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密かに燃える愛の事情08

岩泉の助言を受けた俺は、名前ちゃんの勤務先の前で名前ちゃんが現れるのを待っていた。大人ぶるのはやめて、もう一度、名前ちゃんに自分の思いをぶつけようと思ったのだ。メッセージを送ってもどうせ返事はないだろうし、逃げられるのは嫌なので待ち伏せすることにしたのだが、名前ちゃんはなかなか出て来ない。夜の8時を過ぎた頃、さすがに遅すぎるだろ、と思った俺は、たまたま出てきた職員らしき人に声をかけた。


「あの、名字さんってまだいますか?」
「え?ああ…名字さんなら2日前に辞めましたけど」
「……そうなんですか。ありがとうございました」


俺は丁寧にお礼を言ってからその場を去ると、すぐさま名前ちゃんの電話番号を呼び出した。そんなの聞いてない。あんなに色々相談に乗ってあげたのに、何でも言ってと伝えていたのに、これは一体どういうことだ。
出てくれる確率は低いと分かっていても、柄にもなく感情が抑えきれなくなった俺は、コール音を鳴らし続けた。するとかなり時間が経った頃、もしもし、と。名前ちゃんの声が聞こえた。どうやら俺のしつこさに折れたらしい。


「名前ちゃんの職場に来たら、辞めたってきいて。なんで教えてくんなかったの?」
「…松川さんには、もう頼らないって決めたので」
「なんでそんなこと勝手に決めてんの」
「これ以上、迷惑かけたくないんです」
「俺、迷惑だなんて一言も言ったことないけど」


自分でも相当キツめの口調になっているという自覚はある。が、自分を頼ってもらえないことがどうにも許せなくて、いつものように冷静でいられない。


「……ごめんなさい」
「謝んなくていいから。会って話したいことがあるんだよね」
「え…、」
「今日がダメなら明日でも、明後日でも、いつでもいい。名前ちゃんの都合に合わすよ」


俺の勢いに気圧されたのか、名前ちゃんは暫くの沈黙の後、分かりました…と渋々承諾してくれて、ここからほど近い川沿いの公園で会えることになった。
俺は電話を切ると、急ぎ足でそこへ向かう。たかが女の子1人にこんなに必死になるなんて、今までの俺じゃ考えられないよなあ。何をどう伝えようかと悩みながらも、俺はやけに冷静な気持ちで、そんなことを思うのだった。


◇ ◇ ◇



公園で暫く待っていると、名前ちゃんがやって来た。その顔はとても気まずそうで、俺とは目も合わせてくれない。急にごめんね、と一応謝ってはみたけれど、名前ちゃんは、いえ…と暗いトーンで短く返してくるのみだ。


「あのさ。1回フラれておいてみっともないのは分かってるんだけど、俺、名前ちゃんのこと好きなんだよね」
「え…でも、あれは出来心だって……、」
「ごめん。あれウソ。カッコ悪いとこ見せたくなくてミエ張った」


俺が正直に伝えると、名前ちゃんは反射的になのか俺の方を見て、しかしすぐにまた俯いた。そして何やら考え込んだ後、小さな声でボソボソと呟く。


「私じゃ松川さんに釣り合わないから……」
「は?」
「初めて会った時から、松川さんは優しくて、相談に乗ってくださったり、面接の練習もしてくださって、素敵な人だなって思ってました」
「…そりゃどうも」
「だから、告白も、凄く嬉しかったんです」


名前ちゃんは一言一言、丁寧に言葉を紡ぐ。まさかそんな風に思ってくれていたなんて思いも寄らなくて、俺は恥ずかしいやら嬉しいやらで軽く混乱状態だ。
しかし、そうなるとフラれた理由が益々分からない。脈ありだと感じていた俺の読みは外れていなかったようだし、一体どうしてだろう。


「でも、今の私じゃ松川さんに相応しくないというか…傍にいるのがおこがましいような気がして…」
「何それ。そんなこと思ってたの?」
「ごめんなさい…」


どこまで自分を卑下しているのか知らないが、名前ちゃんは考えすぎだ。俺は名前ちゃんが考えているほどデキた人間じゃないし、優しくもない。大体、本当に優しい人間なら、急に会いたいと言い出して困らせたりすることはないと思う。
本日何度目かの謝罪の言葉を述べる名前ちゃんに、俺は苦笑する。何も悪いことはしていないというのに、なぜそんなに謝ってくるのだろう。


「名前ちゃんって謝ってばっかりだよね」
「ごめんなさい」
「ほら、また謝った」
「ごめ……、」


もはや謝るのが癖と化している名前ちゃんは、ごめんなさい、を言えずに口籠る。俺は僅かに空いた名前ちゃんとの距離を詰めると、くしゃりと頭を撫でた。


「ね、名前ちゃん。難しいこと考えないで」
「そう言われても…」
「俺は名前ちゃんのこと、まだあんまりよく知らないけど、それでも一緒にいたいと思ってる。名前ちゃんは?どう思う?」
「私、は……、」


俺は頭を撫でていた手をするりと頬に滑らせると、ゆるりと笑って見せた。俺に相応しいとか、相応しくないとか、そんなことは俺が決める。俺が気にしているのは、名前ちゃんがどうしたいか。ただそれだけだ。
伏せていた目を俺の方に向けた名前ちゃんの瞳は、とても不安そうで。けれどほんの少し期待を孕んだ光を宿していた。


「私、も、松川さんと、一緒にいたい、です…」
「うん。じゃあ一緒にいようか」


俺はそう言うなり、名前ちゃんの身体を引き寄せてすっぽりと包み込んだ。たぶん名前ちゃんには俺の速い心音が聞こえてしまっているだろうけれど、ドキドキしてるってことが分かった方が本当に好きだと思っている気持ちが伝わるような気がするから別に良い。
暫くそのまま名前ちゃんの体温を確かめるみたいに抱き締めたままでいると、あ、あの、と。胸元からか細い声で声をかけられたので、腕の力を緩めてその顔を見下ろす。


「本当に、私で良いんですか?」
「名前ちゃんで、良いんじゃなくて、名前ちゃんが、良いって言ったつもりだったんだけど」
「……ありがとう、ございます」


それはそれは幸せそうに笑う名前ちゃんを見て、俺は思った。他のヤツには渡したくないなあ、って。


「仕事のことなんだけどさ、無理して働かなくても良いんじゃない?」
「え。それは…さすがに…」
「のんびり探して、もし仕事が見つからなかったら俺がもらってあげる」
「………はい?」
「すぐってわけにはいかないけど、俺のとこに永久就職って選択肢もあるよってこと」


勢い任せとは言えプロポーズまがいなことを言ってしまったが、岩泉の言葉を借りるなら、名前ちゃんを他のやつのモンにしたくねぇ、と思ってしまったのだから仕方がない。
名前ちゃんは俺の腕の中で固まっていて、完全にフリーズしている。冗談だよ、って言ってあげたいところだが、生憎、俺はもう自分の気持ちを偽らないことに決めたので、大人しく名前ちゃんが我に帰るのを待つことにした。


「ま、松川さん!冗談は…」
「冗談じゃないから。そういうこと前提で俺と付き合ってみない?」
「……っ、あの、」
「言っとくけど、名前ちゃんが良いから本気で告白してるんだからね?」


本当に私で良いんですか、とでも言うつもりだったのだろう。俺が先手をうってどんどん発言するものだから、名前ちゃんは口をパクパクさせるばかりで何も音にならない。そんなところも可愛いけどね。


「……松川さん、急に意地悪になりました…」
「本当の俺はこんな感じ。名前ちゃんが思ってるような優しいヤツじゃないんだけど…幻滅した?」
「まさか!そんな松川さんも、…好き、です……」


言って、恥ずかしさからか俺の胸に頭をつけて俯く名前ちゃん。何これ。予想以上に幸せなことになっちゃったんですけど。
俺はいまだに俯いたままの名前ちゃんをぎゅっと抱き締めて。今まで密かに燃やしていた名前ちゃんへの愛情を、これでもかと注いでやった。