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密かに燃える愛の事情02

名字さんはあの日からうちの職場に来ていなかった。もしかしたら面接に行った企業で働けることになったのかもしれない。そうだとしたら、それは本来、喜ばしいことなのかもしれないが、俺にとっては嘆かわしい事態だった。折角なにかしら始まりそうな予感だったのに、チャンスをものにできなかったのだから。
またいつも通りの日常に戻るのかと思うと憂鬱ではあったが、こればっかりはどうしようもない。俺は気を引き締め直してパソコンに向かった。するとその直後、入り口の自動ドアが開く音。俺は何気なくそちらに視線を移して、心臓をとくりと脈打たせた。
そこにいたのは紛れもなく名字さん。どうやら俺には、まだチャンスがあるらしい。反射的になのか、名字さんは俺と視線が合った瞬間に丁寧なお辞儀をすると、おずおずと近付いてきた。


「あの、今大丈夫ですか?」
「どうぞ。…面接、どうでした?」
「実は…行ったんですが、うまくいかなくて…私、人と話すのが苦手なんです。だから面接でいつも落とされてしまって…」


椅子に座りながらもしゅんと肩を落とす名字さんは、心底落ち込んでいるようだ。こんな時に不謹慎だとは思うが、弱っている女性を見ると加護欲を掻き立てられるのはなぜだろう。どうにかして元気付けてあげたいと思ってしまうのは、きっと俺が名字さんのことを好きだと思っている証拠だ。
俺はいまだに俯いて溜息を吐いている名字さんに、できるだけ優しく声をかける。


「名字さんの良いところを分かってくれるところは必ずあるから、そんなに落ち込まないで」
「…そうでしょうか……」
「この際だから、何か資格取って就職先の幅を広げてみるってのはどう?」


やばい。仕事中なのに感情移入しすぎてタメ口になってしまった。幸いにも名字さんは、それに気付いていないのか、それともそこまで気にしていないのか、口調の変化を指摘してくることはない。
どうやら俺の言葉をきいて、本当に資格を取ろうかと悩んでいるらしい。素直だなあ。こんなに良い子なのに面接でうまくいかないなんて、人生とは世知辛いものだ。面接でうまくいきさえすれば、きっとすぐにでも再就職できるだろうに。
そこまで考えて、俺は名案を思いついた。面接が苦手なら、練習すれば良いだけの話だ。こういのは慣れが大切。俺は名字さんとの距離を縮めるべく、ナチュラルにタメ口で話しかけつつ、ある提案を持ち出した。


「面接、苦手なんだよね?」
「え?あ、はい…」
「俺が練習相手になってあげようか?」
「えっ!松川さんが……?」
「そう。慣れたらうまくいくんじゃない?」


名字さんは俺からの思いがけない提案に目を白黒させている。明らかな動揺を見せている姿も可愛いと思ってしまうのだから、これはなかなか重症かもしれない。


「でも、松川さん、お仕事忙しいですよね?いつ…練習を…?」
「遅くなるかもしれないけど、俺の仕事が終わった後で良ければ」
「えっ!仕事中に練習するんじゃないんですか?」
「うん。元々そのつもりだったけど」


さすがに勤務時間内でそんなことはできない。俺の個人的な申し出だし、ほぼ私欲のために持ちかけたと言っても過言ではないし。いや、名字さんの力になりたいと思っているのは本当だが。
俺のあっけらかんとした対応に、名字さんは益々頭を悩ませている。真面目なんだろう、そんなことを頼んでも良いものかと考えているに違いない。
もう一押し必要かな。俺は更に言葉を続ける。


「俺ならそれなりに相談にも乗れると思うよ」
「それは…そうですけど…」
「言っとくけど、俺がそうしたいと思って提案してることだから、遠慮はしなくて良いからね?」


我ながら必死だなと思う。優しいフリをして、実際のところは名字さんに逃げられないように追い詰めているような気もする。俺の言い回しをどう受け取るかは名字さん次第だが、たぶん彼女は俺を拒絶しない。あの日、別れ際に見せた動揺は、少なからず俺を意識しているからだと信じたい。


「……松川さんのご迷惑でなければ、お願いしても、いいですか」
「勿論」


漸く決心してくれた名字さんに、俺は一瞬気が緩んだのか、思わず素で笑いかけてしまった。すると名字さんは、あの日のように頬をピンク色に染めて俯く。
あー…これはまずい。クる。惚れた弱みというやつだろうか。もはや名字さんがどんな行動に出ても可愛く見えて仕方がない。はたから見たら、お見合いでもしているのか、とツッコミたくなるぐらいにふわふわした空気が流れているような気がするが、幸いにも周りに俺達の様子を気にしている人はいないようなので俺も気にしないことにする。
この機を逃すわけにはいかない。俺は更に畳み掛ける。


「じゃあ連絡先、教えてもらってもいい?」
「え…?」
「仕事終わったって連絡しないといけないでしょ」
「あ、ああ…、なるほど」


俺は名字さんをうまく言いくるめて連絡先をゲットすることに成功した。とりあえず、一歩前進だ。仕事は仕事として、めぼしい企業をピックアップしたリストを渡したところで、名字さんは帰って行った。
さて、どういうタイミングで連絡しようかな。何しろ自分から女性にアプローチするのは久し振りのことだから、駆け引きの仕方も忘れてしまった。こういう時、プレイボーイのアイツならどうするだろう。頭にふっと思い浮かんだのは高校時代のイケメン同級生。そういえばそろそろゴールデンウィークだし、招集かけてみるか。
俺はその日の夜、手始めに花巻に連絡を取ってみた。返事はきていないが、アイツのことだから日にちは俺達に合わせてくれるだろう。次いで、残りの2人にも連絡する。なんだかんだで集まるだろうが、いい歳した男4人で飲むのはそろそろやめた方がいいのかなとも思う。
名字さんとうまくいったら、男同士でつるむのはやめようかな。そんな都合のいいことを考えながら、俺は上機嫌で1人の晩酌を楽しむのだった。