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密かに燃える愛の事情03

4人の予定を合わせたら5月4日というゴールデンウィーク真っ只中の日にちになってしまった。予約取れるかなーと心配していたが、4人であればなんとか大丈夫ということで、店も無事に確保できて一安心だ。
一応幹事ということで早めに店まで行くと、なんと岩泉に遭遇した。4人で集まる時に時間厳守できるタイプは岩泉だけなので、早めに来ていたからといって驚きはしない。店の人に声をかけると愛想よく店内に案内してくれたので、俺達は席に座って残りの2人を待つことにした。及川は仕事だからいつ来るか分からないが、花巻はもう少ししたら来るだろう。
正面に座り居酒屋のメニューをパラパラと見ている岩泉は、どこかぼんやりしている。実はこの飲み会で1番集まれなさそうだなと思っていたのは岩泉だ。彼女と過ごす可能性もあるし、部活の顧問もしているのだから、ゴールデンウィークはさぞかし忙しいだろうと思ったのだ。
蓋を開けてみれば、予定を合わせにくかったのはプロジェクトの事後処理だとかでゴールデンウィークでも仕事に追われている及川で、岩泉はいつでもいいと返事をしてきたから驚いた。部活は夜やらないだろうから良いとしても、彼女は良いのだろうか。
そんなことをぼんやり思っていると、メニューを一通り見終わったのか、岩泉が俺の方に視線を向けてきた。


「今日休めたんだな」
「まあ…明日はちょっと職場に顔出すけど。岩泉こそ、部活あるから無理って言われるかと思った」
「もう1人の顧問と遠征行ってるからやることねぇんだ」
「遠征かー。懐かしいな」


敢えて彼女のことには触れなかったから返事も当たり障りない感じだ。まあ、岩泉の恋バナは後で全員が揃った時にでもゆっくり聞くことにして、俺は遠征という懐かしい単語に反応する。
岩泉にとっては懐かしくもなんともないかもしれないが、すっかり社畜と化している俺としては、そういう青春っぽいワードは凄く懐かしい。
あの時の練習、ヤバかったよなー。俺がそんなことを呟くと、岩泉も昔を思い出してくれたらしく、そうだな、と笑っていた。今や岩泉は指導者側なのだから、何か思うところがあるのかもしれない。
懐かしい話をしていると、時間通りに花巻が現れた。岩泉と話すため奥に座っていた俺だったが、花巻が来たとなると通路側に移動しなければならない。いや、しなければならないわけではないのだが、奥に座るのはどうも落ち着かないのだ。


「なんで?」
「こっちの方が注文とか会計とかしやすい」


俺の発言に、2人はなぜか感心している。何を今更。毎回飲み会をする度に会計してんのは誰だと思ってんの、と言ってやりたい。幹事がたとえ岩泉だろうが及川だろうが、いつも会計をするのはなぜか俺だ。俺がやらなかったら誰かがやるとは思うのだが、いつの間にかお金が俺のところに集まっているのだから仕方がない。花巻に至っては幹事すらやる気がないから論外だ。
そんな花巻とは、なんだかんだで高校時代から1番仲が良い。及川と岩泉は高校以前からの付き合いがあって、それこそ阿吽の呼吸でバレー部を引っ張っていた。花巻と俺は、たぶん、2人ほどバレーにのめり込んではいなかったように思う。こう言うとそこまで真面目に取り組んでいなかったのかと思われるかもしれないが、それは違う。本気で全国制覇を夢見て毎日を過ごしていた。
けれど、ぶっちゃけプロになろうかと悩んだことなんて一度もないし、花巻もそうだと思う。及川と岩泉はプロの道に進むべきかと何回か悩んでいた時期があったし、それだけの素質があったから、なんというか、住む世界が違うのかなと思っている節があった。
そんな経緯もあって、別にそんな込み入った話をしたわけではないが、花巻とは同じ世界の住人として仲良くやっていたわけだ。今でもその関係は続いていて、2人で飯に行くこともちょこちょこあったりする。お調子者であっけらかんとしている花巻は、今もメッセージアプリのグループ設定をしようなどと急に言い始めて賑やかだ。自分から連絡なんてしないくせに、グループ設定を提案する意味が分からない。それは岩泉も同意見だったらしく、的確なツッコミが入った。
相変わらず、俺らって馬鹿やってんなあ。乾杯をした後、暫く話をしながらそんなことを思っていると、最後のメンバーである我らが主将の及川が登場した。


「お、きたきた」
「ゴールデンウィーク中までご苦労さん」
「相変わらずかたっ苦しい格好してんな」


ビシッと着こなしていたであろうスーツは、この時間にもなると少しくたびれて見える。ネクタイは来る途中にでも緩めたのか首元がダラリとしていて、同じサラリーマンとしてはとてもお堅いとは言えない格好だ。けれど、岩泉にはスーツというだけで堅苦しく見えるらしい。
及川は岩泉の発言に苦笑しながら隣に腰を落ち着かせると、迷わずビールを注文した。それが届いてから、かんぱーい、とジョッキを合わせて2度目の乾杯をする。
さて、4人揃ったことだし、誰の話からきいていこうか。そう思っていると、こういう時にさらりと口を開く花巻が、例の如く岩泉に結婚ネタをぶっこんだ。いや、まあ、俺も気にはなってたけど。結婚すんの?というドストレートな聞き方が、なんとも花巻らしい。
とりあえず、口火を切った花巻の発言に乗っかってみるが、どうにも岩泉の様子がおかしい。ゴールデンウィーク真っ只中の夜、彼女と過ごさない理由が何か関係しているのだろうか。そう懸念していると、岩泉の口から予想以上にショッキングな言葉が飛び出してきた。


「浮気、されたかもしんねぇ」


3者3様の驚きを見せる中、及川の、なんで?という問いかけに、知らねぇよ…と項垂れる岩泉。きっと俺達がツっこまなければ言うつもりなどなかったのだろう。傷を抉ったようで申し訳ない気持ちにはなったが、それは隣に座る花巻が一番感じていることだと思う。
こうなったからには全て教えてもらおうと、及川が中心となって岩泉から話を聞き出したところで、及川がうーんと唸った。花巻はなんだか怒っているようにも見える。


「それってさあ…映画観た後の岩ちゃんの発言に彼女さんが傷付いちゃったってことでしょ?」
「そんなにおかしいこと言ったつもりはねぇけどな…」
「映画みたいな展開期待してたとか?」
「え、」
「それを岩泉に真っ向から否定されて傷付いたってこと?だとしても、浮気していい理由にはなんなくね?」


なるほど、花巻はどうやら岩泉の彼女に怒っているらしい。言い分は確かに的を得ているようにも思う。しかし、岩泉は俺の発言を聞いたきりフリーズしてしまったようで、何かまずいことを言ったかなと後悔したが、もうどうにもならない。
まだ浮気とは決まってねぇから…と呟く岩泉は、ゴールデンウィーク明けに彼女に確認してみるらしい。もっと最悪の事態にならなければ良いが…と、こちらが不安になってくる。ヤバい。これでは岩泉の傷口に塩を塗っただけに終わってしまう。どうにか元気付けようと言葉を探していたところ、岩泉の方が話題を切り替えるように、お前らはどうなんだよ、と切り出した。


「俺らはまあ…なあ?」
「なあ?って何?マッキーなんかあったの?」
「ねーよ」
「ほんとにー?」
「最近元カノと会ったぐらい」


岩泉の前で不謹慎だぞ、とは思ったが、花巻がどことなくふわふわしているのが気になって、つい前のめりになってしまった。元カノって…今更話題にあげるぐらいの相手ということなのだろうか。花巻は俺の知る限り、別れた女に未練はないタイプだったはずだ。


「それって元サヤ狙いとか?」
「んー…分かんね」


否定はしないんだな。花巻の悩ましげな様子に、俺は少しばかり驚いた。
大学時代の元カノのこと、結構引き摺ってそうだったもんな。俺は、別れたかどうかすら分かんねぇ…と、当時の花巻がヘコんでいたことを思い出して、素直に、今度はうまくいけば良いのになあと思った。
俺達の飲み会の幹事は一生やりそうにない花巻が、その元カノとは同窓会の幹事をやるらしいので、今回はなかなかに本気っぽい。


「で?及川は?」
「へ?俺は……うーん…ちょっとやらかしちゃったかなーって感じ」


これもまた面白い話題が飛び出した。いつもフラフラ女の子と遊んでいる及川にも、漸く本命になれそうな相手が見つかったらしい。しかもそういう相手に限って及川に興味がないのだから、カミサマってやつが本当にいるのなら相当な捻くれ者だ。
まあ及川のことだから、きっとどうにかこうにか画策するのだろう。俺と花巻は、ちょっとばかり及川の恋愛事情をからかって楽しんでいたが、岩泉はビールを飲み続けるばかりであまり会話に参加してこない。そりゃあまあ…そんな気分にはなれないだろうけれど。しかし飲み過ぎじゃないか?
岩泉の様子が気になって水を注文したところで、及川が俺に話を振ってきた。そういえば前の飲み会の時に気になる子がいると口を滑らせてしまったことを思い出す。こんな時だけ傷心中の岩泉まで、そういえばそんなこと言ってたよな、と反応するのだから堪ったもんじゃない。
しかしまあ、隠すようなことでもないし、他の3人もそれぞれ暴露してくれたのだから言っても良いかと、俺は何でもないことのように答えた。


「あー。とりあえず連絡先ゲットした」
「しれっと順調そう!ずるい!」
「ずるいってなんだよ…」


俺は少し優越感に浸りながらビールを飲み干した。いつもは聞き役に徹している俺だが、たまにはこういうことがあっても良いじゃないか。
全員が今の恋愛事情を吐き出したところで、話はまた他愛ない日常のことに戻る。暫くして、ふと、いよいよ何も喋らなくなった岩泉を見ると、案の定撃沈寸前になっていた。
水をすすめたし大丈夫だと思ったのだが、もしかしたら俺の話でトドメを刺してしまって飲むペースに拍車がかかったのかもしれない。岩泉…なんかごめん。とうとう完全にダウンしてしまった岩泉を見て、俺は苦笑するしかない。
隣の及川は物思いに耽っていて気付いていないようなので、花巻が声をかけたタイミングでやんわり伝えてやると、ギョッとしながら岩泉を見ていた。たまたまとは言え、確か岩泉の家はこの近くだったはず。うまく及川に送らせるよう仕向けることに成功した俺は、お会計を済ませて岩泉に声をかける。
意外にもしっかり立って店を出て行ったので大丈夫そうだ。たぶん、酒で酔っただけじゃなくて気持ちの問題もあるんだろうなとは思ったが、そこは触れない方が良いだろう。
俺と花巻は2人に別れを告げると駅の方向へ向かって歩き出した。先ほど話し尽くしたので話題がなくて、なんとなく無言のまま歩いていたが、ふと、岩泉のことを思い出して口を開く。


「岩泉があんな風になるの、相当だな」
「そりゃそうだろ…結婚秒読みっぽかったんだから…」


結婚、か。なんで岩泉は、早くプロポーズしなかったんだろう。好きならさっさとしてしまえば良かったのに。結婚という文字がちらついたことのない俺には言われたくないことだろうが、つい、そんなことを思ってしまう。


「結婚かあ…花巻は結婚したい?」
「は?なんで?」
「いや。なんとなく」


ほんの出来心できいてみると、花巻は相当びっくりしたのか立ち止まってしまった。そんなに驚くこと言ったつもりないんだけど。
花巻は暫く立ち止まったまま何かを考えた後、彼女もいねーのにそんなこと考えらんねー、と素直な感想を述べながら再び歩き出した。だよな、と相槌をうったものの、俺は更にツっこんだ質問を投げかける。これも、出来心だ。


「結婚するならどんな相手がいい?」
「考えたことねーわ。松川は?理想とかあんの?」


尋ねられて、ふと思い浮かんだのは名字さんの顔。穏やかそうで可愛くて、ああいう子だったら良いなあ。付き合ってもいないのにそんなことを思う俺はおかしいのだろうか。恋は盲目ってやつかな。
返事を待っている花巻に、俺は試しに自分の気持ちを打ち明けてみることにした。


「あるよ」
「え………どんな相手が理想?」
「今気になってる子」
「…は?」
「付き合ってもないくせにおかしいんだけど、なんかビビビッときちゃったんだよな」
「マジで…?」


嘘じゃない。もし付き合うことができてうまくいったら、そうなりたいと思う。少なくとも、現時点では。
けれど、やっぱり、おかしいのか。花巻の驚きようを見てそう判断した俺は、すぐさま笑ってみせる。


「…はは、冗談」


結婚とか現実味ないよなー、と。ふざけた調子で言った俺は、うまく笑えていただろうか。ポーカーフェイスは得意なはずなのに、名字さんのことを考えるとどうにもうまくいかないような気がして、俺は花巻の顔を見ることができなかった。