺れたい気分だったのかなあ、なんて勝手に思う。たぶん2人も、それをなんとなく感じているのだろう。岩ちゃんを見る2人の目は、哀れみを含んでいるな気がする。


「岩泉潰れてるし、そろそろ帰るか」
「及川ー岩泉送ってやれよ」
「えー…」
「この前、会社の愚痴言いながらベロベロに酔っ払ったお前を送ってくれたのって誰だったっけ?」
「岩泉じゃね?」
「………分かったよ…送ればいいんでしょ、送れば…」


俺達は適当にお会計を済ますと、お店を後にした。マッキーとまっつんは駅の方向に2人して歩いて行ったので、俺は岩ちゃんとともに逆方向へ足を進める。幸いにも岩ちゃんの家はここから歩いてもそれほど遠い距離ではなく、まっつんはこうなることを予測していたんじゃないか?と思うほどナイスな立地である。
ふらふらしてはいるものの以外にもしっかり歩いてくれる岩ちゃんと、岩ちゃんの家を目指す。こんな光景、滅多に見れるもんじゃないし、写メって後でネタにしちゃおうかな。そんな悪戯心が芽生えた時だった。酔っているはずの岩ちゃんが、ぼそぼそといつものトーンで呟いた。


「お前でもうまくいかねぇことがあるんだな…」
「……ああ、さっきの話ね…そりゃあるよ……絶賛悩み中」
「へぇ…」
「俺も、岩ちゃんのところは順調そうで羨ましいなって思ってたから、正直びっくりした」
「…順調、だったはずなんだけどな」
「岩ちゃんらしくないね。そんなうだうだ悩むの」
「……年取ってから臆病になったのかもしんねぇ」


そう言って自分を嘲るように笑う岩ちゃんは本当に弱りきっていて、こんな姿は初めて見るので、俺はどう言葉をかけていいか分からず、黙って岩ちゃんの家を目指して歩き続けることしかできなかった。
大人になるってことは、臆病になることなのかもしれない。先ほどとは違う「大人とは」を考えながら、街灯だけが仄暗く光る夜道を、どうしようもない大人になってしまった男2人でとぼとぼと歩く。ふと見上げた夜空は、俺達の心の中のもやもやを表すかのように厚い雲に覆われていた。