×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

密かに燃える愛の事情04

ゴールデンウィークが終わり、俺はいつもの日常に戻った。相変わらず仕事はそこそこ忙しいしストレスは溜まるが、以前ほど疲れきっていないのはちょっとした楽しみがあるからだろうか。
名字さんの連絡先をゲットしてからというもの、俺はさり気なく就活の進行具合を尋ねつつ相談に乗っていた。そのおかげか、名字さんは以前よりも俺に心を開いてくれているようで、少しずつではあるが畏まった感じが抜けてきたように思う。だから余計に名字さんとのやり取りが楽しくて、俺は最近浮かれ気味だ。たぶん、顔や態度には出ていないと思うけど。
肝心の面接の練習も数回やってみた。が、これはなかなかに大変で、名字さんは面接というシチュエーション自体に緊張してしまうらしく、やっと慣れてきた俺を前にしてもカチカチに固まってしまう。申し訳なさそうに謝る名字さんを慰めるのは、もはや定番となってしまった。
そんなわけで、今日も今日とて、名字さんは俺の目の前の椅子に座ってしょんぼりしている。どうやらまた面接でうまくいかなかったらしい。


「もうこのままずっと、仕事決まらないのかもしれません…」
「そんなに落ち込まないで。最初に比べたら結構話せるようになってきたと思うよ」
「でも…」


完全にネガティブモードに入っている名字さんは、今まで見た中で1番と言ってもいいぐらい気を落としていた。こういう弱っている時に漬け込むのは卑怯な気がするけれど、俺にとってはチャンスだ。


「気晴らしに、今晩飯でもどう?奢るよ」
「え、いや、でも、え?」
「予定ある?」
「それはない…です、けど…」
「じゃあ決まりね」


いまだに戸惑った様子で、え?を連発している名字さんがなんとなく可愛くて、俺は仕事中なのに口元を緩めてしまった。まずいまずい、名字さんを見ているとつい気が緩んでしまうからいけない。
今まで何人か彼女はいたし、それなりに相手のことを好きだと思っていたはずだけれど、こんな風に公私混同してしまうのは初めてのことだ。なぜかは分からないが、いつの間にかそれだけ名字さんのことを好きになってしまったということなのだろう。


「嫌なら今のうちに断ってね」
「嫌……では、ない…です…」
「ん。じゃあまた連絡する」


あわあわと慌てていた先ほどから一変、恥ずかしそうに俯いてそんなことを言うものだから、またもや緩みそうになった口元を必死に引き締める。また連絡する、なんて、まるで付き合っているみたいな言い方だなと、言ってしまった後で気付いて密かにほくそ笑む。
名字さんは俺の押しに負けて、はい…と小さく呟いていて、俯いてはいたけれど髪を結んでいるせいでしっかり見える耳は、ほんの少し赤く色付いていた。へぇ。それなりに意識してくれてるんだ?なんて思ったくせに、名字さんの変化に気付かないフリをして資料の紙を渡す俺は、我ながら性格が歪んでいるなと思う。


「じゃあまた頑張ろうね」
「あ、はい…ではまた……」
「名字さん、」
「はい?」
「俺、スカートの方が好き」
「え?え、あ、はい…?」
「夜、楽しみにしてる」


またもや、え?を繰り返している名字さんに軽く手を振って、強制的に別れを告げる。順番を待っていたのだろう次の人が現れたことで名字さんの表情を見ることはできなくなってしまったけれど、きっとさっきのように動揺してくれていることだろう。
いつもパンツスタイルの名字さんに、わざとスカートが好きだなんて言ってみたけれど、スカート、はいてきてくれるかな。きっちり仕事をこなしながらも頭の中は夜のことで頭がいっぱいだ。俺はパソコンの画面とにらめっこしながら、残業しなくて済むように必死に手を動かし続けるのだった。


◇ ◇ ◇



頑張った甲斐あって、俺は珍しく早めに退社することができた。さすがに定時退社とはいかなかったが、ここ最近にしてみればなかなかの快挙である。
俺は待ち合わせ場所に指定した時計台の前に着くと辺りを見回して、名字さんの姿を探す。まだ来てないのかな、と思ったけれど、腕時計を確認していた女性が顔を上げた瞬間、俺はどきりとした。その女性が、淡いピンクベージュのふわふわしたスカートを風にはためかせ、いつもより幾分か可愛らしい化粧を施した名字さんだったからだ。
期待以上の姿に、胸が高鳴ってしまう。平然を装って、お待たせ、なんて言ってみせたけれど、俺はいつも通りに振る舞えているだろうか。


「スカート、はいてきてくれたんだ?」
「え?あ、その、折角お食事に誘っていただいたので…ちゃんとした格好して行かなきゃって…思って…」
「似合ってる。可愛い」


それはもう自然と口から溢れていて、名字さんの真っ赤になっていく顔を見て初めて自分の言ったことに気付いた。付き合ってもいなければ好きだと伝えたわけでもないこの状況で口を滑らせてしまうなんて、俺にしてはかなり迂闊だったと思う。
しかし、これは逆にチャンスでもあった。そもそも2人きりで食事に行こうと誘っている時点で少しぐらい期待してもらってもいいと思うし、意識してもらいたいと思っていたところだ。このまま攻めるのもありかもしれない。


「デートみたいだね?」
「え!」
「はは…冗談。今日は名字さんに元気出してもらうのと就活のアドバイスが目的だから」
「…なんだ……そう、ですよね…」


なんとなく表情が曇ったように見えるのは俺の都合のいい解釈だろうか。それを確認したくて、俺は尋ねてみる。


「デートの方が良かった?」


もはや、え?と連呼するのが定番と化している名字さんは、何と答えようかと困り果てているようだ。まあそれだけ焦ってもらえたら、何も言われなくても勝手に期待しますけどね。


「あの、別にそういうわけでは…!」
「うん。分かった。分かったから、ご飯行こうか」


やっとのことで否定の言葉を口にした名字さんを遮って、俺は一歩、足を進める。斜め後ろに立っている名字さんはまだ何か言いたそうな雰囲気だったけれど、何も言わぬまま俺の隣まで歩いてきてくれた。
女性と2人でご飯を食べるなんて、彼女と別れてからは初めてのことだ。合コンまがいの集まりに参加させられたことはあったけれど、2人きりというのはない。そういえば、元カノは自分の行きたい店を勝手に選んで甘ったるい声で、ここがいいー、なんて俺にねだってくるタイプだったから、俺が選んだ店に行くことなんてなかったよなあと、過去の苦い思い出を振り返る。


「俺が決めた店で大丈夫?行きたい店とかなかった?」
「むしろ決めてもらって有り難かったです。私、そういうのあまり知らないので…」
「そっか。良かった」


名字さんは知れば知るほど良い子だし、その雰囲気も穏やかで落ち着く。就活の話ばかりではさすがに間が持たないし堅苦しいので、それとなくプライベートな話題も盛り込みながら会話を続ける。なんでもないことを楽しそうに話す名字さんは、やっぱり可愛い。俺の話も興味深げに聞いてくれるし、これがもし猫を被っているのだとしたら相当な演技力だなと思う。いや、絶対に素だと思うけど。


◇ ◇ ◇



俺の選んだ店は好評だったようで、名字さんは終始幸せそうに顔を綻ばせていた。真面目な話をしつつ色々な話をしていると、少しお酒も入ったからだろうか。名字さんはいつもより砕けた口調になっている。


「松川さんは優しいですよねー」
「そう?」
「私みたいなお客さん、沢山相手にしてるわけじゃないですか。それだけでも凄いことなのにこうやって慰めてくれたりして…大変なお仕事ですねー」


どうやら名字さんは、俺が誰にでもこんなことをしていると思っているらしい。普通に考えたら分かると思うが、そんなことをしていたら俺はノイローゼになっている。
ここまでしておいて、自分は特別じゃないとでも思っているということだろうか。あれだけ意識させるようなことを言ったのだから、さすがに気付いていないなんてことはないと思うのだが。


「俺、名字さんにしかこんなことしないけど」
「……そういう誤解させるようなこと言うの、もうやめてください…」
「誤解じゃないかもよ?」


遊びならやめてください、と。暗にそう言われたのだと思う。それならばと、本気であることをそれとなく伝えてみれば、名字さんは大きく目を見開いた後、ほんのり頬をピンク色にさせて俺から視線を外した。


「…松川さんは、なんだかズルいです…」
「よく言われる」
「私、誤解したままで良いんですか?」
「……名前ちゃんのお好きなように捉えてもらったら良いかと?」
「な、今、名前…!」


脈ありだと分かったら攻める。それが俺のスタイルだ。名前を呼んだだけでワタワタし始める名前ちゃんは、本当に成人済みなのか?と疑いたくなるほど初々しい。そういうところも、結構タイプだ。
嫌だったら名字さんに戻そうか?
そう尋ねてみると、嫌とは言ってないです…なんてボソボソ言うものだから、ああもう付き合うとかそういうの抜きにしてこのままでも良いんじゃないかと思ってしまった。もし仮に、今から付き合うなんてことになったら、俺の方が色々ヤバそうだから。


「元気出たみたいだから、明日からまた頑張って」
「…はい。ありがとうございます」


そう言って微笑んでくれた名前ちゃんは可愛いというより綺麗で。このまま仕事なんか決まらずに俺のところに通い続けてくれたら良いのに、なんて不謹慎なことを思ってしまったことは、自分の胸の中だけにそっと仕舞っておこう。