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忘れられない恋の事情04

ゴールデンウィークが明けて、気付けばもう5月中旬。なんだかんだでジムの新しい利用者が増えてメニュー作成なんかに時間を取られていた俺は、名前に連絡するのをすっかり忘れていた。いや、忘れてはいない。正しくは、俺にしては珍しく仕事が立て込んでいて、ゆっくりメッセージを送る時間がなかった、だ。
そして漸く仕事が落ち着いた今日。昼休憩に名前とのトーク画面を開いた俺は、久し振りにメッセージを送ることにした。ほとんど勢いとは言え、同窓会をすると言ってしまったからには打ち合わせをしなければならない。ぶっちゃけ、打ち合わせ自体はどうでも良いのだが、名前に会うための良い口実にはなる。


“久し振りー。同窓会のこと決めねーといけねーから、時間ある時に飯でもどう?”


文面だけなら何気なく送ったメッセージのようだが、送信ボタンを押す時の俺の気持ちと言ったら、なぜか告白でもするんじゃないかってぐらいドキドキしていた。中学生でも高校生でも、ましてや大学生でもない。俺はイイ歳したオトナなのに、青春時代にも感じたことのない甘酸っぱい感情にムズムズしてしまう。
今か今かと返事を待っていたが、結局昼休憩中には既読にすらならず、俺は仕事に戻った。夕方、ぼちぼち仕事も落ち着きつつある頃にスマホを確認してみると、名前から返事が来ていた。


“夜は大体あいてるから貴大に合わせるよー!”


ひとまず会うのを拒まれなかったことに安堵しつつ、俺はどう返事しようかと考える。俺だって夜はそこまで忙しくないしいつでも会える。なんなら今日だって良い。
しかしさすがに、じゃあ今日は?なんて言ったらどんだけ暇人なんだよって感じもするし、かと言って、明日なら良いのか?明後日なら普通?1週間あけるべき?などと考えだしたらキリがない。
俺は考えるってことが心底苦手だ。だから、これからの俺達の未来を左右するかもしれないこんな時でも、あーだこーだ考えるのが面倒になってしまった。
相手は過去に俺と付き合ったことのある名前だ。俺の性格なんて、大体わかっているだろう。もうどうにでもなれ、という気持ちで送ったのは、今日は?という、ひどくシンプルなメッセージだった。暇人だと思われてもいい。ダメならダメでまた別の日を持ちかければいいだけのことだ。
そんなことを考えていると、数分も経たず名前からOKのスタンプが送られてきて、あっちも暇だったのかな、などと失礼なことを思う。しかし、自分から誘っておきながらこんな展開になるとは思っていなかった俺は、急にテンションが上がってしまった。
待ち合わせ時間と場所を決めて、あとは残りの仕事を片付けるだけだ。どうやら俺は分かりやすい性格らしく、同僚達に、なんかいいことでもあった?とすぐに勘付かれてしまったが、そこは適当にスルーした。同僚達に構っている場合ではない。さっさと仕事を終わらせて帰らなければ。俺は、こんな時だけ恐ろしく集中して仕事を終わらせるのだった。


◇ ◇ ◇



「じゃあひとまず、かんぱーい」
「かんぱーい」


仕事を終えて合流した俺達は、名前が行ってみたかったという少し小洒落た居酒屋に来ていた。居酒屋という割に落ち着いた店内は、どことなくバーのようで大人な雰囲気が漂っている。周りにも学生っぽいガヤガヤした集団はおらず、こじんまりとしたグループで静かにお酒を嗜んでいるといった様子で、カップルの姿も目立つ。
俺と名前は、全く知らない人から見たらどんな関係に見えるのだろう。そんなことを考えながら、ジョッキではなくグラスに注がれたビールを口に運ぶ。


「で?本当に同窓会するの?」
「そっちが幹事しろって行ってきたんだろ」
「そうだけど…まさか本当にするって言うと思わないじゃん。貴大、そういうの苦手でしょ」


お決まりのファジーネーブルを飲みながらポテトをつまむ名前の言うことは、間違っていない。しかし、名前が一緒にやると言い出してきたのだ。それがたとえ冗談だったとしても、今の俺からしたら名前と関われる唯一の話題が同窓会である。苦手でも、やるしかないじゃないか。


「名前が一緒にやるなら色々任せられるから良いかなーと思って」
「えー。私も面倒なのヤだよー。日にち決めるのとか大変そうだしさぁ…声かけなきゃいけないじゃん?」
「大学の頃のやつらって今でも会う?」
「んー…仲良かった子とは。貴大は?」
「俺はなあ…そんなに会わねーかな」


社会人になって定期的に会っている人間と言えば、ゴールデンウィークにも会ったばかりの3人ぐらいである。そもそも、俺の方から食事に行こうなどと誘うことはあまりない。だから、誘われれば会いはするけれど、卒業したての頃から大学の友達とはそこまで交流がなかった。こんな状態で同窓会をしたいなどと、よく言えたものだ。


「じゃあまずは連絡先ゲットしなきゃね。グループつくって、知ってる人をどんどん招待してもらえば良いんじゃない?」
「おっし、それでいこう。名前、グループ作って」
「そこは貴大が作ろうよ」
「俺そういうの苦手」
「知ってるけど…幹事するんでしょー?」


ぶつぶつ文句を言いながらもスマホでアプリの画面を開いているあたり、名前はできたヤツだと思う。暫くすると名前の作ったグループに招待され、俺の他に数人の懐かしい名前が並んでいた。
あー…こうなったら、同窓会やっぱりやりませーん、とか、言えねーな。ぽちりぽちりと増えていくメンバーを見ながら、俺は腹を括った。


「なあ、いつ頃やりたい?夏?」
「んー…夏休みとか、いいかもね。夏休みとか一応あるし」
「夏かあ…それまでに彼女ほしーわ」


さりげなく彼女いないアピールをしてみたが、名前は別段気にする素振りもなくサラダに貪り付いている。おい。人の話を聞けよ。今わりと大切なこと言ったんだぞ。


「貴大ならすぐできるでしょ」
「あ?何が?」
「彼女。ほしいんでしょ?」


どうやら食べながら聞いてくれていたらしい。すぐできる…といえばできなくもないが、そういう問題じゃない。俺が注目してほしいのはそこじゃないのだ。


「名前は?合コンの成果あったわけ?」


もう一歩踏み込んで、そんなことを尋ねてみる。俺達が再会したのは合コンでのこと。つまり名前は、フリーなわけだ。俺は、彼氏とかいないよな?と、確認するつもりできいただけだったのだが、名前はなんとも微妙な顔をして俺をしげしげと眺めている。


「きいてないの?」
「は?何が?」
「……今、貴大の同僚の…サトウさんと付き合ってるんだけど」
「………マジで?」
「マジで」


あの合コンで連絡先を交換して数回やり取りをした後、ゴールデンウィークなんかを利用してデートを繰り返し、つい最近付き合い始めた、と。名前が信じられないことを口にするものだから、俺はただただ、呆けることしかできなかった。
サトウもタチが悪い。俺と名前が知り合いだということを知っていた上で何も言ってこないなんて。いや、だからこそ逆に言い出しにくかったのか。何にせよ、俺の恋愛再スタートは呆気なく幕を閉じたわけである。


「どうしたの?」
「いや…サトウに教えてもらえなかったショックが結構キツくて……」
「付き合い始めたの最近だから、言うタイミングなかったのかもよ?」
「名前も、俺がきかなかったら言う気なかっただろ」
「そりゃあまあ……報告するのもなんかおかしい気がするし……」


何やらごにょごにょと恥ずかしそうに言っているが、俺の耳には届かない。なんだよ。彼氏いるくせに、夜は大体あいてるとか言うなよな。つーか俺と2人で会うの、サトウは知ってんのか?
今日ジムを出る前、サトウがにこやかに、じゃあなーと手を振っていたのを思い出し、そんな疑問が浮かぶ。俺と名前は大学時代の友達だし、2人きりで会っていても問題ないのだろうか。そもそも、実は昔付き合ってましたーという事実を、サトウは知っているのだろうか。…きっと知らないんだろうな。最近付き合い始めたばかりで過去の恋愛トークなんてしないだろうし、もし知っていたら、俺と2人きりで会うと聞いて黙ってはいないはずだ。


「なあ…2人で会うの、まずくね?」
「え?なんで?」
「サトウに浮気とか誤解されたらどーすんの」
「ないでしょ。もし誤解されたとしても、友達だって言えばいいだけの話じゃん」


友達…ね。俺はそれだけの感情じゃないんだけど。非常に複雑な心境の中、俺はあっけらかんとしている名前を見遣る。
彼氏がいるにもかかわらず俺と2人きりで会う。それはつまり、名前にとって俺は、男として意識するに値しないと言われているようなものだった。まさかの再会を果たして、運命かも、なんて言葉を真に受けて浮かれていたのは、俺だけだったのだ。


「…帰ろ」
「え?でもまだ他に決めることあるんじゃ…」
「あー…、それはまたグループメンバー集まってからでよくね?」
「そうだけど…」


誰にもぶつけようのない苛立ちから解放されたくて、俺は席を立つ。それまでの態度から一変、急に冷めた様子の俺を見て、名前は怪訝そうに眉を顰めている。同窓会なんか企画してる場合じゃねーよ。つーかできねーよ。
なかば強引に会計を済ませた俺は、名前を置いて店を出た。慌てて追いかけてくる足音が聞こえるが、優しく待ってやれるほど、俺は心が広くない。
自分でもガキみたいだなと思う。勝手に舞い上がって、うまくいくかもなんて勘違いして、いざ現実を突き付けられたらヘコんで八つ当たりする。俺は無駄に歳を取っただけで、心は何ひとつ大人になりきれていなかった。


「俺、こっちだから」
「貴大…次、いつ話し合う?」
「……今決めらんねーよ」
「じゃあまた連絡取り合おっか」
「んー……じゃあな」


連絡取り合うって、そう簡単に言うなよ。彼氏いるくせに。そんなことを言いそうになって、ギリギリのところで思い留まる。俺は曖昧な返事と別れの言葉だけ残すと、名前に背を向けて歩き出した。背中に名前の視線を感じるような気もするが、振り返りはしない。
もう、2人で会うのはやめよう。やめるしかない。名前のためにも、サトウのためにも、そして俺自身のためにも。俺と名前の関係は、とうの昔に終わっているのだ。俺も次に向けて歩き出そう。
光り輝くネオンの明かりとは裏腹に、俺の心の中は暗い暗い闇の中に沈んでいった。