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初めて落ちた恋の事情03

俺が迂闊にもやらかしてしまった日から早2週間。4月下旬に差し掛かり、仕事の忙しさは最高潮に達していた。良くも悪くも少しぐらい何か変化があるだろうと思っていたのに、俺と名字さんの関係は驚くほど変わらない。いや、変わってないのは名字さんの方だけで、個人的に俺の方は結構変わった。
まず、合コンに行かなくなった。仕事が忙しくてそれどころではない、というのもあるけれど、それ以前の問題で、ちっとも気分が乗らないのだ。気付けばこの1ヶ月、1度も合コンに行っていない。多い時なら週に2回とか3回とか平気で参加していた俺にとって、これはある意味大事件である。
そして同時に、夜の営みもご無沙汰になった。一夜限りの関係なんてここ数年当たり前のように続けてきたはずなのに、なぜかこの3週間ほどに限っては全くといっていいほどそんな気分になれなかったのだ。ぶっちゃけ、何人かに誘われはした。けれど、その度に名字さんの顔と声が脳裏を過って、気付けば折角のお誘いを断っているのだから、俺は男としておかしくなってしまったのかもしれない。
そんな、俺にとっては大きな変化も、名字さんが気付くわけはないので、あちらから見た俺は何ら変わりないように見えるのだろう。仕事はなんとか順調だから良いものの、俺の心はずっと浮かないままだった。


「及川さん、資料の確認お願いします」
「……はい」
「急ぎです」
「……はい」


業務内容だけ簡潔に伝え、資料のみを残して去って行く名字さん。…もう慣れたけど、やっぱりヘコむ。
俺はこの2週間、名字さんをそれとなく観察していて気付いたことがある。それは、名字さんが、俺以外の人にはにこやかな笑顔を向けていることだ。確か初対面の時には俺にも可愛らしい笑顔を見せてくれた覚えがあるのだけれど、色々あってからというもの、その笑顔が俺に向けられることはなくなった。
そりゃあ警戒しているというか、俺に不信感を抱いているのだろうから、そう簡単に笑いかけてはもらえないだろうけれど、こうもあからさまだとヘコんでしまうのは仕方がない。俺、ここ最近ずっとベッコベコにヘコみまくってるんだけど、これ以上ヘコんだらどうなるのかな。


「及川さん、最近なんとなく元気ないですよねー?疲れてます?」
「まあ…色々あってね」
「もしかして女性関係ですかー?」
「んー。どうかな。微妙」


同僚の女性社員がお茶を持って来たついでに、俺の傷を抉るようなことを言ってきた。女性関係と言えばそうなのかもしれないが、もはやその域にも達していないような気がする。名字さんにとって俺はただの取引先の社員…兼、チャラチャラした嫌いなタイプの男だ。これ以上マイナスの評価って、たぶんない。
無意識の内にハア、と大きな溜息を吐いてしまった俺を見て、女性社員は少し驚いているようだった。ああ、そっか。そういえば落ち込んでるところなんて仕事中はほとんど見せたことないもんなあ。


「気晴らしに飲みにでも行きます?他の子も誘いますよ?」
「…いや、遠慮しとく。ゴールデンウィークまで時間ないし」
「そうですか…?」
「うん。ありがと。ごめんね」


俺の営業用スマイルを見て大丈夫だと思ってくれたのだろう。女性社員は、仕事がひと段落したらみんなで打ち上げ行きましょうね!と言って、俺の元を離れて行った。打ち上げかあ…名字さんも、会社の打ち上げだったら来てくれるのかな。
なんだかんだでささっとチェックした資料を手に名字さんのところへ向かいながら、俺は一縷の望みをかけてそんなことを考える。せめて1回で良いから、会社以外のところで話してみたいのだ。


「名字さん、これ。最後のページの1箇所だけスペルミスあったけど、それ以外は大丈夫」
「ありがとうございます。すぐに訂正します」
「ん、それでさ、」
「何でしょう?」
「この仕事がひと段落したら打ち上げしようかなって思うんだけど、名字さんは参加してくれる?」


言っておくが、名字さんが参加してくれないなら、俺は打ち上げなんか企画する気はさらさらない。無駄にドキドキしながら返事を待つ俺の前で、ほんの少しだけ逡巡した名字さんは、およそ3週間ぶりとなる笑顔を俺に向けてくれた。
えっ。待って。可愛い。けど、なんか嘘っぽいような?ていうかなんで急に?色々思うところはあるけれど、名字さんの笑っている姿を見るとどうでも良くなってしまった。


「お仕事の打ち上げなら、ぜひ」
「ホント?」
「ええ」
「じゃあ絶対参加ね。ドタキャンとかなしだからね」
「そんな失礼なことしません」


飲みも仕事の一環と考えているからこその営業用スマイルってやつだったのかもしれない。けれど、理由は何であれ、お堅い名字さんが緩んでくれたのだ。これほど嬉しいことはない。
正直、打ち上げの幹事とか面倒だし、普段ならうまく他の人に押し付けてしまうところだが、今回は俄然やる気が漲ってきた。今ならどんな仕事だって終わらせられるような気さえする。
どうやら俺は相当に単純らしく、その日以降は死に物狂いで働いた。全ては打ち上げのためだ。ちっとも辛くなんかない。
そうして迎えたゴールデンウィーク直前の4月末、俺達はなんとかプロジェクトの目標を達成することに成功した。これで打ち上げも大盛り上がりすることだろう。俺は打ち上げの日程調整をするべく、るんるん気分で名字さんに声をかけた。


「お疲れ様」
「及川さんの方こそ、お疲れ様でした」
「うん、それでね、打ち上げのことなんだけど。ゴールデンウィーク明けにしようと思うんだよね。都合の悪い日とかない?」
「はい。私はいつでも」


仕事がひとまず落ち着いたからだろうか。名字さんの雰囲気はどこか柔らかくなっているような気がする。俺としては少しでも早く打ち上げの席を設けたかったのだけれど、さすがにゴールデンウィーク中にお店を押さえることはできなかった。
名字さんの返答をきいて、俺はすぐさまカレンダーとめぼしいお店の情報をチェックする。2人きりでご飯に行けるわけじゃないし、なんなら打ち上げの時に会話ができるかどうかすら分からない。けれど、俺の心は急浮上していた。
早くゴールデンウィークなんか終わっちゃえば良いのに。逸る気持ちを抑えられなくて、俺はスマホでお店の情報を確認するやいなや、早々に予約の電話をかけ始めたのだった。