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忘れられない恋の事情07

6月に入って暫く経った頃。俺は漸く意を決して名前に連絡をした。同窓会やめるか、と。たったそれだけの文面ではあったが、俺はかなりの力を使い果たした。返事が来るかは分からないが、何も行動を起こさなかった今までに比べたら随分と大きな前進だ。
その日は珍しく、昼休憩を終えてから夕方すぎまでみっちりスケジュールが詰まっている日だったので、メッセージを送ってからはスマホをいじる余裕がなく。結局、画面を確認したのは夜の6時を過ぎた頃だった。
お知らせ画面には名前の名前が表示されていて、息を飲む。そして、恐る恐る内容を確認した俺は、思わず口元を緩めてしまった。


“なんで?やろうよ。連絡できなくてごめん。貴大が暇な時にでもまた会って話そ。”


返事がきた。そしてまた俺と会おうと言ってくれている。たったそれだけのことでこんなにも舞い上がってしまう俺は、自分が思っていたよりもずっと名前のことが好きらしい。名前に彼氏がいることは分かってる。しかし、俺の脳裏には及川に言われた言葉が焼き付いて離れない。

ダメ元で告白しちゃいなよ。略奪愛ってやつ。

略奪できるかどうかは別として、ダメ元で告白というのは今の俺にもできることだ。今までの俺だったら、そんなカッコ悪いことはできないと諦めていたところだが、ここで引き下がってしまったら一生後悔するような気がする。


“名前がいいなら、今日にでも会いたい。”


衝動に駆られるまま打った文字を、俺はそのまま送信した。名前の方からしてみれば、そんなに急いで同窓会の話をしたいのか、と怪訝に思うかもしれないが、勿論それが目的なわけではない。
当たって砕けてやると決めたのだ。気持ちが揺らがない内に、名前に伝えてしまいたい。及川に背中を押されたのは癪だけれど、いっそ開き直ってぶつかってみるのもありかなと思わせてくれたことには感謝するしかないだろう。


“いいよ。早めに話した方がいいもんね。”


名前からの返事に、緊張が走る。自分から誘っておきながら、今日いきなり告白すんのかよ、とビビってしまっている俺は相当なチキン野郎だ。俺はまだ働いているサトウの方をチラリと見遣ってから更衣室に向かうと、着替えを済ませて早々にジムを後にした。
サトウ、悪い。でも勝手に告白するぐらい許してくれよな。届きもしない謝罪の言葉を脳内で再生しながら、俺は急ぎ足で待ち合わせ場所へと向かうのだった。


◇ ◇ ◇



名前と会うのはあの数合わせで参加した合コンでばったり出くわした時以来だ。その前といったら、名前がサトウと付き合っていると聞いて俺が嫌な空気のまま別れを告げてしまった時だから、よくよく考えてみれば名前とはろくな別れ方をしていない。
俺は何食わぬ顔で、久し振り、と声をかけたが、うまく笑えているだろうか。無駄に緊張しすぎて顔の筋肉が引き攣っているような気がする。


「お店、どこにしようか?」
「行きたいとこがある」
「じゃあそこにしよ」


名前は俺の発言を聞くと、すんなり後ろを付いて来てくれた。俺の行きたいところ。それは、遥か昔、俺と名前がまだ付き合っていた頃に、名前が、大人になったらこんなところに行ってみたいなあ、と言っていたお店に似た雰囲気のところだった。
自分でも、よくもまあそんな昔の、なんでもない会話を覚えていたなと感心したが、思い出した瞬間、これを利用しない手はないと、スマホでめちゃくちゃ必死に店を探した。その甲斐あってか、名前は店内をキョロキョロと見回しながら目をキラキラさせている。どうやら掴みは完璧のようだ。


「こんなとこ、よく知ってたね?」
「あー…まあ……ネットで見て、どんな店かなーって気になってた」
「ふーん…いつか彼女ができた時のデートの下見?」
「………違う」


ヤバイ。思っていたよりも低い声が出てしまった。雰囲気の良い個室に通されて腰を下ろすなりそんな会話を繰り広げてしまったものだから、名前は俺の雰囲気にギョッとしている。そして、どうやら俺の機嫌が悪いと勘違いしてしまったのか、名前は気まずそうに俯いて押し黙ってしまった。
益々ヤバイ。俺は相当焦っていた。このタイミングで告白すんのか?急すぎじゃね?でも告白するためにここ選んだわけだし、同窓会の話題を持ち出したらそれこそタイミング逃すよな?…あーもう、考えんの疲れた。


「名前、」
「何?」
「なんつーか…その……実は、言いたいことがある」


とうとう切り出してしまった。もう後戻りはできない。名前は俺のやけに真剣な表情に気付いたのだろう。背筋を伸ばして、俺に向き直ってくれた。自然と俺も、姿勢を正す。そして大きく深呼吸した俺は、名前の目を真っ直ぐ見つめて。…少し、怖気付いてしまった。


「…もし俺が、まだ名前のこと好きだって言ったら……引く?」
「……え?」


告白というにはあまりにも情けない言い方になってしまった。言いたいことがあるんだけど、なんて前置きをしておきながら、疑問形で探りを入れるなんて、みっともないにもほどがある。
名前は当たり前のことながらかなり戸惑った様子で目を泳がせていて、返答に困っていることが窺えた。そりゃあそうだろう。彼氏がいると知っている俺にそんなことをきかれるなんて、予想だにしていなかったに違いない。


「貴大…私のこと、まだ好きなの…?」
「だったら何だよ。未練がましくて悪かったな」
「………うそ、」
「嘘でこんな恥ずかしいこと言わねーっての。サトウと付き合ってんのは知ってっから、返事は別に……」
「別れた」
「は?」
「サトウさんとは、別れたの」


まさかの展開に開いた口が塞がらない。そういえばここ最近、サトウから相談されなくなったなとは思っていたが、それはうまくいっているからだとばかり思っていた。それが、別れたからだったなんて、思いも寄らないではないか。
聞けば別れ話を切り出したのはサトウの方らしく、名前はそれに素直に応じたらしい。サトウのやつ。自分から好きになったと言っていたからあんなにアドバイスまでしてやったのに、一体どういうつもりだ。


「私がサトウさんにフラれた理由、知りたい?」
「え?まあ…名前が言いにくくなければ?」
「いつまで経っても、何をしても、絶対に振り向いてもらえないのが分かったから、別れようって。そう言われた」


うん?それは一体どういう意味だろう。俺が言うのもおかしな話だが、サトウは結構頑張っていたと思う。名前の好きそうな店を探したり、2人で楽しめそうな映画はないかと最新情報をチェックしたり。そういえば、何かしらプレゼントしようかとも言っていたような気がする。
それなのに、どうして名前が振り向いてくれないなんて思ったのだろう。俺にはよく分からない。


「へー…それで?名前はサトウのこと好きになれそうになかったわけ?」
「……うん、」
「ふーん…」


アイツ、いいヤツなのに。とは言わなかった。何にせよ、名前は今フリーなわけだ。別れたばかりですぐ次に行くようなタイプではないと思うのでこれからが正念場だとは思うが、既に俺の気持ちは伝えてしまったし、あとはもうひたすら攻めるしかない。
俺は、なぜか気まずそうにファジーネーブルの入ったグラスを見つめている名前を見遣って、必死に話を逸らそうと話題を探した。そうだ、同窓会。とりあえず、同窓会について話をしよう。そう思って俺が口を開きかけた時だった。


「貴大は、とっくに私のことなんて忘れてると思ってた」
「え」
「……大学の頃、私フラれたし…」
「は?」


名前の発言をきいて、マヌケな声が出てしまった。それはこっちのセリフだ。俺が連絡したにもかかわらず、返事をしてくれなかったのは名前の方じゃないか。俺がそれを伝えると、名前は目を真ん丸くさせてから驚いた後、あんな内容じゃ返事できるわけないじゃん!と猛烈な勢いで怒鳴ってきた。
あんな内容?俺、何って送ったっけ?連絡したこと自体は覚えているのだが、その文面までは全く思い出せない。俺が押し黙ったのを見て内容を覚えていないことを悟ったのか、名前は大きく溜息を吐いた。


「今までありがとな、って」
「……俺が送ったの?」
「本当に覚えてないんだね…」
「まあな」
「………完全に別れたこと前提で送られてきた内容だなって思わない?」


確かに。なんで俺、そんなこと送ったんだっけ?必死に当時の記憶を辿っていると、少しずつ思い出してきた。そういえばそのメールを送る前、俺は名前が他の男と2人で楽しそうに歩いているところを目撃して、ああ俺達もう別れたんだなって思ったんだ。
せめてもの抵抗というか、一縷の望みをかけて送ったメールが、恐らくその文面。当時の俺は自分がフラれたって事実を受け止めきれなくて、俺から別れを告げました風を装っていたのだと思う。あわよくば、どういう意味?とか、別れるってこと?とか、そんな反応が返ってきてくれたら良い。そんな淡い期待を抱いていたような気もする。
つまり俺があの時メールを送ったのは、名前との関係を修復するためではなく、名前の気持ちを試すためだったのだ。そりゃあ別れたこと前提の内容になっても無理はない。どちらにせよ、名前の方から俺を切り捨てたことは事実ではないか。


「名前が先に他の男に乗り換えたから、そんな内容になったんだろ」
「は?乗り換えたって何の話?」
「メール送る前、名前が他の男と2人で仲よさそうに歩いてるとこ見た」
「………それさあ…就職先決まった後でしょ?」
「そう」


俺の返答に、名前はまたしても溜息を吐く。名前は心当たりがあるのか、困ったように薄く笑みを浮かべている。


「それ、たぶんだけど今もお世話になってる職場の上司」
「……だとしても、すげー距離近かったし」
「あんな見た目だから遠目には分からないと思うけど、あの人、女だから」
「は?」


なんというショッキングな事実なのだろう。俺はこの数年間、とんだ勘違いから失恋したと思い込んでいたということなのか。早とちりもいいところである。


「私もさ、誰かさんと一緒で未練がましいから、偶然会えた時は凄く嬉しかったよ」
「……それって、」
「でも誰かさんは可愛い子がタイプみたいだったし、もう私のことなんか興味ないだろうなって思ったから、アプローチしてきてくれたサトウさんと付き合うことにしたんだけど…やっぱり駄目だね。サトウさんにも失礼なことしちゃったって反省してる」


どうしよう。俺にとって都合の良い展開になり過ぎていやしないだろうか。だってこんなの、まるで名前も、俺のことをまだ好きでいてくれてるみたいじゃないか。
ばくばくとうるさい心臓をなんとか落ち着けて、俺は今度こそ名前の瞳をじっと見据えると、ずっと伝えたかった言葉を口にした。


「今も、名前のことが好きだ」
「……うん。それ、さっき聞いた」
「名前は?」
「ばーか。……貴大のせいでサトウさんにフラれちゃったんだから、責任取ってよね」


はにかみながらも幸せそうに笑う名前は、どんな女よりも可愛く見えて。反射的に触れたくなって伸ばしかけた手は、料理を運んできた店員によって引っ込めざるを得なくなってしまったけれど、甘い雰囲気に浸りきれないのが俺達らしくて笑ってしまった。


「なあ名前」
「何?」
「同窓会、楽しみだな?」
「……そうだね」


俺達がまた付き合い出したと知ったら、大学時代の友人達はどんな反応をするだろう。今更かよって笑われるだろうか。それとも、なんで今になって?と疑問を抱かれるだろうか。何にせよ、同窓会が楽しみでたまらなくなってきた俺は、大嫌いな幹事をやる気が漲ってきた。我ながら相当単純である。
さて。どうやら俺の大学時代からの忘れられない恋はみっともなくも成就したようなので、もう一度、名前と乾杯と洒落込もう。