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忘れられない恋の事情01

いつの間にか4月も半ばに差しかかろうとしていた。桜はもうほとんど散ってしまって、葉桜になりつつある。こうやってまた、いつの間にか1年が過ぎてしまうんだろうなあ、と。俺は珍しくも、勤務先のスポーツジムから見える桜の木を眺めながら、物思いに耽ってしまった。
進学先に悩んでいた頃、サラリーマンって柄じゃねーよなあ、と思って、身体を動かすのが好きだしスポーツ関係の仕事って良いんじゃね?と軽いノリで考えた俺は、結局そのままのノリでそういう資格が取れそうな大学に進学した。結論から言うと、その選択はたぶん正解だったと思う。取引先にぺこぺこ頭を下げたり、堅苦しいスーツを身に纏ってパソコンに向かうなんて、俺には到底できそうにない。
高校時代に仲が良かったバレー仲間の3人の内、及川と松川の2人はサラリーマンだ。俺なんかが評価できる立場じゃないのは分かっているが、よくやってると思う。たまに会った時に話を聞くとなにやら小難しいことを言われて、こいつらも大人になったんだなあとしみじみと感じたのを思い出す。俺ならストレスでハゲそうだ、と思ったのはここだけの話だ。
体育教師になった岩泉は、俺達の中で1番充実していると思う。仕事も勿論そうだが、プライベートでも。4人の中で彼女がいるのは岩泉だけなのだ。昔から真面目で男前な岩泉だから、まあ何も不思議に思うことはない。ちょっと羨ましいなとは思うけど。
彼女かあ、と。俺はまたもや物思いに耽る。社会人なりたての頃は、それこそ、結構遊びまくっていた。及川ほどじゃないにしろ、合コンだって行きまくったし、何人かと付き合ったりもした。けれど、いつも長続きはしなくて、大体の場合は俺の方が飽きてしまうのだ。
何がダメってわけじゃない。ただ、付き合い始めた瞬間から、本当にその子のことが好きなのかと尋ねられたら首を傾げてしまう程度の思いなので、そりゃあすぐに飽きてしまっても仕方ないのかなとは思う。


「花巻さあ、今日の夜ヒマ?」
「ん?ヒマだけど。なんで?」
「実は合コンあってさー。1人欠員でちゃったんだよね。花巻来てくんない?」
「あー。いいよ」


突然同僚から声をかけられて少し驚きはしたものの、俺は合コンの誘いをナチュラルに承諾した。断る理由もないし、気晴らしにはなるだろう。
俺は時計を見て休憩時間が終わったことを確認すると、にこやかに利用者さん達の元に向かい、トレーニングを始めるのだった。


◇ ◇ ◇



仕事を終えた俺は同僚達と合コン会場となるお店に来ていた。同僚の話によると、女性陣は既にお店の中で待っているらしい。同じ業界で働く同年代の女性ばかりらしいので、話は盛り上がりそうだ。
俺は同僚達の後ろを追って店の中に入った。座っている女性は4人。こちらも4人がぞろぞろと入って、おまたせーと挨拶をする。
席に座って、何気なく正面に座る女性に目をやって、俺は驚愕した。その女性に見覚えがあったからだ。あちらも俺の存在に気付いたのだろう。恐らく数秒前の俺と同じように驚愕の表情を浮かべている。


「え、もしかして名前…?」
「貴大だよね?うわ、すごい偶然…こわっ…」


久し振りの再会なのにいきなり失礼な発言をしてきたのは、やはり俺の知る名字名前という女だった。名前は大学時代の同級生で、実は付き合っていた。よく考えてみれば、後にも先にも、あれほど長続きした恋愛はなかったかもしれない。
名前はサバサバした性格で話しやすく、アクティブなやつだった。スカートよりズボン派だし、化粧も薄め。でも、そんな気取ってないところが好きだったし、自分も気を張らずに済んで楽だったのを覚えている。
別れた理由は、正直よく分からない。就活で忙しくなって、お互いなかなか連絡が取れなくなって、気付いたら自然消滅していたような気がする。つまり俺は、たぶん、名前のことが好きなままだった。
けれどもそれは5年以上も前のこと。さすがにもう、そんな昔の失恋を引き摺ってはいない…つもりだった。けれど、いざ目の前に名前が現れるとどうだろう。昔の記憶がフツフツと蘇ってきて、あの時の感情が疼き出す。いや、まさかそんな、今更すぎるだろ。自分で自分にツッコミを入れた。卒業してから1度も連絡を取っていなかったくせに、何変なこと考えてんだ、俺は。


「花巻、名字さんと知り合いなの?」
「あー…、そう。大学ん時の」
「へー!すげー偶然じゃん!」
「すごーい!運命の再会だったりしてー!」
「やめてよ。ないない」


周りからの揶揄いの言葉をキッパリと否定する名前に、俺は密かに結構なショックを受けた。そりゃあ確かに、運命の再会とか、そんなむず痒いことを言われたら否定したくなる気持ちは分かる。場の雰囲気から言っても、今の名前の発言は間違いじゃない。けれど、こうもキッパリ、ない、と言われてしまうと、なんとなくモヤモヤしてしまうのはなぜなのだろうか。
俺はそんな自分の気持ちを悟られぬよう、何食わぬ顔で名前の言葉に同意する。


「俺、もうちょっと女の子って感じの子がタイプだからさー」
「確かに!花巻が今まで付き合ってきた子ってザ・女の子ってタイプ多いよなー」
「そうなのー?でもなんか分かるかもー」
「可愛い系タイプだったら私達の中では誰がいいー?」
「えー。誰だろ?」


キャッキャと勝手に盛り上がる女性陣を適当にかわして、ちらりと名前の様子を窺うと目が合った。なんとなく、じとりとした目で見られているように感じるのは気のせいだろうか。しかし、先に俺に喧嘩を売ってきたのは名前の方だ。しかも同僚の言ったことは間違いではないので否定できない。
名前と自然消滅してから、俺はその反動でなのか、見た目可愛い系のふんわりした子ばかりと付き合ってきた。その結果がご覧の通りである。なんとも情けない。
俺が勝手に1人でヘコんでいると、隣の同僚が名前に興味深い質問を投げかけた。


「名字さんはどういう人がタイプ?」
「え?そうだなー…一緒にいて楽な人がいいとは思うけど、タイプって言われると難しいね」
「へー。でもカッコいい方が良いでしょ?」
「んー。カッコ良い人だと劣等感抱いちゃうから、そこは普通で良いかも」


へぇ…そうなんだ。普通ってどの程度のやつのことを言うのだろう。当たり障りなさすぎて全然参考にならない。
俺はジョッキに残っていたビールを飲み干して新しいビールの追加を注文しようとしたところで、名前のグラスが空になっていることに気付いた。


「名前、なんか飲む?またファジーネーブルで良い?」
「え?あ、うん、」
「すいませーん、ビールとファジーネーブルお願いしまーす」
「…なんで分かったの?」
「名前、苦いの飲めないじゃん。昔からオレンジジュースみたいなアレばっか飲んでさあ。今日もそれしか飲んでねーし」


そう、名前はお酒がそれほど得意じゃない。ビールは勿論のこと、苦い系のお酒も好きじゃないと言っていた。人の味覚なんてそう簡単に変わるものじゃない。だから、なんとなくファジーネーブルを注文するような気がしたのだ。名前は少し驚いたような顔をしているけれど、そんなに驚くことじゃないだろ。
結構男まさりというか豪快な性格をしているくせに、名前はこういう意外なところで女の子っぽさを滲ませる。そんなところがギャップ萌えというか、俺には可愛く思えた。


「なんか花巻、名字さんと良い感じ?」
「はあ?なんで?」
「いや、なんとなく。酒の好み分かってる感じとか?」
「知り合いなんだから知っててもおかしくねーだろ」
「ふーん。ただの知り合いの酒の好みなんか覚えてるようなタイプじゃねーと思ったけど。まあいいや」


同僚がこそこそ話しかけてきたので何かと思えば、恐ろしい観察力と推理力だ。俺は指摘されて初めて気付いた。そうか。確かに、ただの知り合いの酒の好みなんて、普通覚えてないかもしれない。同僚はあまり深くツっこむことなく皆との会話に戻ってくれたので助かったけれど、危うく過去の苦い恋愛談を暴露しなければならなくなるところだった。そんなの御免だ。
俺はそれ以降、不用意に名前に話しかけないように細心の注意を払って接し続けた。その甲斐あってか、合コンは良い雰囲気の中で終わりをむかえる。
幹事の同僚と会計を済ませて店を出て行くと、女性陣と男性陣が入り混じって連絡先の交換をしていた。俺も一応、輪の中に入った方が良いのかなーとは思ったが、別にお目当ての子がいるわけでもなかったので敢えて自分からは声をかけない。
名前は同僚達と連絡先の交換をしていて、なんとなく気持ちが落ち込む。でも、合コンに来たってことはそういうことだよなあ、と、今更なことを思って、また落ち込んだ。俺、いつからこんなに女々しくなったんだよ。
明日も仕事だし二次会はなしということになって、それぞれが駅の方に向かったりタクシーを拾ったりと解散する中、名前はいまだにスマホをいじっていたので、俺はそれとなく近付いて声をかけてみた。


「収穫はありましたか?」
「わ!びっくりしたー…何よ、そっちこそ収穫あったんじゃないの?」
「ん?俺はまあ、ぼちぼち?」


ちなみにこれは嘘だ。誰とも連絡先の交換なんかしていない。


「あ、そ」
「ちなみにきいとくんだけどさ、名前の連絡先って変わってない?」
「え?あー…うん」
「俺も変わってない」
「そう、なんだ」


それだけやり取りして、妙な沈黙が訪れる。俺から話しかけたのだからどうにかうまく終わらせたいところなのだけれど、こんな時に限って何も言えないのはなぜだろう。


「私、こっちだから…」
「ああ、そっか。じゃあ…、」


また、と言いかけてやめた。また、なんて、あるかどうか分からないのに言うのはおかしいような気がしたからだ。代わりに、気をつけてな、と言った俺に、ばいばい、と手を振る名前は、あの頃に比べて綺麗な大人の女性になっているような気がした。