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忘れられない恋の事情06

同窓会のことってどうなってんの?と。メッセージアプリで作ったグループで呟かれた時には、どうしようかと思った。まあグループを作成したのは名前だし、俺が幹事ってことは名前以外誰も知らない。しかし、いくらノリと下心だけでやると言い出したとはいえ、名前に押し付けてばかりではいけないということぐらい分かっているので、俺はどうすべきか悩んでいた。
名前とやり取りぐらいするべきなのだろうが、どうにも躊躇ってしまう。勢い任せに変なことを打ち込んでしまいそうで怖いし、どうしたものか。面倒なことになってしまってほとほと困り果てた俺は、1人、居酒屋で酒をかっ喰らっていた。
そこへ、何の約束もしていないのに及川が現れて、俺はかなり驚いた。聞けば及川は、考え事をしたい時にこの居酒屋によく訪れるのだという。俺も割と1人でこの店に来ることがあったので、まさかの偶然にまたしても驚く。
隣いい?ときかれて断る理由もないので、どーぞ、と返事をすれば、及川は俺の隣に腰を下ろした。ビールや食べ物を注文したあと、及川は何気なく取り出したスマホの画面を眺めて、それはそれは盛大な溜息を吐く。そこまで溜息を吐きたくなることでもあったのだろうか。気になった俺は思わず、なんかあったの?と尋ねてしまった。


「…ありすぎて、及川さん心折れそう」
「へー…そりゃ奇遇。俺も絶賛傷心中だから」


冗談交じりの発言とは言え、その表情はマジだ。だからつい、俺も冗談めいて本当のことを口走ってしまったのだと思う。
及川のもとにビールが届いたところで乾杯はしたものの、どちらにも重たい空気が立ち込めていて話を切り出せる雰囲気ではない。そんな中、再び大きな溜息を吐いた及川が気になって横を見ると、なぜか口元が笑っていて眉を顰めてしまった。俺が傷心中ときいて、笑いでも込み上げてきたのだろうか。だとしたら、相当性格の悪いヤツだ。


「なんだよ。人の不幸を喜ぶなっつーの」
「違う違う。俺達、いつからこんなに悩んだりするようになったのかなーって思ってさ。昔はやりたいことやりたいようにやってただけだったのに…それがなんかおかしくって」
「…それが大人になるってことじゃねーの」
「……あの頃の自分に戻れたら、うまくいくのかなあ…」


大人の定義なんて知りもしないくせに偉そうなことを言ってしまったな、と思ったけれど、続く及川の呟きに、俺はまたしても驚かされた。
及川は普段、ヘラヘラしながら愚痴を零すし基本的に真面目に悩んでいる姿を見たことがない。高校時代からそれは変わらなくて、恐らく岩泉辺りは相談を受けたことがあるのだろうが、俺に弱音を吐いたりしたことはなかったと思う。そんな及川が、過去の自分に戻れたら、なんてことを口にするものだから、驚かざるを得ない。


「及川がそんなこと言うの珍しいじゃん。そんなに心折れそうなの?」
「んー…折れそうっていうか、もうバッキバキに折れてるんだけど何度も継ぎ足ししてて、修復が追い付かない感じ?」
「そっちのがヤバくね?」
「だよねー」


本格的にヤバそうなことを言ってのける及川は、自嘲気味に笑っている。
何があったの?
尋ねるべきではなかったのかもしれないが、及川がそこまで思い悩んでいる内容には少なからず興味があった。だからつい、問いかけてしまったのだろう。
及川は少し間を置いた後、順を追って気になっている女の子のことを話してくれた。ゴールデンウィーク中に話を聞いた時は、及川が振り回されているのがなんだか新鮮で、ついからかったり笑ったりしてしまったけれど、今話を聞くとその行為は少し申し訳なかったなと思う。
まさか本当の本当にそこまで本気だなんて思わなかったのだ。あの及川をそこまで虜にさせた女の子に、ぜひとも会ってみたい。


「…で、猛アタックの甲斐も虚しく、本気だって信じてもらえなくて心折れてんだ?」
「言葉にすると余計ヘコむからやめてくれる…?」
「……及川はすげーよな」


及川の話を聞いて、ぽろりと口から溢れたのは俺の本音。それだけ相手の女の子に本気だってことは分かったが、それにしたってそこまで猛アタックできるのは凄いと思う。俺だったら、とてもじゃないがそこまで必死になれず、途中で諦めているような気がする。迷いなく行動できる及川が、今の俺にとっては羨ましい。


「え?なにが?」
「そんなに脈なしっぽいのにぶつかれるメンタルが」
「それ褒めてないよね?」
「褒めてんだってー」


本心を隠すかのように笑ってみせたけれど、その笑顔があまりにも嘘臭かったのだろうか。及川はムカつくほど整った顔を歪めて首を傾げた。


「傷心中って言ってたけど、マッキーも何かあったの?」
「あー…俺は……戦う前から負けた感じ」
「何それ」


及川はそれ以上、何も聞いてこなかった。触れない方がいいと思ったのだろうか、追加の飲み物や食べ物を注文していて、気を遣われているなということがありありと伝わった。
別に言いたくないってほどじゃない。しかし、及川の話を聞いた後では自分のしてきたことがみっともないような気がして、少し気が引けた。
酒の肴に話半分で聞いてもらったらいいか、というノリでポツポツ俺の話をすると、及川は意外にもかなり真面目に耳を傾けてくれる。何やってんだよって思われてんのかなあ…なんて思いながらも、途中で話を止めるのは微妙な気がして、結局合コンで名前に会ってしまったことまで話してしまった。


「でも同窓会するんじゃないの?」
「この状況で何食わぬ顔して幹事できるようなメンタル持ち合わせてねーわ」
「ですよねー…」


痛いところを突かれてしまったが、2人で幹事なんてできるわけがない。名前の方は気にしていないかもしれないが、俺はたぶん平静ではいられないと思う。


「あー…遠回りするんじゃなかった」
「遠回り?」
「顔色窺いながら連絡してみたり、同窓会の幹事一緒にやりながら距離縮めようとしてみたり。そんなことせずに、自分の気持ちに気付いた時点で、お前みたいに好きって言っときゃ良かったってこと」


俺は一思いにそういうと、なかばヤケになってビールを一気に飲み干した。及川はまだチャンスがある。だって相手の子はフリーだから。しかし俺はどうだ。
折角再会できたのにビビって連絡もできなくて、ハプニングとは言えなんとかやり取りできるようになったと思ったら調子に乗って同窓会の幹事をやると言い出して。挙げ句の果てにうだうだしている間に同僚に先を越されて、今も未練がましく名前を想ってしまっている。こんなカッコ悪い話、聞いたことがない。
たぶん及川は、どうにかすれば上手くいく。何の根拠もないが、そんな気がする。今まで女の子の方にグイグイ来られたことしかないから分からないのかもしれないが、及川はきっと攻めすぎなのだ。俺も恋愛においてそんなに駆け引きなんてしたことはないが、及川より攻め方は知っていると思う。


「…少し引いてみれば?」
「へ?何のこと?」
「今お前が猛アタックしてる子のこと。押してもダメなら引いてみなってよく言うじゃん」
「えー…引いたらそれで終わるような気がする…」
「どうせなら色々やってみりゃ良いんじゃね?相手はフリーなんだからさ」


あ、やべ。お節介かなと思いつつもちょっとしたアドバイスをしてやったら、つい自分のことと重ねてしまって皮肉っぽい言い方になってしまった。及川は特に気にしていないようだから大丈夫そうではあるが、自分の情緒が不安定だと失言が多くなってしまうから気を付けなければならない。


「じゃあ今度はその作戦で頑張ってみようかなあ」
「及川が連絡しない状態を続ける根気がねーとダメだけど」
「……頑張るよ」
「それでうまくいったら、ラーメン奢りな」
「いーよ」
「良い報告待ってるわー」


こういう時、付き合いが長いってのは楽で良い。俺の失言も軽く受け流してくれて、悪ノリにも笑いながらノってくれる。だから俺も、笑うことができるのだ。
及川はそれから、何やら真剣な顔をして押し黙った。今後の策でも練っているのだろうか。俺は及川の邪魔をしないよう、自分のことをどうするべきかとぼんやり思考を巡らせる。
同窓会のことがあるし、連絡しねーと駄目だよなー。名前はどう思ってんだろう。連絡がないのは、やはりサトウのことを気にかけているからだろうか。そんなことを考えていると、唐突に、及川が口を開いた。


「……マッキーもさ、諦めるのは早いんじゃないの」
「は?相手には彼氏がいんだぞ」
「でもまだお試し期間中なんでしょ。その子が同僚のサトウさん?のこと好きかなんて分かんないじゃん」


何を考えているのかと思ったら。及川は自分のことではなく俺の今後について考えてくれていたらしい。なんとも頼れる元主将である。とは言え、俺は及川ほど攻められるようなタイプじゃない。


「…でもなあ……付き合ってることに変わりはねーし」
「気持ち伝えなかったこと、後悔してるんでしょ?」
「……そりゃまあな」
「伝えたら何か変わるかもしんないよ?」
「ンなこと言ったって…」
「ダメ元で告白しちゃいなよ。略奪愛ってやつ。それでうまくいったら、ラーメン奢りね」


先ほどの俺のセリフを真似て茶化す及川に、思わず笑ってしまう。駄目元で告白。略奪愛。俺とは無縁の言葉がポンポン飛び出してくるものだから、全く現実味はないけれど。本気なら、なりふり構ってらんないよなあ。
俺は今まで、カッコ悪い恋愛はしたくないと逃げていただけかもしれない。こうなったら及川みたいに我武者羅に、馬鹿みたいに追いかけて、こっ酷くフラれてやろうか。


「お互い、頑張りますか」
「…だね」


俺の言葉にふっと笑った及川の表情は、高校時代、バレーの試合前に俺達の気合いを入れる一言を言い放つ時のそれによく似ていて。俺はその表情に応えるように、ジョッキを合わせてビールを喉に流し込んだ。