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忘れられない恋の事情02

名前とまさかの再会を果たしてから1週間弱。別にこれといった変化はない。実はあれから何度か、メッセージを送ろうとメッセージアプリの画面を開いてはみた。けれども、今更何と送ったら良いのか分からず、結局日にちだけが経ってしまったのだ。
俺はあの日の合コンの時、揶揄い混じりに言われた言葉をぼんやり思い出す。運命の再会だったりして!と。確か、そんなことを言われた。本当に運命だったら、それはとてもロマンチックな展開だと思う。が、実際のところ、俺はこうして連絡すらできずにいるのだから、たとえ再会自体が運命だったとしても、そりゃあ何も始まらない。
あー…うだうだ考えてばっかりでストレス溜まる。俺は利用者さん達が帰った後のジム内で、マシンに手をかけた。スポーツジムのインストラクターである以上、だらしない身体では示しがつかない。だから俺は、定期的にこうして身体を鍛えている。他のインストラクター達も俺と同様、それなりに鍛えているはずだ。身体を動かしていると、余計なことを考えずに済む。俺は無心で身体を苛め抜くことに徹した。


◇ ◇ ◇



自分のトレーニングを終えた俺は、ジム内の更衣室で着替えを済ませ、何気なくスマホの画面を確認した。ここでドラマなんかだと名前からの連絡が来てたりするんだろうけど、残念ながらそんなに都合の良い展開はなく、代わりに松川からのメッセージが届いていた。


“今年のゴールデンウィーク、どうする?及川と岩泉にはまだ声かけてねーけど。”


ああ、そういえばそうだった、と。俺は社会人になってからの通例行事を思い出す。高校時代からの仲が続いている俺達は、大学時代も、社会人になってからも、定期的に会っては近況報告をし合っているのだ。仕事の関係上、なかなか全員の予定が合わない中でも、長期連休中はなんとか集まることができる。ゴールデンウィークも、その長期連休のひとつだ。
集まりの声をかけるのはその時のタイミングによってまちまちで、及川や岩泉から連絡がくることもあるが、松川からの招集が1番多いような気がする。なんだかんだで、しっかりしているというか、面倒見がいいというか。昔から松川は岩泉を助けるまとめ役だったなあ、と懐かしい過去を反芻した。
俺からは何も提供できるネタがないのだが、アイツらにはもしかしたら面白い話があるかもしれない。そんなことを考えて、俺は松川にいつも通りの返事をした。


“日にち決めてくれたらシフト調整してもらう。そっちに合わすわ。”


お堅いサラリーマンと違って、スポーツジムのインストラクターはシフト制だ。平日休みだって普通にあるし、同僚に頼めば前日にシフトを交換してもらうことも可能だったりするので、俺は大概、他の3人に合わせる。確か最後に会ったのは3月だっただろうか。割と頻繁に会ってんなーと今更のように気付いて、30歳目前の男が4人でつるんでいたら、それこそ恋愛なんて遠退くな、と苦笑する。
恋愛か…と、そのワードで思い出すのは、この場合やはりというべきか、名前のことだった。忘れたはずだったのに、なんで再会なんてしてしまったのだろう。やはり、運命というやつなのだろうか。
俺はスマホを見つめながら名前のトーク画面を開いてみる。連絡…って、だから何送れば良いんだよ…。元気か?って、数日前に会ったばっかりなのに何言ってんだって感じだし。久し振りだな、では勿論ないし。仕事どう?だと急に何きいてきてんだ?って思われそうだし。あー分かんねー!
俺はガシガシと頭を掻き毟りながら天井を仰ぐ。その際、スマホを持つ手元に意識を集中させていなかったために、うっかり指が画面をなぞってしまったらしい。ぴこん、というマヌケな音が聞こえ、嫌な予感がして画面に目を落とすと、あ、という一文字だけが送信されていた。
おいおい!そんな馬鹿みたいな展開あるかよ!こっちは数日間、なんてメッセージ送れば良いか悩みまくってたんだぞ!と、自分の犯した失態なのにスマホに八つ当たりする。しかもこういう時に限って、メッセージにはすぐさま既読マークが付いた。
ヤバい。メッセージ読まれた…つっても、あ、しか打ってないけど。兎に角、俺がメッセージを送ろうとしたことだけは名前に知られてしまった。これからどうやって取り繕おうかと考えていると、ぴこん、という音が聞こえて、俺は開きっぱなしだった画面に目を落とす。


“本当に連絡先変わってなかったんだね。びっくりした。あ、って何?打ち間違い?笑”


名前の文面からは、俺を拒絶するような感情も、今更何だよって嫌がるような雰囲気も感じられなくて、心底安心した。しかも有り難いことに、クエスチョンマーク付きのメッセージを返してくれたので、俺は難なく返事をすることができる。
打ち間違い、ごめん。そう送ってしまうとやり取りが終了してしまうような気がして、俺は返信内容を真剣に考え始めた。それとなく名前とやり取りを続けられる内容と言ったら、大学時代のことぐらいだろうか。俺は思いついた内容をメッセージにしてみる。


“あ、は打ち間違いだけど、ちょっと聞きたいことあって。大学ん時のアンドウってやつ、覚えてる?連絡先知ってたら教えてくんない?”


ちなみにアンドウというのは大学時代に俺と名前の共通の友人だった男の名前だ。そこまで仲良くなかったし、社会人になってからは会ってもいない。勿論、連絡先なんて知る必要もないのだが、あ、と打ってしまった以上、あ、に関連した何かを引き合いに出した方がうまく誤魔化せそうな気がしたのだ。アンドウ、ごめん。
そうして名前は、恐らく俺の苦し紛れの誤魔化しに気付かぬまま、アンドウの連絡先は知らないと返事をくれた。そりゃあそうだろう。名前だって、アンドウとはそこまで親しくなかったはずだから。
さてどうしよう。不本意な始まり方ではあったが、結果的に名前とやり取りすることに成功した。この流れを上手く利用しない手はない。俺はまたもや、次の返事を打つ。


“この前名前に会った時、大学時代のこと思い出してさあ…すげー懐かしくなった。久し振りに同窓会とかしたくね?”


我ながら、なんとも自然な会話を展開することができたと思う。名前は暇なのか、すぐに返事がくるものだから嬉しくてたまらない。こんなメッセージのやり取りひとつで浮き足立つなんて、俺は随分と純情だ。


“いいねー同窓会。貴大、幹事やってよ!”


好感触なのは喜ばしいが、生憎俺は幹事なんてできる柄じゃない。そんなことは名前も分かっているだろうに。ばーか。やらねーよ。そう返事しようとしたところで、名前からまたメッセージが届いた。


“貴大1人じゃ心配だから、私も幹事やってあげようか?笑”


……マジか。俺は送ろうとしていたメッセージを全削除して、新しいメッセージを打つ。


“名前が一緒にやってくれるなら考えるわー”
“本当にやるならいいよー”


嘘だろ。適当な話題提供のつもりで出した同窓会の開催が、現実のものになろうとしている。俺はかなり悩んだ。同窓会はしたい。が、幹事は面倒臭い。でも名前と幹事をすることになるのだとしたら、打ち合わせしたりとか、店探したりとか、話す口実ができるのは明白だ。あー…くそ…仕方ねーなあ…。


“やる。だから協力しろよ。”


悩みに悩んだ結果、俺は面倒臭い幹事をやることに決めた。いまだに未練がましく元カノのことが好きだなんて認めたくなかったはずなのに、いつの間にか躍起になって名前を繋ぎ止めようとしている自分に気付いて、思わず笑いが溢れる。
こうなったら、本当に再会したことを運命にしてやる。俺がそう決意したところで、名前からの返事。


“了解。また詳しいこと決めよー!”


笑顔のクマのスタンプとともにそんなメッセージが送られてきて、思わず口元が緩む。俺はスマホを仕舞うと、軽い足取りでジムを後にした。
ゴールデンウィーク、アイツらに恋愛関係のことをツっこまれたらどうしよう。自然とニヤケてしまうかもしれない。それぐらい俺の気分はふわふわしていた。後から冷静になってみると、アラサー男がニヤニヤしながら歩いているのは相当気持ち悪かっただろうな、と思ったが、まあこの際、それは気にしないことにしよう。